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50 黒い実
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結局、抱かれたまま宮に入った明が、直樹から手渡された黒い棗の実ほどの大きさのそれを、傾き始めた夕日にさらしてみる。
「よう、ジジ。万能の妙薬だと……これがか?」
宮に来ていたのは『欠けたる者』十数人で、彼らは森の中でもあまり食べ物がない場所で肩身を寄せ合い、野盗に怯えながら生きていたらしい。
唯一彼らが手にした『黒い実』を大切そうに、ハトリとフルトリに差し出し、食料や衣類をもらっていくのを見て、直樹は少し嬉しくなる。
シンラの言っていた直樹とシンラが和合して芽吹いたという黒い和木が、誰かの役に立つのならと思うのだ。
「ええ」
「そうなのか?じゃあ……レキ、ちょい下」
ジジの言葉を聞いた明が腰の剣を抜くと、レキの唇を下から舐め上げて、公衆の中深く割り開いた。
「明?」
「んん、前払いだ」
そして明を抱いているレキの古い傷のある腕に、ざっくりと沿うように新しく斬り付けたのだ。
「う……ぐっ……」
鮮血がぼとぼとと流れ落ち、それでもレキは明を離さないでいる。
「レキさん!明さん、どうして……」
直樹の悲鳴混じりの声に、明がぷは……と絡ませていた舌を舐めずるように拭い
「んで……実を。中のを塗ってみるか」
と、手の中の実を転がした。
小刀で割り開いた黒の実の中の白いクリーム状のものをレキの腕の傷に塗ると、傷はみるみるふさがり古傷跡さえも消えてしまう。
「……すげえ。これは白珠みたいだ……ガランの付けた昔の傷も無くなった」
明がレキの傷のあったところに指を何度も這わしニヤリと笑い、レキは声も出ないでそこを見ていた。
「ええ、白珠以上です。五国全ての者に使えます。喜ばしいことに、神王の白珠は要らないのです」
ジジが深々とシンラに頭を下げる。
「進言します、王よ。黒の実を森の特産として、各国に取引を」
シンラが頷いた。
「それから、黒の実をこちらに持ってきた方を紹介します」
ジジが横に避けると、
「ありがとうございます。そう言っていただけると、皆を先導した甲斐があり、嬉しく思います」
とジジの後ろで平伏していた痩せた男が顔を上げて、滂沱の涙を流しながら直樹に顔を向けた。
「お懐かしゅうございます、直樹様。お忘れかとは思いますが、私はあなた様から唯一白珠を賜りましたカナメと申します」
直樹を『直樹』と知っているのは呼ぶのは明だけだと思っていたのに、痩せた男はそう言いながら涙を流す。
「初めて黒の宮に入った時の文官か!」
明が痩せた壮年の男に指を指した。
「はい、あの時の文官です。あれから二十年です。すっかり歳を取りました。直樹様が文官長により宮から出された取りました聞き、私は黒国の牢から逃げ出し、そして自らのモノを切り落とし直樹様を探し回りました。この度は直樹様にお願いを致したく……」
直樹はぎゅっとシンラの皮のマントを掴んだ。
「どうか……黒国にお戻りください」
直樹の心象から湧き出た想いが森の黒の実を作り出したと、ジジが言っていた。
宮での食の席でジジが話した言葉を、赤王明が伝書鳥に覚えさせ各国に触れを出したので、いずれ森の特産『黒の実』を求め宮は忙しくなる。
そこでいくつかの洞を王の管理下に置いて『欠けたる者』の住まいにし、宮に黒の実を定期的に代表者たる者が持ってくる形をとってみてはと、フルトリが話していた。
それよりも黒国元文官のカナメと言う男が、直樹を必死で見つめる瞳が怖かった。
カナメはマ直樹がシンラの後ろで、
「嫌です」
と小さく告げるとそのまま項垂れ黙ってしまった。
カナメはジジの客分として知恵の館に滞在していて、しばらくいるとのことだった。
風呂上がりにティーが入れてくれた温めた蜂蜜入りの葡萄酒を飲んでいると、涙が頬を伝い溢れて杯に落ちる。
「直樹」
寝台に小さくなって座っていると、ジジに報告をしていたシンラが戻ってきて、ティーが頭を下げて部屋を出ていった。
「シンラ、僕は……」
シンラが直樹の横に座ると、直樹はシンラにもたれかかり膝を抱える。
「僕は黒宮には行きたくない。どうしても行かなきゃだめかな……」
ぽろぽろと涙が溢れて止まらない。
「直樹」
「行きたくないよ。あそこは寒くて、人が冷たい」
まるで高校の教室の中のようだった。誰も直樹の姿を見ていない。まるで空気のような存在で、上辺だけ。先生すら空気のように直樹を扱う教室を思い出す。
「直樹」
「嫌なんだ……」
