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第一章 カーヴァネス編

5 薔薇の舞姫

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 ローゼルエルデ王国の至宝の詩吟家であり作曲家であったリーリアムが、人生最後に作曲した『女王のための円舞曲』は、アルカディア様式とガリア様式の音楽性を持ち、優雅であるが民族調を持ち合わせ、ローゼルエルデ女王の為の唯一無二の円舞曲だ。

 それ故に超難解なステップであり、女王はダンスをしながら相手を見極め恋に落ちる。

 そう…夫を選別するための、女王のための曲だ。

 そんな『女王のための円舞曲』のワルツのステップを、僕はひたすら練習している。

「シャッセトゥからのターン」

 えっ…ええっ…変則的だよ。

 音楽は部屋には流れてはいないから、デューク国王陛下代理ねカウントとステップだけが頼りで、低めの声が頭から降って来る身長差を察してほしい。

「ホールド、シャッセ、ターン、スリーステップ。ルーネ子爵令嬢、ホールドの肘が下がり気味だ」

 うぐぐっ…。

 ドレス姿の僕が男性パートで、デューク国王陛下代理が女王パートで、身長差がありすぎてホールドがどうにもこうにも。

 どうして僕がワルツのステップを学んでいるかと言うと、そばかす…ニールス公爵子息の城での女王候補第二位姫殿下のお披露目の会で、出されたダンス曲のリストに、『女王のための円舞曲』があったからだ。

 あと二週間を切ったところで、何故かダンスの教師が辞めてしまい、この難解なステップを知っているデューク国王陛下代理に僕が学んでいる…不本意にも。

 僕はダンスは苦手で、姉上の代わりに出たプロムナードでは女性パートのステップだけをかろうじて覚えた。

 でもプロムナードでは踊らなくて、中庭でシロツメクサの中裸足で給仕の一人と踊ったきりだ。

「ワルツの基本はスイングとタメだ。あなたは直情すぎる」

 カックカクのダンスにデューク国王陛下代理が苦笑いして、再びカウントを取る。

「スタンバイ」

 はいっ…。

「腕は水平に」

 うっ…。

 僕は男性パートで女性パートのデューク国王陛下代理をリードする形にならなきゃだめなのに、どうしても苦手で…。

「あっ…と」

 デューク国王陛下代理のつま先を思いっきり踏んで、

「やり直し」

とカウントを止められた。

 今はアーリア姫殿下の午睡の時間で、僕は剣の稽古に行きたいのをやまやま、デューク国王陛下代理との男同士のダンスに勤しんでいる。

「基本のステップはあるが、横へ横へ足を運ぶことを意識した方がいい」

「は、はい」

「では、最初から」

 ドレス姿の僕が男性パートで、上背のあるデューク国王陛下代理が女性パートだから無理があるけど…僕が覚えなきゃアーリア姫殿下にお伝えできない。

 つまり、午睡明けのダンスの授業では、僕が教師になるんだ。

「はい」

 ダンス、ダンス、ダンス…たかだかダンスだけど運動量があり、上背のあるデューク国王陛下代理の歩幅に合わせて踊ると、残暑の部屋で汗をかく。

「『女王のための円舞曲』では、男性が変則的なステップ、女王はなだらかなトウトゥトウのターンしかない。だからこそ、男性側の器量が試される」

「はい」

「では、もう一度」

 僕は初めての男性側のポジションで、デューク国王陛下代理の背をホールドし…本当は肩口だけど…デューク国王陛下代理を支え、ステップを踏むんだけど…。

「力が入りすぎだ、ルーネ子爵令嬢」

「え?…んん…」

 顔を上げた僕は、デューク国王陛下代理の唇を受け、深い接吻に腰に力が入らなくなるほど、頭の中が痺れて…。

「続きは…夜に」

 そう囁かれ、夜にまた眠れなくなる予感がして身が震える。

 デューク国王陛下代理の接吻キスはもう日常茶飯事で、デューク国王陛下代理は僕を寝台に縫い止めることもしばしば…。

 もちろん僕としては、強引に身体の関係を強制され、行きがかり上許す関係になり、デューク国王陛下代理の部屋にいる。

 デューク国王陛下代理は、アーリア姫殿下が五歳で即位するまでの仮の国王代理で、冬の酷い寒流による感冒で国の多くが亡くなってしまったあと、国をすぐに立て直し緊急配備を敷き、国を動かして来た凄い人だ。

 そんなデューク国王陛下代理が、うだつの上がらない中道男爵…父上ごめんない…の次男坊である僕に何故だか劣情を抱き、政務を滞らせるほど苦しまれ…。

 結局、僕はデューク国王陛下代理の御心を救うために、身体を捧げ…この有様だ。

 やっぱり一度許せば全てをなかったことには出来ないのが人間の業って言うらしく、兄上はデューク国王陛下代理の気持ちに寄り添いなさいと、まるで当たり前のように言い放つ始末。

