婚約破棄王子は魔獣の子を孕む〜愛でて愛でられ〜《完結》

クリム

文字の大きさ
上 下
4 / 54

3 初めての握手は湿っぽい

しおりを挟む
 次の日もその次の日もアーロンがやってきたので、正直びっくりした。もう、連続一週間だ。僕はここ数日夜更かしをして書物を読んでいたから、昼過ぎのお茶会は少々辛い。正直午睡をしたいのにと思ってしまう。

 父様やセシル兄様のように朝儀や接見などお役目がある人たちの場合は朝軽く食べて、昼をしっかり食べながら爵位貴族との会食をこなし、夜は夜会やサロンでお酒を伴う軽食になる。

 一方、僕みたいに何も無く誰からも訪問がない場合、朝はゆっくり目でお茶くらい。そして書物を読み、昼をゆっくり食べ、夕食はスープなどの軽食になる。午後からは庭の散策や書物を読むなど、世界から取り残され動きの止まるような時間を過ごすのだけれど、アーロンが来ると僕の時間が強引に動き出すようだった。

「サリオン殿下、僕は毎晩寝る前にミルクを飲んでいるのです」

「ミルクですか」

 もう赤子でもないのに何故だろうと僕が思っていると、アーロンは華やかに笑って、

「僕よりサリオン殿下の方が大きいではありませんか。次期大公となる身としては、伴侶よりも大きくならなくてはと思うのです」

「ご無理をせずともアーロンはもっと小柄で、可愛い女の子の伴侶になればよろしいのではないですか」

 僕がそんな風に言うと、アーロンは目を白黒させて言葉に詰まり、

「え、あ、あのっ、違うのでしてっ」

 僕はそれが面白くて少し笑ってしまった。するとアーロンが急に真っ赤になって、居住まいを正した。

「僕はサリオン殿下をちゃんと好きになって、伴侶になりたいのです。落実(らくじつ)として王宮では嫌な思いをされたかも知れませんが、大公領では幸せに過ごしてほしいのです。領民にも言い聞かせます。だから、正式に婚約者となってくれませんか」

 アーロンが生真面目に手を差し伸べて来る。僕はそんなにも不幸なのかと頭をよぎったが、

「アーロンから辞退をされなければ、婚約は成立し続けます」

と、僕は初めてアーロンの手を握った。手が温かく、汗かきなんだろうか湿っていて驚いた。表面体温が高い方なんだなと思ったら、なかなか手を離してくれない。

「サリオン殿下、今度、僕の領地に来てくれませんか?」

 アーロンの?

「あ、いずれはサリオン殿下の領地になります。二人で統治しましょう」

「父王が許可したら……」

「許可は頂きました。夕方までに帰れば良いとのことでした」

 父様……いや、この場合、アーロンのお祖父様が寝回ししたのかもしれない。

「…………では、参ります」

 僕の長い沈黙の後の返事で、握手は解けた。アーロンの手はすごく熱くてまるで太陽のようだ。

「ありがとうございます!準備を致しますから、少しだけお待ち下さい。今日は失礼します」

 アーロンは立ち上がると優雅に礼を取り、扉の前に立ち声を上げる。

「退出をします。扉を開けてください」

 控えていたテレサが扉を開き、すぐにやってきたアーロンの騎士に礼を取った。

 午後のお茶会は二人きりでとアーロンが願い出て、僕は戸惑ったけれど侍女のテレサが扉の前にいることを条件に、メーテルが渋々要求を呑んだ。

「カノン、お祖父様に連絡だ。僕の領地にサリオン殿下を連れて行く。ロイド、二人分の護衛が出来る様になれ」

 側仕え騎士の一人に話し、もう一人が探索から防御の陣を展開し直し僕に頭を下げて、バタバタと帰っていく。

 僕の領地と言う言葉に不安になった。オーベント大公領は、片道馬車で三時間の一番近い場所にある。多くのマナを使う魔法陣を使えるのは、見たところロイドだけだ。でも転移陣が使える程ではないだろうと思う。転移陣は貴族の一部しか使えないマナ消費の激しい陣だから。

