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第二章 レディ・ブリュー編

11 薔薇の花姫

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 花咲き四月になり一週間後にはご生誕祭を控えたアーリア姫殿下のアフタヌーンティーに招いたオーガスタが、サヴナを見て歓声を上げた。

「立ち耳!獣人ではありませんか!撫でてもよろしいですか?」

 サヴナが無視をするものだから、僕はサヴナをオーガスタの前にやった。

「耳はレディとアーリアにしか触らせない」

 それにはデューク様が少しお笑いになる。

 デューク様も触ったことはないのだから…オーガスタには申し訳ない。

「しつけがなっていませんね、アーリア姫殿下。こう、ぴしりと…」

「だって、サヴナは友達よ」

 その切り返しにオーガスタが目を丸くした。

「獣人は鑑賞動物ですよ」

 アーリア姫殿下は首を横に振り、にっこりと笑って

「大好きだからお母様のチョーカーをあげたの。ね、ルーネ」

と僕に振って来る。

「獣人がですか?」

 サヴナの首の宝飾チョーカーを見て、さらに驚くオーガスタもやっぱり貴族子弟なのかと、僕は少しがっかりしてしまう…手前勝手なんだけど…。

「俺はヤマトの王の息子だ。そんな差別は受けない」

 きっぱり言い放ったサヴナに、

「王族…?」

とオーガスタが驚いた顔をした。

「…嘘でしょう?」

 僕に尋ねられても…ねえ。

「本当だ。俺はヤマト国王の第二皇子で、母はアイヌ国の姫だ。政治的婚姻をした」

 ヤマトの北にある国だと、シノンの教師が話していたなあ。

「アイヌ国は獣人なの?」

「ああ、北のアイヌ国と南のウチナ国は獣人だ。シノンの獣人とは違い、俺たちは人として等しく生きている」

 そのあとに、ぽつんとサヴナは第一皇子の母の策略のため、売られたのだと話してくれたけれど…その高貴な矜持は王族って感じで、僕は改めてサヴナを友人として大切にしたいと思った。

「ヤマトに帰りたいと思わないの…ですか?」

 王族と聞いて慌てたオーガスタの、王族に対する敬語の問いにサヴナが頭を横に振る。

「ヤマトが懐かしいのは、確かだ」

 言ったサヴナは、オーガスタを見下ろした。

 サヴナは僕そっくりの身長をしているんだって、今気づいた。

「俺は第一皇子の一族に疎まれた。だから策略で奴隷商人に売られてガリアに送られた。でも、それで国が収まるなら、俺はそれでいい」

「そんな…」

 僕も初めて聞いた話だった。

 僕よりもオーガスタの方がショックを受けたようで、サヴナを触ろうとしていた手を引っ込めて、ソファに座ってしまう。

「オーガスタ、気にするな。ガリアでは獣人は愛玩動物扱いなのは知っている」

「僕は…僕が恥ずかしい…」

 半泣きのオーガスタをどう慰めたらと僕が思案していると、それはいきなり起きた。

 また…だ。

「さあさあ、ガトーショコラが参りましたよ」

 どうしよう…。

 僕の変化を感じ取ったのはサヴナで、

「デューク、レディを連れて部屋へ。グランが生誕祭の警備の最終確認に来る時間だ」

と話しながらデューク様に目配せをした。

「……わかった」

 グラン侯爵殿下がいらっしゃるのはもう少し後のはずだけど、僕の身体の変化に気づいたサヴナが機転を利かせてくれたんだ。

 僕はアーリア姫殿下に頭を下げて、デューク様より先に隣の部屋へ何とか入って息を吐く。

 どうしちゃったんだろう…僕は。

 デューク様が入られると後ろ手に鍵を掛けて、僕を背後から抱きしめられた。

「例の発作が…?」

 僕は俯いたまま頷く。

 男爵家でデューク様からの愛情を受けた頃から僕の身体は妙に敏感になっていて、なんの拍子かわからないけれど情欲が湧き上がり身体が熱くなるんだ。

 なんとか騙し騙ししていたのを、検診でグラン侯爵殿下に見破られて僕は赤面するしかなくって。

「処理をして参ります」

 浴室に入ろうとするのをデューク様が止められ、僕の前に向き直ると片膝を付かれた。

「あなたはスカートを持ち上げていなさい」

 僕がスカートを持ち上げると、デューク様はドロワーズの腰紐を解かれ、僕の下肢に顔を埋められる。

「あっ…やっ…!」

 温かい咥内に包まれた僕が慌てて腰を後ろに引くと、香油を絡めた指がぐっ…と狭間に入り僕は逃げ場もなくスカートを握りしめた。

「んっ…んんっ…んあっ!」

 デューク様の長い指が感じる箇所を見つけ軽く数度押すだけで、僕はデューク様の口内へ放ってしまい、デューク様が僕から離れてしまうと、膝から力が抜けて座り込んでしまう。

「あ…口を…お汚しして…」

「構わない、あなたのものだ。あなたを開花させた者として、責任を取らせてくれないか」

 グラン侯爵殿下は僕の敏感さに気づきていて、それを『熟れた』のだと話してくれた。

「そんな時はデュークを使えばいい。レディは自分の欲望に逆らわず受け止めていけ」

 なんて言われたけれど…。

 日に数度もある性的な欲求は、緩急ありながらも続いていた。

 僕は僕を持て余していた。

 口をゆすぎボウルで指先を洗ったデューク様は床にしゃがみ込んでいる僕を抱き上げ、

「離れがたいが、続きは夜に」

と耳元で囁かれ、僕はもたらされるであろう快楽にぶるりと震える。

「そんなに色のある表情をされると困る」

 ソファに降ろされ、そんに物欲しそうにしていたのかと慌てていると、扉が開いて本当にグラン侯爵殿下が入って来た。

「こっちにいたのか」

「ああ、チョコブラウニー回避で」

 そんなジョークにグラン侯爵殿下が笑い、ソファに座って胸元から箱を出す。

 艶やかな絹張りの小箱の中には、針付き耳飾り…ピアスが入っていて、真っ赤なルビーにダイヤモンドがぐるりと散りばめられて輝いている。

「デュークからアーリアへの誕生日プレゼントだ。やっと昨日加工が終わった」

 え…?