 しかし…。

 デューク国王陛下代理と肌を合わさせ、情を重ねるごとに、僕はデューク国王陛下代理の手管に翻弄されていて。

 事前事後もデューク国王陛下代理の熱に浮かされ、僕はただ覚えたての行為に溺れている。

「さあ、もう少し力を抜いて。あなたは紳士的にリードを取りつつ、女王の背を抱きとめて」

 何度も何度もカウントを取り、僕は足が絡まり転びかけて、デューク国王陛下代理にしがみついた。

 デューク国王陛下代理の香り…ちょっと…まずい…。

 僕がぞく…と震えたのは、デューク国王陛下代理のにも分かったみたいで、

「あなたは本当に可愛い人だ…しかし…アーリアが起きる時間だ。離れがたいが」

と、背も折れよとばかりに抱きしめられ、

「夜は早めに…」

 僕はその言葉に真っ赤になる。

 今日は…寝かしてもらえないかもしれない…。

 デューク国王陛下代理の下肢の昂りは僕も感じていて、僕もなんだか…いや、ダメだ…流されるな…僕にはアーリア姫のダンスの練習相手として…。

 デューク国王陛下代理は、僕の唇にちょん…と触れるだけの接吻キスをされ、僕を腕の中から解放してくれた。

「さあ、行きなさい」

「は…はい」




 お披露目会までに時間がないから、僕は起き抜けのアーリア姫殿下をお誘いして、ダンスの練習を始めた。

 盛夏は去り残暑のはずなのに暑くて暑くて、僕はマーシーしかいないのをいいことに、アーリア姫殿下を肩出しの寝間着ドレスのままダンスにお誘いした。

 薄い緑の寝間着ドレスは涼しそうで、アーリア姫殿下も踊りやすそうだ。

「ルーネ、汗がひどい」

「あ、すみません。拭いてきます」

 デューク国王陛下代理と踊った後だからかなあ。

「ルーネも寝間着の方がいいわ」

「は?」

「ルーネは家族になったのに、夜一緒にいてくれない」

 いや、それと寝間着は関係なく…。

「姫殿下、ルーネ様も汗を拭き寝間着にいたしますね。少々お待ちを」

 マーシーがいつの間にか部屋に戻ってきていて、僕をアーリア姫殿下の浴室に連れて行ってくれた。

 くす…と笑いながら、

「アーリア姫殿下はデューク国王陛下代理に焼きもちを妬いているのですわ。さあ、お寝間着にお着替えを」

 予備の寝間着ドレスとドロワーズを出された。

 お寝間着って…僕がデューク国王陛下代理からいただいた寝間着は、たっぷりフリルの前は膝下丈で歩きやすいように短いけど、後ろは長いんだ。

 どうにも男側のステップを踏みにくくて…。

 ローゼルの匂いを移したタオルで身体を拭いて、僕はデューク国王陛下代理からいただいた寝間着ドレスに着替えると、アーリア姫殿下の前に出た。

「ルーネ、綺麗」

「ええと…ありがとうござい…ます…」

 袖なしになるだけでこんなにも涼しいんだ…。

 寝間着にドロワーズだけの気軽な格好で、お互いにシューズは履いて、トウ、トゥ、トウ。

 ターンをしたところで、アーリア姫殿下はつま先を僕の足に引っ掛けて転びそうになる。

「アーリア姫殿下!」

 とっさに抱きとめて、アーリア姫殿下の両手が僕の胸に当たり、アーリア姫殿下がくす…と笑った。

「ルーネは、私と同じね。もっと大きくなると、マーシーみたいに胸が膨らむのよ」

 胸…大きくならないんです…マーシーが氷柱の風を仰いで送ってくれながら、にこにこしている。

 アーリア姫殿下は僕を内緒のお姉様と信じていて、僕はやっぱり少し騙している罪悪感を感じていた。

「ルーネ、お願いがあるの」

「なんでしょうか、アーリア姫殿下」

 再びダンスの練習を始めた僕は、アーリア姫殿下の小さな背中を抱いて密着し、不遜ながらアーリア姫殿下に視線を落とす。

「あのね…ちゃんと公務をこなせたら、お兄様と内緒のお姉様の間で寝たいの」

「え…?それは…」

「一度でいいの。ルーネ、お願い」

 お願い…お願いねえ…。

「わかりました。デューク国王陛下代理にお話ししてみます」

「よかった…」

 顔を真っ赤にして嬉しそうに破顔したアーリア姫殿下は、デューク国王陛下代理のぬくもりを欲していて、僕はただそれを伝えるだけだ。

 アーリア姫殿下の訴えを無下にするようなデューク国王陛下代理じゃない…僕はそう思う。

「さあさあ、アーリア姫殿下、今日はアフタヌーンティーでカトラリーレッスンですよ。公爵家のお披露目はアフタヌーンティーからスタートです」

 逃げようとした僕にも、

「ルーネ様も同席ですからね」

 アフタヌーンティーのマナーは、出された内容によって異なるんだけど、今回のように夜会スタイルだと、アフタヌーンティーとは言え、夕方晩餐会になり、夜会は軽食と飲み物になる。

