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第三章 レーヌ・ローゼルエルデ編

17 薔薇の命妃

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 ローゼルエルデのこの春は初めて水害が全く無くて、デューク様は各地域での作物の様子と、水害がなくなったため山の方で放牧山羊拡大のための道の整備に十日ほど出ていた。

 僕はアーリア姫殿下とダンスの練習をしたり、新しく来た帝王学の先生の講義を受けたりしていて案外忙しい。

 今日は新しく立ち上げた国営時計工場の技師としてなんとオーガスタが来訪し、僕に銀の懐中時計をくれた。

 アーリア姫殿下は五歳にしてもう十歳の子ども達くらいの背丈でいらして、オーガスタを抜いてしまわれている。オーガスタは腰を抜かしていて、思わずアーリア姫殿下と笑ってしまった。

 夜、ゆっくりとした時間を過ごしたあと、アーリア姫殿下に本を読んでからお休みの接吻をされて…しかも唇の端に!近頃のアーリア姫殿下はおませさんで困ってしまう…僕はアーリア姫殿下においとまし、僕とデューク様の屋敷に向かう。

 女近衛隊の一人が付き添ってくれた先には、灯りをつけておいてくれた二階屋敷があり…。

「お休みなさいませ、王妃様」

「お休みなさい」

 なんか慣れないけれど、僕は期限付き王妃として屋敷に入る。

 そのまま彼女はアーリア姫殿下の部屋の警備に移るんだ。僕らの屋敷には賊が入ろうが別に構わないって感じで、まあ、懲らしめてやるけれどね。

「……っ!……」

 玄関に入って鍵をかけて、空気が違うから身構えてしまい、それから肩の力を抜いた。

「嫌だな、デューク様、お意地が悪いです」

 デューク様が薄暗い玄関で待っていてくださって、

「お帰りなさいまし」

とデューク様の左手の甲に接吻をした。

 それから唇に接吻。抱き込まれ抱きしめられ、

「十日振りのあなただ…」

男らしい香りで僕を淫惑する。

 だから

「十日分…お慈悲を」

と囁いた。

「明日は朝から女近衛隊と稽古だろう」

 なんて囁きながら、僕と二階に上がっていくデューク様はふむ…と小首を傾ける。

「気になさらずとも」

「今の私はあなたを抱き壊してしまいそうだ」

「壊してしまわれたら、明日は付きっ切りで看病いていただけるでしょう?」

 ああ…僕はデューク様に飢えているんだ。

「では、あなたの誘いを断る由も無い」

 そう破顔して寝台に横たえられた。

 手酷く暴くのでは無い濃密な愛撫に僕は散々泣かされ、ドレスを全て脱がされた頃には、デューク様が欲しくて欲しくて膝を立てしまう。

 指と唇と舌で感じる箇所を見つけては、身体中を丹念に触れられ、ただ触れられただけで僕は溢れ出してしまい、デューク様の逞しさを埋め込まれて更に噴き出した。

「あっ…あっ…う…うっ!」

 どうしようもない。また次の快楽の波がやって来て、僕の身体はデューク様の下で痙攣を繰り返す。

「こ…怖い…こわ…い…ひっ…ああっ!」

 感じすぎて下肢の感覚がビリビリとしていて、ぐんっと押し込まれ体内に熱い迸りを感じて、僕の目の奥でチカチカと光がちらつき…意識を飛ばした。

「ルーネ、ルーネ?」

 耳元で呼ばれて意識が戻って来る。デューク様は僕の身体から離れていて…寂しくて腕を伸ばす…けれど動かなくて…。

「デューク様…」

 声が…叫びすぎて酷い。

「あとで蜂蜜酒を持とう。すまない、本当にあなたを抱き潰してしまった」

 鷲鼻に黒い前髪が掛かって、デューク様が腕枕をなさって僕を見下ろしている。

「大丈夫です…でも…手足が痺れて…」

「十日振りのあなたは色めかしく美しく、我が身を止められなかったのだ」

 耳に痒しとはこのデューク様の褒め方だ。

「あなたを連れて行きたかった。美しい麦畑を」

 僕は近づいた顔の唇めがけて接吻をして、デューク様が僕を抱き寄せられる。

「夏にはあなたの故郷に行こう」

「え…?」

「わたしはデュオであり、我が友ザフルフと話したい」

「そうですね。ザフは馬鹿ですが気のいいやつです」

「ああ」

 確かにそうだが、デューク様は国王だぞ?僕が不安になっていると、

「今回の視察もだが、私を王族と知るものはいないようだ」

と腕枕でお呟きなさる。

 黒髪…それだけの理由で、デューク様は王族と認められていないんじゃない。爵がデューク様を認めていないから、デューク様は国王として知られない。

「知られていないってことが動きやすいのもありますね。デューク様、実はデュオのご自身をお気に召しています?」

 あ、大正解だ。デューク様がくしゃりと破顔される。

「あんな風に扱われるのは初めてだったが、人として見られているのだと…嬉しくもあった…」

 あくびをさなるデューク様は眠そうで、僕はデューク様の脇の下あたりに収まって丸くなる。

