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終章 ローズ・ダ・ジュール〜歳月〜
ローゼルエルデの青い薔薇
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アーリア姫殿下の女王即位式は、大変華やかなものになった。
アルビオン王国からは、アンジュリカ女王陛下と王配であるシャルルゥ殿下、交易拠点となったネオポリスからは元王妃様と名代であるアリアさんが参列し、近隣諸国からはお祝いの書状が届いた。
僕とデューク様は十三歳になられたばかりのアーリア女王陛下の左右に立ち、アーリア女王陛下のお子様の三歳になられた金の髪で青い瞳のアリシア姫殿下、一歳になられた赤毛に金の瞳の男子の双子、ヨシュア殿下とジョジュア殿下がお椅子に座っていて、お側仕えのマーシーが眠たくて泣きそうな双子の後ろに控えている。
いつもなら午睡のお時間だから、仕方ないと思う。
アリシア姫殿下は純潔の白のドレスを今日から召されていて、僕はなんだか亡くなった姉上に似ていらっしゃるなあなんて思っていた。
アリシア姫殿下と目線が合うと、アリシア姫殿下がふ…と大人びた笑みをお見せになり、僕は前を向いた。
ホールには全ての成人貴族が集まり、外には解放された王宮広間に市井が溢れていたけれど、近衛隊がしっかりと守っていた。
アーチボルトはもう七歳になっていて、お子様たちの側仕え騎士としてカーリンと共に控えていて……そんな中、元老院のエディーラ女伯爵が女王の冠と新たに作ったアルカディアとローゼルエルデの紋章を型取り金の薔薇をちりばめた宝玉錫杖をアーリア女王陛下に渡した。
「今度こそよき女王におなりなさい」
アーリア女王陛下が頷き膝をついて頭を下げると、豊かな赤髪に王冠が乗って、ファンファーレが鳴り響き、僕とデューク様は宝剣を抜き、左右から刃を重ねた。コロセオにある竪琴が革命の唄をかき鳴らし、僕らの剣鳴りに音を添えた。
そんな即位式から二年。
「ルーネ伯母様はこんなに優美で美しいのに、どうして男装をなさっているの?」
また、毎日のように聞いてくるのは、お美しく成長されているアリシア姫殿下だ。
僕はアーリア女王陛下即位式からずっと、男装で過ごしている。
「女王陛下がご命じになられたからですよ」
「そうなの?お母様が?」
「はい」
アリシア姫殿下の部屋は二階のアーリア女王陛下がお小さい頃に使われていた部屋だ。ニールスに馬糞塗れにされた頃の散々たる様子は当然なく、柔らかな色彩のカーテンと白木の調度品が良く似合っている。
アリシア姫殿下は普段着の黄色のドレスの裾をひらひらさせながら、僕と一緒に演舞の練習をしていた。
「ルーネ伯母様は奉納演舞を舞われたのでしょう?」
「ええ、二度ですよ。さあ、もう一度」
模造刀を手にするとアリシア姫殿下と動きを合わせる。すり足、引き足……。
「ぐらついていますよ」
「難しい」
僕も最初、大変だったからなあ。アーリア女王陛下は熱心に学ばれて、五歳から即位まで毎年デューク様からアルカディアの宝剣を賜り、奉納舞を舞われた。
美しく知的にお育ちなさったアーリア女王陛下は僕より少しばかり背が高くていらっしゃって、それはアンジュリカ様のお血筋だからなんだけれど……少し悔しい。
そんなアーリア女王陛下が即位式の朝、
「ルーネ、お願いがあるの。これからは男の装いで過ごしてもらえないかしら」
とお話しくださったんだ。
「今まではお兄様の左右にドレスの私とルーネがいたわ。私は逆の姿を市井に晒すことにより、私の女王としての責任を感じたいの」
「よろしゅうございますね。アーリア女王陛下は華やかな装いで、左右に質実剛健のデューク宰相と、美麗優美な男装のルーネ女伯爵なんて、絵姿で出回りそうですわ」
とマーシーが悪乗りして……。僕は左右の髪を一部上げた男貴族スタイルで髪を流し、頂いている青い色を崩さないキュロットとベストと白と銀の縫取りをふんだんにあしらった燕尾風ドレスジャケットを着ている。パンタロンの方がいいんだけれど、アーリア女王陛下は僕のヒールレースブーツ姿が素敵と繰り返され、パンタロンは許してもらえないんだ。
でも、女装より遥かに楽で、僕としては嬉しいんだけれど。ただ、女性の男装ってスタイルを忘れては駄目だと自身に言い聞かせている。
「御御足がお綺麗ですから、大丈夫でございますよ」
アーリア女王陛下から頂いた男装の衣装を皮切りに、デューク様からもお召し物を頂き、僕のワードローブは一気に男装に変わる。
僕のドレスはマーシーが持って行き、お子様たちの服に替えるのだと言っていて、アリシア姫殿下の今日のお召し物は、僕の最初の頃のドレスを染めて手直ししたものだ。
「私もルーネ伯母様の奉納演舞が見たかったわ。裾捌きが難しいの」
「毎年お母様のご様子を見られていらっしゃるでしょう?」
「私はルーネ伯母様のが見たいの!」
おっと、舞いながら癇癪を起こしてしまわれた。誰だよ、この気質は!アリシア様の見知らぬお父上様、とても沸点が低いお血筋ですよ?
王宮医師であるグラン侯爵殿下は教えてくれないし、サブナもそれに関しては教えてくれない。周りはアーチボルトだって思っているし、そうなのかもしれないけれど、アーリア女王陛下が身篭られたのは九つで、アーチボルトは四つ下だ、五歳ってお褥にはいかないだろ。じゃあ、アーサー兄上かなあ……アン義理姉上公認で?なんか少し違和感。
「アリシア姫殿下、お茶のお時間です。お迎えに参りました」
扉をノックして入ってきたのは、僕の甥っ子でもあるアーチボルトだ。金の巻き毛に少しくすんだ青い瞳は兄上そっくりで、しかもアーサー兄上の緩いふわっとした性格まで受け継いじゃってる。
すぐ下の妹君のセレニアの方がよっぽどアン義理姉上寄りの性格で、赤金の柔らかい巻き毛と赤い瞳は可愛らしいのに、性格は漢気溢れている。僕としてはチャランポランのアーチボルトより、セレニアに伯爵家を継いでもらったほうがいいと思う。
「ルーネ伯母上もいらしたのですね。お呼びするように言いつかりましたので、ご一緒に」
「アーチー」
アーチボルトに向かってアリシア姫殿下が、声を掛けた。
「アーチーも、ルーネ伯母様の巫女姿での演舞を見たいでしょう?」
おいおい、何を言い出すのですかーー!!