 だから、簡易晩餐会を踏まえたアフタヌーンティーを想定しないといけないから、僕らも緊張していた。

 アーリア姫殿下の初めての公務だ。

 失敗してはいけないから、僕も気を引き締めた。

 遅めのアフタヌーンティーマナーは夕食兼用で、デューク国王陛下代理は間に合わず、僕はアーリア姫殿下と共にして、マーシーにちょぴりたしなめられながら二人で食事をし、僕はアーリア姫殿下の後に湯をいただくと、うとうとし始めたアーリア姫殿下の枕元についた。

 お匙の侍女が氷柱の風を仰いで送ってくれいて、ずいぶん涼しい。

「ありがとうございます」

 僕が声をかけると、お匙の子は真っ赤になり、

「ル…ルーネ様のお役に立てれば…光栄です」

としどろもどろに答え逃げて行ってしまい、僕のあとの湯をもらったマーシーが部屋に入ると、お匙の子がきっと緩くなった湯をいただに行くのだろう。

 夏はともかく冬はかわいそうだな…と思うけど。

「マーシー、デューク国王陛下代理の部屋にお食事を。わたくしが持って参ります」

 僕は寝入ったアーリア姫殿下の横で、マーシーに呟いた。




 作り直すと言い張ったコックをなだめすかし、温め直したアフタヌーンティーディナーのワゴンを引いた僕は、近衛にデューク国王陛下代理の部屋の黒檀の扉を開けるように頼み、まだ長袖立て襟のドレスの端をつまみ、優雅に礼を取る。

「どうぞ」

 部屋は真っ暗でデューク国王陛下代理の黒檀の机の上だけ明るくて、僕はワゴンを運んで行った。

「デューク国王陛下代理、お食事をお持ちしました」

「そんな時間か…ルーネ子爵令嬢、あなたは召し上がったのか?」

「はい、わたくしはもう…えっ…」

「では、あなたを先にいただこう」

 僕はデューク国王陛下代理の腕に抱きかかえられ、寝台にそっと組み伏され、接吻をされると、ドレスの背後のリボンに手をかけられて、はしたなくも僕はデューク国王陛下代理にしがみつく。