 身綺麗にするのは明日だ。僕も眠たい…すごく。

 独り寝では絶対に味わえない暖かさの中で僕は目を閉じた。






 僕がアーリア姫殿下からのお使いを賜って、城の政務室に行くと、兄上とアン義理姉上がいて、

「これは王妃」

と礼を取られてしまう。

「やめてください、兄上、義理姉上あねうえ。公式の場以外では、いつものように接してください」

 そう頼み込んだ。すると兄上はどかりとソファに腰掛け、「詰めろ、邪魔だ」とアン義姉上が兄上の足を蹴って隣に腰掛ける。

 デューク様は一人掛けの椅子に腰掛けられ、いつもの仲が良いだか悪いだからの兄夫妻を苦笑気味に見ていらした。

「昼前に珍しいな、あなたがこちらにいらしてくれるなど」

「はい、アン義姉上に、アーリア姫殿下から刺繍されたスタイを差し上げるようにと」

 部屋に入って行く兄上を見たから来たんだけれど、まかさアン義姉上までお揃いでいるのには驚いた。

「これは…絹作りではないか。これを我が息子アーチボルトに…」

 白絹に黄色く染められた絹糸で薔薇を刺繍した『よだれかけ』は刺繍手習いを始められたアーリア姫殿下の第一作目になる。

 マーシーが実用性のあるものでと言って渡したスタイに、アーリア姫殿下が頑張って刺繍されたものだ。

 絹作りって貴族の衣装の中では珍しくないのだけれど、赤ちゃんに絹ってところに驚いたんだろう。

「ところで皆様お揃いでどうされましたか」

 デューク様に横に座るように促され僕が座ると、アン義姉上が書き付けた羊用紙をテーブルに出した。

「女近衛隊と第一近衛隊を混合にし、第一近衛隊アーサー隊、アン隊としたのだ。どうだろうか」

 デューク様が僕に意見を求められたんだけど…どうかと言われても…。

 二つの隊のパワーバランスはいい。兄上の隊に女性が入り、義姉上の隊に男性が入る。

「デューク様、日々の鍛錬も合同ですか?」

 デューク様が頷かれた。しかし…これは…本来の目的は…。

 僕がまさかと思って顔を上げた途端、兄上のしたり顔と出くわした。

「さすが、僕のルーネだね。聡いなあ」

 つまり…アーリア姫殿下の配偶者候補…だ。血統を絶やさないためだ。

「しかし…今の近衛隊では…」

「布石を作っておくためだ。アーサーの発案だが、悪くないと私は思うぞ。過去に近衛隊員と女王のロマンスがなかったわけではないからな」

 アン義姉上も加えて話す。

「そうなれば、アーチーの王配も…いててて!アン、耳を引っ張らないでくれるかな!」

「お前はまだ王配を諦めていないのかっ!アーサー」

「だって、アーチボルトは僕とルーネに似て、綺麗で可愛いだろう?きっとアーリア姫殿下も心動くよ」

 そう…僕の甥っ子にあたるアーチボルトは、僕や兄上同様金髪青目のやけに整った顔をしている。

 眦がやや上がり気味なところはアン義姉上に似ているんだけれど、あのハゲ親父もデレッデレで、しょっちゅう近衛宿舎に現れていた。

 実はアン義姉上は産後一週間ほどで隊に復帰し、乳飲み子のアーチボルトと世話役の女性と一緒にフレックスワークタイムっていう短い時間での事務仕事や体力作りをしていた。

 もちろんデューク様がお許しになったんだけれど、すごいことだと僕は思った。もちろん体調の優れない日は休んでいいのらしいのだけれど、これは市井では当たり前のことらしい。

 男女が分け隔てなく子を連れて働き、互いに支えあう。僕はそれを貴族社会に取り入れようとなさるデューク様に大賛成だ。

 僕がお二人の痴話喧嘩っていうのか…まだ言い合っているよいな話し合いに曖昧な笑いをし、退席しようとしたところで、扉番と誰かが言い争うような声がして立ち上がり、デューク様のソファの横に着く。

 義姉上と兄上もデューク様をお守りする形で、ソファ前に立った。

「そのまま動かないでくれたまえ」

 重厚な扉が開き第一近衛隊がありえないことに抜刀して入ってきて、僕らを取り囲んだ。

 声を掛けてきたのは、侯爵殿下でもニールスでもない。別の……銀髪…!長い髪を左右耳元ですくい上げた流し髪は、ガリアの貴族の髪型だ。

「ルイ・ルカ・ド・ガリア…」

 デューク様が酷く苦い顔をされている。ルイ・ルカ…ルカ家の長子であり、ローゼルエルデの国境線を何度も犯してきた筆頭だ。僕らシオーネはルイ・ルカの下っ端軍隊とも何度も戦ってきた。

「ガリアなんて捨ててやったがね。僕のホームになる場所に住み着く黒い蟻を踏み潰しに来たよ。お前の罪は、国家偽証罪だ。連れて行きたまえ」

 僕らは抵抗しようとしたのだけれど、デューク様は先に僕らを制した。

「構うな。二人は編成をそのまま進めてくれないか。ルーネ、アーリアを頼む」

 デューク様より少し年上…グラン様よりも若そうなルイ・ルカは奇妙におどおどとしているニールスを伴っている。

「王妃よ、喜びたまえ。明後日には黒い蟻は処刑する。そうすればあなたはこの正当な血筋ニールスと結ばれる。黒い蟻の胤ではなく王家の胤ならば子が成せるかも知れませんよ」

