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第三章 レーヌ・ローゼルエルデ編

13 薔薇の青姫

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「だめです、腕は捻らないで。王宮剣術は前に突きます」

 僕は反論する余地なく、左手を腰のところに掛けて、不自然なポーズのまま、リシャール伯爵殿下に剣を向ける。

「だいたい、青のレディの剣は軽い。腰で溜めてもっと鋭く。 騎士は本来飛んだり跳ねたりはしませんよ」

「分かってますっ!でもっ…」

 身についた野戦奇襲は、ジーン隊長の『生きぬく剣技剣術』で。

「でも…ではありません。いいですか」

 リシャール伯爵殿下は剣を下ろし、反論しかけた僕に静かな口調で告げた。

「王宮剣術とはなんとしても戦って倒すものではありません。優雅に王族らしく戦い払うものです。近衛兵が来るまでの火の粉払いとお考えください」

 あったまに来るなあ…頭の血管が切れそうだ。午前中はよろよろしているリシャール伯爵殿下は午後からは辛辣な剣術指南役だ。

「そんな程度ではアーリア姫殿下の御身辺を守れません。わたくしの剣が軽いのなら、それを補うようにすることがなぜいけないのですか?」

 もうじき午後の授業に入られるアーリア姫殿下のお側に向かうために剣を腰に戻しながらやり返したはずの僕に、倍返しのようにリシャール伯爵殿下は告げて来る。

「あなたの学ぶべき剣は、未来の女王である方を守る刃なのです。なにがなんでもがむしゃらに…では、アーリア姫殿下の女王としての品性を下げますよ」

 そこまで言われますか?

 くそっ…と怒鳴り返したいところをこらえ、青いドレスの裾を軽くつまみ優雅に礼をする。

「ではまた来週に」

 僕はただにこりと笑い掛け、大広間から出た。そのまま時間に間に合うように小走りで王宮を駆け抜けた。

 リシャール伯爵殿下が、前回の件のお詫びのためにかって出てくださった王宮剣術指南なんだけど、こちらをさらりさらりと優しい言葉で否定されて、ああ、もうっ!

「ルーネ」

と低い響きのある声が僕を呼び止めた。

 午前中お部屋に籠られて政務に従事されていたデューク様と鉢合わせになる。

「デュークさ…国王陛下代理…」

 兄上含め付いていた近衛兵がざっと僕に礼を取る。僕が『色』を賜ったためだ。

 未来の女王陛下の兄君殿下の妃、今の僕の立ち位置はそこで…。

「午後からのアルビオン語の教師が体調不良で来られず、アーリアは男爵夫人と刺繍をするそうだ」

「そう…なんですか…」

 なんだあ…走って来て損をした。

「ルーネ、部屋へ」

 デューク様に招かれるまでもなく、僕は当たり前のようにデューク様の部屋へ入り、兄上達はデューク様へ礼を尽くす。

「あなたの美しい眉間にシワが」

 フロアで僕のソレスをするりと抜くと、アルカディアと並んで棚に置いて、僕を大きな胸の中に抱き込んでくださった。それから子どもをあやすようにポンポンと背中を叩いてくださり…。

「僕は子どもではありません」

とやんわり離れそうとしたけれど、デューク様はがっちり僕を抱きしめていて離してくれなかった。

「リシャールは厳しかったのか?」

「リシャール伯爵殿下は辛辣な剣客家です。僕は根底から叩き潰されています。ジーン隊長の戦術さえ否定してくださって」

「ほう?」

「ジーン隊長の悪口を言われたら、僕はリシャール伯爵殿下の剣術はもう受けません」

「確か前にも同じことを言っていたな」

 ぐっ…!た、確かに。先週も言いましたが…。で、今週もです。

「では、もう少しリシャールには『罪償い』をしてもらおう」

 デューク様の唇が僕の唇を塞いで来て、深くじっくりと舌を絡めて…ん…デューク様の手が…ドロワーズの前を触れて…。

「あ…っ…んっ!」

「怒りはこちらにもあるようだ」

 そこは…デューク様が触れてこられて…。

「あ…んっ…や…っ」

「眉を潜めたままでは業務に差し支えがあろう。鎮めておこう」

「僕は…っ…ああっ」

 ゾワってする触り方は…反則だ。服を脱がされてしまうかと思ったら、ドロワーズを緩め…待って…扉からそんなに離れていない場所…。

「スカートを持って」

「ここで…いや…いやです」

「では、寝台でたっぷりとが良かろうか?」

「それも…アーリア姫殿下が…」

「あなたのイライラを解消するのが先決だ」

 言って終わるデューク様の指先は僕の深い場所に入り込み…。

「んっ!あ…だめ…っ!」

 ググッと入れられて太い関節で刺激されると、思わず声を出してしまった。

「あなたの中は熱いな…」

 壁に向いて片手をつかされ、片手でドレスの前を手繰り寄せた格好の尻を引き寄せられて、固くて熱い灼熱が馴染んでいない僕の中を拡げ…ありありと入ってくるデューク様の熱を知るって実感を与えながら、最奥に埋められた。