 アーリア姫殿下を含む女性王族は生まれてすぐ耳にピアスを刺す。

 万が一身一つで逃げる際の資金にもなるからだ。

 アーリア姫殿下は小さな真珠のピアスを付けているけれど、次期女王の品格には欠ける。

 幼姫用のピアスだからだ。

 ニュートリア姫殿下と同じようなピアスでは…とマーシーが呟いていたのを、デューク様は聞いていらしたんだ。

 僕はどうしよう…すっかり困ってしまった。

「レディが一緒ならばちょうどよい。レディ、話がある。デュークも座れ」

 デューク様が小箱を机に置かれて、僕はデューク様とグラン侯爵殿下と対峙した形になる。

「次の春にはアーリアが女王になる」

 いきなりグラン侯爵殿下が言った。

「そうです」

 この誕生日からしばらくお祝いムードになるけれど、女王即位の前には、ローゼルの頃のプロムナード、奉納剣舞、新年式、戴冠式、戴剣式があり、次の誕生日に即位式だ。

「その時、今のままではデュークはアーリアのそばにいられない」

 驚いた僕に、穏やかな低い声が言った。

「今は代理であり、アーリアが即位すれば私の役目は終わる」

 じゃあ、デューク様はどうなる?

 思わず身を乗り出した僕に、グラン侯爵殿下が笑った。

「まあ、熱くなりなさんな、レディ。本当の話だ。デュークは無位だからな」

 無位…ああ、爵位を持っていない…たしかに国王陛下代理は『爵号』ではなく、通称なんだ。

「このままだと、公爵家を継いだニールスがトップとなり内務長官となり、デュークの後釜に収まる」

 そうしたら…自分の妹であるニュートリア姫殿下を擁立するために躍起になるだろう。

 下手をしたらアーリア姫殿下のお命すら…。

「そんな…」

「だからデュークには公爵待遇の侯爵になってもらう」

 グラン侯爵殿下が意外なことを言われた。

 領地を持たない爵号はグラン侯爵殿下と同じだ。

「王家の敷地内にデュークの屋敷を作り、伯爵令嬢であるルーネを娶る」

 僕はまじまじとグラン侯爵殿下とデューク様を見上げた。

「伯爵…令嬢…わたくしが?」

 え、なんだって。

 伯爵令嬢の僕を娶り、デューク様が侯爵になる?

「このままではデュークは侯爵になんてなれやしない。そこで伯爵令嬢を手折り、責任を持って侯爵家を起こす。しかし子どもは作らないとする」

 子どもは…僕とデューク様では作りようがない。

「そして侯爵の地位を持って、アーリア女王の宰相とする」

 ガリアでは聞いたことがある。

 宰相とは特に主君に任ぜられて宮廷で国政を補佐する者であり、今の代理に近い地位だ。

「いいか、レディ。これからはアーリアから少し離れていないと、アーリアにバレるぞ」

 これは…アーリア姫殿下にずうっと性別をうそぶいていろということだ。

「でも!」

「王宮の斜め横の林に屋敷を建てて、レディは毎日カーヴァネスとして、デュークは宰相として日参するんだし、問題なかろう」

 でも…ああ、この気持ちをどう説明したらいいのか…。

 五歳のアーリア姫殿下をお残しして、僕とデューク様は新居に…男の僕がデューク様の伴侶…妻…として…?

 僕の本音は男として、近衛隊としてデューク様とアーリア姫殿下をお守りしたい。

 でも…デューク様と引き裂かれるなんて絶対に嫌だった。

 僕はデューク様を愛していて、デューク様もそうだと思う。

 同性婚なんて珍しくないガリアでも、偽の令嬢が男の方と婚姻なんて…ありえないだろう。

 ……しかもデューク様は…王族だ。

「どうだ?」

 どうだって…自信がない。

 第一、僕は今年十四だ。

 これからどんどん身体は変化していく。

 女性を真似るのには限界もあるはずだ。

「……自信がありません…」

 声に出してみた。

 一生…アーリア姫殿下やローゼルエルデの市井を謀って、生きていくことが現実となったわけで…。

 もちろん僕はデューク様なしでは生きて行かれなくて、デューク様が他の姫を娶るなんて言われたら…多分…その姫を殺してしまえるくらい愛している。

 そんな修羅場は嫌だけど…。

「そもそも元老院からはアーリアが即位後、デュークは王宮を出るように採択されている。今のままでは、無役軟禁に近い。しかし、名だたる奇跡を起こすカーヴァネスのルーネ嬢を娶るならば、話は別だ。爵号を与え擁立しなければ市井が頷かない」

 そんな…僕は…。

「レディが承諾しなければ、全ては言の葉の空論だが」

 僕はデューク様を見上げた。

 ここまでグラン侯爵殿下が話されていて、デューク様のお気持ちが知りたかった。

「説明不足だった」

 そう前置きして、デューク様はおっしゃった。

「私はアーリアをサポートしたい。宰相として意見を言い、アーリアを頂くこのローゼルエルデを豊かな国にしたいのだ」

 デューク様の…気持ち…初めて聞いた。

「ルーネ、あなたには私と共に見聞きし、柔軟な考えで私とアーリアをサポートしてもらいたいのだ」

「わたくしに…?」

「アーリアのカーヴァネスであり続けるあなたに出来ることだ」

 でも、僕がデューク様の妻になれば、カーヴァネスとしてアーリア姫殿下の元に行く以外外出はできやしない。

 そもそも貴族の夫人は屋敷から出たりすることはなく、僕の母上だってそうだし、マーシーだって、王宮以外からは出てやしないぞ。

「デュークの側仕えの『ブリュー』でいるときは、ルーネ侯爵夫人をサヴナが演じる。カーヴァネスとしてはお休みだ」

 え…?