「直樹」
「嫌だよ、嫌!」
ただを捏ねるように首を横に振り続ける直樹の両肩を、シンラが掴んで強く揺らす。
「直樹!」
「よう、ジジ。万能の妙薬だと……これがか?」
宮に来ていたのは『欠けたる者』十数人で、彼らは森の中でもあまり食べ物がない場所で肩身を寄せ合い、野盗に怯えながら生きていたらしい。
唯一彼らが手にした『黒い実』を大切そうに、ハトリとフルトリに差し出し、食料や衣類をもらっていくのを見て、直樹は少し嬉しくなる。
シンラの言っていた直樹とシンラが和合して芽吹いたという黒い和木が、誰かの役に立つのならと思うのだ。
「ええ」
「そうなのか?じゃあ……レキ、ちょい下」
ジジの言葉を聞いた明が腰の剣を抜くと、レキの唇を下から舐め上げて、公衆の中深く割り開いた。
「明?」
「んん、前払いだ」
そして明を抱いているレキの古い傷のある腕に、ざっくりと沿うように新しく斬り付けたのだ。
「う……ぐっ……」
鮮血がぼとぼとと流れ落ち、それでもレキは明を離さないでいる。
「レキさん!明さん、どうして……」
直樹の悲鳴混じりの声に、明がぷは……と絡ませていた舌を舐めずるように拭い
「んで……実を。中のを塗ってみるか」
と、手の中の実を転がした。
小刀で割り開いた黒の実の中の白いクリーム状のものをレキの腕の傷に塗ると、傷はみるみるふさがり古傷跡さえも消えてしまう。
「……すげえ。これは白珠みたいだ……ガランの付けた昔の傷も無くなった」
明がレキの傷のあったところに指を何度も這わしニヤリと笑い、レキは声も出ないでそこを見ていた。
「ええ、白珠以上です。五国全ての者に使えます。喜ばしいことに、神王の白珠は要らないのです」
ジジが深々とシンラに頭を下げる。
「進言します、王よ。黒の実を森の特産として、各国に取引を」
シンラが頷いた。
「それから、黒の実をこちらに持ってきた方を紹介します」
ジジが横に避けると、
「ありがとうございます。そう言っていただけると、皆を先導した甲斐があり、嬉しく思います」
とジジの後ろで平伏していた痩せた男が顔を上げて、滂沱の涙を流しながら直樹に顔を向けた。
「お懐かしゅうございます、直樹様。お忘れかとは思いますが、私はあなた様から唯一白珠を賜りましたカナメと申します」
直樹を『直樹』と知っているのは呼ぶのは明だけだと思っていたのに、痩せた男はそう言いながら涙を流す。
「初めて黒の宮に入った時の文官か!」
明が痩せた壮年の男に指を指した。
「はい、あの時の文官です。あれから二十年です。すっかり歳を取りました。直樹様が文官長により宮から出された取りました聞き、私は黒国の牢から逃げ出し、そして自らのモノを切り落とし直樹様を探し回りました。この度は直樹様にお願いを致したく……」
直樹はぎゅっとシンラの皮のマントを掴んだ。
「どうか……黒国にお戻りください」
直樹の心象から湧き出た想いが森の黒の実を作り出したと、ジジが言っていた。
宮での食の席でジジが話した言葉を、赤王明が伝書鳥に覚えさせ各国に触れを出したので、いずれ森の特産『黒の実』を求め宮は忙しくなる。
そこでいくつかの洞を王の管理下に置いて『欠けたる者』の住まいにし、宮に黒の実を定期的に代表者たる者が持ってくる形をとってみてはと、フルトリが話していた。
それよりも黒国元文官のカナメと言う男が、直樹を必死で見つめる瞳が怖かった。
カナメはマ直樹がシンラの後ろで、
「嫌です」
と小さく告げるとそのまま項垂れ黙ってしまった。
カナメはジジの客分として知恵の館に滞在していて、しばらくいるとのことだった。
風呂上がりにティーが入れてくれた温めた蜂蜜入りの葡萄酒を飲んでいると、涙が頬を伝い溢れて杯に落ちる。
「直樹」
寝台に小さくなって座っていると、ジジに報告をしていたシンラが戻ってきて、ティーが頭を下げて部屋を出ていった。
「シンラ、僕は……」
シンラが直樹の横に座ると、直樹はシンラにもたれかかり膝を抱える。
「僕は黒宮には行きたくない。どうしても行かなきゃだめかな……」
ぽろぽろと涙が溢れて止まらない。
「直樹」
「行きたくないよ。あそこは寒くて、人が冷たい」
まるで高校の教室の中のようだった。誰も直樹の姿を見ていない。まるで空気のような存在で、上辺だけ。先生すら空気のように直樹を扱う教室を思い出す。
「直樹」
「嫌なんだ……」
「直樹」
「嫌だよ、嫌!」
ただを捏ねるように首を横に振り続ける直樹の両肩を、シンラが掴んで強く揺らす。
「直樹!」
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