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22 ドナムンド・ミューラー子爵

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 昼過ぎになって、セシル兄様に頼んでおいた立派な貴族の馬車が来て、準備は整った。馬車の中にはドナムンド、ミーメ、スター、そしてザック。そして隠れるように僕とジェス乗り込んで、御者はなんとセシル兄様だ。

 大丈夫なんだろうかと思っていたら、隣にターク先生が座っていた。本当に子供のように見える。

「幻影魔法陣、展開」

 ドナムンドが呟いて陣を展開する。ターク先生に教えてもらった陣展開術は少し変わっていて、陣名を呟くことで、陣が浮かび上がりそれを指で操作する簡易式陣型だった。

 僕はメーテルの陣型を見たことがある。指からマナを放出しつつ円形を描きマナ文字を書き入れる。複雑な陣であればある程時間が掛かるのに、ターク先生は僕らに陣の型をひたすら覚えさせ、頭内で陣を作り上げさせた。

「指で描くより簡単でしょう?そのためにも読み書きが必要になるのです。理解できなければ構築出来ませんからね」

 こうして僕らは予備動作なしで陣を展開することが出来ている。

 ドナムンドは馬車まるごと陣を展開して、馬車は二時間ほど掛けてミューラー子爵領に入った。小さな村が寄せ集まっている子爵領を跨ぐように走る馬車を見て、一堂が驚き頭を下げる。

 一年前に奪われた景色を、ドナムンドは取り戻しに行くのだ。馬車は堅牢で古めかしい関所上がりの城の前に止まり、使用人が住人ほど出て来て、馬車の動向を見守っていた。

 馬車の中から現れたのは老齢の伴侶と若い愛妾。そして貴族の子弟らしい下ろし立ての服を着たドナムンドだ。

「だ、旦那様、奥様、若奥様、御坊ちゃま、これは……」

 執事だろう老人がドナムンドに詰め寄る。城門から家令の姿も見えた。まだ壮年の太った赤毛の男は子爵が使用していたと思われる銀細工の杖を持っている。

「すっかり主人気取りだな。サリオン、出るぞ」

「うん」

 ジェスに言われて馬車を出た。僕らは幻影により姿は見えなくなっている。僕らは定位置について、動向を見守っていた。

「静養中でありましたミューラー子爵様方をお連れしました。薬師のものです」

 老人に見えるターク先生がセシル兄様に下ろしてもらい、恭しく礼を取る。

「助かったぞ、薬師殿。我々は意識を失い久しかった。その薬師への褒美を用意しよう。ネムド」

 ミューラー子爵が低い声でネムドに声を掛けた。ネムドは銀細工の杖を落とし後退りを始める。

「ば、馬鹿な、馬鹿な、馬鹿な!」

 動揺するネムドに執事が階段を登って詰め寄った。

「旦那様に失礼だぞ、ネムド。家令のお前が資産管理をしているのだ!さあ、旦那様、奥様方。坊っちゃまも心配致しておりました」

「ランドル、ドナムンドは私たちを探してくれていたのだ」

 ミューラー子爵がゆっくりと階段を上がって行くと、ネムドが腰を抜かし廊下を這いつくばり、

「馬鹿な、子爵の馬車は岩で潰れて……あの状況なら生きているはずはない」

「あの?まるで見ていたような口ぶりだ、ネムド」

 ドナムンドがネムドを見下ろして尋ねた。

「見ていた……?私たちはお前に殺されたのか」

 ドナムンドとターク先生の背後で僕はミューラー子爵達の身体が崩れていくのを見た。血溜まりが出来、ミューラー子爵の芽が落ち始める。細君と愛妾の皮膚が剥け、ネムドの前に垂れ下がる。べちゃりと肉が落ちた。

「ぎゃああああーー、俺が依頼した!俺がっ!こ、この覚書も書かせたっ!これをこれをくれてやるっ!祟らないでくれぇ」

 覚書は廊下にわざわざ貼り出されていて、千切るように取り投げ捨てると、腐肉に落ちて赤く染まる。

「ぎゃああああーーっ!」

 ネムドは僕ではなくジェスの方に行き、

「捕縛魔法陣」

と小さな声の中金の魔法陣が床を這い、ネムドを絡め取った。

「幽霊の正体見たり枯れ尾花……とはいかないみたいですが、見事に自白を引き出しました。最終試験合格です」

 ターク先生の声にドナムンドが

「解除」

と息を吐いて座り込む。ドナムンドの横にはミーメ、スター、ザックがいて、その姿を依代に幻影魔法陣を展開していた。そして僕とジェスの姿を消して見せて、マナは尽きかけているのかもしれない。かなり息が荒い。

「治癒魔法陣展開」

 僕は治癒魔法陣をドナムンドに飛ばして、ドナムンドに治癒を掛ける。

 治癒を施したドナムンドは顔色が良くなり、立ち上がった。ターク先生が言うには治癒をするためにはかなりのマナを必要とするらしく、今は僕とジェスしか出来ないでいる。

「ドナムンド様、良くお戻りを」

 執事の服装の男がかしこまり右手を胸に当てた。それ以外の男女は腰を屈めて礼を取り、ドナムンドを囲むようにしていた。

「ランドル?」

「旦那様は陣こそ描けませんでしたが予知に優れており、自身の未来について予言されておりました。ドナムンド様が不遇に目に遭うのも承知の上。満を持して城に戻った際は、ドナムンド様をミューラー子爵にせよと」

 ドナムンドは深く息を吐いて天井を見上げた。

「馬鹿な!私は旦那様にっ!」

「あー、うるせえ。まだ、言うか」

 ジェスが捕縛陣を解かず、拘束陣で手足を拘束した。

「家令が持ち出した金品は、執事である私が回収をし、手元にございます故、ご安心下さい。誰か、衛兵を」

「それには及ばないよ。良く出来た執事と不出来な家令だね。そしてミューラー子爵の手際、見事だったね。王太子として若い子爵を社交界シーズンに招くことが出来て光栄だよ」

 幻影魔法陣が解けて、王族に許された軍服をなぜか着込んでいた理由はこのためだったんだ、セシル兄様。

「貴方様は……もしや……」

 執事のランドルが軍服の勲章を見て跪く。

「うん、セシル・レムリカント。王立魔法学舎の後ろ盾さ。魔法学舎の最終試験に立ち会う義務があるのだよ。そして見事に合格だね。かねてよりの申し出通り、家令は王家でもって取り調べをしよう」

 セシル兄様が手を挙げるとハンロックと城の近衛が入って来て、ネムドを連れて行く。余りの手際の良さに驚いていると、ターク先生が笑った。

「大事な生徒たちを確定もなしに危険な場所に送るわけはないでしょう。さあ、ドナムンドはこのまま城に残ってください。僕たちも一度帰りますよ。明日、修了式を行います」

 僕はセシル兄様の用事が済むと、離宮に返されてしまった。セシル兄様はメーテルに何やらごねていたけれど、離宮から追い出されて王宮に帰って行く。ハンロックと喧嘩したのか少し心配だった。
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