 グラン侯爵殿下の言葉に驚いた。

「サヴナはレディの身代わりで飼って…いや、存在しているし、サヴナもそれを承知している」

 しかし…僕には…荷が重い!

「サヴナまで…巻き込んで…」

「思われるなら、のちに、サヴナを里帰りさせてみては?」

 それは…してあげたいよ、本当に。

「だが、一番大切なのは…あなたが、私の妻となってもらえるか…なのだが…」

 デューク様の言葉に僕は…頷くことが出来ずにいた。

「女王のカーヴァネスが奥方として入るとならば、デュークの屋敷は素晴らしいものにしなくてはならない、が、レディ次第ってわけだ」

 今…今考えなくてはならないこと…なのに、頭が回らない。

 僕が黙ってしまったまま、時間切れ。

 アーリア姫殿下のお呼び出しで、僕は僕にとっての思考混乱極まりない部屋を後にした。





 午後からのダンスレッスンは、外部講師がやってきて、諸国の伝統ダンスをマスターしている。

 今週はガリアの王宮ワルツだ。

 僕もアーリア姫殿下もダンスは少し苦手で、お相手を買って出たオーガスタはさらに苦手で…でも、サヴナは得意だったりする。

 僕はサヴナにエスコートされて滑らかに足を出して行き、

「サヴナ、リードがうまいね」

 密着した態勢でサヴナの耳に囁き話した。

「グランは酔うと踊りたがる。相手をしてやっていたら覚えた。それより、レディ」

 部屋の端にリードされ踊りながら、

「俺は身代わりなんて平気だ。むしろレディの役に立ちたい」

 なんて告げて来る。

 僕は慌ててアーリア姫殿下を顧みたけれど、オーガスタに盛大に足を踏まれ、アーリア姫殿下はオーガスタに何かお小言を言っているらしかった。

「でも…」

「もっともっと、デュークと話せ。話を聞いて理解して、レディの考えを話せ」

 ヤマトの王の子のサヴナの言葉は、やっぱり重くて…夕食はあまり食べられなかった。






 アーリア姫殿下のあと湯をもらった後、心配してくれたマーシーには悪かったけれど、アーリア姫殿下は寝てしまっていて、曖昧に返事をしてデューク様の部屋に入る。

「ルーネ」

 デューク様は珍しくお湯を召していらして、寝間着を着てワゴンのカップを僕に手渡してこられた。

「ホットミルクに蜂蜜を入れてもらった。あなたの食欲がないので男爵夫人にお願いした」

 香りは…ブランデー…。

 僕がカップを手にするとデューク様が寝台に招かれ、僕はこぼさないように寝台に腰掛ける。

「ありがとうございます」

 デューク様はブランデーのグラスを手にしていて、背後から抱きしめられ、僕はほ…と力を抜いた。

 口にしたブランデー入りのホットミルクは舌に甘くてふわ…と気持ちが軽くなる。

「あなたが…迷う理由を知りたい」

 デューク様が背後から静かな口調で言った。

「デューク様の…考えを聞きたいです」

 僕はそう返した。

「デューク様はローゼルエルデ王国について、どんな考えをお持ちですか?」

「ローゼルエルデを発展した国家にしたいと思う。アルビオンのように」

 デューク様の答えに、僕は一瞬背後にいて僕のクッションみたいになっているデューク様の顔を見上げて、カップを口にして一口飲んだ。

「アルビオン…」

 甘くてでも少し苦い香りがする温かなミルクに、僕は息を吐く。

 アルビオンは北の海洋にある発展した王国で、機械産業に特化している。

 近年では蒸気機関や船まで開発しているとグラン侯爵殿下から聞いたことがあった。

 アルビオンだって昔は小さな王国で、ガリア公国の足元にも及ばなかったはずなのに。

 それに次ぐのがイベリア王国で、でも縁戚であるガリア公国に頭を抑えられいて、動きようがないみたいだ。

 怖いのはフランク王国だけど、フランク王国もローゼルエルデ王国同様に流行性感冒に襲われ、しかも冷夏で食料不足に陥っている。

 ここら辺はアーリア姫殿下の学びで知り得たことなんだけど。

「しかし元老院や諸侯はガリア寄りの旧体制に依存している。貴族が減り、アーリアが即位することが転機となり、ローゼルエルデをもっと豊かにしていきたい…それが私の思いだ」

 その元老院にはグラン侯爵殿下もいらして…。

「だからこそ私にはあなたが必要なのだ。時には私の男性従者として見聞し、女性カーヴァネスとしてアーリアと話し合って、アーリアをよい女王に導き、国を発展させる」

「僕なんかが…」

 いつのまにかミルクを飲み干してしまったカップはデューク様にそっと取られ、カチリ鳴ってからグラスと寄り添いサイドテーブルに立っていた。

「あなたは…私が嫌いなのか?だから私の申し出を断られるのか?」

 そうじゃない!

 そうじゃないんだ!

