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1話「嘆きの墓標」
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「…なー、今すごく気になったんだけど」
ナイフと『風』属性の術式を描き発動させながら、襲いくる死者達を攻撃しているセネトはハミルトに声をかけた。
何か考え事をしていたらしいハミルトは、不思議そうに首をかしげる。
「ん…何をだい?」
「その…お前の恋人を殺めたやつに、心当たりないのか?」
何度も襲いくる死者に苛立ったセネトは、一歩下がるとひとつの術式を描きだした。
その術式から生みだされた炎の渦が、セネトを襲おうとしている死者達を包み込んで燃やしていく。
「いや…まったく。そいつを見つける為に、友が協力してくれているのだけど…さっぱりでね」
俯きながら答えたハミルトがネーメットの様子を窺うと、彼は襲いくる死者を斬っていた。
そして、術式を描きだすと斬った死者達を焼き払っていく。
「…すごいね。まさか、全てを灰にしてしまうなんて…少し驚いたよ」
焼き払われた死者達の灰の山を見たハミルトは、テーブルから降りるとセネトとネーメットに視線を向けた。
真っ直ぐにハミルトから目を離さず、セネトは術式を描きながら訊ねる。
「それはどうも…で、そいつを見つけだしたらどうするんだ?」
「どう…聞きたいんだ。何故、彼女を殺めたのか――35年前、何があったのか…それが知りたいだけだよ」
セネトの術式を確認したハミルトだが、表情を一切変えずに答えた。
突然、愛する者を失った悲しみを考えると何も訊けなくなったセネトとネーメットは伏せ目がちに息をつく。
ふと何か気になったらしいセネトは顔をあげ、じっとハミルトの顔を確認するように見た。
「……ところで、さ。お前…今、何歳なんだ?」
その瞬間、ハミルトとネーメットは目を点にして動きを止める。
セネトが気になった理由、それはハミルトの言った「35年前」という言葉にあった――
目の前に立つハミルトは、どう見ても20代前後くらい…それをふまえても計算が合わない。
それが、気になって仕方ないようだった……
「今、そういう事を聞いとる場合か!」
半ば呆れ果てたネーメットが、セネトの頭を勢いよくはたく。
「大体…お前さんも知っておるだろう?魔術士は、見た目で年齢がわからぬ事を――」
魔術士は自身が持つ魔力を使って身体の新陳代謝を高めている為、実際の年齢と見た目が合わない事が多いのだ。
その上、魔力が強ければ強いほど長寿である。
――実際、この世界で最強だといわれている【大魔術士】は千年以上生き、その強大な魔力で若い姿を保っているという……
「まぁ、知ってるけどよ…一応、気になるだろ?もしかすると、生きた化石みたいな感じかもしれないしな」
頭をおさえながら答えたセネトは、ハミルトの年齢に興味津々の様子だ。
セネトの言葉に、ネーメットが深くため息をつく。
「…ワシよりは上で、生きた化石…が、何を指しておるのかは知らんが違う。これで納得したかのぅ…セネト?」
ネーメットの説明に、何かがっかりとした様子のセネトは口を尖らせた。
一体、彼は何を期待していたのだろうか…?
2人の…こんなやり取りを静かに聞いていたらしいハミルトは、小さく咳払いをすると左手を掲げた。
「こほん…私の年齢など、今はどうでもいいだろう?一体、何で気になったのか…わからないけど。もう…そろそろ、帰ってもらえないかな?」
術式を描きだし、魔力を込めて発動させたハミルトがセネト達に向けて言葉を続ける。
「私は忙しいんだ…この荒らされた部屋の掃除をしなければいけないから…」
「それは…そうだよのぅ。その点に関しては…本当に申し訳なく思うておるよ」
荒らされた部屋全体を見回したネーメットは、申し訳なさそうに言うとセネトへ視線を向けた。
「えっ…おれのせいかよ?」
その視線に気づいたセネトは、むっとしているようだが…ネーメットが思わず謝罪してしまった理由は、室内を見渡せばわかる事だ。
扉を吹っ飛ばした際に、テーブルの上に置かれた書類や書物が床に散らばり――その上、実験器具も大量に壊れ、ガラス片も散乱している状態なのだから。
どっからどう見ても、泥棒に入られたようにしか見えなかった。
…この場合、泥棒と疑われるのはセネト一人だけだろうが――
「…別にいいよ。大体、ここは私の研究室ではないしね…」
ハミルトは首を横にふりながら、否定するように呟く。
それと同時にハミルトの術式が淡い青色の光を帯びはじめ、不思議な風がハミルトを包み込むと彼のケープ付ローブはゆったりと揺れ動いた。
「私は…今、ここで捕まるわけにはいかないんだ――咲き乱れろ!」
ハミルトが指を鳴らすと天井と床とを合わせるような術式が室内全体に出現し、互いに呼応するように光ると同時に無数の氷柱が現れる。
