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30 アーロンの茶会は断罪のように

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 ノートン大公のタウンハウスは王城に近い場所にあり、なるほど王城門の裏にあの風車の丘が見える。タウンハウスの後ろにアーロンの治める王領地があったのだ。

 僕はアルベルトが御者を務める二頭立ての王族馬車に乗り、胸の辺りを押さえた。気持ち悪い……緊張だろうか。どうしよう、吐きそう。

「大丈夫か?顔色が悪い」

 ジェスがポケットからハンカチに包んだ薄荷を出してくれた。僕の魔除の乾燥薄荷とは違う生薄荷の新鮮で澄んだ香りに、吐き気が少し楽になる。

「緊張するなよ、サリオン」

「だって初めてで変な目で見られたらどうしよう。髪色も目の色もこんなで王族なんて」

 僕の言葉にジェスが頷き、肩を竦める。

「分かる分かる。俺も小さいから二度見されてたしな」

「それはジェスが可愛いからだよ」

 ジェスはいつもは跳ねている髪を撫で付けていて、後毛がとても可愛らしい。僕も巻き毛を丁寧に巻いてもらって整えてもらったけれど、ジェスの可愛さには遠く及ばなかった。

「それにしても、昨日の今日で茶会案内なんて悪意しか感じない」

 そう言ってフンと鼻を鳴らしたジェスに、僕はアーロンのことを話す。

「アーロンはそんなことをしないよ。正義の塊みたいな素晴らしい子供なのに、彼はね、可哀想な僕の伴侶になってくれるんだ。まるで貧乏くじを引いたようなのに」

 ジェスは金色の目を見開いて、

「……冗談だろ?お前は自分をそんなふうに思っていたのか」

 なんて言いながらため息をつく。そんなジェスにため息を吐かせた僕はまた胸が痛くなってきた。だからなるべく明るく笑って見せた。

「ごめんなさい、僕に付き合わせて。でもジェスは可愛いし綺麗だし華やかだから、きっと注目の的になるよ。アーロンだってこんなに豪奢な金の髪を見たら驚いてしまうよ。どうしよう、アーロンがジェスを一目見て僕に婚約破棄を願い出てしまったら」

「ないない。お前さあ、あ、着いたかーー馬鹿でかい屋敷だな」

 もう少し話していたかったのだが、王城から一番近いタウンハウスだからすぐに着いてしまう。

「殿下、お手を」

 アルベルトが馬車の扉を開けて、踏み台を出してくれる。そこに家令であるアルベルトの白い手袋が差し出された。僕はそこに手を差し出し踏み台から下へ降りる。ジェスは軽々と飛び降りて、アルベルトが目を剥いてしまった。

 茶会は大公のタウンハウスの一階大広間にソファと猫足の飾りテーブルがいくつも出されており、レムリカント貴族子弟が全員集まっているような喧騒だった。

 アルベルトは馬車のつなぎ場にいってしまい、僕はジェスと広間に入っていく。すると一斉に目が向く。僕はジェスの肩にしがみつきそうになるのを堪えて、ローヒールのドレスシューズの踵を鳴らして歩いた。アーロンはすぐに見つかったが、二人掛けのソファで一人の令嬢と一緒だった。

 すごく楽しそうだ。あんなアーロンは初めて見るかもしれない。アーロンのソファの周りにも、子息令嬢がたくさんいて、人柄の良いアーロンはやっぱり人気者だった。

 側仕え騎士のカノンは側付きの仕事もしているようで、扉の前にいたもう一人の側仕え騎士のロイドが目配せをし、カノンがアーロンに耳打ちをする。

「殿下!ようこそいらっ……金の瞳に金の髪小さなお客様もようこそ!」

 アーロンは明らかにジェスを見つめている。アーロンは小さくて可愛いものが本当に好きなのだろう。アーロンの取り巻きもアーロンより背が小さい。僕の方に一緒に連れてきた令嬢もまるで王族の容姿のようで可愛く小さかった。