「あっ……は……っ……デューク様」

「痛いか?辛いのか?」

「痛くは…ないのですが…きつい…」

「ああ…あなたが怒っているから…」

 デューク様の手が前に回って、僕の昂りに触れ握り込んだ。柔らかく触られる感覚は気持ちよく、デューク様の長大を締め付けている中がぞわりぞわりとさざ波打つ感じがした。

「ぅん…あ……っ…」

 それを待っていたかのようにデューク様が動き出した。

「あ、あっ…あ…んんっ…」

「綻ぶ花のようだ…あなたの蕾は…硬いが…触れれば…はらはらと…蕩ける…」

 午後明るい室内で、すぐ横は近衛兵が…兄上がいる…扉で…立ってまま…しかもドレスの裾をたくし上げるなんてはしたない姿…。

「んっ…んんっ……で…て…」

 床を汚してしまう…って思った時、デューク様がハンカチを添えて僕の昂りに触れて…デューク様の迸りを体内に感じながら僕は怒りから解放される。

「ん…っ…はあっ…」

「あなたの中から出たくはないが…」

 ゆっくり出ていかれるデューク様の体液が僕の中に残され、名残惜しそうに僕の狭間から出ていかれ、大きな喪失感に僕はぶるりと身体を震わせた。

 だめだ…今は…日が高くて…。

「夜に隅々まで可愛がろう。さて…怒りも溶けたようだ。リシャールは悪い男ではあるまい?」

 本当に出すだけって不謹慎さなのに、僕の頭の中はすっきりしていて、デューク様に宮廷剣技について話すと、デューク様は凛々しい片眉をひょいと上げた。

「フェイシングを知っているか?」

「ガリアの盾を持って戦うスタイルのものですよね?」

「そうだ。歩兵の戦闘スタイルだ。我々騎乗騎士は盾を持たないから馴染みがないが、盾防御にして前進する姿を騎士道として取り入れたものが宮廷剣技にあたる」

 それから置いたアルカディアの剣を掴んで、軽く振られた。

「盾を持つイメージから、身体をひねる型はない。そして室内での剣技は足を大きく開かない」

 前へ前へと向かう姿は優美であり、滑らかであり…。

 綺麗だ…デューク様の剣技は、暗闇の中の眉月のようだ。

 座り込んで見ていた僕に、デューク様はふっ……と笑った。

「魅せる剣技は実戦には役に立たない」

 ………え?