 それにはデューク様が怒りを剥き出しにして反抗なさり、抜刀寸前で、第一近衛隊隊長に止められる。

 はっ…ニールスと婚姻って?はは、笑ってしまう。

「アルカディアの剣をこちらに。王妃であるわたくしがお預かりいたします」

「……いいだろう。私もローゼルエルデの奇跡の人の機嫌を損ねたくない」

 ルイ・ルカがデューク様のお腰から宝剣を引き抜き、屈んで僕の耳元に囁いた。

「あなたの奇跡を私にもお恵みを。あのコロッセオのように」

 毎年、アーリア姫殿下とアルカディアの剣とソレスの剣を交わらせ、コロッセオの最上階にあるリーリアムの竪琴を響かせている…あれを聞いたことがあるのか…。

「では」

 アルカディアの剣を僕に手渡すと、デューク様を追い立てるように連れて行ってしまった。







 アーリア姫殿下のお部屋に三人で行くと気丈にも泣いてはいず、でも握りこぶしを何度も握り堪えていた。

 室内にはグラン侯爵殿下とサヴナ、そしてマーシーがいて、中に入った扉番のカーリンが不安そうな表情を見せる。

「お兄様が…直系譜に名前がないのを知ったのは…雪花二月の頃…。アラバスタにルーネのことを話して相談をした時に、アラバスタが教えてくれたの」

 父上…あのハゲ親父…知っていたのか…。

「アラバスタ元伯は女王の小部屋に入ることは誰もできないから、秘密は秘密裏にと、アーリアに告げたそうだ。俺が見るに女王の小部屋の鍵穴が傷ついている。強引に開けた跡がある。そして…」

 古い継ぎ合せを繰り返した羊用紙をグラン侯爵殿下が手にされている。

「青のレディ…いや、王妃は見る権利がある。だが、アーサー、アン、お前たちは…」

 兄上と義姉上は共に、

「グラン侯爵殿下、見せていただきたい」

と答え、

「デュークの友であり、それでもデュークを王と支えたい者として」

と揃えるように声を上げた。

 では…グラン侯爵殿下含め父上とデューク様派と呼ばれる彼らはその覚悟があってのことなんだろうか…父上は知っていた。

 グラン侯爵殿下は羊用紙を開いて最後の欄を指差した。テーブル一杯の羊用紙には、最後の名前…アーリア姫殿下の名前が示されており、エルリカ女王陛下の配としてジョージと書かれていた。

 ジョージ…って、アルビオン王国のアンジュリカ女王陛下の兄君の名前…って、そんことよりも…アーリア姫殿下の名前の前にも…デューク様の名前がない。

 エルリカ女王陛下の兄上である二人のうちご生存のカルル公爵殿下がニールスの父君だ。見ると、アーリア姫殿下のお祖母様の名は、レティアナ。お二人はガリアのルカ家の方の血を引いているんだ…。

 御庭師様たちは、歴々名だたる王家の方々でいらっしゃった。どこの馬の骨なんかじゃない。

「女王以外でこの系譜を見たのはこの五人だけだ。くれぐれも口外はしないように。まあ……ニールスは見ているから、この事態だがな」

 そう、ニールスは多分見ている、そしてルイ・ルカもだ。いつだろう…僕の領地に行った時か?

「皆さま、とりあえず落ち着かれなさいまし」

 マーシーが紅茶を入れくれて、僕らはソファにめり込むように座った。そこに、グラン侯爵殿下が、

「いいか、お前たち。勘違いしているようだが、デュークは間違いなく亡くなったエルリカ女王の子だ。ご出産に俺も父の助手として立ち会った。王の子であることは間違い。系譜に名がないことだけが問題なんだ」

と付け加えられる。

「ルイ・ルカはそこを突いてきたのか。国を追われた腹いせにローゼルエルデを手に入れようって魂胆だろうな」

 義姉上が呟いて兄上を見た。二人とも背格好が近くて見上げるより見据えたって感じで。

「処刑って言っても、せいぜい国外追放だろう?僕らには何もできないよ。だって明後日だろう…って、痛いっ」

「この腰抜けめっ!間違いなく処刑だ!」

 義姉上が兄上の脛を蹴る。多分…国外追放なんて生易しいものでは済まされない。明後日…明後日までに何ができる?考えろ、ルーネ。

 ルイ・ルカは…そうだ…違和感がある…なんだろう…。

「サヴナ、ヒューチャー殿下からいただいた王室名鑑を持ってきて」

 ヒューチャー殿下は市井の娯楽の一つである本を、アーリア姫殿下にくださった。

「王室名鑑…?ああ、アーリアの机の本立てにあるやつ」

 手渡された厚めの本をパラパラとめくりながら、

「どこの王家の誰が美しいだとか書かれていて、しかも絵姿付きです。若い貴族の女性は王家貴族の絵姿を見ては喜ぶのだとか」

と話しながら、探していたページに行き当たりその説明書きを読んだ。

 やっぱりだ…僕は、僕の考えにに賭ける!