 僕ときたらどうだろう。色は暗く濁り、背は茶会にいる誰より高いのだ。まるで木偶造りの案山子のように痩せた僕は、ここ毎月また背が伸びていた。

「ジェス……メイザース……です」

 ジェスはアーロンに胸に手を当てて礼を取る。僕以外でアーロンが爵位が上だからだ。クロルがもらっている爵位は侯爵になる。

「ジェス、なんて綺麗な髪と瞳なんだ。殿下もお人が悪い、こんなに可愛らしい方を紹介して下さらないなんて」

 アーロンが僕を見上げて鮮やかに笑う。アーロンは横にいる令嬢と手を繋いでいる。誰だろう。僕の視線に気づいたのか、アーロンが令嬢と手を繋いだまま僕に伝えてきた。

「殿下、とても可愛い人でしょう?こちらはバーリア男爵令嬢のマリアナ。マリアナのお陰で茶会では毎回楽しく過ごしています。さあ、殿下こちらへ」

 ジェスは……と思って振り向くと、ジェスは令嬢たちに囲まれて別のソファに連れて行かれてしまい、僕とは離れてしまった。

 お茶と焼き菓子が振る舞われているテーブル。二人掛けのソファにアーロンとマリアナ嬢、そして反対の窓側の二人掛けソファに僕が座る。

「アーロン、君のお茶会に呼んいただきありがとう。お茶会とは賑やかなものだね」

「本日は男爵から公爵までほぼ全ての成人前子弟が集まっているのです」

 どうりで大勢の子息令嬢がいると思った。さすがはアーロンだ、大公の孫だからだけではないと思う。明るくて太陽のようだ。

「殿下、僕はマリアナと伴侶になりたいと思います」

 僕はアーロンを見つめた。僕はアーロンよりも背が高い。見下ろす形になり、アーロンは見上げる形になる。アーロンは何を言った?

「もちろん、殿下とはお約束通り伴侶になります。ですが、殿下とはお子をなす事は出来ないでしょう?」

 マリアナ嬢が小さな唇を震わせて、

「ふふっ」

と笑った。何を笑った、何を知っている?

 アーロンが笑顔のまま続ける。

「夜は月の光を浴びて魔獣になるのだとか」

 いつのまにか茶会の子弟子女が静まって、アーロンの言葉に耳を傾けていた。

「閨で殿下に魔獣になられても困ります。だからこそ、マリアナを選んだのです。僕は大公ですから、お二人を幸せにする義務があります。大丈夫、僕に全部任せてください」

 アーロンは輝くような笑顔でマリアナに笑いかける。寄り添いながら僕を見上げていた。

「魔獣になるかもしれないのでも、僕を……伴侶にするのか」

 声が震えているのが分かる。マリアナ嬢がずっと微笑んでいる。アーロンはさらに太陽のような笑顔を振りまき、周りを見渡した。

「当たり前でしょう。僕は王族に連なる大公を継ぐのですよ。誰も娶らぬ落実(らくじつ)で魔獣になる王息殿下を伴侶にするのも大公の仕事です。離宮での行き詰まる生活はもうじき終わります。殿下はゆっくり静かにお過ごし下さい。その事実をご理解いただくために、貴族子弟子女の全てを招待したのです」

「アーロン様、殿下の魔獣姿を見てみたいわ」

 マリアナ嬢が貼りついた笑顔のまま僕に目を向ける。何故そんな挑戦的な瞳で見るのだろう。

「そうだ、殿下。次回は月の見える夜にお茶会をしましょう。僕も殿下の魔獣姿を確認しなくては」

「魔獣になると人間性も失うのかしら。アーロン様、守ってくださる?」

「もちろんだ。殿下、魔獣になる時は魔除の銀の檻に入ってくださいね」

 マリアナ嬢はくすくす笑っている。この茶会はマリアナ嬢がアーロンに頼んで実現したのだろう。周りの子弟子女もくすくす笑っている。

 これは断罪のための茶会だ。生まれながらの罪を背負っている僕へ、レムリカント貴族の子弟子女の視線が注がれていた。
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