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27 ターク先生の気持ち

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 昼の正餐にはジェスもターク先生も一緒で安心した。ジェスはぐったりしていて、カトラリーを床に落とすなんて失敗をした。ターク先生に促され、一緒に食事を取るメーテルは眉を潜めたが何も言わない。

「大丈夫?ジェス」

「ん、悪い。怠くて」

 王宮医師に診てもらおうと思ったが、熱もないし大丈夫だとの一点張りで僕は諦めた。なるべく授業では楽にしてと、ソファにジェスが横たわった状態で、客間の一室を学舎に割り当てた部屋で学ぶ。

 ジェスはすごく薄荷の香りがして、たまに荒い息をしているから、僕はオーロを思い出して顔が赤くなってしまった。

「それでは地理を始めます。地図を見てください。ユグドガルド大陸です。真ん中のユグド湖から見て北に最大国レガリア王国があります。レガリア王国の南で海に面したところにパールバルト王国があります。殿下の母君の故郷でしたね。そして魔の森を挟んで東南の位置にあるのが殿下の国レムリカント王国になります。レガリア王国の半分強の大きさの領土を持ち、裕福な牧畜穀物地帯でもあります」

 魔の森は広大な領地だけれど、その半分くらいしか入り込んではならない魔獣の住処で不可侵な地だ。

「レムリカントの西南は砂漠になり、砂漠のオアシスには遊牧民が住んでいます。細かい集落が小さな王国のように点在します」

 僕はパールバルト王国の下の地帯の地図が気になった。すると横になっていたジェスも

「パールバルト王国の下に国がなかったか?城門を見たぞ」

と話してくる。そこはパールバルト王国と接していて、一部レガリア王国とも接している箇所だ。

「こちらの地図にはないようですが、王宮書物庫に行けば何か資料があるかも知れません。王息殿下のたっての頼みですから、教師として調べないわけにはいきません。誰か」

 控えていたテレサが扉をノックして入ってくる。

「王宮書物庫に入る許可を得てください。教師である僕が必要としています。メーテルに頼んでください」

 ターク先生の言葉にテレサが、

「かしこまりました」

と足早に出て行った。

「ターク先生はレガリア王国の異世界人を発見してどうするのですか?」

 眠り込んでしまったジェスに毛布を掛けるとジェスに手を掴まれてしまい、ターク先生が椅子を僕の横に寄せてくれて僕はジェスの横に座る。

「ガルド神はガルドバルド大陸とユグドガルド大陸の二つの大陸がマナの歪みにより亀裂が入りばらばらになることを危惧しています。僕はガルド神に頼まれて、異世界人の保護をし、場合によっては異世界に送り返す役目を持っています」

 大陸に亀裂が……。

「二つの大陸はまるでひょうたんのような形で結びついています。絵に描いてみましょう。半球が細いくびれでくっついています。このくびれの部分は魔の森の奥山脈になり、魔物の住処ですね」

 ターク先生の考えが分かり、僕は僕が出来ることを考えていると、

「まあ、それは建前で、本当は異世界人に会いたいのですよ。僕はもうこちらの世界に根付いています。でも、あちらの世界も懐かしいのです」

と自嘲気味に笑う。そんな表情に僕は切なくなった。

「そんな顔をしないでください、サリオン。どうしたのです?」

 何故だろう涙が溢れてくる。ターク先生の気持ちを考えると悲しくなってしまう。知らない世界に一人きりなんて辛すぎる。

「サリオン、泣かないで下さい。僕は二人の伴侶と一人の協力者、そして多くの子や孫に囲まれて幸せなのですよ。ガルドバルド大陸に残るのを選択したのは僕ですから」

 ターク先生の小さな手が僕の右手を包んだ。温かくて小さな小さな手だけれど、しっかりとしていて、右手の中指にペンだこがあって硬い。

「サリオン、いつものあなたは冷静で感情をあまり表に出さないのに、どうしたのです?何かありましたか?」

「いえ、何もありません。少し取り乱しました。学びを続けてください」

 僕の返事に訝しげに頷き、ターク先生は各国の特産と流通について話して午後の学びは終了した。

 夜の軽食の時にはターク先生は再び王宮に向かって、ジェスと二人で食事を取る。パンと豆のスープに果物を食べながら、ジェスに体調を聞いてみた。

「大丈夫になった。夜は全力で走れそうだ」

 そんなふうにジェスが言う。

「夜に走るの、危ないよ。また、明日お散歩しようよ」

 僕がそう言うとジェスは一瞬焦り顔になり、何度も頷いた。魔法学舎では毎日走っていたから、まだ小さいジェスには離宮暮らしが少しつまらないのかもしれない。明日あたりに離宮で走ったり飛んだりするものが作れないかアルベルトに聞いてみよう。そんな風に考えていると夜の帳は降り、僕は月の光を浴びて魔獣になる。

 今晩はオーロが来るのかなと窓から外へ出ると、薔薇園の隅にオーロが座っていた。

『オーロ、もう大丈夫?』

 オーロは振り向いて僕の身体に体当たりするようにじゃれつく。顎髭を噛んでくるのは癖なのかな。

『ああ、いつもだと三日三晩位かかるのに、番い相手だと丸一日で終わるんだな。リオンな発情期になった時は俺がいるからな。安心しろ。発情期の熱い体液は出し切らないと駄目なんだ』

『ねえ、今日は、月が綺麗はない?』

『月が綺麗……?』

『うん』

 僕は伏せて尾をぱたぱたと揺らしていた。

『番いたいのか?』

『オーロが番いたいなら。でも、オーロのって棘が痛いから、ゆっくり出してほしいな』

 僕は受け入れることは学んでいる。伴侶になる相手の下、じっとしている。逆らったり拒んだりしてはならない。

『あのさあ、リオン。聞いてくれよ』

 オーロが僕の横に伏して、尾をぱたぱた揺らした。僕の尾にあたりオーロの体温を感じた。

『月が綺麗ですねは、お前が好きだっていう意味で、死んでもいいは、私も好きだったいう意味なんだ。番いだからリオンを好きになったんじゃないぜ?リオンが好きだから番いで嬉しい。番いは対等だ。リオンがしたくないならしなくていいんだ。その、まあ、昨晩はいきなり来た発情期が辛くて……ごめん。痛かったよな』

 したくないなら、しなくていい?
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