僕の甥っ子は喜色の笑みを讃えて、「もちろんであります!アリシア姫殿下っ!」と拳を握りしめる。
「お二人とも、わたくしはいたしません。そもそも、奉納演舞は王族方のいえ、王位を継がれる姫殿下のための演舞です。わたくしの演舞は本来あってはならないのですよ」
お諌めしたもののアリシア姫殿下は、引き下がる気はなさそうで……やれやれ、誰に似たやら。アーリア女王陛下に諫めてもらおうと僕は考えた。
三階にあるアーリア女王陛下のお部屋に行くと、隣の政務室に籠られていたデューク様もいらっしゃって、久々に大勢でのお茶会になった。
「アーリア女王陛下、ご体調はいかがですか?」
なんと四人目をお身ごもりになっているアーリア女王陛下は、悪阻のため少し痩せられていて、五フィート以上ある身体に部屋着のゆったりした物をお召しになり、シルクショールを肩から掛けて椅子に座っていた。
「大丈夫よ、ルーネ。心配はいらないわ。それよりもアリシアを任せきりにしてしまって申し訳なくって」
見事な赤髪を左肩で軽く結び長く前に流したアーリア女王陛下は、アーリア女王陛下の寝台で午睡から目覚めないヨシュア殿下とジョジュア殿下をちらりと眺めて、マーシーにお茶の準備を促す。
マーシーの声に反応したお側仕えの女官がワゴンを引いて入って来た。
「新しい子ですね。お名前は?」
僕が声を掛けると、茶色の髪を切り揃えたそばかすの浮いた顔を真っ赤にして、
「ロニエと申します。あの、あのっ……ルーネ伯爵様っ、孤児院で絵姿をお見かけ致しました。私を……私たちをお救いくださりありがとうございますっ」
と頭を下げるんだから僕はびっくりして、マーシーを見る。
「ザフルスがルーネ様のお話を良くするからでしょうね。王宮でのしつけを見直しておきましょう」
マーシーが「言われたことだけを告げるのがマナーです」と一言付け加え、ロニエを下がらせた。
「ルーネ、孤児院ってなんなのです?」
僕はアーリア女王陛下に顔を向けてお話をする。
「シオーネの町にある身寄りのない子供を集めて面倒をみる場所のことです。わたくしの領地ではもう長い間領主の慈善として予算に組み入れられています。そこで学び育った者が屋敷で働き、今はマーシーの下で王宮下働きとして数名働いています」
僕の言葉に耳を傾けていらしたアーリア女王陛下がデューク様を見られた。
「お兄様、この慈善事業を国で行えないかしら?」
デューク様は突然降って湧いた事業にしばし思考を巡らせ、
「ふむ……。先だってあなたの領地に行く算段がついたので、その時にイーグットに聞くとしよう。それから、アーリアの提案に添えるか考えよう」
と苦目のシロップを絡めたプティングを口にされた。僕の物も苦くて…僕はシロップをすくわずに食している。
「だめよ!ルーネ伯母様を連れて行かれてはっ!絶対に嫌!」
椅子から立ち上がり叫んだアリシア姫殿下をたしなめようとアーリア女王陛下が座らせるけれど、アリシア姫殿下はデューク様を睨んで、
「絶対にだめ!もうじき奉納演舞をしなくてはならないのに!だめよ!」
と涙を目に溜められる。なかなか上達しないからか、焦っていらしているんだ。
「ルーネは毎年この時期に南の領地シオーネの視察に行くのだ。孤児院のこともまとめなければならない。国営事業の妨げをしてはならない」
毎年の視察を怠れば、市井は不安になる。不安は不満に繋がり混乱が起こる。貴族である僕らは市井を混乱させてはならないんだ。
「アリシア、デューク伯父様にお謝りなさい」
アーリア女王陛下がマーシーのようにピシリと嗜める。アーリア女王陛下の性質はマーシーに近い感じがする。三歳からマーシーがお側仕えしてきたからかなあ。アーリア女王陛下は元々しっかりとされていて、デューク様の支えもあり、女王として母として頑張っていらしている。僕もしっかりしないと。
「お母様っ……私はっ……」
「心配なら、ルーネに巫女姿で舞って貰えばいいのよ。本当ならば母である私が見せるべきだけれど」
ううっ?
「あっ!デューク伯父様、ごめんなさい。私、本当に焦ってしまっていて。でも、ルーネ伯母様がお帰りになられたら巫女姿での奉納演舞を見せていただけるのですもの、我慢します」
う、ううっ!
「アリシア姫殿下、ルーネにしっかり学びなさい」
デューク様まで!
「ルーネ、私が昨年着た巫女服を下賜します。マーシーに直してもらうといいわ」
アーリア女王陛下の言葉がとどめになり、ああ……僕は舞う羽目になるんだと苦目のシロップ掛けプティングがさらに苦く感じた。
僕はもう二十五なんですよ、アーリア女王陛下……巫女服なんて薄物……ばれますって、男だと。
ちらりとマーシーを見ると、まかしてくださいとばかりに胸を張っていて、僕は全面的に降伏するしかなかった。
僕の南の領地シオーネに行く時には、僕は伯爵服として華美ではない男の服を着て、髪も貴族様式の後ろでの一つまとめでリボンで結える。
デューク様はシオーネに行く時の『デュオ』仕様になっていて、いつもかき上げている前髪を垂らし、少し若く見えた。綿のシャツに茶色ベストと黒いズボンって格好は従者そのもの。
僕らは王宮の離れ屋敷から出て、カーリンが用意してくれた伯爵用の二等引き馬車に乗り込んだ。
「ルーネ様、今回の視察は孤児院からですか?」
護衛兼馬丁としてカーリンが前に座り馬車を走らせながら、窓を少し開けた車内に話しかけてくる。
「うん。それからイーグットに孤児院の運営運用一覧を出すように伝えてくれ」
それから窓を閉めると、デューク様に向き直った。
「あの、デューク様。国営孤児院は少々難しいかも知れません」
デューク様は意外だという顔をされた。
「父に聞いたことがあります。実はガリア公国においてですが、領主の慈善事業で孤児院を作るのは普通です。理由は二つ。一つは事業事業にあたる予算は国に報告しなくていいため、資産隠しとして使われてきたのです。もう一つは一夜の花として、欲望処理に使うそうです。貴族の子弟のお試しの相手にもするとのこと。孤児は領主の持ち物として自由も奪われます。国営孤児院としても、貴族が管理する限りガリアでのようなことが起きるかも知れません」
「う……む。しかしシオーネではそうはなっていない」
「父上たち先代には自負があったのかもしれませんね。アルカディアの血を、解放と平等を生きたアーレフ様とレティーシア様の血筋を持つものとして、孤児を平等に扱うと」
もちろん僕だってそうだ。自警団の数人は孤児院出だったし、僕の遊び相手も孤児が多かった。彼らと学び育った僕も彼らを害するなんて考えない。でも、貴族しか知らない貴族ではどうだろう。ニールスみたいな奴らに任せられるか?
「なるほど。では、あなたは国営孤児院の手立てをどう考えられる?」
「ローゼルエルデの中で爵位に関わらない者が国営孤児院に携わる方がよろしいかと」
自分で言っていて、そんな人たちがいるのか?と思う。
今回はアーリア女王陛下御一団もいないので、一昼夜馬車に揺られ昼過ぎにはシオーネの端についた。
うたた寝をしていた僕とカーリンは、馬丁になっていたデューク様に起こされ、シオーネの広場前に来て馬車から降りて伸びをする。
「まあ、ルーネ様!」
広場でマルシェを開いていたアリアさんが大きな声を上げる。
月一マルシェはアリアさんが考えた出店スタイルで、出店料が僕の収益になるネオポリススタイルだ。これならシオーネにお店を持たない者も毎月シオーネで自分の商品を売ることが出来るし、自分の店に呼ぶことも出来る。
「元気そうだね、アリアさん」
「元気ですよ。デュー……デュオも元気そうね。ザフは今、南の警護に行っているわ。もうじき帰りますが、よかったらお召し上がりになりながら、お待ち下さいな」
広場にはテーブルと椅子が置かれていて、僕らは馬車を連れて屋敷に行くカーリンを見送りながら、椅子に座った。デューク様はさっと椅子を前に引いてくださり、従者(ペイジ)役を始められ、
「みんなー、伯爵様がいらしたわよー。自慢のものを持っておいでーー!」
とアリアさんの掛け声に僕の前には食事から置物や飾りが溢れてしまった。
ザフルフが来るのを待って、ザフルフと一番北にあるシオーネの孤児院に行くと、僕は驚いた。多分デューク様はもっと驚いただろう。
服の上から白い布を……アルカディア様式つまり二枚の布を左肩で一纏めに結え、上下に垂らして腰でベルトをするスタイルの男女が孤児院で子供の面倒を見ていたんだ。しかも隣には教会がある。
僕はザフルフに振り返り剣に手を掛けた。
「ルーネ様、待て!話を聞いてくれ」
父上が男爵の頃は、ジーン隊長が孤児院を引き受けてくれていて、だから男爵を継いだザフルフもきちんと孤児院を運営してくれると思っていたんだ。
「伯爵様、お待ち下さい!!」
剣を抜こうとした時、子供をあやしていたアルカディア教徒の女が僕の前に来て額を地につけ平伏する。
「男爵に願い出たのは私です。お手打ちなら、私を」
老婆の域に差し掛かる女は、僕の前でそれ以上動けずにいた。