 僕は…僕の身体は…デューク国王陛下代理を求めてわななき…。

 首筋に…胸に…接吻を受けながら、無骨な指で愛撫され…。

「デューク国王陛下代理っ…あっ…」

 僕が認めてない欲求は快楽を求めて、泣きそうなくらいの悶えがやってきて、懇願した。

 そして塗り込められた狭間がジンジンしておかしくなりそうな弛みに、デューク国王陛下代理の硬い灼熱がぐっ…と入ってくる。

「んっ…あっ…あっ…ああっ…」

 収まりきると、背中を持ち上げられ、デューク国王陛下代理の膝の間に跨る格好になり、僕はデューク国王陛下代理の肩にしがみついた。

「あなたが愛おしい…やっとあなたに触れられる…」

 深く挿さり浅く掻き混ぜる剛直は、僕を揺らしては引き上げ、僕はその深さに怯え、更には狭間の拡がりに悲鳴に近い声をあげてしまう。

「痛いか…?それならば…」

「い…いえ…なんか…ちょっと…っ」

 デューク国王陛下代理が動きを止め、汗ばむ僕の背中を撫でてくれていて。

 なんだろう…この…。

 軽く身じろぎしたデューク国王陛下代理の刺激に、それは急に来た。

 腹の奥から湧き上がるそれは、重い痺れを伴い足の指先まで痺れさせてからまた戻り、たまらない気持ち良さに変化してびくりと身体を跳ねてしまう。

「んっ…んあっ…!」

 身体中が痙攣したようになり、デューク国王陛下代理の熱さをありありと感じて締め付け、狭間の拡がりの気持ちよさにデューク国王陛下代理の髪に手を絡めた。

「っ…締まる…っつ…待てぬ!」

 デューク国王陛下代理が一気に突いて来られ、僕は突かれる度に肺が苦しくて、でも繋がった部分が擦られて気持ちよくて…。

 デューク国王陛下代理の熱い飛沫を受ける頃には、気を失いそうなくらいぼーっとしてしまった。

「大丈夫か?無理はないか?」

 ついさっきまで僕を翻弄したデューク国王陛下代理の熱さそのものがぐっ…と動いて、甘い痺れが全身に伝わり僕はピクリと震えた。

 あれは…なんだったんだろう…。

 身体中が痺れてからまた戻ってくる感覚…。

「あなたが私でここまでも感じてくれて…あなたは快楽の絶頂アクメきざはしにいたのだ」

 呼吸の荒いデューク国王陛下代理が、僕の上から起き上がりながら言った。

 かく言う僕は浅い息を吐き出しては、身体中に力が入らない有様で…。

 絶頂アクメ…って…。

 多分デューク国王陛下代理は僕の表情を読んだんだろう。

「睦時の興奮の極みだ。あなたは体内で私を感じてくれたのだ」

 顔が赤くなるのがわかる。

    嫌だな…恥ずかしい…恥ずかしいよ…。

「本当にあなたは…純粋な人だ…愛おしくてたまらない」

 デューク国王陛下代理の手が僕の髪を撫でて、そのひとふさに接吻をした。

 身体中の痺れが抜けなくて、僕は真っ赤になったまま、顔を横に向ける。

「デューク国王陛下代理はいじわるです」

 情事に疎い僕をからかってるんだ。

「ふふ…」

とむくれた僕に対し、楽しげに微笑まれる。

「さあ、食事にしよう」

「では…お召し物を…」

「このままでよかろう。たまには日常にはなさぬことをするのも一興だ。あなたは横になっていなさい」

 デューク国王陛下代理は見事な裸体のまま、ワゴンをお引き寄せになり寝台につけると、温くなったスープ皿に直接口をつけて飲み干していく。

「うむ、美味い」

 マナーなんかそっちのけ、手づかみで召し上がる姿は雄々しくて、普段の倍は野性味があふれていた。

「む…チョコケーキか…あなたは好きか?」

 デューク国王陛下代理に言われて、

「はい」

と答える。

「では召し上がれ」

 なんと手でチョコケーキを小さくちぎり、横倒しに横たわる僕の口に持って運んでくださったんだ。

 口を開けるべきか迷っていると、デューク国王陛下代理の指先の関節で唇をノックされ、僕は口を開く。

 チョコケーキの中にはとろりとした生チョコが入っていて、垂れそうなそれをデューク国王陛下代理の指ごと舐めてしまい…。

「すみません」

「いや、至福の時だな」

 再びチョコケーキが来て、僕は給仕されながら全部食べてから聞いた。

「デューク国王陛下代理、甘いものお召し上がりになりますよね。チョコケーキはお嫌いですか?」

「ここまでチョコだと、正直きつい」

「では、極秘事項になさいませんと」

「なぜだ?」

「公爵家のお披露目舞踏会のお食事で出されてしまいますよ」

「う…む…。その時はあなたに…いや、甘んじて食べるか」

 確かに僕はアーリア姫殿下の横に座りますが…。

 ともかく席次が変なんだ。

 食事はうちうちだから、人は少ないんだけど…。

 窓側の見晴らしいいテーブルの一番端に招いた屋人の公爵が、そのあと、女王陛下第一位のアーリア姫殿下が最高位の上座なんだけど。

 そこからが変で、カーヴァネスの僕、そして公爵夫人と第二位姫君、なんと反対側の廊下側の上位にデューク国王陛下代理、ニールスが座っている配置になってるんだ。

「御愁傷様です」

 言いながら、胸の奥が暖かくなる。

 愛おしくて…とは言わないけど…デューク国王陛下代理の人らしい姿は、好ましくて…僕より大きくて大人でいらしているのに、たまにこうして子どもみたいな表情をするのは、好きだ。

「痛み入る」

「あ、思い出しました。アーリア姫殿下からのご伝言です」

 肉をパンに挟んで召し上がるデューク国王陛下代理の、田舎村の野生児のような姿を眺めていた時に思い出した。

 座ろうとしたけれど、なんだか身体が痺れていて動けないでいて、

「そのままでどうぞ」

とデューク国王陛下代理の言葉に甘えた。

「お披露目舞踏会で公務をちゃんとこなしたら、ご一緒に就寝したいと…アーリア姫殿下が」

「うん?」

「アーリア姫殿下のお願いでございます。デューク国王陛下代理、アーリア姫殿下とわたくしと三人でご就寝ください」

「毎晩か?」

「いえ、一度きりと伺っております」

 デューク国王陛下代理は考えながら、無言で食事を終わられ、僕は返事を待ちながら眠くなって来て、うとうとしているうちにデューク国王陛下代理に抱き上げられていたみたいで…。

 香りのいいお湯の感覚に起きなきゃっ…て思うんだけど…。

「お眠りなさい、あなたには気を遣わせてばかりだ」

 ってそっと額に接吻されて…眠くて眠くて…僕をあやすように湯をかけてくれるデューク国王陛下代理の腕の中で眠ってしまった。




 デューク国王陛下代理からアーリア姫殿下へ、お願いごとの返事が来たのは、公爵家に向かう馬車の中だった。

「アーリアの申し出、受け入れよう」

 おろしたてのピンクの長袖ドレスのアーリア姫殿下は、真っ赤な顔をして喜んで隣に座る僕を仰ぎ見た。

 僕はフリルたっぷりの新しい白いドレスを着ていて、いつもと変わらないのだけれど。

「よろしゅうございましたね、アーリア姫殿下」

「ルーネ、ありがとう」

「わたくしよりデューク国王陛下代理へお礼を」

 ハッと気づいてアーリア姫殿下はデューク国王陛下代理に、

「お兄様、ありがとうございます」

と頭を下げた。

「いや」

 デューク国王陛下代理がはにかんだように笑い、僕は心があったかくなる。

 でも、その気持ちは、公爵家で凍りついた。

 僕とアーリア姫殿下とデューク国王陛下代理の馬車と、もう一台マーシーが乗る馬車をカーリンが操作し、そして兄上の近衛隊の部隊を護衛にして、まるで第二の王宮かと思う華やかさの公爵家の領地に入る。

