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第一章 カーヴァネス編
外伝 それは、奇跡か偶然か?(アーサー視点)
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心、此処にあらず。
プロムナードが終わった後のデュークの様子が、どうにもおかしい。真っ黒なうねりのある髪を少しかきあげた額と鷲鼻はいつも通りだが、琥珀色の瞳に恋色を差し込んだように薄桃を塗りたくった顔をして、ダンススキップでもしそうな足取りだ。
「デューク」
とアーサーが声をかけると、
「アーサー、おはよう」
と答えた声。
おいおい、声がはしゃいじゃってるよ、気配からもだだ漏れだろう。
「今朝はご機嫌だねえ、デューク、いいことがあったのかい?」
デュークは馬の整備をはじめ、仕方なくといった感じでアーサーも馬の身体にブラシを当てる。
最初は隊長の馬だ。
「仕事が終わったら、聞いてくれないか、アーサー」
そう言うと、仕事に戻っていく。
こんなの新人の近衛兵がやる仕事だろうと、アーサーは思いながら手を動かした。
そもそも、爵位制度というヒエラルキーが気に入らない。近衛隊は貴族の子弟から成り立つから、その階級制で最下位なのは男爵だ。つまり、アーサーはその最下位層にあたる。
デュークは女王の子どもながら、爵位すら与えられない「預かり」で、言わば男爵以下になる。そもそも近衛隊に入ることすら総反対で、十三歳で幼年士官学校を終わらせ、幽閉まがいに隔離すると話していたのを、三大公爵家の問題児グラン侯爵殿下が、二年間士官学校にデュークを留め置いたため、無爵位での近衛隊入隊となった訳だが。
そのグランは士官学校から王立アカデミーに進み医師になっているんだから、置き土産すぎるだろうと考えていた。
近衛隊に入隊しても、デュークへの風当たりは強く、デュークの排斥排除を進め、追い出したがっているのは近衛隊長その人で、さまざまな嫌がらせをしている。まずは所持品が無くなる。木製ロッカーにチョークでの落書きは、
「出て行け」
だ。
「ロッカールームから出て、仕事をするのは当たり前だ。これを書いた人は、さぞロッカールームが好きなのだろうな」
これにはアーサーは吹き出した。アーサーは幼年士官学校からの同期であり、デュークを嫌わない一人だったが、もう一人理解者がいる。
「動じなくなってつまらないわ」
真っ赤なまとめ髪にこめかみから一房流れに任せている、見事なボディバランスをたたえたアンだ。
「小さい頃はストレスですぐに喘息になっていたのにね」
アン…伯爵令嬢…こう言うと殺される…が、馬水を入れてくれ馬の口元に桶を置いてくれた。
「こんな仕事、近衛隊新兵にやらせればいいのよ。アーサーやデュークは、剣技では私の兄を負かしたくらいなのに」
「あれは、卒業祝いだろう?」
「あなた方の実力よ」
アンの兄は士官学校の師として伝統剣技を教えてくれ、女王の奉納剣舞の指南もしている。
「一昨年前に御生れになったアーリア姫殿下の髪色は赤だろう、ロイド師の可能性は?」
「ないない、アーサー。それはない。兄はそんな器用な男ではないよ」
アンは笑いながらデュークにも声をかける。
「やだ、デューク、なに?上機嫌なの、気持ち悪い」
だよねえ。アーサーもそう思った。
アーサーお気に入りの店は近衛隊の制服では入れないから、デュークを男爵家に寄せてから隊服から市井服に着替えさせ、父に借りた市井用の黒い馬車で店に入ると、すでにアンが町娘風に装って酒を飲んでいた。
「アーサー、デューク、遅い。座って!」
テーブルの女主人になったアンに逆らえず、ビヤを頼むとアーサーと軽く乾杯をする。
「やっと…あの方の行方を探した当てたのだ」
デュークがそれを本当に嬉しそうに言い、アーサーは疑った。
「本当にプロムナードで君と踊った女がいたのか?」
「え、なに?デュークと踊った女の子がいたの?」
「アンも知らないのかい?」
「私はその日、生理で休み。で、なに、デュークとプロムナードで踊った娘がいたの?」
デュークが嬉しそうに頷いた。
「給仕としてシャンパン運びをしていたら、パティオのシロツメクサの中で輝く令嬢に声を掛けられて」
デュークの言葉に、アーサーもアンも苦笑いする。
「それって、夢物語じゃないの?白昼夢ってあるらしいわ」
アーサーもアンの意見に同意する。
「そうだよ。だって君、士官学校含め、出てからもかれこれ経つけれど、プロムナードで踊ったことは一度もないだろう?」
全ての令嬢は黒髪のデュークを遠巻きにしているだけで、デュークは毎回壁の染みみたいになっているのだ。
「ご令嬢から誘われたのだ。プロムナードに来たからには、踊った事実を作らないと、と」
頬が緩んだデュークに、アーサーはやれやれとビアを飲む。デュークの色恋沙汰をグランに話して、いい酒を貰おうかと思っていたが、これは面白い。
「で、そのご令嬢は?居場所を突き止めたんだろう?」
「普段は片田舎の屋敷でひっそりと暮らしていて、屋敷は南の国境沿いにあり、ジーンという屈強な騎士が守っている」
ん?…んん?