「皆さんにお願いがあります。失敗したら…国家転覆罪にあたるかもしれません。でも、わたくしは王を…我が夫を助けたいのです」

 処刑…追放…どちらもごめんだ!この国はこの兄妹方のお二人の国だ。

「俺はレディの、いや、デュークの『兄分』だからな。何をしたい?」

 グラン侯爵殿下は即座に答えてくれた。

「グラン侯爵殿下には、リシャール伯爵殿下と父君に親書を。それから北の国境にいるヒューチャー伯爵殿下に親書をお届け下さい」

 内扉前で控えていたカーリンが僕の前に来て片膝を付く。

「私は近衛隊に所属していますが、ルーネ様の臣。どうか私にもご命令を」

「無論、そのつもりだ。シオーネへの伝令を頼む。早馬はローチャを貸す。明後日に間に合わせろ。ああ…父上とジーン隊長の居場所が知りたい。マーシーを呼べ」

「はっ!」

「アン義姉上、カーリンの近衛隊任を一時的に解除してください。近衛隊まで巻き込むわけにはいかない。第一近衛隊は当日まで通常業務をお願いします」

 冷静に、だがまくし立てたあと、僕は口調が素に戻ってしまっていることに気づいた。

 アン義姉上は僕の右手をそっと包み、

「やはりあなたが一番だ。あなたの気性にとてつもなくときめく。私はあなたの義理の姉だ。何か…出来ることはないだろうか」

と、なんだかやけに艶めいた声で話される。

「明後日、王宮広場に人を集めて下さい」

 アン義姉上の領地は王都から近い。僕の画策に必要だ。でも何より、近衛隊が通常業務であらねばならないんだ。さとられてはならない、絶対に。

「それだけか?」

 僕は頷いた。

「はい。でも、明後日、国王陛下審問と同時に開門してください、必ず」

 泣かずに堪えているアーリア姫殿下を、僭越ながら両膝をついてお抱きしめあげ、僕はアーリア姫殿下に誓う。

「必ずデューク様をアーリア様のお横にお戻しします」

 初めてアーリア姫殿下の敬称を「様」と呼んだのは、義理の…偽だけど…義姉の…家族としての気持ち。

「ルーネ、泣くのは…お兄様が横に来た時って…決めて…いるの」

 涙が溢れそうなアーリア姫殿下の蜂蜜色の瞳は、デューク様のものと同じだ。

 だから兄妹に間違いはない。

「わたくしは市井に向かいます。マーシー、ジーンと父上の居場所は」

 マーシーが包みを持って入って来た。

「存じておりますわ。では、お着替えなさいまし。ルーネ様、サヴナ」







 僕が帰って来たのはデューク様審問の前日の夜。

 サヴナに教えられたルートで城に戻ると、僕らの屋敷に戻って来る途中のサヴナに遭遇した。

「ここで大丈夫です。ありがとう」

 サヴナの声…僕に本当に似せている。シルエットから僕の動き方まで…僕そのものだ。

「では、失礼します」

 扉の前で挨拶を交わすと、女近衛が戻って行く。

「レディ」

 機微に聡いサヴナが扉を開けると僕を呼んでくれて、僕は暗闇の力を借りて屋敷に忍び込んだ。

 食堂にいくと小さな灯りを灯し、僕らはクスリと笑ってしまった。

 だって、僕らは立場を反対にして目の前にいる。

 僕は市井の着古した綿の服にキュロット、髪、顔や手足は灰でわざと汚していて、サヴナは全身に白粉を塗り白く見せて、金髪のかつらをかぶっていた。

「湯はないが、水を浴びよう。レディは髪まで汚している」

「そうだね、サヴナ、一緒においでよ」

「えっ…ちょ…っ…」

 デューク様は熱い湯がお好みで、夏場でも熱い石を足す。今は…いないから、水を浴びるしかないけれどさっぱりするし、僕らには必要だ。

 嫌がるサヴナを引っ張ると、浴室で服を脱いで驚いた。

「サヴナ…僕と身長が同じだ」

 並んだ上背も…全く同じ。

「ああ、体重も筋肉の付き方も同じようにしろと、グランから言われている」

 髪と目の色…肌の色だけだ…違う…の…は…えっ!

「脇腹の傷!位置も同じ…ってまさか…」

 水をザブザブと浴びて白粉を落としたサヴナは、濡れた立ち耳と髪をぶる…と振って小首を傾げる。

「ああ、グランが切った。レディの身代わりになるためだ。大したことじゃない。レディは俺に名をくれた。レディの為に生きるのが俺の生きる証だ」

 それは…グラン侯爵殿下にも言われた。

 万が一今回の目論見が失敗した場合は、デューク様と僕を逃すと。その時は、国家反逆罪として僕に扮するサヴナが処刑される。

 ガリア革命で使われたものと同じ斬首台が、王宮地下に一台ある。王族は縛り首なんかにはしないのだということらしい。

「サヴナ…僕は君にどうお礼をしたらいいかわからない」

 僕は水をかぶりながら告げる。

「何もいらない。俺はレディから名前をもらえた」

 そうじゃなくて…なんでもいいから…とサヴナの身体を抱きしめた。

「……レディを名前で呼んでいいか、一度だけ」

 僕は躊躇なく頷く。

 獣人にとって名前は、命より大切なものだと聞いた。ヤマトではその人の本質を伝える真実の名前、真名があり、通し名とは別の名前があるそうで、大事な人の真名は、二人だけの時にしか呼ばないのだという。

「……………ルーネ」

「うん」

 僕らは性愛ではなく、友愛で深く深く繋がっている。だって僕らは求め合いはしなかった。身体は兆さず求めず精神的に僕らは繋がり…不可欠無二の存在となったんだと思う。






 深夜。

 僕は誰もお供を付けずに、王宮の地下に向かった。元々静かな王宮で、通いの料理人たちや使用人は王都の街に帰って行く。僕らのようなシステムは珍しいようで、ヒューチャー殿下も驚かれていたっけ。

 当番近衛隊を除けばわずかな人数でいられるのは、国が平和な印だと思う。

「国王陛下に会いに来ました」

 泣き腫らしたような顔の近衛兵が僕を見て、地下門の鍵を開ける。更に階段を下ると地下部屋があり、そこにデューク様はいらした。

「あなたか…」

 二日振りのデューク様は髭を剃っていないためやや野性味に溢れていらして…やつれた色香にぞくりとする。

 ああ…僕は高揚しているんだ。デューク様をお助けするための一計に酔っている。

 もしもだとか、万が一すら考えられないほどに。

 椅子に腰掛けているデューク様に跨ると、衣摺れをたてながらドレスの裾を開く。

「どこにきき耳があるとも限りませんので…」

 僕は下着をつけていない下肢をデューク様に寄せて囁いた。

 デューク様は僕の意図を理解されたようで、肩から羽織るマントを外し僕の背中を包み、抱きしめて下さる。

「あなたの求めに応じられないほど、私は出来ていないのだが…」

 つまり…応じてくださいますね…。デューク様の哮りを感じて僕は接吻を賜りながら、パンタロンをずらしてデューク様の熱さに触れた。

「うっ…」

「準備をしてまいりました。お召し下さい」

 すぐに挿入はいってきたデューク様の哮りは熱くて太く、何度か押し引きしながら奥へ入り込み、僕はデューク様の首に縋り付き声を噛み殺した。

「うっ…んっ…」

「ああ…ルーネ…ルーネ…」

 僕の腰を抱き締めているデューク様の深い深い小さなささやきに、心の奥から御方への情愛が溢れ出す。
「デューク様、お慕い申し上げています。デューク様を失ったら生きては行けません」