「はじめまして、ルーネ子爵令嬢」

 公爵と公爵夫人のお出迎えで、公爵夫人の言葉を真っ先に受けたのは、僕だって事実。

 金髪緑目はまごうことなきそばかすの母上で、痩せて美しいのにどこか冷たい印象を受けるのは、まとめ髪だからかもしれない。

「本当に美しいカーヴァネスですこと。さあさ、ニュートリア、ご挨拶なさい」

 妙齢の乳母に抱かれた赤ちゃんはプラチナブロンドに琥珀色の瞳で、アーリア姫殿下とデューク国王陛下代理の血筋を感じて、ニュートリア第二位姫殿下は僕を見て微笑んで下さった。

「まあまあ、姫様。笑みをたたえていらっしゃって。お気に召されたのですね。もしかすると姫様のカーヴァネスになるかもしれませんね」

「まあ、ニュートリアったら」

 乳母と公爵夫人が茶番のように笑い合う間、アーリア姫殿下とデューク国王陛下代理は黙ってそれを見ていて、僕はアーリア姫殿下とデューク国王陛下代理の置かれた立ち位置を理解する。

 公爵夫人は僕だけに挨拶をすると女官に案内を任せ乳母と立ち去り、デューク国王陛下代理が僕に詫びてきた。

「伯母上がすまない。あの人も祖父代の公爵出身で、矜持が高くしていらせられて」

 公爵御三家の一人だということになる女王候補第二位母君は、デューク国王陛下代理のお祖母様の弟君の血筋で、由緒ある姫君だそうで、ご自身のお子様を溺愛されているのかもしれない。

 そばかす兄上のようには、ニュートリア姫殿下が育ってほしくないなあ。

「デューク」

 屋敷の中に入るとプラチナブロンドの髪を撫で付けた長身の公爵が、デューク国王陛下代理に手を差し伸べて挨拶をする。

「伯父上、お久しぶりです」

「外交以来だな」

 長身と鷲鼻が似ているような気がする公爵殿下は、アーリア姫殿下には片膝をついて臣下の礼を取り、恭しくアーリア姫殿下の左手に接吻(キス)をした。

「お久しゅうございます。アーリア姫殿下には、我が娘ニュートリアのお披露目にお越しいただき、本当にありがとうございます」

「お招きいただき光栄です。ニュートリア様もお健やかで嬉しく思います」

 本来は臣下には短く答えるのだとデューク国王陛下代理は話していたけど、アーリア姫殿下はまだ女王ではないから、僕はアーリア姫殿下の返答にこちらを用意したんだ。

 公爵殿下は少しばかり驚いた表情をし、ちらりと僕を見てきた。

「レディカーヴァネス、あなたが返答を用意されたのかな?」

 僕が一瞬分からなくてスカートの裾をつまんで礼を取ると、アーリア姫殿下が

「はい、伯父様。ルーネに教えてもらいました」

と告げた。

「そうか…」

 だって、アーリア姫殿下は女王候補第一位だけど三歳だし、年上の伯父上には礼を尽くす方がいいに決まってる。

「カーヴァネス殿はアラバスタ子爵の令嬢だね。アラバスタ子爵はとてもよい人だ。アーリア姫殿下、よいカーヴァネス殿を得られたね」

 父上を褒めていただき、しかも僕を認めて、アーリア姫殿下をたたえたんだ。

 公爵殿下が挨拶を済ませ去って行くと、王宮よりも豪奢で美しい屋敷…公爵夫人のご趣味らしい…を案内されながら、僕はアーリア姫殿下の手に手を添えながら歩く。

 女官長の勝ち誇ったような話し口調にうんざりしていると、やっと控え室に案内され、しかもアーリア姫殿下とデューク国王陛下代理と同室で、こんなぞんざいな扱いに僕がムッとしているのをデューク国王陛下代理が少し笑った。

「まとめての方が警備には都合がいいんだよ、ルーネ」

 兄上がそう言いながら室内に入って来て、デューク国王陛下代理に警備の様子を話している。

 アーリア姫殿下の部屋に男が三人!