「あなたはしっかり覚えて、アーリアの子どもに伝えてほしい。私はアーリアの子どもたちに会うことは叶わないだろうから」

「デューク様…そんな…」

 デューク様はそのまま、僕の瞳に焼き付けるように動きを止めずにいた。

「アーリアが即位すれば、私はお払い箱だ。王宮には入ることは叶わなくなる」

 王族として認められていないデューク様は、今は仮として国王代理としてローゼルエルデ王国の舵取りをしている。

「しかし私は幸せだと思う。恋焦がれたあなたに寄り添い、同じ屋根の下共連れになるのだから」

 軟禁用の屋敷は日当たりのよい王宮の片隅庭に建つ。僕はそこからアーリア姫殿下の…アーリア女王陛下のカーヴァネスとして日参するんだ。

「デューク様…」

 こんなにも素晴らしい人なのに…報われない…せめて僕はデューク様の剣技を学び取ろう。きっと…いつかお伝えするアーリア姫殿下のお子様ためにも。






 週に一度の女近衛隊の訓練に同席させてもらっている僕は、号令整列の繰り返しをぼんやりと見ていた。

 アン女隊長の号令により、華やかな女近衛隊は整列し、中庭での団体訓練を終える。

「ルーネ様、お待たせ致しました。さあ、手合わせを致しましょう」

 カーリンがポニーテールを揺らしながらこちらに走ってくる。カーリンは僕の姉みたいなもので、今はカーリンだけが僕を名を呼んでる。乳兄弟という形だからだ。

「うん、あの、カーリンは宮廷剣技を知って……」

「もちろん、ないです。どうしたんですか、ルーネ様」

 僕がぼそぼそと話すと、カーリンが頷いてアン女近衛隊のところに行く。

 アン女近衛隊は新人の手ほどきに入っていたのだけれど、僕のところに来てくれた。

「青のレディ、お相手をいたそう」

 乳兄弟とも言えるカーリン以外は僕の名前を呼ぶことは、不敬にあたるらしい。

 アン女近衛隊が剣を抜く。亡くなった兄君が教鞭をとり、王宮剣技や奉納剣舞を得意とされていたらしく、アン女近衛隊はその練習をよく見られていたのだとか。

 会得できるのは王族と王族に伝える一部の教師だとかで、リシャール伯爵殿下はニールスにも教えたらしい。

「では、どうぞ」

 キン…ッ…と鋭く歯鳴りした切っ先は、僕の首元を突くように差し出され、僕はひねる動作を封じられているから、後ろに下がるしかなくただ打ち込まれていく。

「青のレディ、王宮剣技はスタートが大切なのだ。ほら、もう一度」

 今度は僕が前に出て…アン女近衛隊の剣を避けようと鋭く剣を突き出した瞬間、右腕が引き攣れるように痛んだ。

「う…あっ!」

 ビキビキ…ッと手首から肩に掛けて痛みが駆け上がり、僕はソレスの剣を落として片膝を付く。

 カーリンに抱えられて第二近衛兵舎の兄上の執務室に入った時、偶然なのか兄上とグラン侯爵殿下とリシャール伯爵殿下…伯爵に格下げされたけど間違いなく王族であるから、殿下と呼ぶわけで。あと、リカルド副隊長となんとジーン隊長…いや、ジーン男爵までいた。

「レディ…どうした、アン、一体何があった?」

 グラン侯爵殿下は僕をソファに座らせてくれたカーリンではなく、後から入ってきたアン隊長に声色きつく、まるで詰問のように聞いた。

「はっ、グラン侯爵殿下。訓練中に急に剣を落とされました」

「レディ…無理をしたな」

 グラン侯爵殿下は僕の肩にタオルをかけると肩や腕を触り、肘を持ち上げられた瞬間、

「ぅあっ!」

と叫んでしまった。

「なるほど…カーリン、レディの両肩を押さえてくれ」

「はい」

 グラン侯爵殿下が僕の肘から手首の間に手を置いて、ぐりりと親指を刺すようにする。

「あっ!待っ……いっ…!」

 叫んでも終わらなかった。目の前が真っ暗になりそうな激痛に僕は歯を食いしばり、ふっ…と意識が消えかけた。

「筋違いをするほど急激に練習したからだ」

 グラン侯爵殿下の低い声が聞こえてきて、僕はカーリンに身体を預けて頷く。

「すみません…お手数を…」

「レディは悪くない。先走ったアラバスタ元伯爵とジーン男爵が悪いのだろうが。なあ、ジーン男爵、考えてくれ。レディはレディとしてこの王宮で生きて行くことを、デュークも望んでいる。レディは閉塞したローゼルエルデの風。アーリアが白薔薇ならば、レディは青薔薇なんだ」

 ジーン隊長に詰め寄るグラン侯爵殿下は本当にデューク様の兄君みたいで…僕は僕の姉上のようなカーリンにもたれかかったまま、少し笑ってしまった。

「ならばなおさら、王宮剣術をマスターすべきだろう」

 リシャール伯爵殿下がグラン侯爵殿下に告げると、グラン侯爵殿下は頷く。

「当たり前だ。リシャール、何のために罪を不問にしたと思っている?」

「デューク国王陛下代理のためだろう?私は違う」

 僕はソファに座ったままなんだけど、リシャール伯爵殿下は僕の前に跪き、僕の左手をそっととり中指の爪に唇をつける。

「アルカディアの運命の双子の生き写しである青のレディに親子で忠誠を誓ったのだ。あなたに命を捧げる覚悟もございます」

 手を引っ込める機会を失った僕は驚いた。おっとり辛辣なリシャール伯爵殿下がそんな風に考えていたなんて。

 ジーン隊長が深くため息をついて、リシャール伯爵殿下の横で跪き頭を僕に下げる。

「ルーネ様…いや、青のレディ、ご無礼を。私は私のお伝えした『野盗上がりの無頼の剣術』を忘れていただきたかったのですが…」

「わたくしは…」

 僕は…

「ジーン男爵の剣術を尊敬しております」

 ジーン隊長の無頼の剣術こそが、人々を守ると信じている。

 あ………!