 喘ぎ混じりに囁き返すと、デューク様は力強い突きで僕を攻めて激しく突いて来て…。

「あっ、あっ、くぅっ…。ひあっ…ううっ…!」

 デューク様の肩にしがみつき大きな声を出さないように喘いでしまい、

「……うっ!」

と、息を詰めたデューク様が二度三度ビクビクッと身体を震わせ僕の中に迸らせ、僕は震えながらデューク様の手の中に精を出した。

 欲望が放出される快楽に僕の身体は痙攣し、最奥にいるみっしりと充実したデューク様のものを締め付けてしまい、

「うっ…あ…あ…」

と小さく息を吐いて弛緩して行く。まだ…足りない…そう思うけれど…。

「続きは…明日ですね。必ずお救いいたします」

「……あなたはなにをするおつもりか」

「革命を起こします。処刑なんて絶対にさせません」

 接吻をした唇を重ねて囁く言葉は物騒なんだけれど…僕はゆっくりとデューク様の上から退いた。

 デューク様は掌の僕の精をペロリ舐め、無精髭の浮いた顔をざらりと撫でる。

「あなたの精で元気が出た。今日は国王らしく振る舞ってみせよう」

 僕は身支度を済ますと、デューク様から接吻を再び賜り、数時間後の革命の後の燠火を灯したままで。







「直系譜にデュークの名前がないことはあきらだ。この黒い蟻は王族と偽った。偉大なるローゼルエルデ王国の核に居座り、この国を破滅に導いていく悪魔だ」

 僕とアーリア姫殿下は五段上の王の位置、デューク様は階下に両膝を付き両手を後ろ手に拘束されている。

 ルイ・ルカがその横で饒舌に語り、ニールスは僕になんだろういやらしい視線を浴びせていた。

 大広間には元老院と、ニールスの父君カルル公爵殿下、ニュートリア第ニ位姫殿下と乳母、そして母君と、グラン侯爵殿下しかいない。

 内々で処理してしまう気なんだろう。

「王国を我が物にしようとする国家偽証罪に当たる。アーリア第一位姫殿下、どうだろうね?」

 嫌なやり口だ。アーリア姫殿下に同意を求める。同意は肯定だ。つまりアーリア姫殿下に認めさせたいんだ。

「確かに…兄の名前はありません」

 アーリア姫殿下は静かに答える。

「でも兄は国のために…」

「偽証して、あなたを謀り、乗っ取るためでしょう。国を盗るためにはまず、姫殿下あなただ。次に貴族をふるいにかけ、そして、姫殿下のよい臣下に見せかけて国を陥とす」

 大広間の外のエントランスには人がまだいない。

 間に合わなかったかザーフ……と思った時、人がなだれ込むように入ってきた。

「デュオーーっ!無事かーーっ!」

 ザフルフの大きな野太い声が聞こえる。

 来た!

 ざわつく市井にザフルフは叫ぶ。

「俺の友デュオがいわれもない罪で殺されるんだ。市井を助けろ。この野郎っ!国王を出せーーっ!」

 そこに低い響く声が。煽るように…ジーン隊長!

「罪なき市井を守れ!国王を出せ!」

「国王を!」
「国王出てこい!」
「国王ーーっ!」
「市井を馬鹿にしてやがる!」
「出てこいっ!」

 ざあっ…とした声が波になり、国王に対する、市井処刑を誹謗する叫びになる。

「だ…だれか…黙らせろ…こんな…」

 ガタガタと膝を震わせたルイ・ルカが、ぎこちなく窓際を見て悲鳴を呑んだのが分かる。そのままストン…と腰を床に落としてしまった。

 大広間とエントランスを遮るものは、窓と三段ばかりの外階段だけで、そこには第一近衛隊が守りを固めている。しかし…ルイ・ルカよ。お前の母国、ガリア王国の市井より遥かに近い距離で叫ぶ市井にお前は耐えられるのか。