「あなたは自分を過小評価している。まだまだあなたは本来の力を発揮されていないだろう。知れば知るほどそんな気がしてたまらない。あなたは気づいていないかも知れないが、あなたにはもっと何かがある。惚れた欲目ではない何かが。私には何もないから分かるのだ。私の勘は間違っていないと思うのだ。だからこそ、私は私以上の力を持つあなたと歩みたい」

 僕の肩を痛いくらい掴んで見つめるデューク様の瞳は、蜂蜜色に赤が差し込んでいて。

 だから、僕は僕が不安に感じている全てを吐くことにした。

「僕は男です。年数が経てば偽りも発覚しましょう。偽りが露見すればデューク様やアーリア姫殿下に迷惑をお掛けします」

 そう…僕の不安はそれしかない。

 僕が偽りの姫であるのは、父上や兄上に迷惑を掛けるだけだ。

 だけど…妃となれば、王族に迷惑を掛ける。

 妃殿下と言うのは、女王由来の公爵や侯爵の夫人に対してつけられる女王に次ぐ高位称になるからだ。

「大したことはない」

 デューク様がさらりと言うのを聞いた。

「え?」

「万が一偽りが露見した頃には、アーリアはすでに女王。別に問題はなかろう。私とあなただけならば、逃げることができる。ガリアは閉鎖的だ。ああ…ならば、アルビオンに行こう」

 デューク様はまっすぐに僕を見つめていた。

「私は私の全てを投げ打ってでも、あなたを妃にしたい。あなたを妃とし、ローゼルエルデの宰相になり、アーリアと共に国を支えとなりたいのだ」


「偽りの姫であるならば、今はまだ兄上や父上にしか迷惑を掛けるだけです。しかし、偽りの妃になりますと、デューク様やアーリア姫殿下にお障りに」

 デューク様はまっすぐに僕を見つめ、まるで…まるで子どものようにデューク様は笑われた。

「デューク様…?」

「私はあなたが偽りの姫であっても、それでもあなたを妃にしたい。それが私の偽りない気持ちだ。私はあなたと共にアーリア女王の元、ローゼルエルデをより豊かで住みやすい国にしていきたいのだ」

 僕に決断を迫るような言葉に感じた。

 どうしよう…僕は…逃げてもいい?それとも…。

 考えるまでもない。

 僕はデューク様を尊敬して敬愛している。

 僕を愛していると言う言葉は、きっと真実で、僕への気持ちは一生変わらないと言ってくれるだろう。

 僕はそれを信じる。

 僕がこの話を蹴ればどうなる?

 多分…デューク様は無爵位のまま軟禁的な幽閉だ。

 王宮の裏に建てる屋敷はその檻になる。

 僕は…デューク様と一緒に生きて進みたい?

 偽りの妃として…バレたら国外追放か、死を賜る…父上や兄上共々に…覚悟を決めて…?

 僕は…僕は…。

 僕らしく生きたい!

「僕は酔っているのかもしれません」

「ミルクには少しのブランデーだが?」

 その、酔いではなく、デューク様がもたらした僕への真摯な愛情に…ほだされて酔ってしまったんだ。

 ……多分。

「駄目かもしれません。無理かもしれません」

「大丈夫だ。私が付いている。アーリアもいる」

「バレない自信もありません」

「そんなものは、バレてから考えるものだ」

 なんて、未来の王兄ともあろう方が『バレる』なんてスラングを…。

「そんなに楽観的に考えないでください」

「私はあなたに会って変われた。変えてくれたあなたに間違いはない」

「僕は間違いだらけです」 

「では、私を信じてくれ。私の直感ではあなたは私の妃として私と共に生きていくと。あなたは二つの姿を持ち、まるでローゼルエルデの双子のように下支えをし、私はそんなあなたを支えていく。なんと喜ばしいことか」