 僕はグラン侯爵殿下に向かって顔を上げた。グラン侯爵殿下がにやりと笑う。

 僕は勘違いしていたんだ。多分…ジーン隊長も。

 王宮では近衛兵が来るまで王宮剣術を、万が一の時…そんな有り得ない時だけど、そこでは無頼の剣術を使い生き延びればいい。

 僕には二つの剣術がある。使い分けられるはずだ。

「ジーン男爵の教えは忘れることなく、リシャール伯爵殿下の教えを受けます」

 僕がそう言うと、リシャール伯爵殿下はにこりと笑い、

「私は厳しいですよ、青のレディ」

と僕に目線を移してきた。

「リシャール様は気に入った人には口が悪く…申し訳ありません」

 えっ…と…リカルド副隊長がどうして…。

「リカルドは家督を弟くんに譲って、私の従者となったのです。私どもは青のレディに忠誠を誓います」

 えーっと…。

 リカルド副隊長も僕に片膝をつき臣下の礼を取る。リカルド様は確かあのそばかすの臣下の血族で…それを捨てて…。

「おや、ルーネ。どうしてここに?」

 禿げ上がってぴかぴかの頭の父上が入って来て、ジーン隊長とリシャール伯爵殿下とリカルド副隊長が僕の前に跪く姿を見て驚き、それから苦笑した。

「グラン侯爵殿下、アーリア姫殿下とデューク国王陛下代理に御目通りありがとうございます。話はつきました」

 父上がグラン侯爵殿下に頭を下げて、

「許可をいただきましたので、ルーネを女伯爵に致します」

と礼を取る。

 は?……はああ?何言ってるんだ、この禿げ親父!

「ち…父上、兄上はっ!」

 父上は兄上をちらりと見てからふふんと笑っている。兄上は何やら気まずそうにしていて、そこにアン女近衛隊隊長がやってきて、パシリと兄上の左肩を叩いた。

「二月には父になる男がなんてざまだ。私から説明せねばならないのか」

 え…ええ…えーーっ!

 ちょっと…待っ…て。兄上とアン隊長?

 驚いている僕に父上が、

「驚く偶然ではあったがね。アン女伯爵の夫としてアーサーは伯爵号を返上し、ルーネが女伯爵となり、夫となるデューク様は女伯爵配偶者となる。カーヴァネスであるルーネ伯配ならば宰相になり得るんだよ」

 あ…。

 僕は僕を取り巻く人々を見上げた。

 みんなデューク様を頂点にしたローゼルエルデ王国を望んでいる。

「そしてアーリア姫殿下はまさに女王陛下に成り得たる器であったよ。素晴らしく聡明であられる。ルーネもお仕えしがいがあろうね」

 父上が感服したように話してくれた。

 兄上とアン女隊長との話はともかく、僕は真摯に受け止めなくちゃ。悪いけど、デューク様の居場所を僕は作りたい。あんなに頑張っていらっしゃるデューク様の姿を見ていて、無位無官のまま幽閉なんかにしてなるものか。

「父上」

「うん?なんだね、ルーネ」

「兄上様に代わり、わたくしが伯号を賜ります。デューク国王陛下代理のために」

 ソファから立ち上がり、ドレスの裾を手にして礼をする。それが合図かのように、父上とジーン隊長とグラン侯爵殿下は何やら話し込み始め、リシャール伯爵殿下は

「では来週に」

と微笑んでリカルド副隊長を伴い出て行ってしまう。廊下に出る前にリシャール伯爵殿下がリカルド副隊長にお怒りなのか、噛み付くように何か言っているようだったのが少し笑えた。

 僕はソファに座りなおし、アーサー兄上をソファに誘導しアン女隊長も座る。カーリンは僕の横に立っていた。

「ルーネ、分かっているのかい?君は国境界の南の領地伯爵を継いだのだよ」

 兄上のご意見は最もだ。そう…つまりはガリア王国との国境の防衛をあの南の領地で行なっているんだ。

 元々王都にある屋敷は王宮に上がることがある父上のため買い上げた商家で、ゲストハウスになる。南の領地の屋敷が本来の僕らのマナーハウスであり、母上も姉上もそちらに眠っている。