 さあ、我慢比べだ。声は怒声と変わり、窓に詰める第一近衛隊は押さえきれないという風態で、窓から中を見ている。

「ニールス、だ、黙らせろっ!」

 ニールスは悲鳴のような声で、元老院横に控えている第二近衛隊に指示をし叫んだ。

「近衛兵ども、銃を使え!扉から追い出し…」

「おやめなさい、ニールス。第二近衛隊は王宮を守る兵ではないわ。いわば国費で賄う私兵」

 エディーラ女伯爵がぴしりと言い放ち、壁際に並べられた椅子から立ち上がると、デューク様の前に立って語りかけた。

「デューク、この事態を収束出来るのはあなただけのようね。市井にお話しなさい、処刑はないと」

 拘束はされていないデューク様が立ち上がり、近衛兵に窓を開けるように申し出た。

 僕は階下に降りようか迷っていたけれど、アーリア姫殿下が震える手で僕の手を握られて、僕は立ち上がるのをやめた。

 まだだ、これからだ。

「私でよろしいのか?」

「だってあなた国王でしょう?それても誰か変わって下さる?」

 ニールスもルイ・ルカも誰もがこの怒声を鎮めるべく立ち上がろうとはしない。そりゃあそうだ。デューク様しか、国王はいない。

 デューク様が開かれた扉から現れると、静まり返った。国王と求めた人物が、黒衣に黒色の髪色だったからだ。

「国民の声により、断罪されるはずの市井は解放された。国民の声で救われたのだ」

 歓声が上がる。だが、デューク様の更なる言葉に静寂が広がる。

「私は誓おう。この身四肢血肉一片に至るまで、ローゼルエルデの国民のために使おうと」

 デューク様は国王として宣言し、国王として立っていらして…。

 処刑される筈の人物がまさか国王陛下本人だと思わない市井は、罪なき市井を助けたのは、国王陛下だと思っていた。

「国王陛下ばんざーーい」
「さすが俺たちの国王だ」

 あちこちから声が聞こえる。その中でひときわ大きな泣き声はザフルフで、「デュオーーーッ!」と叫びながら号泣しているのが僕にも聞こえる。

「国王陛下より酒が振舞われますぞ」

 父上の柔和な声が聞こえ、市井が活気に湧いた。父上の横にはデューク様派と呼ばれる爵が市井の服を着て立っていて、自らの手で酒をつぎ振る舞っている。

 父上に相談に行ったのは、市井を集めた後の収め方だった。いきり立つ市井の感情を別の流れに持って行くには酒に限ると聞いた時には疑問に感じたが、今の声を聞いてまさにその通りだと感じる。

「お子様、奥様方にはお菓子をどうぞ。王妃様、姫殿下からの御心配りですわ」

 男の人だけでは不公平ですよ、ときっぱり言ったマーシーが、厨房で作り始めたのは、市井で人気の焼き菓子で、マーシーが育てた女官がきゃあきゃあ言いながら袋に詰めていたんだ。

 歓声の外の風景とは別に大広間では、

「失礼します!アルビオン王国、ネオポリス公国、ガリア王国の御使者の方がお見えになりました」

と伝令が大広間を開けた。

「デューク国王陛下、段上に」

 僕と手を繋いでいたアーリア姫殿下は立ち上がり、デューク様を待つ。

 デューク様はマントを翻し躊躇することなく段上に上がられる。僕らはドレスの裾を摘み礼を取ると、デューク様が座った後に僕らは座った。

「アルビオン王国、アンジュリカ女王陛下より、賜りました文書と、兼ねてからのご依頼の物が到着いたしました。ヒューチャー・アルビオンです」

 アルビオン殿下が華やかな赤の礼装でデューク様に言祝(ことほ)ぎをする。デューク様が

「やっと来たか。有難い」

と本当に嬉しそうに笑われた。

「デューク国王陛下、ネオポリス公国王国代理アリア・ネオポリスですわ。国王陛下並びに、姫殿下、王妃様には幾久しゅう久遠の治世を。わたくしどもからは、アルカディアシードルのお差し入れをさせていただきました」

 ちゃっかりしてるなあ。アルカディアシードルは市井に今振舞われているんだ。ある味はワインにも勝るとも劣らない、つまりは営業だ。

「ガリア王国メロキア・ド・ブルーノ陛下よりリシャールがお言葉を賜りました。この度は陛下即位大変めでたく、友好国とてローゼルエルデ王国の益々の発展と更なる繁栄を願うとのことです」

 リシャール伯爵殿下のおっしゃりように、ニールスが噛み付いた。

「貴様っ…我が末端でありながら…」

「確かに、わたくしどもは父方がローゼルエルデ王国ニールス殿下の血筋に連なりますが、私の母方はブルーノ家に連なるものでございます。陛下への言祝(ことほ)ぎが届くのは当たり前です」

 外庭の賑やかさと相反して大広間は静まり返る。

「ルイ・ルカ。もうそのくらいにしましょう。ローゼルエルデはあなたの庭ではないわ」

 腰を抜かしたまま座り込んでいるルイ・ルカの横に来たのは、エディーラ女伯爵で、兄上と近衛隊に椅子を持って来るように指示をした。

「デューク、アーリア、それから青のレディ、下に降りて下さらない?声を張ることができないのよ」

 ふくよかで品のあるエディーラ女伯爵はルイ・ルカの横に座り、デューク様アーリア姫殿下、グラン侯爵殿下、ニールスと奴の父君のカルル公爵殿下が円座になり、各国の使者であるリシャール伯爵殿下、アリアさん、ヒューチャー王弟殿下が後ろに横一列に並んで座っていた。

 元老院のじい様達はエディーラ女伯爵の後ろあたり、つまり最初の位置に腰掛けたままで黙っている。

「さて…何から話しましょうか。私の浅はかな罪深い話をいたしましょう。お耳汚しになりますけれどね」

 カルル公爵殿下が一瞬立ち上がり、そして…ぽつりと呟いた。

「母上………しかし……」

「いいのよ、カルル。あなたにも苦労をかけました」

 母上…?

 カルル公爵殿下は、アーリア姫殿下の母上であらせられるエルリカ女王陛下の兄君だ…つまり…エルリカ女王陛下の母君…ってことは、前々女王陛下っ!!

