薔薇の寵妃〜女装令嬢は国王陛下代理に溺愛される〜完結

クリム

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第一章 カーヴァネス編

外伝 黒王子(アーサー視点)

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 士官学校は、王立である。

 貴族号を持つ子息女のみが入学を許され、幼年士官学校を経て、士官学校へ進む。

 大抵はそこから近衛士官学校に二年行き、十五歳で近衛隊に入隊するのだ。

 まれに秀でて専門を極めるための王立アカデミーに入るものもいるが、アカデミーは市井も入学を許されているからか、貴族たちはそちらへは見向きもしないことの方が多い。

 とにかくプライドが高いのだ。

 しかも、公爵、侯爵、子爵、男爵と、明確な身分差別があり、かなり陰湿だ。

 幼年士官学校は五歳から入学を許されているが、デュークはそれよりも前から入学していたようだ。

 しかも王族ながら王宮医師のグラン侯爵家預かりの無位として。

 つまり男爵よりも下位だ。

 不吉な黒髪に生まれついたデュークは、始末されない代わりに王族として王宮に置いてもらえず、王族医師であるグラン侯爵家に軟禁状態で置き捨てられ、グランが士官学校に勝手に連れ出したために、士官学校では男爵以下の平民扱いを受けていた。

 と、言うのは入学したてのアーサーの耳にも入り、同じ五歳にしては小さな黒髪の王族を、斜め目線で見ていた。

 アーサーは男爵ながらも母譲りの甘い美貌と、金髪深青の瞳を持ち、自分の容貌は王族並みだと感じていたし、士官学校の女子からも人気があった。

「王族の面汚し」

「黒の悪魔」

 なんて廊下で生徒に吐き捨てられストレスで咳き込み倒れては、上級生のグランに抱えられて医務室に行くデュークを気の毒だとは思ったが、関わりたくはないとアーサーは思っていた…のだが…。




 アーサーがデュークに声を掛けたのは、一年も過ぎた頃だった。

 男爵毛の馬車を降り歩いて行くと、新米の教師ロイドの妹のアンが手を振って来る。

「早いな、今日は馬小屋当番ではなかろう?」

「ちょっと、デュークにお願いしたくてね」

 アンが流した真っ赤な髪を掻き上げ、

「君が?珍しいな。デュークに接触すると、子爵より上の奴らに目をつけられるよ」

と忠告してくれる。

 わかっている。

 わかっていた。

 しかし、どうにも、これは…。

 父からの命令であり、とにかく実行しないと。

 自由席なのに一番後ろの、日当たりの悪い席にいたデュークに歩み寄る。

 ちなみに公爵伯爵子息女は前の方の席を取り、ヒエラルキーを感じてたまらない。

「ねえ、デューク」

 アーサーがデュークに声を掛けると、クラス内の目が一斉に向けられた。

「僕に声をかけない方がいい」

 いや、関わりたくないんだが…とアーサーは思いつつも、この根暗そうな黒髪に声を掛け直す。

「今日、授業が終わったら、僕の家に来てくれないかな?」

 デュークは無表情にアーサーわ見やり、言った。

「無理だ」

「どうして?級友の家に遊びに行くくらい、当たり前のことだろう?」

「君の家が穢れる」

 ばっかばかしい…黒が忌み色って…こちらはそれ以上の大変な事態に、とっくに大パニックだ…父と僕だけだけれど。

 もう一声掛けようと思っていたら、背の高い上級生が部屋に入ってきて、

「こいつは俺の家の預かりだ。こいつには発言権がない」

とアーサーの前に踏ん反り返った。

 上級生のグラン侯爵だ…と誰かがひそひそと話し始め、グランの夜の閨世話ねやせわをしているのがデュークらしいとか悪意を込めてにやにやと笑い飛ばすのを聞いていたららちがあかない。