「いやだ、そんな深窓な令嬢なの。デューク」
アンの言葉に、
「ああ。あまり外には出ていないようだ」
と言い放つデュークに、アーサーは少なからず思い当たる節を思い出し、どうしようかと呻いた。
「乾杯をしましょう。デュークと踊った深窓の令嬢に」
アンの乾杯の音頭に、三人は安いビアをしこたま飲んだ。
「お先に、明日ね」
アンは酔うだけ酔って馬車に乗り屋敷に帰って行き、アーサーはデュークに詰め寄る。
「ねえ、デューク。プロムナードの令嬢の様子は?可愛かったか?」
デュークは酔いが回っていたが、まだ、正常のようだった。
「可憐な人だった。齢十五歳にしては身体は小さく華奢で…ダンスは苦手なようだった。私の足を何度も踏んで…」
あれはまだ十三歳だからなと、アーサーは言いたくなるが、その前に性別だ。
さて、どうする?今、話すべきか?
プロムナードで君と踊ったのは、僕の六つ違いの弟だと。
プロムナードが終わった後のデュークの様子が、どうにもおかしい。真っ黒なうねりのある髪を少しかきあげた額と鷲鼻はいつも通りだが、琥珀色の瞳に恋色を差し込んだように薄桃を塗りたくった顔をして、ダンススキップでもしそうな足取りだ。
「デューク」
とアーサーが声をかけると、
「アーサー、おはよう」
と答えた声。
おいおい、声がはしゃいじゃってるよ、気配からもだだ漏れだろう。
「今朝はご機嫌だねえ、デューク、いいことがあったのかい?」
デュークは馬の整備をはじめ、仕方なくといった感じでアーサーも馬の身体にブラシを当てる。
最初は隊長の馬だ。
「仕事が終わったら、聞いてくれないか、アーサー」
そう言うと、仕事に戻っていく。
こんなの新人の近衛兵がやる仕事だろうと、アーサーは思いながら手を動かした。
そもそも、爵位制度というヒエラルキーが気に入らない。近衛隊は貴族の子弟から成り立つから、その階級制で最下位なのは男爵だ。つまり、アーサーはその最下位層にあたる。
デュークは女王の子どもながら、爵位すら与えられない「預かり」で、言わば男爵以下になる。そもそも近衛隊に入ることすら総反対で、十三歳で幼年士官学校を終わらせ、幽閉まがいに隔離すると話していたのを、三大公爵家の問題児グラン侯爵殿下が、二年間士官学校にデュークを留め置いたため、無爵位での近衛隊入隊となった訳だが。
そのグランは士官学校から王立アカデミーに進み医師になっているんだから、置き土産すぎるだろうと考えていた。
近衛隊に入隊しても、デュークへの風当たりは強く、デュークの排斥排除を進め、追い出したがっているのは近衛隊長その人で、さまざまな嫌がらせをしている。まずは所持品が無くなる。木製ロッカーにチョークでの落書きは、
「出て行け」
だ。
「ロッカールームから出て、仕事をするのは当たり前だ。これを書いた人は、さぞロッカールームが好きなのだろうな」
これにはアーサーは吹き出した。アーサーは幼年士官学校からの同期であり、デュークを嫌わない一人だったが、もう一人理解者がいる。
「動じなくなってつまらないわ」
真っ赤なまとめ髪にこめかみから一房流れに任せている、見事なボディバランスをたたえたアンだ。
「小さい頃はストレスですぐに喘息になっていたのにね」
アン…伯爵令嬢…こう言うと殺される…が、馬水を入れてくれ馬の口元に桶を置いてくれた。
「こんな仕事、近衛隊新兵にやらせればいいのよ。アーサーやデュークは、剣技では私の兄を負かしたくらいなのに」