氷柱の冷気で室内の温度が少しずつ下がっていき、白い息をはきながらネーメットは剣の柄を握りしめた。
「これは…ちとまずいのぅ」
「何をするつもりなんだ…あいつは?」
何かに気づき警戒するネーメットと違い、あまり危機感を感じていないらしいセネトは首をかしげる。
「よくわからんけど…何かの、『氷』属性の魔法だよな?」
「お前さん…帰ったら、すぐに師の元へ行って勉強し直してこい。絶対に…」
セネトの、そんな様子に…ネーメットは、何とも言えぬ表情を浮かべた。
誰が見ても、ハミルトが『氷』の魔法を使った事はわかるわけだが……
「ははは、きみは面白い人だね。そういう…何か抜けているところが、私の友人に似ているよ」
愉快そうに笑うハミルトは、一瞬だけセネト達から視線を外し部屋の奥の方へ目を向けた。
そして、安堵の表情を浮かべてからセネト達に視線を戻すと左腕をゆっくりと上げる。
「冷気を纏う刃に、切り刻まれろ!」
ハミルトの詠唱に呼応した氷柱から氷の棘が現れ、左右へと一気に伸びた。
氷の棘の隙間に挟まるように避けたセネトは安堵したように息をつくと、ネーメットの姿を探して周囲を探す。
「わっと…おーい!ネーメットのじいさん…生きてるかー?それとも、召されたか?」
「……お前さん、それはワシを心配しておる言葉か?」
セネトの言葉に、呆れを含んだネーメットの返事が聞こえ…それと同時に、風を斬るような音がした。
すると、セネトが挟まっていた氷の棘を含む辺り一面の氷柱と氷の棘が砕けて氷の欠片が舞う。
今まで身体を支えていた氷の棘が砕けた事でセネトは床に落ち、うつ伏せ状態のまま呟いた。
「いたたた…心配しているんだけどな。これでも…一応は」
しかし、あまり納得していない様子のネーメットは剣を鞘におさめてため息をつくと起き上がったセネトの頭をはたくのだった。
***
ナイフと『風』属性の術式を描き発動させながら、襲いくる死者達を攻撃しているセネトはハミルトに声をかけた。
何か考え事をしていたらしいハミルトは、不思議そうに首をかしげる。
「ん…何をだい?」
「その…お前の恋人を殺めたやつに、心当たりないのか?」
何度も襲いくる死者に苛立ったセネトは、一歩下がるとひとつの術式を描きだした。
その術式から生みだされた炎の渦が、セネトを襲おうとしている死者達を包み込んで燃やしていく。
「いや…まったく。そいつを見つける為に、友が協力してくれているのだけど…さっぱりでね」
俯きながら答えたハミルトがネーメットの様子を窺うと、彼は襲いくる死者を斬っていた。
そして、術式を描きだすと斬った死者達を焼き払っていく。
「…すごいね。まさか、全てを灰にしてしまうなんて…少し驚いたよ」
焼き払われた死者達の灰の山を見たハミルトは、テーブルから降りるとセネトとネーメットに視線を向けた。
真っ直ぐにハミルトから目を離さず、セネトは術式を描きながら訊ねる。
「それはどうも…で、そいつを見つけだしたらどうするんだ?」
「どう…聞きたいんだ。何故、彼女を殺めたのか――35年前、何があったのか…それが知りたいだけだよ」
セネトの術式を確認したハミルトだが、表情を一切変えずに答えた。
突然、愛する者を失った悲しみを考えると何も訊けなくなったセネトとネーメットは伏せ目がちに息をつく。
ふと何か気になったらしいセネトは顔をあげ、じっとハミルトの顔を確認するように見た。
「……ところで、さ。お前…今、何歳なんだ?」
その瞬間、ハミルトとネーメットは目を点にして動きを止める。
セネトが気になった理由、それはハミルトの言った「35年前」という言葉にあった――
目の前に立つハミルトは、どう見ても20代前後くらい…それをふまえても計算が合わない。
それが、気になって仕方ないようだった……
「今、そういう事を聞いとる場合か!」
半ば呆れ果てたネーメットが、セネトの頭を勢いよくはたく。
「大体…お前さんも知っておるだろう?魔術士は、見た目で年齢がわからぬ事を――」
魔術士は自身が持つ魔力を使って身体の新陳代謝を高めている為、実際の年齢と見た目が合わない事が多いのだ。
その上、魔力が強ければ強いほど長寿である。
――実際、この世界で最強だといわれている【大魔術士】は千年以上生き、その強大な魔力で若い姿を保っているという……
「まぁ、知ってるけどよ…一応、気になるだろ?もしかすると、生きた化石みたいな感じかもしれないしな」
頭をおさえながら答えたセネトは、ハミルトの年齢に興味津々の様子だ。
セネトの言葉に、ネーメットが深くため息をつく。
「…ワシよりは上で、生きた化石…が、何を指しておるのかは知らんが違う。これで納得したかのぅ…セネト?」
ネーメットの説明に、何かがっかりとした様子のセネトは口を尖らせた。
一体、彼は何を期待していたのだろうか…?