「では、グラン侯爵殿下もご一緒にいかがですか?」

「は?俺も?」

 グランは考えるふりをしているようだったが、

「お前ん家にいい酒はあるか?」

と歌舞伎めいた表情をする。

「……はい、秘蔵のものが」

「じゃあ、行く。俺ん家の馬車を出すからな、お前の家のは返しておけ」

 勝手に話を決めて勝手に終わらせてくれたが、これでデュークを屋敷に連れて行くことが出来る。

 デュークは仕方ないといった顔をして下を向き、アンはお手上げという仕草をしたが、アーサーはもう少し目立たない場所で話せばよかったと自分の行動の軽率さに反省した。

 が、どこで話したってデュークは悪い意味で目立ち、アーサー自身も良い意味で目立つのだから仕方ないと割り切った。




 さすがは侯爵家の馬車。

 天鵞絨(ビロウド)が丁寧に張られたソファはクッションがよく、馬丁は田舎の男爵家も網羅していて、道案内もいらないでいる。

「で、どうしてデュークがお前の家に行かなきゃならない。こいつはこう見えて女王の息子だ。拉致にも監禁にも一応価値があるんだぜ?」

 だからこそ、士官学校で監視、グラン侯爵家で監視と、軟禁をしているわけなのは理解できた。

「弟が生まれたんですよ、うちに」

 グランは

「そりゃおめでとさん。確か、お前ん家、妹もいたな?美人か?」

とにやついた。

「それはもう。僕の妹と弟は世界一だと自負できます。金髪碧眼の美しい造形。まるでガリアに伝わる双子のようで」

 吹き出したグランに、表情の変わらないデュークを見比べて、

「で、お二方、噂通りなんですか?」

とアーサーは不躾にも聞いてみた。

 閨世話をするほど仲がいいようにも見えず、グランはデュークにある程度礼節を取っているように感じたからだ。

 今だって扉のない方の奥にデュークを座らせカーテンで隠し、剣に手をやっているのはグランだ。

「ん?ああ、そうしておけば、男も女も近寄らん」

 グランなりの守り方なんだ…と理解するのには、少し時間が掛かったが、それはグランの出生とも深く関わりがあるのを後で知ることになる。

「しかしだな、アーサー。お前、明日から毎日馬小屋当番だぞ。デュークに声を掛けたなら、デュークと同じ立ち位置になる」

「分かってますよ、そんなことより…」

 屋敷に近くなりアーサーは話しをやめた。

 小さな屋敷は男爵家としては精一杯で、馬鹿にされるかとちらりとグランとデュークを見たが、何も言われなかった。

 屋敷の方は玄関横付けの馬車が侯爵家のものだと知って、執事以下家令全員が出迎えに立ち、アーサーは父と母が待つ部屋に向かう。

「母は病弱な妹とさらに田舎の領地に滞在していますが、出産でこちらに里帰りしているのです」

 アーサーが扉を開くと、ちょうど妹のアーリアが扉を開けようとしていたのと鉢合わせをし、

「ただいま、アーリア」

とアーサーは声を掛ける。

 しかしアーリアの目はアーサーには向いていず、視線の方向を見るとデュークの髪を凝視し、ガタガタと震え上がり立ち尽くしているようだ。

「ほうら、大丈夫かい?アーリア」

 アーサーはアーリアを抱き上げると、寝台に起きて座っている母のところにそっと置いた代わりに、赤子を抱き上げ、デュークのところに連れて行く。

「デューク、弟のルーネだ。可愛いだろう?」

 近づけると、金の巻き毛の赤子はデュークの顔を仰ぎ見た。

「どうせ泣き出す…え…?」

 ルーネが手を伸ばしデュークの元に行きたがるから、アーサーはデュークに抱かせてやったら、ルーネが声を上げて喜ぶから驚いた。

「ルーネったら…え?ええ?デューク…」

 デュークがボロボロと涙を流し、ルーネを抱きながら嗚咽を繰り返しているのだ。

 どう接していいか分からずにいると、グランがデュークの黒髪をくしゃくしゃと撫で回し、

「少なくともこの赤ん坊には好かれてるじゃないか。お前は、生まれて来た価値があるってもんよ」

と笑い飛ばすのを聞いていた。





 産後の肥立ちが悪い母と怯えるアーリアを残し、デュークに抱っこされながらご満悦のルーネと、アーサー、そしてグランはアーサーの父に連れられ屋敷の奥へ向かう。

「女王子息殿下にこのような田舎の屋敷にまで、ご足労を掛け申し訳ございません」

 父は礼節を持ってデュークに礼をする。

「いや…僕はグラン侯爵家預かり身です」

 泣きはらした顔でデュークが言うが、父は首を横に振った。

「それでも女王陛下のご子息殿下であらせられるのには変わりなく、急事にはあなた様が国をまとめるのです。しっかり御勉学にお励みください」

 父がこのように話すのは初めて聞いたが、盗賊上がりのジーンを田舎の屋敷の隊長にしたあたり、この禿げ上がりは意外に逸物かもしれないと、アーサーは人が良い人物としか思っていなかった父を見直した。

 が、問題は武器倉庫だ。

「灯りをつけます」

 蝋燭に火を入れて小さな武器倉庫に入ると、ぼう…と白銀が浮かび上がる。

「是非とも…是非ともこちらをお持ち帰りください」

 白銀に…剣先に黒い染みが模様のようにこびりつくそれは…。

「ルーネが生まれた後に気づきました。この武器倉庫に入ることができるのは家長である私のみ」

「しかし…鍵は…」

 そう、うまくすれば湯浴みや睡眠時に鍵を持っていけるはず。

「これをここに置く理由がわかりません。ただ…本物であれ偽であれ王家でお預かり下さい」

 ひらにひらにとばかりに父が懇願し、グランがその中振りの剣を手にした。

「確かに…伝説の…ソレスの剣に似てはいるが…失われたものだろう?気にしすぎではないのか」

「男爵の気持ちはわかる。魔除けに純金を塗り、王家の武器倉庫に置こう。万が一にも本物であっても、アルカディアの宝剣が剣を封じてくれよう」

 デュークが始めて自分の意思で話すのを聞いた。

 アーサーは驚いて、なんだか笑えて来た。

 武器倉庫を出てグランが剣を布にくるみ、まずは侯爵家に持って行き父親に話すと言うのを、アーサーの父は快諾した。

 ともかく最弱男爵家に、これがあることが大変危険なのだ。

 本物か偽物かの真偽はともかく。

「僕が必ず母上を説得します。アラバスタ男爵、お約束する」

 赤子のルーネにも

「君を守るよ。僕を認めてくれたルーネ」

 なんて話していて、こいつは育ちが良い平凡な奴で、内に入ればちょろいのではないかと思った。

 父には悪いが、一生を田舎男爵で終わるつもりはない。

 公爵令嬢と付き合い公爵として成り上がるより、こいつを使って上を目指して行く方が面白い。

 目指すは、新女王配、つまり女王の夫だ。

「デューク、僕らは友になろう」

 アーサーがうとうとと眠り始めたルーネを抱きながら少々困るデュークに、手を小さく差し伸べてた。

 デュークは躊躇しつつ手を差し出して、

「もちろんだ、アーサー」

と手を握って来たから、グッと肩を抱き寄せた。

 面白い!

 面白くなりそうだ!

 デュークに組したら馬小屋当番毎日だとか、クラスの奴らから仲間外れにされるとか、小さいことは差し置いて、アーサーは本気でデュークの横に立ち、歩いてみたい。

 俺が…このくそつまらない国を変えてやろう、デュークと。

 アーサーの野望は、始まったばかりだった。
 
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