 そう囁いた唇が僕の唇にそっと触れ、僕は悪夢と吉夢の端境にいるみたいだった。

 ほだされてしまう…なんて感じになる。

「デューク様のために、レティーシア様にもアーレフ様にもなってみましょうか」

 冗談とも思える僕の言葉に、

「ありがたい」

とデューク様は真摯な表情で頷いた。

「あなたとなら死なば諸共に」

 男爵の屋敷で言ったような言葉に、僕は血流が上がり抱きすくめられた身を引く。

 ダメだ…きてしまう…。

「…っ」

 下肢が熱い…狭間に熱を帯びてきているのがわかる。

「ルーネ、昼の続きをしよう」

 デューク様の蜂蜜色の瞳に色香の赤が差し、僕は背のリボンを解かれ敷布に横たえられた。

 ドロワーズを抜かれれば、デューク様の視線の下、暖かい部屋の中で裸体を晒す。

 もたげている欲望にお手を掛けられる前に、僕はデューク様の手を取った。

 恥ずかしい…恥ずかしくてたまらないけれど…切なくて…。

「御身を…下さいまし…」

 僕はかつえていた。

 体内にデューク様の熱さを感じたくて…拡げられ…擦られ…深々刺さる熱を感じたい…。

 デューク様は僕を分かって下さって、手早く香油を纏われると残りを僕の狭間にくるりと塗り込め、僕の足を開いて満たして下さった。

「あ…ああ……っ…ん!」

 入ってくる…拡げられ満たされる気持ち良さに、僕はぎゅっと目を閉じる。

 瞼の裏がまるで光彩が燦めくようにチカチカして、僕は息を詰めた。

 ぐ…んっ…とデューク様の下生えが触れるほど深く埋められた瞬間、奥は引き絞れるほど感じて、僕はデューク様の腕にしがみつく。

「あっ!あっ…あああっ…!」

 思わず声が出るくらい気持ちよくて、そのあとは息を詰めその快楽が全身に満ち足りるのを感じ続けていた。

「はっ…はあっ…すみ…ませっ…んぁ…っ!」

 デューク様の身動ぎに僕は再び最奥で感じてしまい、びくびくと快楽の為の痙攣を繰り返す。

 排出もしていないのに…こんな…。

「本当に…開花したのだな…」

 息を詰めていた僕が弛緩するように吐息を吐き出すと、デューク様が艶めく声で囁いてそれすら僕の快楽に繋がって、僕は身震いをした。

「あなたも私も同性だ。だからこそ受け入れるあなたを満たすのが務めだと、グランに言われていた」

 デューク様が僕を包み抱きしめ、背に腕が回ってきつく抱きしめられる。

「あなたがこんなにも感じてくれる…あなたこそ、私で良いのか?」

 デューク様と交わり繋がる部分が脈打ち、僕は下からデューク様の首に腕を絡めて抱き寄せた。

 どうしても黒髪に負い目を感じるデューク様の心根には、僕が知り得る以上の苦労がおありだろう。

「わたくしをデューク様の妃にしてくださるのでしょう?」

 僕はわざと女性言葉でデューク様に接吻キスをした。

「ルーネ…」

「僕はじゃじゃ馬ですよ。お覚悟を」

 唇を触れ合わせたまま、僕はデューク様に告げる。

 そう…僕はデューク様と歩みたいんだ。

 デューク様は涙を瞳に溜め…それがポツンと落ちる寸前で僕を抱き上げ座位にされる。

「あ……っ…ん!」

 びくびくっ…としたのは刺激による快楽で、僕はデューク様がお好きな体位の深さに息を吐いた。

「それは…重畳だ。我が妃よ」

 大きく充足した屹立は僕を愛するためにあり、僕はデューク様の揺さぶりの中で僕は悶え喘ぎ泣く。

「あっ…あっ…ゃ…あっ…!」

 突かれ溢れ出る白濁と、デューク様からいただく体液の満ちたる感覚は…光栄で…僕はデューク様の逞しい上半身に縋り付いた。

「あなたを妃に出来るなんて…わたしは…」

 デューク様が泣かれている…僕はデューク様に浮かされるように抱きしめて抱きしめて、接吻キスを繰り返す。

「あなたと…出会えて良かった…」

 生まれてからずっと孤独な…デューク様の魂に寄り添いたいと思った。






「いや、良かった。レディが受け入れてくれて。もう、親父の屋敷は解体を始めたんだ」

 は?

 アーリア姫殿下のアフタヌーンティータイムに乱入してきたグラン侯爵殿下は、デューク様の屋敷の場所を示した地図を広げてくる。

 アーリア姫殿下の御生誕祭も間近なせわしない感じのする午後、珍しくオーガスタがいなくてよかった…。

「待ってください。グラン侯爵殿下の亡き父上様の屋敷を解体…?」

 僕はフルーツタルトを崩してしまって、マーシーの窘めにあい肩を竦めながら聞いた。

 ちなみにアーリア姫殿下はナイフとフォークの使い方が上手でいらしてバラバラになっていないし、デューク様もグラン侯爵殿下も手付かず、サヴナは手掴み無礼講だ。

「財政難で物不足のしかも人手不足。デュークが過ごした屋敷を移転するのだからよかろう。小さな屋敷を移転するだけだ。デュークとレディが住むにはちょうどよかろう」

 アーリア姫殿下が嬉しそうに、

「お兄様とルーネのおうち?」

と聞いてこられた。

 アーリア姫殿下は敷地図ではかなり近いところに感じる地図を見ていたけど、僕らは歩いて数歩だけど別棟に生活を移すことになる。

「ああ、デュークの部屋はアーリアの執務室に変わり、デュークとレディが通って来る」

 朝食から夕食まで一緒で、寝る時だけデューク様と僕の屋敷に戻ることになる。

 寝るため屋敷にそんなお金をかけるのかと心配していたら、なんとグラン侯爵殿下のお父上とデューク様がお小さい頃過ごされた屋敷を解体して移築されることになるなんて。

 オーガスタが来たと言うから、僕らは部屋を移してデューク様の部屋で青地図を見る。

「とりあえず、宰相としての威厳を保たないとならないからな。多少の派手は当たり前だ。貴賓を泊めることもあるし、使用人もいる」

 アーリア姫殿下の御生誕祭の準備で忙しいのに、なんだかグラン侯爵殿下が嬉しそうに話している。

 グラン侯爵殿下のお父上が公爵でいらした頃の領地は国が召し上げ管理しているらしいんだけど、グラン侯爵殿下の生家…生まれたのはアルビオンらしくて…は、デューク様が五歳から過ごされた屋敷なんだ。