「ザフ、話しを聞かせてくれ」
ザフルフは首を掻きながら、
「昨年末また悪性感冒が少し出て、南のアルカディア教の子供が四人孤児になったんだ。そいつらがシオーネに来たんだが、その時に連れてきた二人が居ついて世話役になってしまった訳だ」
と話す。
僕らに脈々と受け継がれている爵位として矜持としては、この地に害なさぬ限り望む者を否定してはならない。それはアルカディア教徒でも同じだ。
「そんでまあ、教会が欲しいって言うから、町の奴らが少しずつ出し合って」
「子供たちに宗教を強制はしていません。ただ、子供達を慈しみ育てることは、アルカディア教の解放平等の精神に繋がるのです」
老婆の言葉に、僕はふーっと深い息を吐いて剣から手を離した。
「今までの世話係の乳母や教師は?」
ザフルフが女の変わりに答えた。
「二人がいるから通いに変えた。成人して子供の数は十二人に減ったし、赤ん坊はいない」
「立ち上がりなさい。教会を見せて欲しい」
僕がザフルフに話すと老婆がよろよろと立ち上がり、木の小屋のような教会の扉を開けた。
教会と孤児院は扉で完全に分離されていたし、祭壇にはアーレフ様とレティーシア様の絵姿がある。なんとなく僕の巫女舞の絵姿に似ているのは気のせいだろうか。
「おばあちゃん」
中で洗い物をしていたアルカディア教徒の女は、カーリンくらいの歳かなと思う。アルカディア教徒の服装をしていた。
「ルーネ伯爵様だ」
アルカディア教徒の女は平伏し、
「この地への滞在を許してくださりありがとうございます」
と僕に告げた。勝手に許可したのはザフルフなんだけどね。
「ザフ、子供達を見せてくれ」
子供達は清潔でご綺麗な格好をしていたし、たくさん食べられているようで安心した。読み書きも出来ていたが、日々の生活の様子に僕は少し難癖を付けた。
「掃除や料理も全てあなた方がやってしまっては、子供達が何も覚えられない。五歳になれば手伝いをさせなさい」
アルカディア教徒は子供に尽くしすぎているって感じだから。
「ザフ、このアルカディア教徒の二人に孤児院運営を任せようと思う。しかし、孤児院に宗教を持ち込むな。あと、教師を変えろ。マーシーが嘆いていたぞ」
躾が行き届いていないのは、アルカディア教徒の甘やかせすぎかもしれないけどね。
孤児院の様子を見てから、南の警護の様子を見て、僕らは町の馬車で屋敷に戻った。
その間もデューク様は黙っていらして、何かを考えているようだった。だから僕も黙っていた。
屋敷に着くとイーグットが僕の欲しい書類を出してくれていて、僕はデューク様を後ろに控えさせ自室に入る。もう随分日が暮れていて、デューク様が蝋燭の火を近づけてくれた。
「ありがとうございます」
「ルーネ様、こちらを」
ああ……もう従者のままだ、デューク様って!イーグットが持ってきたお茶を出してくれて。
「アルカディア教徒には賃金を払っていないのか……」
今までの孤児院の運営費は院長にはお金が発生しなかった。と言うか、ここ最近であるならば、ジーン隊長とマーシーが泊まり込んで世話をしてくれていたし、ザフルフに変わってからはシオーネの屋敷の者が泊まり込んだりと苦慮してたみたいだ。イーグットにも実情を聞きたいな。
食事はデューク様扮するデュオと共にって訳にはいかなくて僕は一人食事をして、デュオはイーグット達と後で食事を取るのがこの屋敷での決まりだ。
僕がいない間にデュオであるデューク様は黙ってイーグットの従者の役割を聞かされていて、使用人の女性達から声を掛けられていたりした……らしい。市井は黒髪を厭わないし、未だ独身のデュオは魅力的なんだろうなあ。
食事の後には部屋の奥の浴室の湯張りされていたから、僕は服を脱ぎ捨ててざぶんと入った。うん、少しぬるいや。デューク様は熱い湯がお好きだから、これは眉をひそめるかな。
「ふーーー。身体凝ったなあ……」
一昼夜馬車に揺られた身体を伸ばすと、髪を束ねて上げて目を閉じた……ああ、気持ちいい……。
「ルーネ様」
「わあっ!」
僕はびっくりして湯の中で腰を滑らせ、受け止めてくれた腕にしがみついた。
声は間違いなくデューク様なんだけど、余りに気を抜いていたからあまりにびっくりしたんだ。
「大丈夫ですか?」
「デュー……」
しっ……と口を閉じされて、
「タオルはそちらに。あとは私が行います」
とデューク様が扉の外に声を掛けた。
「分かりました。では失礼します」
使用人が出て行く音が聞こえる。僕が呼ぶまではもう朝までこない。僕は息を吐いて、デューク様の腕を離した。
「髪を洗って差し上げようかと」
「では、一緒に入ってください」
デューク様は少し片眉をあげてから、服を脱がれて裸体を晒し、湯に入る。二人入れば湯は少し溢れるけれど、僕はデューク様の腹に背中をくっつけてくつろいだ。
香りのよい花がふわふわと浮いていて、デューク様が
「くつろぐのは、久々だ」
と湯ごと花をすくった。
低い艶めいた声は、僕をぞくりと戦慄かせる。僕の心の中にはいつもデューク様を求める僕がいて、僕はそれを愛おしいと感じている。
口づけを賜りたくて、髪を洗ってくれている口実のデューク様に頬を寄せた。気づいてくださったデューク様が、唇を合わせてくださり、押し当てるだけのものから、深く深く合わせて舌を絡めてくださって……。
「デューク様……お手を……」
「ああ、ここか?」
「んっ!」
湯の中で僕の下肢を触れてくださり気持ち良すぎて、僕は後ろ手にデューク様のお腰の物に触れた。
デューク様もすっかり高ぶっておられ、僕は握り込みきれない大きさをさすり、切っ先を僕の狭間にぬくぬくとつけて刺激する。
「あなたにこのようなことをされると……堪えられない」
デューク様はざぶ……と僕を抱き上げて湯から出ると、濡れたままの僕ごと寝台に横たえたから、首に腕をかけて伸ばし唇を合わせた。
「あれ?お酒の香りがしますよ」
「イーグットに立て続けに飲まされた。きつく香るか?」
「嫌いな香りではないです。シードルではないですね」
「ゲルマン王国から取り寄せたビアだとかで、イーグットの秘蔵のものをいただいた」
イーグットってデュオのこと、めちゃくちゃ気に入っている感じだ。
「いい香りです……」
ビアのアロマを感じながら開かれ、僕はデューク様のお腰にまたがる格好でデューク様の固さを埋め込まれた。
「あ、あ、あ、奥まで……」
感じたい快楽はまだ違う。腰を揺らしていると髪が解けてふわりと腰まで覆う。
「ルーネ……!」
気持ちよくてデューク様の上で上下に揺れてしまう淫らな僕を見せながら、デューク様の固い熱さに擦り付けた。
「あ、あ、あ、ああ~~っ!」
「ううっ……!」
僕はデューク様の上で硬直してデューク様の腹に体液を散らし、デューク様は僕の中にびくりびくりと放っている。それすらも気持ちが良い。
「デューク様がよく見えます」
満月の月明かりの薄明るさの中でデューク様の裸体が見える。三十過ぎてもしなやかで美しい筋肉と肢体。僕はデューク様のこの均整の取れた身体が素晴らしいと思う。
「デューク様が好きでたまりません」
「あなたを愛している」
僕らは互いに抱きしめ合い、僕は泣きそうな感情が湧き上がっきて困った。
「好き……好きです……愛しています」
「私もだ……ルーネ」
再び兆したデューク様に翻弄され、僕がデューク様の胸に縋り付き精を散らしてしまっても、デューク様は下から攻め立てられた。
僕は手足が痙攣するくらい感じて、事後のぬるい湯に漬けられても身動き出来ず、本当に髪から全身を洗われて、寝台に横たえられる。
「髪を乾かそう」
普段からデューク様は僕の髪をタオルで挟んで乾かしてくださる。それから薔薇油をつけてブラシでとかし……僕が面倒で洗い晒したのを見兼ねてなのかな?腰を過ぎた長い巻き毛は正直面倒臭いけれど、僕はデューク様の伴侶で女伯爵なんだ。
「あなたの美しい髪はまるで神々の織り成す奇跡だ」
ふふ……デューク様は詩人でいらっしゃる。
シーツを交換した寝台で僕はデューク様の膝枕の心地よさに微笑んだ。またブラシをかけてくださっていて……ふふ、僕は気持ちよさに目を閉じた。
「孤児院……どう思いますか?」
「イーグットは正直、困っているようだ。孤児院の予算はあるが、人が集まらない。だから屋敷の者を孤児院に割くことになると」
今日は会わなかったけれど、父上やジーンがこちらにくることもあるし、屋敷は維持しなくてはならない。ましてやイーグットには広くなった僕の領地の管理を任せている。
「これは私の考えだが、アルカディア教徒が孤児院を運営していくのは悪くない。今あるアルカディア教徒の教会の横に孤児院を建てれば良いのだから」
アルカディア教会はあちこちにある。国が保護しているわけではないけれど、国営孤児院と繋がりが出来てしまえば、さらに勢い付くかもしれない。それが一番怖い。
「あなたは教会に金が流れるのを心配されているようだが、慈悲と教会を分離する必要は確かにある。孤児院では白い垂(たれ)を外させればどうだろうか」
あ……!
