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2 不機嫌な婚約者は顔色が悪い

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 僕の家、オーベント大公家はまだお祖父様が仕切っていらっしゃる。母上の生家だからか、父上はまだまだ立場が弱いらしい。勿論、母上が大公家を継ぎ、その後は僕が継ぐことになる。男女平等を旨とするガルド神の教えを守るレムリカント王国采配下では、長子相続は当たり前だ。

「アーロン、話しがある」

 まだ肌に張りがあり壮年振りを感じさせるお祖父様が、僕を部屋へ招き入れた。

「お祖父様にはご機嫌よ……」

「かしこまった挨拶はいらん。アーロン座りなさい」

 礼節を重んじるお祖父様が一体……と思っていると、家令がお茶を運んで来る。僕のお茶はミルク入りのぬるめで、お祖父様はお気に入りのブランデー入りの熱めだ。

 ひと口、ふた口と飲んでいると、お祖父様がおもむろに切り出した。

「アーロン、王息殿下と婚約をしなさい」

 王息殿下……?

 僕の顔を見ず、お祖父様は更に続ける。

「確かお前と同じ歳だな。私が現王ラムダの弟だから宿り木が近いが、伴侶になるには差し支えない。王位継承権を持つお前が王息殿下の伴侶になると、侯・公爵家が黙っていないと思うから動かなかったのだが」

 つまり僕に話が来た理由は、もう後が無いからと言うことらしかった。

「落実で王族特有の容姿では無いが、まあ、良かろう。会ってみなさい」

 そこで日時を取り決めて会うことになった婚約者だが、鈍銀の髪に茶色の目、透き通るような肌に、顔色がすごく悪い。俯き気味な瞳は溢れそうな程大きい。少し僕より上背があるが、手足は僕よりも細かった。

「サリオン殿下、初めてまして。アーロン・オーベントと申します。殿下と同じ成人前です。このたびは僕との婚約を認めてくださり、ありがとうございます」

 側仕えに教えてもらった口上にサリオン殿下は、

「ご機嫌よう、アーロン・オーベント。僕はサリオン。貧乏くじをひいたようですね」

 と鼻白らんだ口調で答えてくれた。ああ、落実の呪いで、確かにとても残念な鈍銀の髪に茶色の瞳だ。金髪碧眼ならば、本当に綺麗だったのに。

「とんでもない。サリオン殿下の伴侶候補から、伴侶に抜擢され嬉しい限りです」

 僕の本音だった。他の侯・公爵の子弟子女がこの方を娶る意思がないなら、王族に連なるものとして僕がお救いしたい、そう思えるほど不幸を一身に背負った顔をしている。

落実らくじつは親の罪なのに、気の毒で可哀想だ」

 お祖父様がそう何度も言っていたことを思い出す。

 だから不機嫌で顔色の悪い頬を見せて横を向いたサリオン殿下に、

「今度大公領に遊びにいらしてください。僕が案内します」

 と言ってしまった。サリオン殿下は一瞬怪訝な顔をした。そして手を緊張して汗まみれの手を何度も拭い、握手の手を差し出したのに、無表情だ。

 片膝をつく臣下の礼の方が良かったのか。僕は早まってしまった自分に恥じたのだが、サリオン殿下は優しくも僕に返事をくれたのだ。

「父が許せば、是非」

 二度目の訪問を許してくれたんだ。サリオン殿下が居間から出て行き主人のいない室内に、別室で控えていた従者二人が入って来る。護衛騎士のロイドとカノンだ。カノンは外出時に僕の身の回りの世話をする側仕えの役割も果たす騎士で、退出を申し渡された時には真っ青な顔をしていた。

「やあ、カノン。毒味は必要なかったよ。立ち話だった」

 お茶は出なかったから、と、何もないテーブルを指差して見せた。

「アーロン様、肝を冷やしました」

 優しげな容貌のカノンと、この部屋の警備に魔法陣を使うロイドは二人で僕に仕えている。平民の登用は珍しくはないが、一人の主人に二人の平民が騎士として仕えるのは珍しいのだそうだ。大抵は爵の後継ではない者が仕えるのだと、お祖父様に抜擢された優秀な二人が話してくれた。