2人の…こんなやり取りを静かに聞いていたらしいハミルトは、小さく咳払いをすると左手を掲げた。
「こほん…私の年齢など、今はどうでもいいだろう?一体、何で気になったのか…わからないけど。もう…そろそろ、帰ってもらえないかな?」
術式を描きだし、魔力を込めて発動させたハミルトがセネト達に向けて言葉を続ける。
「私は忙しいんだ…この荒らされた部屋の掃除をしなければいけないから…」
「それは…そうだよのぅ。その点に関しては…本当に申し訳なく思うておるよ」
荒らされた部屋全体を見回したネーメットは、申し訳なさそうに言うとセネトへ視線を向けた。
「えっ…おれのせいかよ?」
その視線に気づいたセネトは、むっとしているようだが…ネーメットが思わず謝罪してしまった理由は、室内を見渡せばわかる事だ。
扉を吹っ飛ばした際に、テーブルの上に置かれた書類や書物が床に散らばり――その上、実験器具も大量に壊れ、ガラス片も散乱している状態なのだから。
どっからどう見ても、泥棒に入られたようにしか見えなかった。
…この場合、泥棒と疑われるのはセネト一人だけだろうが――
「…別にいいよ。大体、ここは私の研究室ではないしね…」
ハミルトは首を横にふりながら、否定するように呟く。
それと同時にハミルトの術式が淡い青色の光を帯びはじめ、不思議な風がハミルトを包み込むと彼のケープ付ローブはゆったりと揺れ動いた。
「私は…今、ここで捕まるわけにはいかないんだ――咲き乱れろ!」
ハミルトが指を鳴らすと天井と床とを合わせるような術式が室内全体に出現し、互いに呼応するように光ると同時に無数の氷柱が現れる。
氷柱の冷気で室内の温度が少しずつ下がっていき、白い息をはきながらネーメットは剣の柄を握りしめた。
「これは…ちとまずいのぅ」
「何をするつもりなんだ…あいつは?」
何かに気づき警戒するネーメットと違い、あまり危機感を感じていないらしいセネトは首をかしげる。
「よくわからんけど…何かの、『氷』属性の魔法だよな?」
「お前さん…帰ったら、すぐに師の元へ行って勉強し直してこい。絶対に…」
セネトの、そんな様子に…ネーメットは、何とも言えぬ表情を浮かべた。
誰が見ても、ハミルトが『氷』の魔法を使った事はわかるわけだが……
「ははは、きみは面白い人だね。そういう…何か抜けているところが、私の友人に似ているよ」
愉快そうに笑うハミルトは、一瞬だけセネト達から視線を外し部屋の奥の方へ目を向けた。
そして、安堵の表情を浮かべてからセネト達に視線を戻すと左腕をゆっくりと上げる。
「冷気を纏う刃に、切り刻まれろ!」
ハミルトの詠唱に呼応した氷柱から氷の棘が現れ、左右へと一気に伸びた。
氷の棘の隙間に挟まるように避けたセネトは安堵したように息をつくと、ネーメットの姿を探して周囲を探す。
「わっと…おーい!ネーメットのじいさん…生きてるかー?それとも、召されたか?」
「……お前さん、それはワシを心配しておる言葉か?」
セネトの言葉に、呆れを含んだネーメットの返事が聞こえ…それと同時に、風を斬るような音がした。
すると、セネトが挟まっていた氷の棘を含む辺り一面の氷柱と氷の棘が砕けて氷の欠片が舞う。
今まで身体を支えていた氷の棘が砕けた事でセネトは床に落ち、うつ伏せ状態のまま呟いた。
「いたたた…心配しているんだけどな。これでも…一応は」
しかし、あまり納得していない様子のネーメットは剣を鞘におさめてため息をつくと起き上がったセネトの頭をはたくのだった。
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