「あれは、卒業祝いだろう?」
「あなた方の実力よ」
アンの兄は士官学校の師として伝統剣技を教えてくれ、女王の奉納剣舞の指南もしている。
「一昨年前に御生れになったアーリア姫殿下の髪色は赤だろう、ロイド師の可能性は?」
「ないない、アーサー。それはない。兄はそんな器用な男ではないよ」
アンは笑いながらデュークにも声をかける。
「やだ、デューク、なに?上機嫌なの、気持ち悪い」
だよねえ。アーサーもそう思った。
アーサーお気に入りの店は近衛隊の制服では入れないから、デュークを男爵家に寄せてから隊服から市井服に着替えさせ、父に借りた市井用の黒い馬車で店に入ると、すでにアンが町娘風に装って酒を飲んでいた。
「アーサー、デューク、遅い。座って!」
テーブルの女主人になったアンに逆らえず、ビヤを頼むとアーサーと軽く乾杯をする。
「やっと…あの方の行方を探した当てたのだ」
デュークがそれを本当に嬉しそうに言い、アーサーは疑った。
「本当にプロムナードで君と踊った女がいたのか?」
「え、なに?デュークと踊った女の子がいたの?」
「アンも知らないのかい?」
「私はその日、生理で休み。で、なに、デュークとプロムナードで踊った娘がいたの?」
デュークが嬉しそうに頷いた。
「給仕としてシャンパン運びをしていたら、パティオのシロツメクサの中で輝く令嬢に声を掛けられて」
デュークの言葉に、アーサーもアンも苦笑いする。
「それって、夢物語じゃないの?白昼夢ってあるらしいわ」
アーサーもアンの意見に同意する。
「そうだよ。だって君、士官学校含め、出てからもかれこれ経つけれど、プロムナードで踊ったことは一度もないだろう?」
全ての令嬢は黒髪のデュークを遠巻きにしているだけで、デュークは毎回壁の染みみたいになっているのだ。
「ご令嬢から誘われたのだ。プロムナードに来たからには、踊った事実を作らないと、と」
頬が緩んだデュークに、アーサーはやれやれとビアを飲む。デュークの色恋沙汰をグランに話して、いい酒を貰おうかと思っていたが、これは面白い。
「で、そのご令嬢は?居場所を突き止めたんだろう?」
「普段は片田舎の屋敷でひっそりと暮らしていて、屋敷は南の国境沿いにあり、ジーンという屈強な騎士が守っている」
ん?…んん?
「いやだ、そんな深窓な令嬢なの。デューク」
アンの言葉に、
「ああ。あまり外には出ていないようだ」
と言い放つデュークに、アーサーは少なからず思い当たる節を思い出し、どうしようかと呻いた。
「乾杯をしましょう。デュークと踊った深窓の令嬢に」
アンの乾杯の音頭に、三人は安いビアをしこたま飲んだ。
「お先に、明日ね」
アンは酔うだけ酔って馬車に乗り屋敷に帰って行き、アーサーはデュークに詰め寄る。
「ねえ、デューク。プロムナードの令嬢の様子は?可愛かったか?」
デュークは酔いが回っていたが、まだ、正常のようだった。
「可憐な人だった。齢十五歳にしては身体は小さく華奢で…ダンスは苦手なようだった。私の足を何度も踏んで…」
あれはまだ十三歳だからなと、アーサーは言いたくなるが、その前に性別だ。
さて、どうする?今、話すべきか?
プロムナードで君と踊ったのは、僕の六つ違いの弟だと。
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