 いや…僕は男カウントされてないか。



 だけど…さらに僕は現実を目の当たりにすることになる。

 お披露目の前の食事の席…デューク国王陛下代理が最下位で、アーリア姫殿下はこらえていたけど、僕は泣きそうになった。

 こんなにもデューク国王陛下代理は孤独でいらしたのだと思うと、悔しくて悔しくてたまらない。

 食事はアフタヌーンティーと兼ねているからデザートがふんだんで心配したけれど、デューク国王陛下代理の苦手なオールチョコはなくて、そばかす…もといニールスが上機嫌に今回のお披露目会を自らが取り回したことの自慢話を聞く苦痛だけですんだ。





 お披露目会には男爵までの爵位号持ちを全て呼んだようで、上段にいるのは、アーリア姫殿下と、それからニュートリア姫殿下を抱く乳母と勝ち誇ったような公爵夫人が座り、下段脇にデューク国王陛下代理、公爵殿下が左右に立ち、その後ろに僕ら臣下が控えている。

 僕は兄上と同じ位置に控えていなくてはならず、アーリア姫殿下が遠い。

 控えめなセレモニーファンファーレのあと、公爵殿下がニュートリア姫殿下のお披露目を果たし、公爵夫人とアーリア姫殿下のいる壇上にはお祝いを述べる貴族が列をなし、アーリア姫殿下はぽつんとお一人で座られている。

 カーヴァネスの僕はここでは壇上に上がれない。

 上機嫌の公爵夫人は乳母からニュートリア姫殿下をもらうと抱くんだけど、何故かニュートリア姫殿下は泣き始めてしまい、遠目で見てもにこやかな表情を崩し、乳母に手渡していた。

 まるで王宮のような広間ではデューク国王陛下代理の周りには人がいず、あのニールスの周りに白服の令嬢が集まり、ダンスが始まるとニールスが上機嫌でそばかすの浮いた顔を上げて踊り出す。

 これが…現実…。

 初めて会ったときに令嬢たちは熱いまなざしでデューク国王陛下代理を見ていたけど、それは恋愛対象としてではなくて、女王候補第一位姫殿下のお世話役をデューク国王陛下代理が決めるためだったんだ。

 僕は涙が出そうになって、一人で静かに立っているデューク国王陛下代理の元に行こうとしたけど、兄上に止められる。

「あまり君には目立ってほしくないからね、静かにしておいで」

「しかし、兄上」

 みんなが踊り始める中で、隣にいる公爵殿下はホストに徹して、デューク国王陛下代理に人々を紹介し、なんと僕らの父上を引き合わせたんだ。

「おや、父上」

 兄上が人混みの後ろに僕を引き寄せ、窓側の花となるべくテーブルの上のシャンパンを取る。

 壁側にはぐるりと軽食が並べられているから、父上世代は立食しながら交流をし、兄上くらいの人々はダンスのお相手を求めシャンパンを片手に声を掛けいた。

「当たり前だけど、この擬似宮中には上下関係があり、父上は子爵だ。伯爵になれは父上はデューク国王陛下代理の周りに侍ることが出来、兄も君もデューク国王陛下代理の隣に立つことが出来るんだよ」

「わたくしに…どうしろと…」

 僕はシャンパンを口にして、アルコールを舌の上に転がす。

   う…濃いかも…。

「君にはもう分かっているはずだよ。そしてそうしようとしている。あと、足りないのはなんだろうね」

 まるでエニグマなぞなぞだ。

 ニールスはど真ん中で次々と踊り勝ち誇った顔で紅顔し、デューク国王陛下代理が挨拶に回り、そこに僕の父上がいて、僕は少し安心する。

 アーリア姫殿下は静かにこの舞踏会が過ぎ去るのを待っておられ、ニュートリア姫殿下のお披露目も列が途切れた頃曲が変わった。

『女王のための円舞曲』

 アーリア姫殿下の足元には補助台が置かれていて、公爵殿下付きの近衛隊長がアーリア姫殿下に手を添えながら、階下に降ろし一礼をする。

 女王候補第一位のアーリア姫殿下だけが踊ることを許されているこの曲。

 広間はさっ…とひらけ、アーリア姫殿下の前にダンスを申し込む子息が……

 ……いない…?

 曲はスタートしているのに、誰もアーリア姫殿下の前に来ない。

 僕はニールスを目端で追った。

 ニールスはにやにやと笑っていて、これがニールスの嫌がらせだと気付く。

 このために…このために!

 アーリア姫殿下を一人にして笑い者にするために、『女王のための円舞曲』を最後に入れたんだ。

 公爵家のニュートリア姫殿下のお披露目会で、アーリア姫殿下と踊ればその子息はアーリア姫殿下側だとみなされ、公爵家にとって好ましくない人物となる。

「あん…の、そばかすっ…」

 長い曲は序盤を過ぎ静かな穏やかなステップに変わっていて…。

「ルーネ、失礼」

 えっ…と思ったときには、僕は兄上にみぞおちをしたたかに打ち込まれ、僕は息苦しさに兄上の腕の中に落ちる。

「おやおや、大丈夫かい、ルーネ。さ、肩を貸そう」

 他の人からは僕が体調を崩して兄上に寄りかかるように見えたのだろうけど、僕は一瞬息が止まり、息苦しくってハアハアと兄上の腕にしがみついて広間を出た。

 王国の旗が立つ馬車の横には、マーシーが乗ってきた馬車があって、僕は兄上に庇われるように乗せられる。

 扉はカーリンが厳重に締めて、

「カーリン、後は頼んだよ」

「お任せください」

とやりとりが聞こえ、

「ルーネ様、こちらを」

 マーシーが包みを僕に渡してきた。

「国王陛下代理から託されたものです。万が一の時はルーネ様がお召しになるようにと」

 僕に…?