「父様はどうして許可をしたのだろう」

 馬車での行き帰り、夕方までに帰ることの方が不安だった。

 その日は夕食も喉が通らなかったからだろう。次の日の昼にはセシル兄様と父様が離宮に来ていた。

「サ~リ~オ~ン!元気だったかーー!!」

 父様ががばあっと僕を抱きしめて、モジャモジャの髭で頬擦りをしてくる。

「い、痛い!父様、やめてくださいっ!」

「あははは、サリオンの嫌そうな顔」

 セシル兄様が笑っていると父様が、セシル兄様の肩を捕まえてセシル兄様の顔にも髭を擦り付けた。

「ほーら、セシルも」

「うわっ、成人してる息子にもします?」

「平等はガルド神殿の大切な教義だぞ~」

 もう終わるのかと思ったら、二人と頬擦りをする父上に再び悲鳴を上げる。

「父上ー、痛いー」

「あははは。もじゃもじゃって結構痛いものですねー」

 父様流の愛情表現をたっぷり受け終わるのに十分はかかり、メーテルが食事に呼びに来て、小さく雷を落とし引き剥がしてくれて終わった。

「では、食事に行こうか」

 セシル兄様が手を伸ばして僕の手を握る。セシル兄様は成人なんかとっくに過ぎて、貴族学舎も卒業している。普通の貴族は成人してすぐ伴侶を持ち、宿り木に祈りを捧げるのに、セシル兄様はずっと伴侶を持たないでいた。僕のせいだと思う。呪われた僕がいるから、伴侶を娶ることが出来ない。

 セシル兄様は金髪碧眼の王族特有の容姿をもち、子供の僕から見ても綺麗な顔立ちをしている。貴族はガルド神の平等の教えを体受するために、伴侶に異性を求めることが多いと聞いているが、次期国王になるはずの兄上はまだ女性の伴侶を決めていないでいる。

「では、私は左手を繋ごう」

 父上が僕の左手を握り、廊下を歩き始めた。

「再会の儀式が長いです、ラムダ王」

 廊下には苦虫を潰したような顔のクロルと、

「サリオン。久しぶりだな」

公爵なのに護衛騎士のハンロックがいて、皆で一緒に明るい食堂に入って行った。


ーーー
クロルとラムダでは、クロルの方が年上です。でもクロルの方が若い顔をしています。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完】三度目の死に戻りで、アーネスト・ストレリッツは生き残りを図る

112
BL
ダジュール王国の第一王子アーネストは既に二度、処刑されては、その三日前に戻るというのを繰り返している。三度目の今回こそ、処刑を免れたいと、見張りの兵士に声をかけると、その兵士も同じように三度目の人生を歩んでいた。 ★本編で出てこない世界観  男同士でも結婚でき、子供を産めます。その為、血統が重視されています。

出戻り聖女はもう泣かない

たかせまこと
BL
西の森のとば口に住むジュタは、元聖女。 男だけど元聖女。 一人で静かに暮らしているジュタに、王宮からの使いが告げた。 「王が正室を迎えるので、言祝ぎをお願いしたい」 出戻りアンソロジー参加作品に加筆修正したものです。 ムーンライト・エブリスタにも掲載しています。 表紙絵:CK2さま

【完結】第三王子は、自由に踊りたい。〜豹の獣人と、第一王子に言い寄られてますが、僕は一体どうすればいいでしょうか?〜

N2O
BL
気弱で不憫属性の第三王子が、二人の男から寵愛を受けるはなし。 表紙絵 ⇨元素 様 X(@10loveeeyy) ※独自設定、ご都合主義です。 ※ハーレム要素を予定しています。