 もう解体が始まった屋敷にデューク様の姿を見てみたかったな…なんて、僕は思ったけれども。

「それにしても、レディが了承してくれてなによりだ。実はアラバスタ子爵もアーサーからレディを説得してもらわなくてはと考えていたところだ。」

 父上や兄上も了承済みだったんだ…。

「あとはレディを伯爵令嬢にすることだが…」

 そんな簡単には行かないだろう…けれど。

 でも、便宜上、伯爵令嬢を手折るにはそれ以上の地位が必要になる。

 公爵にはなれないデューク様の地位は、グラン侯爵殿下と同じ侯爵だ。

「しかして、まだ、アーリアにも言うなよ。あくまで屋敷建設は表向きデュークの蟄居屋敷にすぎん」

 アーリア姫殿下にも内緒なんて…。

 僕の顔に不満が出ていたみたいで、グラン侯爵殿下が肩をすくめた。

「ニールス含め元老院に直見するのは、来年の春でいい。絶対に隙を見せるな。いいな」

 来年の…春は、アーリア姫殿下がアーリア女王陛下となる季節で、僕はアーリア女王陛下の偽りの義理姉となり、女王のカーヴァネスになるんだ。

 なんて…なんて…重く罪深い…アーリア姫殿下を騙し続ける。

「ルーネ」

 僕の顔色が悪かったらしい。

「あなたは心配しなくともよい。妃は基本的に爵達と並ばない。ましてやあなたは女王のカーヴァネス。アーリアと同じ壇上で、椅子後ろに控える立場になろう。大丈夫だ」

 デューク様の慰めはありがたかったけれど、僕の気持ちはどうしてもアーリア姫殿下を騙し続けることが気になっていて…。

「ともかく、レディを伯爵にしなければ、デュークの爵号は上がらない。何か考えないと」

 グラン侯爵殿下は弟分に本気であり、デューク様もローゼルエルデをより豊かしていこうとしている。

 僕も覚悟を決めないと。

 医師であるグラン侯爵殿下と、デューク様がサポートして下さり、アーリア姫殿下…アーリア女王陛下に寄り添い、ローゼルエルデの市井が豊かになるようにしたいんだ。

「今のままでは…ないな」

 兄上が活躍するとか…ないなあ、多分。

 アーリア姫殿下のアフタヌーンティータイムは終わり、僕はアーリア姫殿下の部屋へ戻る。

 オーガスタは今日も来ていて、なにやらサヴナに話しかけていたけれど、サヴナはオーガスタを迷惑に感じているようで、むうっ…としていた。

「ルーネ、お話は終わったのね。オーガスタはルーネのことばかり聞くのよ。好きな食べ物は何とか、お誕生日はいつだとか」

 アーリア姫殿下の笑いながらの言葉にオーガスタが真っ赤になってしまい、

「あ、いや、その、でも、やっぱり…お誕生日にお祝いを致したく…」

と僕の方をちらちらと見て来た。

「私の方が先にお誕生日よ」

「もちろんですとも!ちゃんとご用意致しております!」

 僕は少し困った顔をしながら、

「わたくしは緑花八月です。暑い季節に生まれました」

と答えた。

「緑花ですか!お教えいただきありがとうございます!」

 オーガスタは僕に紳士たる礼をして部屋を出て行ってしまい、

「あいつ、アーリアに礼をせずに行ったぞ。不敬だ」

とサヴナに舌打ちをされてた。

 誕生日!

 そう、もう一つ僕の頭を悩ましていたものを思い出す。

「マーシー、どうしよう…アーリア姫殿下への贈り物…」

 片付け物をしているマーシーにこそっ…と聞いた。

 僕は自慢じゃないけれど女の子に贈り物をしたこともない。

 誕生日は姉上と二人で静かに祝うものだったし、姉上も僕も二人でいれば幸せで、そりゃあジーン隊長から誕生日に剣だとか…あとは、仲間から食べかけの林檎なんて笑い飛ばせるものしか貰ったことしかない。

「御自身で考えてご覧なさいまし」

 マーシーは困り果てた僕に手を差し伸べてくれないし。

「サヴナ、マーシーの手伝いをして来ますね」

「レディ、俺が…」

 先にワゴンを掴もうとしたサヴナを真顔で止めて、

「頼むから、アーリア姫殿下のお相手を!」

と両手で背を押した。

 マーシーを追いかけてワゴンを引いていき、マーシーにまだ縋ろうとしたんだけれど、

「しっかり目を見開き、耳を澄まし、何が姫殿下に必要かお考えなさいまし、ルーネ様」

 見て…聞いて?

 ふと階下を見ると、御生誕祭に向けて庭木の手入れをしていた。

 美しく色とりどりの花が咲いている生垣とは対照的に、中庭は手付かずで。

 シロツメクサは密集しているけれど草がぼうぼうだし…王宮のパティオにしては不恰好だ。

 今までどうして気づかなかったんだろう。

「マーシー、あの…」

「ワゴンを一階に下ろすのを手伝ってくださいましね。サヴナは上手に下げてくれますよ」

 むう…!

 ワゴンを昇降機に入れて扉を閉じてから、ゆっくりとハンドルを降下へ回す。

 気が焦って一階に降ろす時に派手な音を立てて、マーシーにひどく窘められたけれど、僕は優雅にドレスを摘んで頭を下げてから勢いよく走り出した。






 花咲四月の午後。

 アーリア姫殿下の御生誕祭は、お誕生日会の様相を呈していて、僕は吹き出してしまいそうになる。

 なるほど、このために警備を変えたんだ。

 一階の大広間は、アーリア姫殿下の『ご学友』で溢れ、その付き添いである親がいて、御生誕祭には本来男爵は来られないのだけれど、子どもに付いてくるしかなく点もはや大騒ぎだった。

「アーリア、あ、違った!アーリア姫殿下、お誕生日おめでとうございます!」

「アーリア姫殿下!プレゼントよ」

「僕のお小遣いで買ったんだ」

 敬語もへったくれもない賑やかなまさにお誕生日会に、大人爵位様達は引き気味で、保護者であるお父上様方は大慌てだけど、段下に降りていかれたアーリア姫殿下は本当に嬉しそうだった。

「お兄様、開けてもいい?」

「そうだな」

 プレゼントはその場でアーリア姫殿下に付き添われたデューク様と開けられ、みんながそれぞれに工夫を凝らしたらしいプレゼントは、大人たちの失笑を買ったけど僕にはそれが本当に素敵なものに感じられる。

 それからは大人たちの挨拶とプレゼントなんだけれど、幼年学校の子達がおやつを食べることにも飽きてしまい、早々に切り上げるしなかったのも小気味が良かった。

 僕は中庭側の廊下近くにいて、ちらりと後ろを向く。

 中庭は白い布でぐるりと覆ってあり、でもそんなことを気にしている人なんていなかった。

 楽団の曲が切り替わり、踊るための曲になる。

 今回は『女王のための円舞曲』一択だ。

「アーリア踊ろうか」

 最初は一番近い親族の男性…デューク様と踊られる。

 別にずうっと踊るわけではなくて、少しのフレーズをリードしてから、デューク様は懐からピアースの箱を開けてアーリア姫殿下に見せた。

「アーリア、お誕生日おめでとう」

 周囲がざわつくのも無理はない。

 大きなルビーをダイヤモンドでぐるりと散りばめたピアスは、女王の耳飾りに相応しく、アーリア姫殿下が身につけるには不遜なそれは、兄デューク様は女王足ると認めた証であり…。