 僕も驚いたけれど、カルル公爵殿下と元老院以外、思わず口を開けてしまうほど驚いていた。

「レティアナ・ローゼルエルデと呼ばれたいた時代もあったわね。私には二人の夫がいました。一人はガリア王室に連なる王子。そしてエルリカが十一になる頃に来たバルツ公国のユーリアン皇太子。バルツの黒い真珠と呼ばれていた知性溢れる読書家の十六の少年だったわ。彼は私の夫の名目ではではあったけれど、国を滅ぼされ戦火から逃れていた虚弱な客人を守るためのもの。美しい黒髪も我が王宮では異端。私たちは肌を合わせぬ仮初(かりそ)めの婚姻をしました」

 バルツ公国はかなり前にゲルマン王国に滅ぼされた国だ。森にはジプシーとして文化を支える人々がいて、ゲルマン王国に反旗を翻していると聞く。

「私が女王として忙しくしている間、エルリカとユーリアンが恋仲に落ちていたなんて知らなかったわ。ユーリアンが吐血して体調を崩した時、私は慌てたのよ。私もユーリアンの事を思っていたもの、好意的にね。女王の仕事を放り出し、シオーネの南の温泉地でユーリアンの看病をしていた半年…亡くなったユーリアンの遺体と帰った私が見たのは、生まれたばかりで地下牢で育てられていた赤子だったの」

 地下牢…あそこでデューク様が育てられた…なんて……なんて悲しずぎる。

「王国の貴族は空位だった女王の座をエルリカで埋めて大義名分を図ったのね。私は貴族にあれこれと文句をつけていたからていのいい厄介払いをされてしまったの。黒髪の子は見ないようにしている王宮の中で、私に味方してくれたのは、かつての私の近衛だった彼ら。世捨て人のように元老院に入り、私に名をくれて、私は元老院のエディーラ女伯爵として、デュークに名を与え、生かす為にグランに預けたのよ」

 多分…エルリカ女王陛下は、ユーリアン皇太子と母君に裏切られたと思ったんだろう…。だから、デューク様の名前もユーリアン皇太子の名前も書いていないんのだろう…。

「アーリア、あなたの手でお母様の横にデュークと父ユーリアンの名前を書いてちょうだい。次期女王陛下にしか出来ないことなの」

 アーリア姫殿下が小さな声で

「お祖母様…なの?」

と呟かれた。

「ええ、そうよ。でも、この場これっきりにしましょう。私はエディーラ女伯爵としてあなた方と国を支えていきます。さて……元老院として、ニールス、あなたのしたことは許されませんよ。女王の直系譜は女王にしか見ることは出来ません」

「し…しかし、アーリアはまだ女王ではなくとも…」

 ニールスの足掻きを、エディーラ女伯爵はピシャリと止めた。

「女王の間に居住まうということは、事実上、アーリアは女王であるのですよ。あなたが嫌がらせをした時からずっとアーリアは女王なのです」

 ニールスがずるずると椅子からずり落ちた。馬糞事件は、アーリア姫殿下を『女王』として認めてしまう布石となってしまったからだ。

「カルル、あなたの領地で伯爵が幾名か亡くなりましたね。ニールスを伯爵となさいませ。ニュートリアに公爵家を継がせ、きちんと教育なさいな。ローゼルエルデの臣としてね」

 ニールスの処罰は伯爵とすることと…事実上のニュートリア第二位姫殿下の女王権利を剥奪することだった。

 エディーラ女伯爵の声を元老院は誰も止めない。これは元老院の意思なんだ。

「ルイ・ルカ。あなたは私の屋敷にきてちょうだい。居場所を与えてあげるわ。私にガリアのエスプリにとんだ話しをしてちょうだい」

 ルイ・ルカは立ち上がると懐から短剣を出した。エディーラ女伯爵に向けられたと思われた短剣はデューク様に向けられる。

「この国を手中に収め、私を追い出したガリアと戦うのだよっ!」

 言葉とともに投げられた短剣に向かい、僕はドレスを翻し太腿に付けた短剣を逆手に取る。

 ガ…ッと鈍い音を立てて柄を跳ね上げ、デューク様の後ろに飛ばした。デューク様は僕を信じて微動だにしない。

 そのまま立ち上がるとルイ・ルカの足を蹴って掬い上げる。ルイ・ルカが床に転がり、僕はその前に立った。

「痛っ!お前っ」

 胸を一突き…いや…そんなのは生温い!デューク様を侮辱した…我が王を侮辱した罪は!

 ルイ・ルカの髪を掴むと短剣でざくりざくりと髪の毛を切った。

「国王陛下侮辱罪として、王族のように髪を伸ばすことを禁じます。そして、名をルーイと改めて、エディーラ女伯爵に使えるように命じます」

 ルイ・ルカ改めルーイは、殺されると思ったのか胸を押さえていて、僕の手が髪を掴んでもその位置から手を離しはしなかった。だから容易に腰まである銀髪は肩口までの短さになり、床に散った髪を僕は低いヒールで踏みつけた。

「あ…ああっ…私の髪が…」

「あらまあ、小姓(ペイジ)みたいね。もしかして…この一連の流れ…あなたかしら?そうよね、初めはグランかしらと思っていたけれど、あの子にはそんな冒険はできないもの」

 ふふふ…と微笑まれて、

「ルーイ坊や、この国には黒い悪魔より魔剣ソレスすら認める青の王妃がいてよ。私が守って差しあげるから、屋敷にいらっしゃい」

と微笑まれた。

 ルーイはカタカタと震えながら何度も頷いて、僕はルーイを見下ろしてにっこりと笑ってやった。

「国王陛下、王妃、剣を」

 カーリンが壇上にあった剣を持って来てくれ、僕らは互いに剣を抜き軽く刃を当てる。

 刃鳴りがしてそれなまるで音楽のようで…アーリア姫殿下は堪えていた涙をぽろぽろとこぼし、デューク様は剣を持たない左手でアーリア姫殿下を抱きしめられた。僕らは僕らのいるべき場所に揃ったんだ。