 ガリアからの侵攻があるならば確実に南からであり、僕らの故郷は踏みにじらるんだ。ジーン隊長の元、自警団という名の戦力はある。ローゼルエルデには職業軍人なんていない。みんながみんなを守るために有事には動くんだ。

「分かっています」

 だからこそ僕らはジーン隊長の教えの中訓練していた。有事には剣や弓矢を持ち戦うために。

「ルーネ様は一人ではありませんよ」

 カーリンが僕に跪いて僕の手を取る。

「そうだ。青のレディは義理とは言え妹。その時には私も馳せ参じよう」

 王都東に領地を持っている有力伯爵であるアン女隊長の部隊が来るのは一日遅れる。でも持ちこたえれば戦力には違いない。

「ありがとうございます。……兄上との…あの……」

 アン女隊長と兄上は気まずそうに左右に横を向き、

「私には思い人がいたのだよ。初めて会った時一目惚れをし、まだ幼い彼女に思いを寄せてはいたものの告白する間も無く振られたのだがね」

とアン女隊長が語られる。

 ん?……んん?

「行きつけの飲み屋で呑んでいると、よく似た男が現れたのだ。ただ垂れ目で嫌味な笑い顔が目に付いたがな、酔うに酔って朝起きると、飲み屋の二階で隣で寝ていたのだよ」

 え…?ええっ…!

「状況からして致したのだなと理解した。そして腹には子ができたわけだが…。青のレディ…私は貴女に恋をしていた。貴女の愛しい花園の蜜を私が舐め取りたかったのだ」

 えっ…とお!アン女隊長の思い人って…………僕か!

「記憶に…記憶にないんだ」

 兄上の言葉は真実なのかも。だって頭を抱えているし。子羊の腸はどうした、兄上。

「私も記憶にはない。しかしこの垂れ目と事を致したのは、仕方なくも明白だ。私にはそれしか身に覚えがない。しかも貴女の兄上。私は貴女の義理姉として貴女を大切に大切に致す」

 アン女隊長は義理姉になるんだ…なんだか不思議。

 僕は立ち上がるとアン女隊長の手を取り、手の甲に唇をつけた。兄上はすごーく項垂れている。だってアーリア姫殿下の『お相手』たる資格を失ったからだ。

「アン義理姉上、兄上をよろしくお願いします」

 アン女隊長…義理姉上が嬉しそうに笑って、

「勿論だとも。我が義理妹よ」

と告げてくれることに、僕の胸は痛む。アン義理姉上には僕の秘密を打ち明けてはならないだろうから…。





 プロムナードでは成人に達した淑女たちが真っ白なドレスを着ている中で、壇上のアーリア姫殿下は淡いピンクの、そして僕は青のドレスを着ていた。それを見たニールスの顔ってば、思い出すたびに笑えちゃうんだけど。

 第一近衛隊副隊長になったニールスは王家でも唯一の公爵であり、跡目を継いだニールスは公爵殿下だ。だからダンスを申し込まれる淑女ひっきりなしで、でも僕を見てからは、ステップを間違えるは、淑女の御御足を踏んでしまうは。

 真っ赤になって「失敬」と謝る姿も滑稽だったし、笑いを堪えるのにアーリア姫殿下と二人して必死になってしまった。

 アーリア姫殿下のアルビオン語の教師が辞められた理由が、ニュートリア姫殿下の教師として引き抜かれたからで、グラン侯爵殿下がその教師として週一度来ることになった。

 そしてなんと石の丸橋工事を請け負っているアルビオンのヒューチャー王弟殿下がたまに現れるようになったんだ。

 僕のドレスの色に驚きはしたけれど、アーリア姫殿下に笑いかけ、

「初めまして、アーリア姫殿下。愛しの姉上が二人目を懐妊し、居場所がないのですよ。アルビオンのお話しもさせていただきます。きっと即位後お役に立ちます」

と、アルビオンを中心に三国協定を果たした話など、アーリア姫殿下はまるで物語を聞くようにアルビオン語を耳でマスターし始めて、ヒューチャー王弟殿下は凄いなと尊敬をしたんだ。

 敬愛する姉上かあ…どんな方なんだろう。ブリタニア島に流れた血を染め抜いた赤い髪を持つ武王という話なんだけど…お子様を持つ母でもある。

 アーリア姫殿下に会わせてあげられたら…即位式の後、ガリアだけではなく、アルビオンへもご挨拶に伺うのはどうだろう。

 僕は近づいてくる即位式に向けて、そう思いを馳せた。
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