 アーリア姫殿下は自然な動作で幼年姫の南洋真珠のピアスを外すとデューク様に、

「お兄様、つけてください」

と見上げたんだ。

 デューク様が片膝をついてアーリア姫殿下の片耳に…もう片耳にピアスをつけると、息を呑みながら見つめる爵位殿下方々がざわめきにもさざめきにもなる声が漏れ、それが音楽に合わせて聞こえてくる。

 まるでヴァチカン教国に流行っている宗教画のような聖騎士と女王の世界を見せられて、僕らは改めてアーリア姫殿下が女王になるのだと空気で感じたんだ。

 いや…感じさせられた。

 それを鼻で笑って弾くしかなかったのだろう…ソバカスがさらに増えたニールスが、アーリア姫殿下の前に出てくる。

 デューク様は真珠のピアスをアーリア姫殿下から受け取ると、中央から身を引いた。

 ニールスはこの春体調の悪い父君から爵位を継いでいる。

 なんとまあ、ニールス公爵殿下だ!

「踊ってやろうか、アーリア」

 真っ赤なルビーはアーリア姫殿下の白い肌に良く映え、アップした赤毛にも合っていて、大人びて見える。

「どうした、アーリア」

 アーリア姫殿下は小首を傾げ右手首を少し上げ、

「喜んで」

なんて貴婦人めいた返しをしたんだ。

 ニールスはぐっと息が詰まったような声を出してから、

「きょ…今日は脚の具合が悪いらしい。昨日の近衛隊の訓練のせいかな?」

 なんて言って身を引いた。

「お大事に」

 アーリア姫殿下の笑顔を受け、ニールスが取り巻きの連中のところに行ったんだけど、ニールスが踊らないには訳がある。

 『女王』だけが踊ることが出来る円舞曲のお相手をするとなると、アーリア姫殿下を『女王』として認めたことになるんだから。

 妹君のニュートリア姫殿下を女王候補第二位に掲げているニールスにとっては、絶対に踊ってはならないはずだ。

 からかい半分アーリア姫殿下に声を掛けたに違いないが、アーリア姫殿下はお強くなられている。

 泣いているだけの小さな姫じゃないからな、全く!

 しかし…最高爵位のニールスが引き、誰もアーリア姫殿下と踊られない。

 グラン侯爵…って壁の花!

 え、誰か…こうなりゃ父上でも…と目配せをしたら、父上はにこにこ笑って動きはしない。

 あの、くそ禿げ!

「誰も踊れないの?仕方がないわね、ステップが難しいもの」

とふわふわの縮れ金髪の子がシックなドレスを着て、アーリア姫殿下に手を差し伸べて来た。

「ヴェーネ」

「私、男性パート踊れるの。兄上のダンスを見ていたから」

 ヴェーネがアーリア姫殿下の手を取り肩を包むように踊り始める。

「兄上は?」

「一年前感冒で亡くなったわ。二つ上の兄上はアーリア姫殿下の騎士になりたかったのよ。あなたのこと、小さな苺姫って毎日話していたわ。だから私もアーリアの女騎士になるわ。だって、あなたってとっても可愛いもの」

「ヴェーネ、本当?」

「そうよ、苺姫」

「嬉しい!」

 女の子同士の会話をしながらのダンスが終わると、次々に近衛見習いの子息子女がアーリア姫殿下どダンスを踊り始める無礼講…それをデューク様が本当にお幸せそうに見ていらして、必死でたどたどしい足さばきの子もいたけれど、みんな一様にマスターしていた。

 その中にオーガスタがいない…。

 仕方がないなあ…なんて思いながら僕はすっ…と白の幕屋に入る。

 ここには僕らの誕生日プレゼントがある。

 中庭はローゼルで溢れかえり、シロツメクサが床を白く輝かせている。

 白と緑のコントラストが美しい。

 この中庭はアーリア姫殿下の母上様が生前、手出しまかりならぬときつくお咎めした庭だ。

 古参の女官達に話を聞くと、前女王は政務を内務方に任せて日々のほとんどを中庭で過ごされていたらしい。

 赤ちゃんのアーリア姫殿下もこちらで過ごされていたことが多く、手作りのブランコまであったらしいと聞いた。

 で、女王が亡くなったあとも、手を触れることができず…。

 ローゼルは接木でしか咲かない芳香薔薇で、市井の一介の庭師には手に入らない薔薇だ。

 女王の薔薇と呼ばれるローゼルは爵位にしか下賜されない。

 それよりも女王の庭に入るのをためらう庭師をなだめ、店では手に入らないローゼルをどうするか悩んでいると、通りすがりのアン女近衛隊長が、

「うちの庭にある」

と話してくれ、そこから知り合いの爵位邸に連絡してくれて十本は集まり、庭師が丁寧に掘り上げて埋めなおした。

 根付くか心配したけれどアーリア姫殿下の誕生日までには咲き誇り、美しく庭はまるであの時のようだ。

「ふふ…」

 僕は靴を脱ぐと裸足になった。

 あの時…僕はまだ十二だったんだ…真っ白な中庭で…まだ『女王のための円舞曲』が流れている。

 あの時は…ワルツだったなあ…なんて、僕は少し笑った。

 もうじき女近衛隊と庭師が来る。

「踊っていただけませんか?」

 気づくとデューク様がいた。

「でも『女王のための円舞曲』ですよ、デューク様」

 デューク様がまるで僕をさらうように抱き止め、ホールドして来た。

「あなたが私の『女王すべて』だ」

 抱き上げステップを踏み、トウトゥウトウ、また抱き上げてくるりと回る…僕を抱きしめてデューク様が接吻キスをされる。

「私の『女王』…あなたも随分背が伸びた」

 唇を軽く合わせながら吐息のように囁かれる。

「本当に…ですか?」

「ああ、接吻キスがしやすい」

 また…抱き上げで回転されながら…接吻キスを…。

 あなたにとって…僕が女王すべて…光栄です…僕にとってもデューク様が全き輝きです。

 デューク様の舌の熱さを感じて身体まで火照りそうな深い深い接吻キスに溺れそうだった。

 好きだ…どうしようもなく…好きだ…。

「……あら!」

 ……え!?