アルカディア教徒は朝日が登り始めと日が沈む頃に像を拝むと言う。その教徒時間だけアルカディア様式でいて、孤児院に入るときは乳母(ナニー)として働いて貰えば賃金として彼らが潤っていく。
「孤児院で話をしてみます」
翌日、ドロテアとノンナ……アルカディア教徒の女達は、僕の提案を手放しで受け入れ、僕は賃金を教会に使わないように話をした。
すると、賃金で僕の絵姿を購入して良いか聞かれてしまい、言葉に詰まった僕を苦笑しながら、デューク様が聞き出したのには、孤児院に貼るのだとか。
僕を宗教の対象にしてほしくないんだけどな。
実はアーリア女王陛下即位の際、王家の絵姿が出された。考えられたのはグラン侯爵殿下で、僭越ながら僕の男装いの絵姿もある。飛ぶように売れたって話をしてくださったのは複雑なんだけれど、そのお金でなにか事業をされるとのことだからよしとしている。
「奉納演舞の中心は回転にあります。美しく回ることと、剣の角度に注意してください」
一階の大広間、僕はその中心でデューク様よりアルカディアの宝剣を貸していただく。アルカディアの宝剣は、血族が持つなら重くない。それは後から分かった事実なんだけど、つまりは僕も血族……オリヴィエール様の血を受け継いでいるんだって思い知らされたりして。
午後の広間にいるのは、アーリア女王陛下と、アリシア姫殿下、そしてデューク様、カーリン、見たいとごねて後からアン義理姉上の剣の特練を受ける羽目になったアーチボルトだ。
僕はその愛おしい人々の前で奉納演舞を舞う。
胸巻と腰巻はきつく、巫女服はゆったりと流し、腰の飾りベルトで留めている。全ての宝飾品を外す代わりに、裸足の足首には金の鈴輪。流し髪に首にはシルクストールを長く巻き、足元までひらつかされいる。喉仏を隠す苦肉の策だけど、うん、大丈夫。
「伯母様……素敵」
「アリシア姫殿下、足捌きだけではなく、腕の動き、体の交し方をご覧ください」
まずは水平に、それから回転しながら剣を立てる。裾が綺麗に左右に開く。
剣を立てたら左右に縦から切り結び、また回転。しなやかに伸びやかに。
回転しては横に切り結び、下から上に剣を輝かせ、最後に斜めから上に。
まるで光を纏っているかのように軽い。神々の祝福が皆様に届きますように……。心地いいシャンッ……鈴の音が鳴り響き、静寂が訪れる。
僕は荒い息を深く吐いて整えてから、デューク様が歩み寄ってこられるのを見た。剣をお返しする時に、デューク様が少し涙を滲ませていらして驚いた。
「なにか……」
「いや、あなたがまるで神のようで……」
「ふふ……神のように舞いました」
少し冗談めいた言い方をしたのだけれど、剣を返した瞬間、身体がずん……と重くてデューク様に縋り付いた。
アリシア姫殿下の悲鳴と、アーリア女王陛下の息を飲む音、それからカーリンが部屋を出た足音が頭の中で響き渡る。
僕はデューク様の腕の中で気を失って、起きたら王宮離れの僕らの寝室で、僕は巫女服を脱がされていて、目の前にはグラン侯爵殿下の怖い顔だった。
「レディ、大丈夫か?グランは貧血だと言ったが」
サヴナが僕の肩にバスローブを掛けてくれる。
「デューク様は?」
「全く……。青のレディがやらかしてくれた後始末に奔走中だ」
ええ?僕が何を!
「遠隔でリーリアムの竪琴を鳴らすな!レディは今後、正式な巫女舞をするな!わかったな!!」
グラン侯爵殿下が僕の脈やら瞼の色やらを確かめながら話すところによると、僕の巫女舞の直後、円形闘技場のリーリアムの竪琴がせり上がり『黄金の獅子』が鳴り響いたらしく、警備隊が動揺して王城に駆け込むし、曲を聴くために円形闘技場の前には人が集まってしまうしで大混乱だったらしい。
「……すみません」
「アリシアが謝りたいと話していたが、どうする?下でカーリンと待たせてある」
僕は
「会います」
と立ち上がる……あーららら、めまい。
サヴナに支えられてブラウスにスカーフをふわりと立ち上げ首元を隠し、キュロットと靴をはく。ラフな格好だけれど、サヴナが肩から幅広のシルクのストールを掛けてくれた。
ゆっくり階下に降りていくと、アリシア姫殿下がカーリンと廊下で待っていらして僕はキュロットだけれど女貴族として膝を曲げて礼を取る。
「伯母様、まさかこんなことになるなんて、ごめんなさい」
エントランスの横の応接室に招き入れると、サヴナがお茶を持って来てくれた。
アリシア姫殿下が黙ってしまったので、僕はどう話していいか困っていると、
「私、伯母様の舞を見ていて音楽を感じました。私、伯母様みたいにリーリアムの竪琴を鳴らします!絶対!だから頑張りますっ!」
と拳を胸につける。
コロッセオでアルカディアの宝剣を用いて奉納演舞をすればリーリアムの竪琴は鳴るから大丈夫だよ。
「……お小さい頃のルーネ様によく似ていらっしゃいますね」
小さな声でカーリンが呟いた。
「そう?」
「ザフルフに負けた時のルーネ様にそっくりです」
そうかなあ。僕は曖昧に笑っておいた。
奉納演舞の日。
アリシア姫殿下は巫女服を来て見事に舞を舞った。アルカディアの宝剣はアリシア姫殿下には長いのだけど、振り回されてしまうこともなく、僕の動きをなぞり、足捌きも綺麗で、割れんばかりの拍手の中で、リーリアムの竪琴が鳴り響く。
息を切らしたアリシア姫殿下の満足そうな可愛らしい顔と秀麗な容姿に魅了され、群衆の熱狂はアリシア姫殿下の絵姿を購入していき、僕はアリシア姫殿下が未来の女王陛下としての資質を感じていた。
「さすが、伯母上のお子様だけありますね」
王族護衛の任についていたアーチボルトがアーリア女王陛下の背後に座っている僕にだけ聞こえるくらいの音量で小さくぼそと呟いた。
「アーチー?」
「実はアリシア姫殿下は伯母上とデューク様のお子様でしょう?だって伯母上そっくりのお顔と御気性ではございませんか。噂になっていますよ。幼年学校でも、アリシア姫殿下のじゃじゃ馬ぶりは有名です」
今年から士官幼年学校に行っておいでのアリシア姫殿下が、男爵の子を庇って馬糞塗れの大乱闘を繰り広げられたのは有名な話だ。僕も聞いているが……。
「ルーネ伯母上も、あのニールス伯爵に馬糞を浴びせたではありませんか。流石に親子だと……」
「そんな噂があるのですか」
僕の動揺を見ても、アーチボルトは
「はい!この度のアリシア姫殿下の舞のそっくりさを見てなお確信しました。アリシア姫殿下はルーネ伯母上のお子様だと。しかし、僕は口を閉します。ルーネ伯母上との二人だけの秘密みたいですね!」
なんなんだ、この自信満々な笑みは。アーチボルトは間違いないですよ、と太鼓判を押して自己満足しているし、僕は剣をアリシア姫殿下から階下で貰い受け反対側に座るデューク様をちらりと見た。
デューク様はふ……と笑われただけで、噂を肯定も否定もしてくれず、アーチボルトは瞳はキラキラと輝かせている。おい、噂の出所は、アーチボルト、お前じゃないのか?