 三日振り…実は僕も二日振りの我が屋敷の門に、僕とデューク様は一緒に入った。

「お帰りなさいまし」

「ああ…あなたには迷惑を…」

「いえ…」

 ざらりとした顎髭に下から接吻(キス)をした。

「ふむ…見苦しいな。剃って参ろう」

 デューク様が浴室に消えてしまい、僕はほ…と胸をなでおろす。



 あの後………。

「名を頂き、感謝する」

「これからも国のためにお働きなさいな、デューク」

 エディーラ女伯爵…ご祖母様とデューク様の会話はよそよそしく、でも、今まで通りで…なぜか安心した。

 元老院とルーイが立ち去ると、カルル公爵殿下がデューク様に礼を取り、ご自身の家族を連れて出ていかれる。それから僕は各国からの『使者』に礼を言った。

 皆の親書は嘘じゃない。実はアーリア姫殿下が王になった時に渡されるものだったのを逆手に取ってやったんだ。アリアさんの親書だけが偽物で、ザフルフを呼ぶついでの箔付だった。

 アリアさんとしては、アルカディアシードルの販路拡大になって喜んでくれた反面、僕の秘密も知ってしまい。ザフルフには内緒にしてもらった。

 ははは…当面、僕らの食前酒はアルカディアシードルに決定だ。まあ、好きだからいいんだけれど。

 ザフルフときたら、飲んで飲んでデュオがどんなに良き親友かひたすら外で喚き散らし、アリアさんにビンタされて馬車に乗って帰ってしまった。今回の最高の功労者なんだけどな。

 僕の起こした命懸けの『革命』は、ルイ・ルカ…ルーイが金髪でなかったことから思いついたんだ。名鑑には金髪って書いてあり、彼はガリア革命で市井に王宮から引きずり出された経験からショックから髪を白くしたと僕は推測した。この経緯はあとから父上に聞いたんだけれど。大当たりだ。ショックでひと夜にて色素が抜けてしまったんだ。

 市井を恐怖する心をルーイはデューク様に見ていた。市井に多い黒髪を毛嫌いするルーイ…。市井に堕とされた権利の失墜。だからデューク様を見るなり憎しみの顔を見せていた。

 悪いが、ルーイ。僕はデューク様の黒髪を大変気に入っている。

 お腰の物の付け根に生える黒々とした豊かな黒も、脇にそよぐ黒も…僕の心の中では美しく色めき立つ。

 ああ、嫌だな…僕は高揚している。

 デューク様が…欲しい…。

 浴室の扉を開くと、水浴びをされたデューク様が刃を頰に当てられていて、僕はその水はじく背にそっと頰を寄せた。

「デューク様は…僕の全てです…」

 僕はため息交じりのまま、両手で濡れた背中をまさぐり、接吻の雨を降らせた。デューク様のたくましくしなやかな筋肉の質感を指と唇で味わい…。

「ああ、私の命全てがあなたのものだ」

 あらかた剃り終わったデューク様が僕のドレスを引きちぎるように脱がして、尻の狭間に指を入れられる。

 香油はローゼルの湯に流すものしかなく、でもそれをまとった指だけでは僕の餓えた中を満たせず。

「デューク様、も、もう、お召しくださいっ。待てないっ」

 立ったまま壁に手を付き、後ろから熱く張り出した切っ先が僕の最奥を広げ…でも、まだ解れていない肉襞はきつくて…。

「ああ、ルーネっ」

「うっ…あっ!」

「痛むのか?」

「大丈夫っ…もっと奥まで…お召しを…」

「愛している、ルーネ、ルーネッ!」

「あ…あっ…出て…出てしまうっ…!」

 僕の迸りが治ると、デューク様は体勢を変えて僕を抱き上げて下から貫いたまま、裸のままで二階に上がって行かれ、その階段を上がる揺れの悦さに、僕は悶えながらすすり泣く。

 寝台で真上から突かれ深すぎて喘ぎ泣いて、でも左右に尻肉を掴まれて打ち込まれるデューク様の逞しさが気持ちよくて気持ちよくて、僕は恥ずかしながら…体液が噴き出す経験をして…気を失った…。

 左指に違和感…で眼が覚める。

「デューク様…?」

 青い色の石をはめ込んだ指輪が目に入った。

「起きられたか?あなたの耳飾りと同じ色だ。アルビオンでは婚姻すると左の薬指に指輪をはめるのだと、アーリアから聞いたのだ」

 指を覆うくらい大きな石に驚いた。

「あなたは私の…いや、ローゼルエルデの奇跡の青の妃。青薔薇は希望を表す。あなたに出会えて本当に良かった」

 はらはらと涙を流すデューク様を抱きしめた。


 夜中にふと目が覚め、デューク様を見た。月明かりにお髭の剃り残しを見つけて、ふふ…と笑ってしまった。

 帰ってきたんだ…僕のデューク様は。

 僕はデューク様の腕の中で再び目を閉じた。






 デューク様が市井を巻き込んで国王陛下として立たれたのち、正式に直系譜に名前が載せられ、間違いなくローゼルエルデ国王となられた。

 今は新しく出来た国営の時計工場で、懐中時計を量産している。もうじきあるアルビオン王国万国博覧会に出す予定だ。

 さらには懐中時計より小さな腕に巻く時計を開発しているとか…僕らはそれら国営事業を後押しするため、懐中時計を常に手に持っいる。

 僕は時間に追われて…なんて嫌なんだけれど、国の為だから。

 そうそう、万国博覧会にはヤマト王国も出るらしく、グラン侯爵殿下がサヴナを連れて行こうと話をしていた。サヴナは迷惑そうだったけれどね。

「デューク様」

「お兄様」

「国王陛下」

 朝食後、僕らは一同に頭を下げて、デューク様に礼を取る。

「行ってらっしゃいまし」

 黒髪のデューク国王陛下は市井と共にある。僕らはデューク様と共にある。

 これが僕らのローゼルエルデ王国だ。






 本編完結

以後10年後の話に続きますが、本編のみでも大丈夫です。アーリアのその後を知りたい方のみ、終章にお進みください。
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