 白い絹包みを開くと、青…。

「ルーネ様、国王陛下代理からあなた様に『ブリュー』を賜りました」

 僕に…青…。

「お召しかえをお手伝いいたします。わたくしお話しを聞いてくださいましね」

 僕は白のドレスを脱ぐと目隠しのされている馬車の中で青色を纏う。

「青は生命の海を連想させる色であり、開放感と安らぎや寛ぎを示す色なのですわ。国王陛下代理には一番縁遠い色を、あなた様に賜る意味を理解していただきたいのです」

 マーシーは基本的にアーリア姫殿下のお世話役をしているけれど、デューク国王陛下代理のこともよく見ている。

 デューク国王陛下代理は女官を寄り付けないから、マーシーが片付けものなんかも一部買って出ているし、僕や兄上がすることもあるけど。

「帯色の意味を理解してくださいましね」

 僕は靴を履くと、マーシーが僕の髪を中に巻いた。

「ヘッドドレスのレースでお顔が半分隠れます」

 いつもと違う感覚…青の重み。

 僕の白服はマーシーが包みなおして背もたれに隠し、

「出て来なさい」

とお匙の子を呼んだ。

 マーシーの椅子の下からお匙の子が僕の白服を着て出てきて、僕は驚く。

「ルーネ様の身代わりですわ。さあ、お早く。舞踏会の曲が終わらないうちに。カーリン、開けて」

 カーリンが白いマントを持って僕を覆い隠しつつ、誰もいない庭から広間に入れてくれた。

 ざわつく人混みの中で、僕は搔き分けるようにして前に立ち、中盤から後半のエチュードになった難しいステップのところで、アーリア姫殿下の前に出る。

「僕と踊ってください、姫殿下」

 いつもより少し低い声。

 アーリア姫殿下は震える手を差し出し、僕はアーリア姫殿下をホールドした。

「誰だ、あの男は!」

 ニールスの甲高い声が聞こえる。

 ザマアミロだ。

 ステップは綺麗に決まり…おっと、アーリア姫殿下の苦手なトウだ。

「ゆっくり、ためて…」

 そうそう、転ばないように。

 この後の出足で揃えて。

「あ…ルーネ?ルーネなの?」

「お分かりになりましたか?はい、わたくしです」

 小さな声で僕が囁くと、アーリア姫殿下は嬉しそうに肩をすくめた。

 ああ…力が抜けてステップが優雅になる。

 そりゃあ、初めてのダンスのお相手が見知らぬ男子なんだから、緊張感もあるよ。

 僕の格好は、少年子息のキュロットに青のフリルベスト、ヘッドドレスで顔が半分隠れて、髪を中で丸く巻いてショート丈にしているんだから。

「初めて見たときはわからなかった。でもね、ローゼルの香りで分かったの」

 女王だけが使える薔薇の香り…後湯を使わせてもらっている僕にも移っているんだ。

「ルーネの服、素敵ね」

 もうじきダンスが終わる。

「デューク国王陛下代理から賜りました」

 デューク国王陛下代理…いた!

 僕の父上と何か話しながら僕とアーリア姫殿下を微笑ましいといった眼差しで見ていて、僕はデューク国王陛下代理の先を見据える機知に感服して視線を送る。

 デューク国王陛下代理もその視線に気づき、一度目を伏せ再び口許をほころばせた。

 その表情が…とても好きだ…。

 僕はデューク国王陛下代理に伝えないといけない。

 僕は…僕は…。

 曲がやんだ。

 アーリア姫殿下の薔薇色の頬はぷっくりして可愛らしく、僕はアーリア姫殿下に礼を取る。

「ありがとう」

 僕は名前を名乗れないし、名乗らない。

 わっ…と拍手が起こり、デューク国王陛下代理も手を叩いていたそれをぶち壊したしたのは、ニールスだった。

「見ない顔だな。招待した覚えもない貴様は誰だ!」

 そりゃそうだ。

 周りも言いたくなるだろうな。

 どうする?

 どう切り抜ける?