婚約破棄したら隊長(♂)に愛をささやかれました

ヒンメル
BL
フロナディア王国デルヴィーニュ公爵家嫡男ライオネル・デルヴィーニュ。 愛しの恋人(♀)と婚約するため、親に決められた婚約を破棄しようとしたら、荒くれ者の集まる北の砦へ一年間行かされることに……。そこで人生を変える出会いが訪れる。 ***************** 「国王陛下は婚約破棄された令嬢に愛をささやく(https://www.alphapolis.co.jp/novel/221439569/703283996)」の番外編です。ライオネルと北の砦の隊長の後日談ですが、BL色が強くなる予定のため独立させてます。単体でも分かるように書いたつもりですが、本編を読んでいただいた方がわかりやすいと思います。 ※「国王陛下は婚約破棄された令嬢に愛をささやく」の他の番外編よりBL色が強い話になりました(特に第八話)ので、苦手な方は回避してください。 ※完結済にした後も読んでいただいてありがとうございます。  評価やブックマーク登録をして頂けて嬉しいです。 ※小説家になろう様でも公開中です。

獣人将軍のヒモ

kouta
BL
巻き込まれて異世界移転した高校生が異世界でお金持ちの獣人に飼われて幸せになるお話 ※ムーンライトノベルにも投稿しています

三度目の人生は冷酷な獣人王子と結婚することになりましたが、なぜか溺愛されています

倉本縞
BL
エルガー王国の王子アンスフェルムは、これまで二回、獣人族の王子ラーディンに殺されかかっていた。そのたびに時をさかのぼって生き延びたが、三回目を最後に、その魔術も使えなくなってしまう。 今度こそ、ラーディンに殺されない平穏な人生を歩みたい。 そう思ったアンスフェルムは、いっそラーディンの伴侶になろうと、ラーディンの婚約者候補に名乗りを上げる。 ラーディンは野蛮で冷酷な獣人の王子と噂されていたが、婚約者候補となったアンスフェルムを大事にし、不器用な優しさを示してくれる。その姿に、アンスフェルムも徐々に警戒心を解いてゆく。 エルガー王国がラーディンたち獣人族を裏切る未来を知っているアンスフェルムは、なんとかそれを防ごうと努力するが……。

今夜のご飯も一緒に食べよう~ある日突然やってきたヒゲの熊男はまさかのスパダリでした~

松本尚生
BL
瞬は失恋して職と住み処を失い、小さなワンルームから弁当屋のバイトに通っている。 ある日瞬が帰ると、「誠~~~!」と背後からヒゲの熊男が襲いかかる。「誠って誰!?」上がりこんだ熊は大量の食材を持っていた。瞬は困り果てながら調理する。瞬が「『誠さん』って恋人?」と尋ねると、彼はふふっと笑って瞬を抱きしめ――。 恋なんてコリゴリの瞬と、正体不明のスパダリ熊男=伸幸のお部屋グルメの顛末。 伸幸の持ちこむ謎の食材と、それらをテキパキとさばいていく瞬のかけ合いもお楽しみください。

死に戻り騎士は、今こそ駆け落ち王子を護ります!

時雨
BL
「駆け落ちの供をしてほしい」 すべては真面目な王子エリアスの、この一言から始まった。 王子に”国を捨てても一緒になりたい人がいる”と打ち明けられた、護衛騎士ランベルト。 発表されたばかりの公爵家令嬢との婚約はなんだったのか!?混乱する騎士の気持ちなど関係ない。 国境へ向かう二人を追う影……騎士ランベルトは追手の剣に倒れた。 後悔と共に途切れた騎士の意識は、死亡した時から三年も前の騎士団の寮で目覚める。 ――二人に追手を放った犯人は、一体誰だったのか? 容疑者が浮かんでは消える。そもそも犯人が三年先まで何もしてこない保証はない。 怪しいのは、王位を争う第一王子?裏切られた公爵令嬢?…正体不明の駆け落ち相手? 今度こそ王子エリアスを護るため、過去の記憶よりも積極的に王子に関わるランベルト。 急に距離を縮める騎士を、はじめは警戒するエリアス。ランベルトの昔と変わらぬ態度に、徐々にその警戒も解けていって…? 過去にない行動で変わっていく事象。動き出す影。 ランベルトは今度こそエリアスを護りきれるのか!? 負けず嫌いで頑固で堅実、第二王子(年下) × 面倒見の良い、気の長い一途騎士(年上)のお話です。 ------------------------------------------------------------------- 主人公は頑な、王子も頑固なので、ゆるい気持ちで見守っていただけると幸いです。

処理中です...