 アン女近衛隊長の声がする。

 ま…まだ、近衛隊は来ないはずで…。

「デューク、ルーネ子爵令嬢…そ…そうだったのか?」

 やばい…アン女近衛隊長に見られて…。

 中庭にはその後から、女近衛隊の女の子達が入って来る。

「……告白する前に失恋って…ショックだな」

 ええ…っ! 

 し、失恋?

 デューク様にお心を寄せていらしたのか、アン女近衛隊長は!

「しかし、私は私の職務を遂行せねばならん。くぅっ…庭師を呼べ」

 呼ぶまでもなく庭師がおどおどと幕屋に入って来て、

「カーヴァネス様…本当に大丈夫ですか…」

と女王の中庭を整備した若い庭師夫婦が泣きそうな顔をしている。

「大丈夫ですよ。姫殿下の兄上様もこちらに」

 上背のあるデューク様を見上げ髪色に息を呑むから、僕は膝を折り待機する庭師夫婦を微笑んで見下ろす。

「デューク国王陛下代理のお口添えがあっての今日であることをゆめゆめお忘れなきように」

 曲が終わったようで、デューク様が大広間に戻られる。

 アン女近衛隊長が一声を上げた。

「アーリア姫殿下、お誕生日おめでとうございます。カーヴァネス殿と女近衛隊からの贈り物でございます」

 デューク様に連れられたアーリア姫殿下が廊下から顔を出した瞬間、女近衛隊が一斉に幕を降ろす。

「あ…ルーネ!お母様のお庭…!」

「お誕生日おめでとうございます」

 廊下にはアーリア姫殿下とご学友子息子女が歓声をあげ、僕は白いドレスの裾を摘んで礼を取った。

「貴族に下賜されたローゼルを掘り上げ埋め咲かせた庭師に、今後こちらのお庭も任せていただきたいのです」

 アーリア姫殿下はお泣きになっていて何度も頷いていて、デューク国王がアーリア姫殿下の言葉を代弁してくれる。

「カーヴァネスと女近衛隊の心づくしに感謝する。庭師には引き続き王宮すべての庭の管理を頼む」

 デューク様の言葉は、アーリア姫殿下の言葉。

 庭師は頭を下げ、僕らは僕らの誕生日プレゼントに沸き立っていた。

 そこに飛び込んで来たのが、遅れてやって来たオーガスタだった。

「アーリア姫殿下、お誕生日おめでとうございます!」

 もうダンスは終わっていたし、あとはアーリア姫殿下のお言葉だけなんだけど…タイミング悪すぎて。

 オーガスタはよれよれのコートに中はなんだか作業着で、とてもアーリア姫殿下とダンスをするような格好はしていない。

 女近衛隊と兄上率いる第二近衛隊は、オーガスタの日参を知っているからフリーパスだけれど、これがニールスが所属する 第一近衛隊だったら追い出されるくらいのありえない格好だ。

「オーガスタ、どうしたの?寝ていないの?」

 アーリア姫殿下が心配してオーガスタに近寄る。

 見れば…目の下が黒くて、オーガスタは苦笑いをした。

「寝るなんて…アーリア姫殿下のプレゼント…これを!」

 オーガスタの手の中には、カチコチとなる…時計?…小さくないか?

「こ、これはですね。いつでもアーリア姫殿下が時計を見られるように…です。大時計を見上げて時間を確かめるアーリア姫殿下のお心をわずらせないよう」

 オーガスタの手のひらよりも小さな……。

「遅くなりましたっ!お誕生日プレゼントをお持ちしました」

 包み紙もない金色の手のひらサイズのものをアーリア姫殿下に差し出した。

「これは…時計?」

 僕らも部屋に入る。

「はい。手持ち時計といいますか…。アーリア姫殿下はよく据え付きの時計を見ていらっしゃいます。だから手元に時計があれば…と」

 僕はオーガスタの顔を見た。

「時計…ですか?」

 初めて見る時計は小さく手のひらにぴったりと収まった。

「はい、すべてを小さくした持ち運び時計です。一日一回リューズを同じ時間に回すのは同じです」

 初めて見る手持ちの時計は小さく、アーリア姫殿下の手のひらに本当にぴったりと収まった。

「き、君は誰だねっ!」

 背の低い老人が叫びながらステッキを振り回す。

「オ…オーガスタです。士官学校の幼年…」

 その老人には見覚えもなく…。

「リーネア教授、お珍しい」

 グラン侯爵殿下がその老人…リーネア教授に話しかけていたけれど、オーガスタの肩を掴むと叫び始める。

「君が一人でこれを組み立てたのか!おい、士官学校の校長!カーダール伯爵、こいつをアカデミーに貰っていく!グラン、手続きを取れ!親を呼べ!」

 まくし立てるリーネア教授が、アカデミーの最高権威と知ったのはこの後すぐだけど、

「さあ、君!その技術を語り合おう」

 なんてオーガスタを連れて行ってしまった。

 えーっと…どうしよう…。

 僕が困っていると、アーリア姫殿下が前に一歩歩み寄り、両手を慈愛のように広げる。

「今日は本当にありがとうございました。とても嬉しかったです」

 アーリア姫殿下がドレスの裾を摘んで挨拶をした。

 たわいのない…飾り気のない四歳の女の子の挨拶は、大人爵位持ちには失笑を禁じ得なかったけれど、アーリア姫殿下の『御学友』には喜ばれた。

 アーリア姫殿下のご学友は、アーリア女王陛下の家臣となる。

 アーリア姫殿下の世代の人脈作り…この御生誕祭は、そのためのものだったんだ…そしてそれは成功した。
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