 デューク国王陛下代理には頼れない。

 立場が悪くなる。

「恐れながら…」

 アーリア姫殿下の前で片膝をつき、臣下の礼を取りつつ頭を下げた。

「アーリア姫殿下のダンスの練習のお相手をしておりました。急に師が調子を崩され、僕が代わりに参りました」

 真実に少しばかりの嘘を混ぜる…ジーン隊長から教わった処世術だ。

「ふ…ん、では練習相手風情が公爵家の広間にいるんだ!手引きしたものがいるのではないか!」

 あー…うるさいなあ、そばかすは。

「恐れながら…『女王のための円舞曲』のステップは難解です。アーリア姫殿下のお相手になろう年齢の方には難しく、どちら様もお申し出にならない場合、アーリア姫殿下が悲しい立場になられると思い紛れておりました」

 ニールスは色素の薄い顔を憤怒で真っ赤にしていて、僕は無言になった。

 ニールスが何か言いたいだろう空気の中で、公爵殿下が空気を静かに割く。

「確かに、我が息子ニールスもまだ『女王のための円舞曲』のステップは踏めまいな。見事なリードだった。しかし、市井の民がいる場ではない。君、下がりなさい。アーサー近衛隊長、彼が我が爵門を下るまで見届けるように」

「はっ」

 ありがたくも下がるチャンスを貰い、僕は兄上に連れられて広間を後にしたんだけど、その道は開かれ拍手が沸き起こって…僕は最後に目立ちながら部屋を出た。

 もしかして…公爵殿下は僕だとご存知だったかもしれない。

 馬車で白服に着替えた僕は、体調の悪いカーヴァネスを演じつつ、王宮に戻る羽目になったんだけど、アーリア姫殿下はすごく…ものすごくご機嫌で。

 部屋に戻るなり興奮気味に、

「ルーネの男装、素敵だったわ、本当よ」

を繰り返し、マーシーにどれだけ素敵だったかを繰り返し話していて、マーシーは嬉しそうに聞いていてくれた。





「ねえ、少年舞踏教師にと公爵陛下から俸禄をいただいたんだけど、君でいいのかな?」

「僕ですか?」

 兄上に呼び出された近衛隊長室で、兄上は金貨の袋を僕の前に置いた。

 中には金貨三枚。

 結構いい金額だ。

「あの少年舞踏師はガリアのどこかの王国の王子で、アーリア姫殿下のご尊顔を拝謁に来たのだと、貴族たちの中ではもっぱらの噂だよ」

 だから…公爵殿下はお窘めにならなかったのかな…。

 お断りしたけど、兄上経由でいただいた金貨の使い道に悩んだ挙句、僕はお匙の子に礼を込めて、市井で女の子に人気の星型砂糖菓子をカーリンに取り寄せてもらい、マーシーに託した。

 勿論、女近衛兵みんなにも渡すようにお願いし、金貨一枚使い切るにも余るお金は、いつものお礼として、兄上の近衛隊にワイン樽でお返しした。

 彼らは身体を張って、王族を守ってくれているから。

 そして、お匙の子は文字通り毒味役。

 万が一にも死んでしまうかもしれない彼女の名前を、僕らは教えてもらえない。

 せめて僕の身代わりになってもらったお礼になるといいな。

 あと二枚の金貨は、取って置いた。




 そして…。

 まさかの当日の夜に、アーリア姫殿下の要望があるとはおもわず、僕がアーリア姫殿下の後の湯をいただき、寝間着に着替えると、アーリア姫殿下はまだ起きていらして、内扉からデューク国王陛下代理の政務をする部屋へ入って行くから慌てた。

 デューク国王陛下代理はご理解していないかもしれないのだから…と、思いきや、デューク国王陛下代理も男性用の長いシャツの寝間着を着ていらして驚く。

「アーリアへのご褒美だからな」

 子どもの機微を分かっていらっしゃるのか、同じご性分なのか…こんなとき、アーリア姫殿下とデューク国王陛下代理の兄妹の血筋を感じてしまう。

 デューク国王陛下代理、アーリア姫殿下、そして僕の三人で眠る寝台は意外と狭く感じて、肌寒いはずがアーリア姫殿下の子どもの体温でいつもより暖かい。

「お兄様と内緒のお姉様と一緒、お兄様と内緒のお姉様と一緒」

 眠いはずのアーリア姫殿下が何度も話していて、僕は苦笑を噛み殺したけど、デューク国王陛下代理はそれはもう幸せそうに聞いていた。

「あ、そうだわ、お兄様」

「どうした、アーリア」

「お兄様がご出張でいない時は、内緒のお姉様が寂しいといけないから、私の寝台でご一緒してもいい?」

 アーリア姫殿下は最初こそデューク国王陛下代理の方を向いていたけど、後半は間違いなく僕の方を見ていて。

「え…」

 僕は男でして…。

「アーリア、しかし…」

「お兄様ばっかり、ずるい。ルーネを独り占めなんて」

 デューク国王陛下代理が

「うーむ…」

と考えを巡らせているうちに、アーリア姫殿下はすうすうと眠りに落ちてしまい…。

 僕もまたアーリア姫殿下の体温に引き摺られて眠りにつく。

 デューク国王陛下代理の

「なるべく出張を控えるようにしよう」

 なんて独り言を遠くの方で聞いたような…気がした。
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