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第二章 レディ・ブリュー編

外伝 マーシーとお嬢様

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「あなた、私の侍女になりませんか?」

 マーシーは目を丸くして、先ほど助けたお嬢様を見下ろした。お嬢様は男爵の娘で、王都の小さな男爵家の跡取り娘だと言う。

「なんで私が」

「私を助けてくれました」

「盗っ人から鞄を取り返しただけだよ」

 見世物小屋のナイフ使いのマーシーは、暇な時間に街をぶらついていた。すると悲鳴が上がり、マーシーが鞄を取り返すためにナイフを投げたのだ。肩に当たり鞄を落とした男は逃げていき、通りすがった憲兵に取り押さえられた。

「どうしてもお願いしたいの」

「私は金で売られてここにいるんだよ。私を侍女にしたければ、金を積みなよ」

 金髪に青い意志のある瞳は、それから見世物小屋に何度も通い、マーシーは大枚の金で買われてしまったのだ。

 マーシーは侍女であるから下働きではない。お嬢様の身の回りを整えることが仕事なのだが、下働きが非常に少ない上、食事の不味さに耐えかねて下働き同様の仕事もしている。

「お嬢様。私が侍女として必要だったのは、下町の知識ですか?」

 お嬢様は頷いた。

「私、夜這いがしたいのです」

 一瞬耳を疑った。どうなら真っ赤にした顔と鼻息の荒さは本気のようで、夜這い先は名ばかり男爵家で、身分は同じ男爵ではあるが、土地も持たない落ちぶれた若い男爵で、つい最近王都に来たそうだ。

 お嬢様の馬車がぬかるみに輪を取られ動けなくなっているところを、男爵の上着を挟んで助けてくれたのがきっかけだそうだ。

「金の柔らかそうな巻き髪に、青く澄んだ瞳がとても綺麗で……」

 お嬢様もお綺麗ですよと告げたのだが、お嬢様は社交界にも出てこない男爵を夜這いしたいと言うのだ。

「どうして選択肢が夜這いなんです?」

 お嬢様はマーシーに一冊の本を差し出した。

「読めません」

「この本には令嬢と平民の恋愛が書かれています。令嬢は平民の家に押しかけ、拐って逃げてと胸のうちを吐き出すのです」

 分かってきたとマーシーは思った。この夢みがちなお嬢様は、若い男爵の家に押しかけ、恋愛物語の真似事をしたいわけだと。つまり貴族の遊びだとマーシーは思ったのだ。

 マーシーはお嬢様に付き合って、お嬢様を深夜連れ出し、若い男爵の小さな家に押しかけると、何故か強盗にあっている真っ最中で、斬り結ぶ強盗にお嬢様を守りつつナイフを放ち、強盗を倒した若い男爵とお嬢様を出会わせ、物語とは少し違う形の夜這いは成功した。




「いやあ、あの時のマーシーは怖かったなあ。ジーンよ」

「そうでありますかなあ。アラバスタ様。わしは肩と足をナイフで刺されました」

 酔っ払いすっかり出来上がっているハゲ親父とヒゲ親父は、マーシーを見上げて笑っている。

「旦那様!あなた!ルーネ様とデューク様のこと、ちゃんと考えていらっしゃるのでしょうね」

 マーシーは城を少し抜けて、アパルトの一室に住み着いた親父二人組の世話に忙しい。

「もちろんだとも。火種が入った以上こちらも真剣だよ」

 火種が……マーシーは背中に震えが走った。

「旦那様……」

「マーシー、心配するな。ルーネの身の回りを頼むよ」

 マーシーは町衣装のドレスを広げて礼を取った。
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