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終章〜日常〜
95 マナリング
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王立魔法学舎では、昼休みを長く取っています。食堂は上級生と下級生の交流の場でもあります。僕は白衣を脱いで食堂の端で生徒の様子を眺めていました。
第一期生と呼ばれる子供たちはこの九月、誰も欠けることなく進級し、上級生となりました。ええ、イビリム様もです。
下級生も入り貴族の子供たちも増えています。当然ですが王族とお近づきになりたい希望を持つ子もいますから、かなり賑やかです。
イビリム様は巨人の祖ユミル国の第一王子ですから、囲まれてご満悦のようです。その近くのテーブルでボルテ様とイベールが勉強し、ナファが二人に教えています。
そんな様子をベクルがジュスト様と読書をしながら見ているのです。ベクルとジュスト様は毎日図書室へ通う仲で、各国からガルド神様が集めた書物が並ぶ書物庫にはそれぞれ違う伝説やお話があり、物語好きな二人はなんだか意気投合し、本をよく読んでいます。
そして割としょっちゅう、茶銀の癖のある髪を掻き上げ、緑の瞳でベクルは読みながら、イベールを見つめているのです。
イベールが王立魔法学舎に入学する前には、実は一悶着ありました。イベールが左薬指につける指輪、僕がマナリングと呼ぶマナを補充してくれる貴重な金水晶の指輪です。
僕ははじめガリウスにマナ文字を刻むように頼むつもりでした。
「母上、兄上の指輪には私の名を刻ませて下さい」
ベクルが政務室に入って来て、僕の手の中にある木箱を指差しました。もうじき入学試験があるため、僕の父上に貰ったものを保管庫から出して来たのです。
僕と同じ髪色の巨人が身体を丸めて、再度僕に懇願します。
「母上、私の名前を」
僕は勿論断りました。
「ダメです、ベクル。あなたは二年後、このタイタン国の国王になるのです。マナリングに名を刻みマナを供給することはあなたに取って簡単でしょうが、それは一生続くのです。あなたがいずれ迎える一妃がどう思うのか……」
僕はガリウスの膝の上で話します。
「兄と弟ならいいではありませんか」
珍しくベクルが引き下がりません。僕はガリウスを見上げます。ガリウスがふむ……と片眉を上げます。
ベクルは上背ならばアリスさんくらいあります。アリスさんが言うには、ガリウスも早熟でベクルくらいの頃には、今くらいの上背があり、騎士の訓練や冒険ギルドで筋肉がついたとのことです。まだまだ細いベクルですが、次第にガリウスみたいになるのでしょうね。ただ、髪色と癖っ毛とガリウスより優しく柔和な表情が、物静かで落ち着いた王の品格を醸し出しています。
そのベクルが初めてただを捏ねているのです。
「兄と弟だが、宿り木が違う。イベールはセリアンの王族の木に宿った実だ」
僕はガリウスの言葉に頷きました。
「そうです。宿り木が違えば伴侶になることが出来ます。祈れば実も付きます。だから、あなたは次王としての……あっ!」
ベクルが僕の手から木箱を掴むと走り出しました。その速さと言ったら……疾風矢の如しでしょう。
「ガリウス!」
「ああ」
ガリウスは僕を抱き上げると、ベクルを追いかけます。ベクルは足が速く、既に離宮の扉の前にいて僕らが追いかけてくると知って一瞬こちらを見てから、扉を閉めました。
「ティーーーーンッ!扉を開けてくださいっ!ガリウス、移動陣を!」
ティンが気付いて扉を開いてくれます。転移陣では近すぎてうまく行きません。
「魔法陣展開、移動!」
まさか子供を止めるために魔法陣を使うとは思いませんでした。僕はガリウスのマナの手に立ち、王宮から離宮の扉へ転がり込み、二階へ駆け上がります。
「主様?」
「ベクルを止めないと!」
階段を上がり走って東の男子用の子供部屋を蹴り開けますと、レースのカーテンがふわりふわり風になびき、イベールの髪にかかりまるで花嫁のベールのようです。明るい日差しの中で、ベクルがイベールの左手薬指に、マナ文字が裏に彫られたマナリングをはめているところでした。
緩いマナリングはイベールの指にぴたりとはまり、綺麗な横顔でベクルを見上げていたイベールが、僕の方を見て笑います。
「見て、おかーさん。ベクルから貰ったんだよ。これで王立魔法学舎に入学出来るね。僕、すごーく心配だったんだ」
ベクルは肩で息を切らしている僕と、走り込んできたガリウスを見て、
「伴侶はマナリングを厭わない者にします」
と言い切り、僕らはもう何も言えませんでした。
そんな無茶振りがあった日のことを思い出すと、ふと、ベクルのあの時の表情を思い出します。
イベールがタイタンの宿り木に実った子ではなく、セリアンの宿り木に実った子だと知った時の、ベクルの表情。
泣きそうな、苦しげな、でも安堵したような……あれはなんでしょうね。
食堂ではイベールとボルテ様が立ち上がりテーブルの上の用具をしまい始めました。するとベクルがジュスト様に声を掛けて立ち上がります。イベールの少し後を歩くベクルの目はやはりイベールを見つめていました。