そして……。
ローゼルエルデ王国では、寒い冬になる前に、アーリア女王陛下のもと国営慈善事業として、アルカディア教会の横に孤児院を作ることになった。王国の孤児救済事業の責任者は次期女王と決められ、アリシア姫殿下が抜擢された。
「女王陛下からの国営慈善事業の責任者の任、承りました」
アリシア姫殿下がきちんと礼をし、デューク様より書き記しの書状を頂く。
アーリア女王陛下のカーヴァネスであり、お子様方の教育係として僕も国営慈善事業のサポートを行う。
今年の冬も雪が多そうだ。でも孤児院は薪をたくさん焚いて暖かくしよう。僕は大事業に緊張するアリシア姫殿下に微笑みかけ話しかけた。
アルビオン王国からは、アンジュリカ女王陛下と王配であるシャルルゥ殿下、交易拠点となったネオポリスからは元王妃様と名代であるアリアさんが参列し、近隣諸国からはお祝いの書状が届いた。
僕とデューク様は十三歳になられたばかりのアーリア女王陛下の左右に立ち、アーリア女王陛下のお子様の三歳になられた金の髪で青い瞳のアリシア姫殿下、一歳になられた赤毛に金の瞳の男子の双子、ヨシュア殿下とジョジュア殿下がお椅子に座っていて、お側仕えのマーシーが眠たくて泣きそうな双子の後ろに控えている。
いつもなら午睡のお時間だから、仕方ないと思う。
アリシア姫殿下は純潔の白のドレスを今日から召されていて、僕はなんだか亡くなった姉上に似ていらっしゃるなあなんて思っていた。
アリシア姫殿下と目線が合うと、アリシア姫殿下がふ…と大人びた笑みをお見せになり、僕は前を向いた。
ホールには全ての成人貴族が集まり、外には解放された王宮広間に市井が溢れていたけれど、近衛隊がしっかりと守っていた。
アーチボルトはもう七歳になっていて、お子様たちの側仕え騎士としてカーリンと共に控えていて……そんな中、元老院のエディーラ女伯爵が女王の冠と新たに作ったアルカディアとローゼルエルデの紋章を型取り金の薔薇をちりばめた宝玉錫杖をアーリア女王陛下に渡した。
「今度こそよき女王におなりなさい」
アーリア女王陛下が頷き膝をついて頭を下げると、豊かな赤髪に王冠が乗って、ファンファーレが鳴り響き、僕とデューク様は宝剣を抜き、左右から刃を重ねた。コロセオにある竪琴が革命の唄をかき鳴らし、僕らの剣鳴りに音を添えた。
そんな即位式から二年。
「ルーネ伯母様はこんなに優美で美しいのに、どうして男装をなさっているの?」
また、毎日のように聞いてくるのは、お美しく成長されているアリシア姫殿下だ。
僕はアーリア女王陛下即位式からずっと、男装で過ごしている。
「女王陛下がご命じになられたからですよ」
「そうなの?お母様が?」
「はい」
アリシア姫殿下の部屋は二階のアーリア女王陛下がお小さい頃に使われていた部屋だ。ニールスに馬糞塗れにされた頃の散々たる様子は当然なく、柔らかな色彩のカーテンと白木の調度品が良く似合っている。
アリシア姫殿下は普段着の黄色のドレスの裾をひらひらさせながら、僕と一緒に演舞の練習をしていた。
「ルーネ伯母様は奉納演舞を舞われたのでしょう?」
「ええ、二度ですよ。さあ、もう一度」
模造刀を手にするとアリシア姫殿下と動きを合わせる。すり足、引き足……。
「ぐらついていますよ」
「難しい」
僕も最初、大変だったからなあ。アーリア女王陛下は熱心に学ばれて、五歳から即位まで毎年デューク様からアルカディアの宝剣を賜り、奉納舞を舞われた。
美しく知的にお育ちなさったアーリア女王陛下は僕より少しばかり背が高くていらっしゃって、それはアンジュリカ様のお血筋だからなんだけれど……少し悔しい。
そんなアーリア女王陛下が即位式の朝、
「ルーネ、お願いがあるの。これからは男の装いで過ごしてもらえないかしら」
とお話しくださったんだ。
「今まではお兄様の左右にドレスの私とルーネがいたわ。私は逆の姿を市井に晒すことにより、私の女王としての責任を感じたいの」
「よろしゅうございますね。アーリア女王陛下は華やかな装いで、左右に質実剛健のデューク宰相と、美麗優美な男装のルーネ女伯爵なんて、絵姿で出回りそうですわ」
とマーシーが悪乗りして……。僕は左右の髪を一部上げた男貴族スタイルで髪を流し、頂いている青い色を崩さないキュロットとベストと白と銀の縫取りをふんだんにあしらった燕尾風ドレスジャケットを着ている。パンタロンの方がいいんだけれど、アーリア女王陛下は僕のヒールレースブーツ姿が素敵と繰り返され、パンタロンは許してもらえないんだ。
でも、女装より遥かに楽で、僕としては嬉しいんだけれど。ただ、女性の男装ってスタイルを忘れては駄目だと自身に言い聞かせている。
「御御足がお綺麗ですから、大丈夫でございますよ」
アーリア女王陛下から頂いた男装の衣装を皮切りに、デューク様からもお召し物を頂き、僕のワードローブは一気に男装に変わる。
僕のドレスはマーシーが持って行き、お子様たちの服に替えるのだと言っていて、アリシア姫殿下の今日のお召し物は、僕の最初の頃のドレスを染めて手直ししたものだ。
「私もルーネ伯母様の奉納演舞が見たかったわ。裾捌きが難しいの」
「毎年お母様のご様子を見られていらっしゃるでしょう?」
「私はルーネ伯母様のが見たいの!」
おっと、舞いながら癇癪を起こしてしまわれた。誰だよ、この気質は!アリシア様の見知らぬお父上様、とても沸点が低いお血筋ですよ?
王宮医師であるグラン侯爵殿下は教えてくれないし、サブナもそれに関しては教えてくれない。周りはアーチボルトだって思っているし、そうなのかもしれないけれど、アーリア女王陛下が身篭られたのは九つで、アーチボルトは四つ下だ、五歳ってお褥にはいかないだろ。じゃあ、アーサー兄上かなあ……アン義理姉上公認で?なんか少し違和感。
「アリシア姫殿下、お茶のお時間です。お迎えに参りました」
扉をノックして入ってきたのは、僕の甥っ子でもあるアーチボルトだ。金の巻き毛に少しくすんだ青い瞳は兄上そっくりで、しかもアーサー兄上の緩いふわっとした性格まで受け継いじゃってる。
すぐ下の妹君のセレニアの方がよっぽどアン義理姉上寄りの性格で、赤金の柔らかい巻き毛と赤い瞳は可愛らしいのに、性格は漢気溢れている。僕としてはチャランポランのアーチボルトより、セレニアに伯爵家を継いでもらったほうがいいと思う。
「ルーネ伯母上もいらしたのですね。お呼びするように言いつかりましたので、ご一緒に」
「アーチー」
アーチボルトに向かってアリシア姫殿下が、声を掛けた。
「アーチーも、ルーネ伯母様の巫女姿での演舞を見たいでしょう?」
おいおい、何を言い出すのですかーー!!
