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32 ニュトの涙
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「わあ。また上がってきましたよ、ニュト様、ニュト様?」
湖の真ん中あたりに空洞化した洞窟に、直樹とニュトは夜光玉と一緒に座っていた。砂の上に上がってきた夜光玉は水面に転がり、直樹は拾い上げてニュトの青白い足元に置く。
ニュトは玉を抱き締めたままじっとしていて、まだ少し冷たい水がニュトの足を洗い、背よりも長い綺麗な透き通るような青とひと束の緑の髪を流していた。
「ニュト様、お体にさわりますよ」
水底の夜光虫を食べた巨魚の腹の中で、食べかすが丸くなり、吐き出した玉が夜光玉となると、ジジから学び聞いている。貴重な大切なものが、こんなにたくさんある。
これが森や他の国にも分けられれば、少しだけ皆の幸せが増えるのではないだろかと、直樹は思ってしまった。
それにしても裸体は寒くて、直樹は冷えた体を抱き締めて丸くなる。
「……ごめんなさい……」
「え?」
「……ごめんなさい、直樹」
今まで全く喋らなかったニュトが、直樹を見ずに水面から浮かび上がる淡く発光した玉を、俯いて眺めながら呟いた。
「ここにはニュトだけでは来られなかった。巨魚のテリトリーだから。ニュトは……直樹を囮にして……直樹はまっすぐな子だから、すぐに騙せると思った」
ニュトが体を小さくして横を向いたままはらはらと涙を流すのを見て、直樹は立ち上がって慌てる。
「ニュト様、僕は平気です。僕は剣で刺されたことがあるそうなんですが、傷もなく治りました。ほら、お腹のところ」
「刺された?」
「はい」
ニュトが玉を離してマナの指差した、下腹の刺されたところを触れて来る。
「痛かった?」
「覚えていません」
直樹は臍の上をやわやわと触れられ、ひくと震えた。
「あ、紋様……」
「あ…はい、シンラと和合を。くすぐったいです」
「ニュトもある。紋様、見る?」
ニュトが膝立ちななり小さな臍の下の紋様を見せた。少しずつ違う形をしている。
「すみません。僕は敏感で感じやすい質なのです。触らないで……」
逃げるように腰を引くと、
「辛いの?痛い?」
「痛い訳ではなく。あの、ニュト様っ、触らなっ……」
「え?大丈夫……?」
青白い腕でぐいと引かれてしまい、直樹はようやく座り込むことが出来る。すると下がってきたシンラの精が襞から漏れて砂に溢れてしまう。
シンラと和合してからの直樹は、どうにも衝動の抑えが効かないでいた。
「すみません……」
水に入るとあの魚が出てきそうで怖かったが、洞窟の端で夜光玉に掛からないように、マナはニュトから見えないように背を向け水に浸かり下肢を洗った。
「すみません…」
息を何度か吐き洗い清め、真っ赤になって膝に顔をつけて何度も謝ると、ニュトがふわりと頭を撫でてくれる。
「直樹、黒国にいないの?」
ニュトの言葉に、直樹は曖昧に頷いた。
「嫌だから……」
「何故?」
「……顔が見えないから。誰も顔を上げてくれないのです」
ニュトは首を傾げながら再び玉を抱く。
「当たり前。神王を見てはならない。ニュトはそれでいい。でも直樹は嫌なんだね。一度、黒国に行った時、文官長に叱られて泣いてた」
「見ていたのですか。白珠を出すように言われて、嫌だったのです。ニュト様は?」
ニュトは頷き、
「ニュトの全てはトト様のもの。白珠もトト様のものなのに……白珠は嫌。誰かにあげるのは嫌」
直樹はニュトも嫌だと言う白珠をなんとか出来ないかとそう思うが、寒くて思考がまとまらない。
「少し……寒い……」
ニュトがそう言いながら、直樹を抱き締めてくる。直樹もニュトを抱き締めた。シンラが助けに来てくれる。直樹は確信していた。
それは、確実で、現実になる。
水面に小さな泡が浮かび、それが泡立ち直樹は立ち上がった。まずは尖った獣耳が見えて、裸の肩が見える。
「シンラ!」
ざっ……と水を切り縄を持って上がってくるシンラは、ブルブルッと体を震わせ水滴を飛ばし、
「直樹、無事かっ?」
と直樹を見上げきつく抱き締めたあと、縄に丸く縛った輪を三つ通し、直樹を連れって洞窟の柱に縛り付けに行く。
「ここは夜光玉の……」
一息を着いたシンラが夜光玉に気付き、回りを見渡して驚く。
「ニュト様が見つけたんだ」
直樹の言葉に頷き、シンラが縄にかけた小さな輪を直樹に渡して来た。
「とにかく、ここから出るぞ。獣が苦手な苦よもぎを編み込んだ縄だ。魚も近寄らない。青緑王、動けるか?」
ニュトが無言で立ち上がろうとしたものの寒さで膝が立たないのか、夜光玉を抱き締めたまま首を横に振る。
毎日森でクロと走り回っている直樹とは違い、静かに暮らしているのだろう。ニュトは全身が震えて、動けずにいた。
「直樹は俺の尾を掴め。青緑王、失礼する。官が巨魚を今にも退治しようとするのを、王が止めている。魚は湖の主だ。殺させてはならない。急ぐぞ」
「うん」
ニュトの体を小脇に抱き抱えると湖に入るシンラについて、直樹も慌てて水に入る。
シンラのふさふさの尾の端を握り、魚のテリトリーである深いところへ飛び出し、魚を見下ろすと追ってくるのだが、苦よもぎの縄が嫌なのか、深いところへ潜り込む。