「殿下をチラッと拝見しましたが、王族なのに気の毒な色味でしたね」

 カノンが僕のコートと帽子を持って来て、正しく羽織らせてくれる。

「うん、そうだね。でも、可愛い人だったよ」

 ロイドが探索魔法陣を止めて、僕の周りに小さな防衛魔法陣を展開し始めたので、居間から出た。

「アーロン様に落実の呪いが降りかからなければ、私はそれで満足です」

 王族なのにあの髪と瞳を持つことは、サリオン殿下にとってもお辛いことだろう。だからあんな暗い目をして、寂しいのだろうと思った。

「カノン、ロイド。僕はね、王位継承権を持つ端くれとして、サリオン殿下を助けて差し上げたい。サリオン殿下にも誇りを持って僕の横で生きてもらいたいんだ」

 僕の伴侶になれば、オーベント大公の一人として堂々と生きて行ける。伴侶同士で仲良くしていれば、僕らの実は落ちることはないだろうと思う。

「でも、大公後継の僕の方が背が低いのは、少し格好悪いね」

 綺麗に刈り込まれた芝生に薔薇の新芽が輝いている。

「今日の夜はミルクを飲むよ」

 僕の決意に、カノンとロイドが驚いた。だって、僕の苦手な飲み物だからだ。

「サリオン殿下より背が高くなりたいからね」

「では、お肉もしっかり食べましょうね」

 カノンにそう言われて、息が詰まった。

「そ、それは、追々」

 馬車の扉を開けてもらい、ロイドの手が僕を支える。そのロイドが、

「チーズも克服しませんと、殿下とのお食事会が開けませんね」

 と言われてしまった。

「ど、努力するよ」

 今日から大変なことになりそうだ。でも、サリオン殿下のために頑張らなくては。

 僕は馬車の窓から、遠くなる離宮の居間をもう一度見つめた。



 ※※※※※※※※※※※※※※※



「あれは無事に婚約者となったのだな」

 レムリカント王国現王ラムダの弟であるノートン・オーベントは、娘でありアーロンの母ギルモアに低く呟いた。

「ええ、お父様」

 ギルモアもまた金髪碧眼の王族特有の容姿を持ち合わせていて、王位継承権を持っている。王位継承権は王太子セシルが捥がれたのち、ノートンの手から消えてなくなった。今はセシルそしてギルモアの世代が王位継承権を担い争うのだ。

「現王は王妃を長く娶らず、成人も長く過ぎたのに王太子もまだ貴妃となる者を持たぬ。『あの方』はこれ以上、我が国が『知恵の実』の介入により動くのを阻止したいらしい。国同士の均衡は必要だ」

 くすんでしまった金髪に鷲鼻そして鋭い青い瞳はややくもり、眼鏡で矯正をする始末だ。ノートンはラムダとそれほど歳が離れているわけではない。しかし『あの方』との折衝がノートンを年齢より少し老けさせていた。

「それにしても王家から落実を出すとは、兄上も罪なことを。兄上の弟として兄の罪を貰い受けてやるしかあるまい。あれには悪いことをしたが」

「あの子は正義感が強い素晴らしい子です。ふふふ……王に相応しいかと思ってしまいます。戯言ですが」

 セシル王太子が亡くなることはあるまいとノートンは考えを巡らせる。誰も知らない魔法剣術を会得したハンロックが、護衛騎士として立ち塞がるのだから。しかし、何か手があるかもしれない。

「王の器か……『あの方』に相談してみよう。あれには落実を飼い慣らすように告げよ。落実が嫌がるなら隷属陣を授けても良い」

「はい。では、わたくしは退出します」

 ノートンは索敵陣を解除した。盗聴・盗眼を防ぐため、敢えて名前も伏せている。気をつけなくてはもっと気をつけなくてはと、ノートンは長い髭を撫でた。



ーーー
ギルモア、セシル、サリオンはいとこになり、アーロンはギルモアの子なので、同じ年ながらサリオンにとってアーロンはいとこの子I従甥《じゅうせい》に当たりますw
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