僕の甥っ子は喜色の笑みを讃えて、「もちろんであります!アリシア姫殿下っ!」と拳を握りしめる。
「お二人とも、わたくしはいたしません。そもそも、奉納演舞は王族方のいえ、王位を継がれる姫殿下のための演舞です。わたくしの演舞は本来あってはならないのですよ」
お諌めしたもののアリシア姫殿下は、引き下がる気はなさそうで……やれやれ、誰に似たやら。アーリア女王陛下に諫めてもらおうと僕は考えた。
三階にあるアーリア女王陛下のお部屋に行くと、隣の政務室に籠られていたデューク様もいらっしゃって、久々に大勢でのお茶会になった。
「アーリア女王陛下、ご体調はいかがですか?」
なんと四人目をお身ごもりになっているアーリア女王陛下は、悪阻のため少し痩せられていて、五フィート以上ある身体に部屋着のゆったりした物をお召しになり、シルクショールを肩から掛けて椅子に座っていた。
「大丈夫よ、ルーネ。心配はいらないわ。それよりもアリシアを任せきりにしてしまって申し訳なくって」
見事な赤髪を左肩で軽く結び長く前に流したアーリア女王陛下は、アーリア女王陛下の寝台で午睡から目覚めないヨシュア殿下とジョジュア殿下をちらりと眺めて、マーシーにお茶の準備を促す。
マーシーの声に反応したお側仕えの女官がワゴンを引いて入って来た。
「新しい子ですね。お名前は?」
僕が声を掛けると、茶色の髪を切り揃えたそばかすの浮いた顔を真っ赤にして、
「ロニエと申します。あの、あのっ……ルーネ伯爵様っ、孤児院で絵姿をお見かけ致しました。私を……私たちをお救いくださりありがとうございますっ」
と頭を下げるんだから僕はびっくりして、マーシーを見る。
「ザフルスがルーネ様のお話を良くするからでしょうね。王宮でのしつけを見直しておきましょう」
マーシーが「言われたことだけを告げるのがマナーです」と一言付け加え、ロニエを下がらせた。
「ルーネ、孤児院ってなんなのです?」
僕はアーリア女王陛下に顔を向けてお話をする。
「シオーネの町にある身寄りのない子供を集めて面倒をみる場所のことです。わたくしの領地ではもう長い間領主の慈善として予算に組み入れられています。そこで学び育った者が屋敷で働き、今はマーシーの下で王宮下働きとして数名働いています」
僕の言葉に耳を傾けていらしたアーリア女王陛下がデューク様を見られた。
「お兄様、この慈善事業を国で行えないかしら?」
デューク様は突然降って湧いた事業にしばし思考を巡らせ、
「ふむ……。先だってあなたの領地に行く算段がついたので、その時にイーグットに聞くとしよう。それから、アーリアの提案に添えるか考えよう」
と苦目のシロップを絡めたプティングを口にされた。僕の物も苦くて…僕はシロップをすくわずに食している。
「だめよ!ルーネ伯母様を連れて行かれてはっ!絶対に嫌!」
椅子から立ち上がり叫んだアリシア姫殿下をたしなめようとアーリア女王陛下が座らせるけれど、アリシア姫殿下はデューク様を睨んで、
「絶対にだめ!もうじき奉納演舞をしなくてはならないのに!だめよ!」
と涙を目に溜められる。なかなか上達しないからか、焦っていらしているんだ。
「ルーネは毎年この時期に南の領地シオーネの視察に行くのだ。孤児院のこともまとめなければならない。国営事業の妨げをしてはならない」
毎年の視察を怠れば、市井は不安になる。不安は不満に繋がり混乱が起こる。貴族である僕らは市井を混乱させてはならないんだ。
「アリシア、デューク伯父様にお謝りなさい」
アーリア女王陛下がマーシーのようにピシリと嗜める。アーリア女王陛下の性質はマーシーに近い感じがする。三歳からマーシーがお側仕えしてきたからかなあ。アーリア女王陛下は元々しっかりとされていて、デューク様の支えもあり、女王として母として頑張っていらしている。僕もしっかりしないと。
「お母様っ……私はっ……」
「心配なら、ルーネに巫女姿で舞って貰えばいいのよ。本当ならば母である私が見せるべきだけれど」
ううっ?
「あっ!デューク伯父様、ごめんなさい。私、本当に焦ってしまっていて。でも、ルーネ伯母様がお帰りになられたら巫女姿での奉納演舞を見せていただけるのですもの、我慢します」
う、ううっ!
「アリシア姫殿下、ルーネにしっかり学びなさい」
デューク様まで!
「ルーネ、私が昨年着た巫女服を下賜します。マーシーに直してもらうといいわ」
アーリア女王陛下の言葉がとどめになり、ああ……僕は舞う羽目になるんだと苦目のシロップ掛けプティングがさらに苦く感じた。
僕はもう二十五なんですよ、アーリア女王陛下……巫女服なんて薄物……ばれますって、男だと。
ちらりとマーシーを見ると、まかしてくださいとばかりに胸を張っていて、僕は全面的に降伏するしかなかった。
僕の南の領地シオーネに行く時には、僕は伯爵服として華美ではない男の服を着て、髪も貴族様式の後ろでの一つまとめでリボンで結える。
デューク様はシオーネに行く時の『デュオ』仕様になっていて、いつもかき上げている前髪を垂らし、少し若く見えた。綿のシャツに茶色ベストと黒いズボンって格好は従者そのもの。
僕らは王宮の離れ屋敷から出て、カーリンが用意してくれた伯爵用の二等引き馬車に乗り込んだ。
「ルーネ様、今回の視察は孤児院からですか?」
護衛兼馬丁としてカーリンが前に座り馬車を走らせながら、窓を少し開けた車内に話しかけてくる。
「うん。それからイーグットに孤児院の運営運用一覧を出すように伝えてくれ」
それから窓を閉めると、デューク様に向き直った。
「あの、デューク様。国営孤児院は少々難しいかも知れません」
デューク様は意外だという顔をされた。
「父に聞いたことがあります。実はガリア公国においてですが、領主の慈善事業で孤児院を作るのは普通です。理由は二つ。一つは事業事業にあたる予算は国に報告しなくていいため、資産隠しとして使われてきたのです。もう一つは一夜の花として、欲望処理に使うそうです。貴族の子弟のお試しの相手にもするとのこと。孤児は領主の持ち物として自由も奪われます。国営孤児院としても、貴族が管理する限りガリアでのようなことが起きるかも知れません」
「う……む。しかしシオーネではそうはなっていない」
「父上たち先代には自負があったのかもしれませんね。アルカディアの血を、解放と平等を生きたアーレフ様とレティーシア様の血筋を持つものとして、孤児を平等に扱うと」
もちろん僕だってそうだ。自警団の数人は孤児院出だったし、僕の遊び相手も孤児が多かった。彼らと学び育った僕も彼らを害するなんて考えない。でも、貴族しか知らない貴族ではどうだろう。ニールスみたいな奴らに任せられるか?
「なるほど。では、あなたは国営孤児院の手立てをどう考えられる?」
「ローゼルエルデの中で爵位に関わらない者が国営孤児院に携わる方がよろしいかと」
自分で言っていて、そんな人たちがいるのか?と思う。
今回はアーリア女王陛下御一団もいないので、一昼夜馬車に揺られ昼過ぎにはシオーネの端についた。
うたた寝をしていた僕とカーリンは、馬丁になっていたデューク様に起こされ、シオーネの広場前に来て馬車から降りて伸びをする。
「まあ、ルーネ様!」
広場でマルシェを開いていたアリアさんが大きな声を上げる。
月一マルシェはアリアさんが考えた出店スタイルで、出店料が僕の収益になるネオポリススタイルだ。これならシオーネにお店を持たない者も毎月シオーネで自分の商品を売ることが出来るし、自分の店に呼ぶことも出来る。
「元気そうだね、アリアさん」
「元気ですよ。デュー……デュオも元気そうね。ザフは今、南の警護に行っているわ。もうじき帰りますが、よかったらお召し上がりになりながら、お待ち下さいな」
広場にはテーブルと椅子が置かれていて、僕らは馬車を連れて屋敷に行くカーリンを見送りながら、椅子に座った。デューク様はさっと椅子を前に引いてくださり、従者(ペイジ)役を始められ、
「みんなー、伯爵様がいらしたわよー。自慢のものを持っておいでーー!」
とアリアさんの掛け声に僕の前には食事から置物や飾りが溢れてしまった。
ザフルフが来るのを待って、ザフルフと一番北にあるシオーネの孤児院に行くと、僕は驚いた。多分デューク様はもっと驚いただろう。
服の上から白い布を……アルカディア様式つまり二枚の布を左肩で一纏めに結え、上下に垂らして腰でベルトをするスタイルの男女が孤児院で子供の面倒を見ていたんだ。しかも隣には教会がある。
僕はザフルフに振り返り剣に手を掛けた。
「ルーネ様、待て!話を聞いてくれ」
父上が男爵の頃は、ジーン隊長が孤児院を引き受けてくれていて、だから男爵を継いだザフルフもきちんと孤児院を運営してくれると思っていたんだ。
「伯爵様、お待ち下さい!!」
剣を抜こうとした時、子供をあやしていたアルカディア教徒の女が僕の前に来て額を地につけ平伏する。
「男爵に願い出たのは私です。お手打ちなら、私を」
老婆の域に差し掛かる女は、僕の前でそれ以上動けずにいた。