直樹たちは浅いところへ上がっていき、明け方の光の溶ける湖の水面に顔を上げた。
湖の真ん中あたりに空洞化した洞窟に、直樹とニュトは夜光玉と一緒に座っていた。砂の上に上がってきた夜光玉は水面に転がり、直樹は拾い上げてニュトの青白い足元に置く。
ニュトは玉を抱き締めたままじっとしていて、まだ少し冷たい水がニュトの足を洗い、背よりも長い綺麗な透き通るような青とひと束の緑の髪を流していた。
「ニュト様、お体にさわりますよ」
水底の夜光虫を食べた巨魚の腹の中で、食べかすが丸くなり、吐き出した玉が夜光玉となると、ジジから学び聞いている。貴重な大切なものが、こんなにたくさんある。
これが森や他の国にも分けられれば、少しだけ皆の幸せが増えるのではないだろかと、直樹は思ってしまった。
それにしても裸体は寒くて、直樹は冷えた体を抱き締めて丸くなる。
「……ごめんなさい……」
「え?」
「……ごめんなさい、直樹」
今まで全く喋らなかったニュトが、直樹を見ずに水面から浮かび上がる淡く発光した玉を、俯いて眺めながら呟いた。
「ここにはニュトだけでは来られなかった。巨魚のテリトリーだから。ニュトは……直樹を囮にして……直樹はまっすぐな子だから、すぐに騙せると思った」
ニュトが体を小さくして横を向いたままはらはらと涙を流すのを見て、直樹は立ち上がって慌てる。
「ニュト様、僕は平気です。僕は剣で刺されたことがあるそうなんですが、傷もなく治りました。ほら、お腹のところ」
「刺された?」
「はい」
ニュトが玉を離してマナの指差した、下腹の刺されたところを触れて来る。
「痛かった?」
「覚えていません」
直樹は臍の上をやわやわと触れられ、ひくと震えた。
「あ、紋様……」
「あ…はい、シンラと和合を。くすぐったいです」
「ニュトもある。紋様、見る?」
ニュトが膝立ちななり小さな臍の下の紋様を見せた。少しずつ違う形をしている。
「すみません。僕は敏感で感じやすい質なのです。触らないで……」
逃げるように腰を引くと、
「辛いの?痛い?」
「痛い訳ではなく。あの、ニュト様っ、触らなっ……」
「え?大丈夫……?」
青白い腕でぐいと引かれてしまい、直樹はようやく座り込むことが出来る。すると下がってきたシンラの精が襞から漏れて砂に溢れてしまう。
シンラと和合してからの直樹は、どうにも衝動の抑えが効かないでいた。
「すみません……」
水に入るとあの魚が出てきそうで怖かったが、洞窟の端で夜光玉に掛からないように、マナはニュトから見えないように背を向け水に浸かり下肢を洗った。
「すみません…」
息を何度か吐き洗い清め、真っ赤になって膝に顔をつけて何度も謝ると、ニュトがふわりと頭を撫でてくれる。
「直樹、黒国にいないの?」
ニュトの言葉に、直樹は曖昧に頷いた。
「嫌だから……」
「何故?」
「……顔が見えないから。誰も顔を上げてくれないのです」
ニュトは首を傾げながら再び玉を抱く。
「当たり前。神王を見てはならない。ニュトはそれでいい。でも直樹は嫌なんだね。一度、黒国に行った時、文官長に叱られて泣いてた」
「見ていたのですか。白珠を出すように言われて、嫌だったのです。ニュト様は?」
ニュトは頷き、
「ニュトの全てはトト様のもの。白珠もトト様のものなのに……白珠は嫌。誰かにあげるのは嫌」
直樹はニュトも嫌だと言う白珠をなんとか出来ないかとそう思うが、寒くて思考がまとまらない。
「少し……寒い……」
ニュトがそう言いながら、直樹を抱き締めてくる。直樹もニュトを抱き締めた。シンラが助けに来てくれる。直樹は確信していた。
それは、確実で、現実になる。
水面に小さな泡が浮かび、それが泡立ち直樹は立ち上がった。まずは尖った獣耳が見えて、裸の肩が見える。
「シンラ!」
ざっ……と水を切り縄を持って上がってくるシンラは、ブルブルッと体を震わせ水滴を飛ばし、
「直樹、無事かっ?」
と直樹を見上げきつく抱き締めたあと、縄に丸く縛った輪を三つ通し、直樹を連れって洞窟の柱に縛り付けに行く。
「ここは夜光玉の……」
一息を着いたシンラが夜光玉に気付き、回りを見渡して驚く。
「ニュト様が見つけたんだ」
直樹の言葉に頷き、シンラが縄にかけた小さな輪を直樹に渡して来た。
「とにかく、ここから出るぞ。獣が苦手な苦よもぎを編み込んだ縄だ。魚も近寄らない。青緑王、動けるか?」
ニュトが無言で立ち上がろうとしたものの寒さで膝が立たないのか、夜光玉を抱き締めたまま首を横に振る。
毎日森でクロと走り回っている直樹とは違い、静かに暮らしているのだろう。ニュトは全身が震えて、動けずにいた。
「直樹は俺の尾を掴め。青緑王、失礼する。官が巨魚を今にも退治しようとするのを、王が止めている。魚は湖の主だ。殺させてはならない。急ぐぞ」
「うん」
ニュトの体を小脇に抱き抱えると湖に入るシンラについて、直樹も慌てて水に入る。
シンラのふさふさの尾の端を握り、魚のテリトリーである深いところへ飛び出し、魚を見下ろすと追ってくるのだが、苦よもぎの縄が嫌なのか、深いところへ潜り込む。
直樹たちは浅いところへ上がっていき、明け方の光の溶ける湖の水面に顔を上げた。
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