まだまだ騎士のつもりなのでしょう。お兄ちゃん子の騒動を思い出した僕は、午後からの授業のために席を立ちました。
第一期生と呼ばれる子供たちはこの九月、誰も欠けることなく進級し、上級生となりました。ええ、イビリム様もです。
下級生も入り貴族の子供たちも増えています。当然ですが王族とお近づきになりたい希望を持つ子もいますから、かなり賑やかです。
イビリム様は巨人の祖ユミル国の第一王子ですから、囲まれてご満悦のようです。その近くのテーブルでボルテ様とイベールが勉強し、ナファが二人に教えています。
そんな様子をベクルがジュスト様と読書をしながら見ているのです。ベクルとジュスト様は毎日図書室へ通う仲で、各国からガルド神様が集めた書物が並ぶ書物庫にはそれぞれ違う伝説やお話があり、物語好きな二人はなんだか意気投合し、本をよく読んでいます。
そして割としょっちゅう、茶銀の癖のある髪を掻き上げ、緑の瞳でベクルは読みながら、イベールを見つめているのです。
イベールが王立魔法学舎に入学する前には、実は一悶着ありました。イベールが左薬指につける指輪、僕がマナリングと呼ぶマナを補充してくれる貴重な金水晶の指輪です。
僕ははじめガリウスにマナ文字を刻むように頼むつもりでした。
「母上、兄上の指輪には私の名を刻ませて下さい」
ベクルが政務室に入って来て、僕の手の中にある木箱を指差しました。もうじき入学試験があるため、僕の父上に貰ったものを保管庫から出して来たのです。
僕と同じ髪色の巨人が身体を丸めて、再度僕に懇願します。
「母上、私の名前を」
僕は勿論断りました。
「ダメです、ベクル。あなたは二年後、このタイタン国の国王になるのです。マナリングに名を刻みマナを供給することはあなたに取って簡単でしょうが、それは一生続くのです。あなたがいずれ迎える一妃がどう思うのか……」
僕はガリウスの膝の上で話します。
「兄と弟ならいいではありませんか」
珍しくベクルが引き下がりません。僕はガリウスを見上げます。ガリウスがふむ……と片眉を上げます。
ベクルは上背ならばアリスさんくらいあります。アリスさんが言うには、ガリウスも早熟でベクルくらいの頃には、今くらいの上背があり、騎士の訓練や冒険ギルドで筋肉がついたとのことです。まだまだ細いベクルですが、次第にガリウスみたいになるのでしょうね。ただ、髪色と癖っ毛とガリウスより優しく柔和な表情が、物静かで落ち着いた王の品格を醸し出しています。
そのベクルが初めてただを捏ねているのです。
「兄と弟だが、宿り木が違う。イベールはセリアンの王族の木に宿った実だ」
僕はガリウスの言葉に頷きました。
「そうです。宿り木が違えば伴侶になることが出来ます。祈れば実も付きます。だから、あなたは次王としての……あっ!」
ベクルが僕の手から木箱を掴むと走り出しました。その速さと言ったら……疾風矢の如しでしょう。
「ガリウス!」
「ああ」
ガリウスは僕を抱き上げると、ベクルを追いかけます。ベクルは足が速く、既に離宮の扉の前にいて僕らが追いかけてくると知って一瞬こちらを見てから、扉を閉めました。
「ティーーーーンッ!扉を開けてくださいっ!ガリウス、移動陣を!」
ティンが気付いて扉を開いてくれます。転移陣では近すぎてうまく行きません。
「魔法陣展開、移動!」
まさか子供を止めるために魔法陣を使うとは思いませんでした。僕はガリウスのマナの手に立ち、王宮から離宮の扉へ転がり込み、二階へ駆け上がります。
「主様?」
「ベクルを止めないと!」
階段を上がり走って東の男子用の子供部屋を蹴り開けますと、レースのカーテンがふわりふわり風になびき、イベールの髪にかかりまるで花嫁のベールのようです。明るい日差しの中で、ベクルがイベールの左手薬指に、マナ文字が裏に彫られたマナリングをはめているところでした。
緩いマナリングはイベールの指にぴたりとはまり、綺麗な横顔でベクルを見上げていたイベールが、僕の方を見て笑います。
「見て、おかーさん。ベクルから貰ったんだよ。これで王立魔法学舎に入学出来るね。僕、すごーく心配だったんだ」
ベクルは肩で息を切らしている僕と、走り込んできたガリウスを見て、
「伴侶はマナリングを厭わない者にします」
と言い切り、僕らはもう何も言えませんでした。
そんな無茶振りがあった日のことを思い出すと、ふと、ベクルのあの時の表情を思い出します。
イベールがタイタンの宿り木に実った子ではなく、セリアンの宿り木に実った子だと知った時の、ベクルの表情。
泣きそうな、苦しげな、でも安堵したような……あれはなんでしょうね。
食堂ではイベールとボルテ様が立ち上がりテーブルの上の用具をしまい始めました。するとベクルがジュスト様に声を掛けて立ち上がります。イベールの少し後を歩くベクルの目はやはりイベールを見つめていました。
まだまだ騎士のつもりなのでしょう。お兄ちゃん子の騒動を思い出した僕は、午後からの授業のために席を立ちました。
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