「ザフ、話しを聞かせてくれ」
ザフルフは首を掻きながら、
「昨年末また悪性感冒が少し出て、南のアルカディア教の子供が四人孤児になったんだ。そいつらがシオーネに来たんだが、その時に連れてきた二人が居ついて世話役になってしまった訳だ」
と話す。
僕らに脈々と受け継がれている爵位として矜持としては、この地に害なさぬ限り望む者を否定してはならない。それはアルカディア教徒でも同じだ。
「そんでまあ、教会が欲しいって言うから、町の奴らが少しずつ出し合って」
「子供たちに宗教を強制はしていません。ただ、子供達を慈しみ育てることは、アルカディア教の解放平等の精神に繋がるのです」
老婆の言葉に、僕はふーっと深い息を吐いて剣から手を離した。
「今までの世話係の乳母や教師は?」
ザフルフが女の変わりに答えた。
「二人がいるから通いに変えた。成人して子供の数は十二人に減ったし、赤ん坊はいない」
「立ち上がりなさい。教会を見せて欲しい」
僕がザフルフに話すと老婆がよろよろと立ち上がり、木の小屋のような教会の扉を開けた。
教会と孤児院は扉で完全に分離されていたし、祭壇にはアーレフ様とレティーシア様の絵姿がある。なんとなく僕の巫女舞の絵姿に似ているのは気のせいだろうか。
「おばあちゃん」
中で洗い物をしていたアルカディア教徒の女は、カーリンくらいの歳かなと思う。アルカディア教徒の服装をしていた。
「ルーネ伯爵様だ」
アルカディア教徒の女は平伏し、
「この地への滞在を許してくださりありがとうございます」
と僕に告げた。勝手に許可したのはザフルフなんだけどね。
「ザフ、子供達を見せてくれ」
子供達は清潔でご綺麗な格好をしていたし、たくさん食べられているようで安心した。読み書きも出来ていたが、日々の生活の様子に僕は少し難癖を付けた。
「掃除や料理も全てあなた方がやってしまっては、子供達が何も覚えられない。五歳になれば手伝いをさせなさい」
アルカディア教徒は子供に尽くしすぎているって感じだから。
「ザフ、このアルカディア教徒の二人に孤児院運営を任せようと思う。しかし、孤児院に宗教を持ち込むな。あと、教師を変えろ。マーシーが嘆いていたぞ」
躾が行き届いていないのは、アルカディア教徒の甘やかせすぎかもしれないけどね。
孤児院の様子を見てから、南の警護の様子を見て、僕らは町の馬車で屋敷に戻った。
その間もデューク様は黙っていらして、何かを考えているようだった。だから僕も黙っていた。
屋敷に着くとイーグットが僕の欲しい書類を出してくれていて、僕はデューク様を後ろに控えさせ自室に入る。もう随分日が暮れていて、デューク様が蝋燭の火を近づけてくれた。
「ありがとうございます」
「ルーネ様、こちらを」
ああ……もう従者のままだ、デューク様って!イーグットが持ってきたお茶を出してくれて。
「アルカディア教徒には賃金を払っていないのか……」
今までの孤児院の運営費は院長にはお金が発生しなかった。と言うか、ここ最近であるならば、ジーン隊長とマーシーが泊まり込んで世話をしてくれていたし、ザフルフに変わってからはシオーネの屋敷の者が泊まり込んだりと苦慮してたみたいだ。イーグットにも実情を聞きたいな。
食事はデューク様扮するデュオと共にって訳にはいかなくて僕は一人食事をして、デュオはイーグット達と後で食事を取るのがこの屋敷での決まりだ。
僕がいない間にデュオであるデューク様は黙ってイーグットの従者の役割を聞かされていて、使用人の女性達から声を掛けられていたりした……らしい。市井は黒髪を厭わないし、未だ独身のデュオは魅力的なんだろうなあ。
食事の後には部屋の奥の浴室の湯張りされていたから、僕は服を脱ぎ捨ててざぶんと入った。うん、少しぬるいや。デューク様は熱い湯がお好きだから、これは眉をひそめるかな。
「ふーーー。身体凝ったなあ……」
一昼夜馬車に揺られた身体を伸ばすと、髪を束ねて上げて目を閉じた……ああ、気持ちいい……。
「ルーネ様」
「わあっ!」
僕はびっくりして湯の中で腰を滑らせ、受け止めてくれた腕にしがみついた。
声は間違いなくデューク様なんだけど、余りに気を抜いていたからあまりにびっくりしたんだ。
「大丈夫ですか?」
「デュー……」
しっ……と口を閉じされて、
「タオルはそちらに。あとは私が行います」
とデューク様が扉の外に声を掛けた。
「分かりました。では失礼します」
使用人が出て行く音が聞こえる。僕が呼ぶまではもう朝までこない。僕は息を吐いて、デューク様の腕を離した。
「髪を洗って差し上げようかと」
「では、一緒に入ってください」
デューク様は少し片眉をあげてから、服を脱がれて裸体を晒し、湯に入る。二人入れば湯は少し溢れるけれど、僕はデューク様の腹に背中をくっつけてくつろいだ。
香りのよい花がふわふわと浮いていて、デューク様が
「くつろぐのは、久々だ」
と湯ごと花をすくった。
低い艶めいた声は、僕をぞくりと戦慄かせる。僕の心の中にはいつもデューク様を求める僕がいて、僕はそれを愛おしいと感じている。
口づけを賜りたくて、髪を洗ってくれている口実のデューク様に頬を寄せた。気づいてくださったデューク様が、唇を合わせてくださり、押し当てるだけのものから、深く深く合わせて舌を絡めてくださって……。
「デューク様……お手を……」
「ああ、ここか?」
「んっ!」
湯の中で僕の下肢を触れてくださり気持ち良すぎて、僕は後ろ手にデューク様のお腰の物に触れた。
デューク様もすっかり高ぶっておられ、僕は握り込みきれない大きさをさすり、切っ先を僕の狭間にぬくぬくとつけて刺激する。
「あなたにこのようなことをされると……堪えられない」
デューク様はざぶ……と僕を抱き上げて湯から出ると、濡れたままの僕ごと寝台に横たえたから、首に腕をかけて伸ばし唇を合わせた。
「あれ?お酒の香りがしますよ」
「イーグットに立て続けに飲まされた。きつく香るか?」
「嫌いな香りではないです。シードルではないですね」
「ゲルマン王国から取り寄せたビアだとかで、イーグットの秘蔵のものをいただいた」
イーグットってデュオのこと、めちゃくちゃ気に入っている感じだ。
「いい香りです……」
ビアのアロマを感じながら開かれ、僕はデューク様のお腰にまたがる格好でデューク様の固さを埋め込まれた。
「あ、あ、あ、奥まで……」
感じたい快楽はまだ違う。腰を揺らしていると髪が解けてふわりと腰まで覆う。
「ルーネ……!」
気持ちよくてデューク様の上で上下に揺れてしまう淫らな僕を見せながら、デューク様の固い熱さに擦り付けた。
「あ、あ、あ、ああ~~っ!」
「ううっ……!」
僕はデューク様の上で硬直してデューク様の腹に体液を散らし、デューク様は僕の中にびくりびくりと放っている。それすらも気持ちが良い。
「デューク様がよく見えます」
満月の月明かりの薄明るさの中でデューク様の裸体が見える。三十過ぎてもしなやかで美しい筋肉と肢体。僕はデューク様のこの均整の取れた身体が素晴らしいと思う。
「デューク様が好きでたまりません」
「あなたを愛している」
僕らは互いに抱きしめ合い、僕は泣きそうな感情が湧き上がっきて困った。
「好き……好きです……愛しています」
「私もだ……ルーネ」
再び兆したデューク様に翻弄され、僕がデューク様の胸に縋り付き精を散らしてしまっても、デューク様は下から攻め立てられた。
僕は手足が痙攣するくらい感じて、事後のぬるい湯に漬けられても身動き出来ず、本当に髪から全身を洗われて、寝台に横たえられる。
「髪を乾かそう」
普段からデューク様は僕の髪をタオルで挟んで乾かしてくださる。それから薔薇油をつけてブラシでとかし……僕が面倒で洗い晒したのを見兼ねてなのかな?腰を過ぎた長い巻き毛は正直面倒臭いけれど、僕はデューク様の伴侶で女伯爵なんだ。
「あなたの美しい髪はまるで神々の織り成す奇跡だ」
ふふ……デューク様は詩人でいらっしゃる。
シーツを交換した寝台で僕はデューク様の膝枕の心地よさに微笑んだ。またブラシをかけてくださっていて……ふふ、僕は気持ちよさに目を閉じた。
「孤児院……どう思いますか?」
「イーグットは正直、困っているようだ。孤児院の予算はあるが、人が集まらない。だから屋敷の者を孤児院に割くことになると」
今日は会わなかったけれど、父上やジーンがこちらにくることもあるし、屋敷は維持しなくてはならない。ましてやイーグットには広くなった僕の領地の管理を任せている。
「これは私の考えだが、アルカディア教徒が孤児院を運営していくのは悪くない。今あるアルカディア教徒の教会の横に孤児院を建てれば良いのだから」
アルカディア教会はあちこちにある。国が保護しているわけではないけれど、国営孤児院と繋がりが出来てしまえば、さらに勢い付くかもしれない。それが一番怖い。
「あなたは教会に金が流れるのを心配されているようだが、慈悲と教会を分離する必要は確かにある。孤児院では白い垂(たれ)を外させればどうだろうか」
あ……!
アルカディア教徒は朝日が登り始めと日が沈む頃に像を拝むと言う。その教徒時間だけアルカディア様式でいて、孤児院に入るときは乳母(ナニー)として働いて貰えば賃金として彼らが潤っていく。
「孤児院で話をしてみます」
翌日、ドロテアとノンナ……アルカディア教徒の女達は、僕の提案を手放しで受け入れ、僕は賃金を教会に使わないように話をした。
すると、賃金で僕の絵姿を購入して良いか聞かれてしまい、言葉に詰まった僕を苦笑しながら、デューク様が聞き出したのには、孤児院に貼るのだとか。
僕を宗教の対象にしてほしくないんだけどな。
実はアーリア女王陛下即位の際、王家の絵姿が出された。考えられたのはグラン侯爵殿下で、僭越ながら僕の男装いの絵姿もある。飛ぶように売れたって話をしてくださったのは複雑なんだけれど、そのお金でなにか事業をされるとのことだからよしとしている。
「奉納演舞の中心は回転にあります。美しく回ることと、剣の角度に注意してください」
一階の大広間、僕はその中心でデューク様よりアルカディアの宝剣を貸していただく。アルカディアの宝剣は、血族が持つなら重くない。それは後から分かった事実なんだけど、つまりは僕も血族……オリヴィエール様の血を受け継いでいるんだって思い知らされたりして。
午後の広間にいるのは、アーリア女王陛下と、アリシア姫殿下、そしてデューク様、カーリン、見たいとごねて後からアン義理姉上の剣の特練を受ける羽目になったアーチボルトだ。
僕はその愛おしい人々の前で奉納演舞を舞う。
胸巻と腰巻はきつく、巫女服はゆったりと流し、腰の飾りベルトで留めている。全ての宝飾品を外す代わりに、裸足の足首には金の鈴輪。流し髪に首にはシルクストールを長く巻き、足元までひらつかされいる。喉仏を隠す苦肉の策だけど、うん、大丈夫。
「伯母様……素敵」
「アリシア姫殿下、足捌きだけではなく、腕の動き、体の交し方をご覧ください」
まずは水平に、それから回転しながら剣を立てる。裾が綺麗に左右に開く。
剣を立てたら左右に縦から切り結び、また回転。しなやかに伸びやかに。
回転しては横に切り結び、下から上に剣を輝かせ、最後に斜めから上に。
まるで光を纏っているかのように軽い。神々の祝福が皆様に届きますように……。心地いいシャンッ……鈴の音が鳴り響き、静寂が訪れる。
僕は荒い息を深く吐いて整えてから、デューク様が歩み寄ってこられるのを見た。剣をお返しする時に、デューク様が少し涙を滲ませていらして驚いた。
「なにか……」
「いや、あなたがまるで神のようで……」
「ふふ……神のように舞いました」
少し冗談めいた言い方をしたのだけれど、剣を返した瞬間、身体がずん……と重くてデューク様に縋り付いた。
アリシア姫殿下の悲鳴と、アーリア女王陛下の息を飲む音、それからカーリンが部屋を出た足音が頭の中で響き渡る。
僕はデューク様の腕の中で気を失って、起きたら王宮離れの僕らの寝室で、僕は巫女服を脱がされていて、目の前にはグラン侯爵殿下の怖い顔だった。
「レディ、大丈夫か?グランは貧血だと言ったが」
サヴナが僕の肩にバスローブを掛けてくれる。
「デューク様は?」
「全く……。青のレディがやらかしてくれた後始末に奔走中だ」
ええ?僕が何を!
「遠隔でリーリアムの竪琴を鳴らすな!レディは今後、正式な巫女舞をするな!わかったな!!」
グラン侯爵殿下が僕の脈やら瞼の色やらを確かめながら話すところによると、僕の巫女舞の直後、円形闘技場のリーリアムの竪琴がせり上がり『黄金の獅子』が鳴り響いたらしく、警備隊が動揺して王城に駆け込むし、曲を聴くために円形闘技場の前には人が集まってしまうしで大混乱だったらしい。
「……すみません」
「アリシアが謝りたいと話していたが、どうする?下でカーリンと待たせてある」
僕は
「会います」
と立ち上がる……あーららら、めまい。
サヴナに支えられてブラウスにスカーフをふわりと立ち上げ首元を隠し、キュロットと靴をはく。ラフな格好だけれど、サヴナが肩から幅広のシルクのストールを掛けてくれた。
ゆっくり階下に降りていくと、アリシア姫殿下がカーリンと廊下で待っていらして僕はキュロットだけれど女貴族として膝を曲げて礼を取る。
「伯母様、まさかこんなことになるなんて、ごめんなさい」
エントランスの横の応接室に招き入れると、サヴナがお茶を持って来てくれた。
アリシア姫殿下が黙ってしまったので、僕はどう話していいか困っていると、
「私、伯母様の舞を見ていて音楽を感じました。私、伯母様みたいにリーリアムの竪琴を鳴らします!絶対!だから頑張りますっ!」
と拳を胸につける。
コロッセオでアルカディアの宝剣を用いて奉納演舞をすればリーリアムの竪琴は鳴るから大丈夫だよ。
「……お小さい頃のルーネ様によく似ていらっしゃいますね」
小さな声でカーリンが呟いた。
「そう?」
「ザフルフに負けた時のルーネ様にそっくりです」
そうかなあ。僕は曖昧に笑っておいた。
奉納演舞の日。
アリシア姫殿下は巫女服を来て見事に舞を舞った。アルカディアの宝剣はアリシア姫殿下には長いのだけど、振り回されてしまうこともなく、僕の動きをなぞり、足捌きも綺麗で、割れんばかりの拍手の中で、リーリアムの竪琴が鳴り響く。
息を切らしたアリシア姫殿下の満足そうな可愛らしい顔と秀麗な容姿に魅了され、群衆の熱狂はアリシア姫殿下の絵姿を購入していき、僕はアリシア姫殿下が未来の女王陛下としての資質を感じていた。
「さすが、伯母上のお子様だけありますね」
王族護衛の任についていたアーチボルトがアーリア女王陛下の背後に座っている僕にだけ聞こえるくらいの音量で小さくぼそと呟いた。
「アーチー?」
「実はアリシア姫殿下は伯母上とデューク様のお子様でしょう?だって伯母上そっくりのお顔と御気性ではございませんか。噂になっていますよ。幼年学校でも、アリシア姫殿下のじゃじゃ馬ぶりは有名です」
今年から士官幼年学校に行っておいでのアリシア姫殿下が、男爵の子を庇って馬糞塗れの大乱闘を繰り広げられたのは有名な話だ。僕も聞いているが……。
「ルーネ伯母上も、あのニールス伯爵に馬糞を浴びせたではありませんか。流石に親子だと……」
「そんな噂があるのですか」
僕の動揺を見ても、アーチボルトは
「はい!この度のアリシア姫殿下の舞のそっくりさを見てなお確信しました。アリシア姫殿下はルーネ伯母上のお子様だと。しかし、僕は口を閉します。ルーネ伯母上との二人だけの秘密みたいですね!」
なんなんだ、この自信満々な笑みは。アーチボルトは間違いないですよ、と太鼓判を押して自己満足しているし、僕は剣をアリシア姫殿下から階下で貰い受け反対側に座るデューク様をちらりと見た。
デューク様はふ……と笑われただけで、噂を肯定も否定もしてくれず、アーチボルトは瞳はキラキラと輝かせている。おい、噂の出所は、アーチボルト、お前じゃないのか?
そして……。
ローゼルエルデ王国では、寒い冬になる前に、アーリア女王陛下のもと国営慈善事業として、アルカディア教会の横に孤児院を作ることになった。王国の孤児救済事業の責任者は次期女王と決められ、アリシア姫殿下が抜擢された。
「女王陛下からの国営慈善事業の責任者の任、承りました」
アリシア姫殿下がきちんと礼をし、デューク様より書き記しの書状を頂く。
アーリア女王陛下のカーヴァネスであり、お子様方の教育係として僕も国営慈善事業のサポートを行う。
今年の冬も雪が多そうだ。でも孤児院は薪をたくさん焚いて暖かくしよう。僕は大事業に緊張するアリシア姫殿下に微笑みかけ話しかけた。
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