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終章〜日常〜

94 あの日あの時あの場所で

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 僕は寝台で麦酒に酔って眠るガリウスの額に触れてみました。広い白を基調とした寝室の寝台は大きくて、そこに眠るガリウスはとても温かいです。

 僕が目覚めた後、ガリウスは多くを語りませんでした。だからただ三月(みつき)昏睡していただけなのですねと、気にしていませんでした。

 僕がいた世界だって三ヶ月も昏睡していれば不安が過ぎります。僕の父もそうでした。風呂場で倒れて半年、意識が戻らず亡くなりました。あの頃は母に任せっきりでした。僕自身仕事に邁進していたので、父が倒れて母が大変だとか思いつつも、まるで他人事のように感じていました。

 母は毎日病院に行き意識のない父に話しかけていました。僕も面会時間に間に合う日は必ず行き、顔を眺めていました。次第に痩せ細っていく父のタイムリミットをカウントしているような気分になり、罪悪感に苛まれていたのです。

 だから、皆さんも日々を過ごし、眠る僕を無機質に眺めていたのだと思っていたのです。

 僕は思ってふと、記憶陣を試してみようと思いました。ギガス国の精神系魔法陣を、ガリウスに使うのです。

「複写陣展開、魔法陣発動 追憶……巡れ……」






 僕の頭の中に巡るガリウスの焦り。

 オーディトラム神殿のアリーナでガリウスは神官さんや衛士さんを指揮して、倒れている人々を介抱していました。ガルド神様のマナを直接浴びたマナ当たりによる失神しているだけですから、揺り動かせば起き上がります。

 消えた僕を探す視線の中、ふらふらと立ち上がったテハナ・マグリタがガリウスの服の裾を掴みました。

「ターク兄様はどこ?」

「ターク兄様は身体が弱いの」

「「神降しの依代なんて、死んでしまうかもしれない」」

 双子は必死でガリウスに告げています。ガリウスは指示を仰ぐ文官に王城機能停止と、村の回復を優先させるように話し、双子を抱き上げ左右の肩に乗せ白亜の間に間に行きます。

「セフェム、大丈夫か!」

 マナ切れのセフェムが何とか身体を起こし、壁伝いに立ち上がりました。

「ガリィ、その目は……タク、タクはどうした、無事か?」

「俺から離れた。白亜の間にいるはずだが……」

 重かった扉はガリウスが触れると軽く開き、中には僕が倒れていました。

 ガリウスとセフェムが走り寄ります。双子姫がガリウスの肩から飛び降りて、横倒しに倒れている僕を仰向けにします。

「ターク兄様、ターク兄様!」

 テハナが僕の肩を叩き、

「息をしていません!」

 マグリタが呼吸確認をしてから、

「タイタン王、助けて!!」

涙声で叫びます。

 息をせず青白い僕をガリウスは抱き上げ胸を指で押しながら鼻と口を口で覆うようにして息を吹き込みます。それを繰り返すと僕の指先は微かに動きました。

「タイタン王、ターク兄様を床に、気脈を確かめます」

 ガリウスがマントを外し、床に敷くと僕を寝かせます。

「ターク兄様、生きて!」

 テハナとマグリタが両手を広げ治癒術で僕の身体を探りました。ガリウスは僕の薬指に指輪をはめてキスをします。

「タク、タク!」

「獣人さん、ターク兄様に気力を」

「俺ではダメか」

「ダメ。気力が少ない方がいいです。細く緩く気力を流します」

 テハナがガリウスを嗜め、セフェムがキスをしながら唾液を流し込みますが、僕は吸うことも出来ず、口の端から唾液を垂れ流します。

「少なめに。タイタン王はターク兄様を運ぶ手配を。私たちは治癒術師。だから神癒が必要です」

 マグリタが眉を潜めました。

「神癒ならば、余の妃ソニンティアムが出来る」

「ではお早く。ターク兄様は気力もマナも切れ、見つけた時にはひとときとはいえ命の火が消えて……」

 テハナが唇を噛み締めて涙を堪えています。

「一気に気力とマナを戻せません。命の火はまだ燠火おきび。ゆっくりゆっくり気脈を整えて神癒で固定します」

 マグリタが泣きながら僕の身体に触れています。

「「それでも意識が戻るか分かりません」」

 ガリウスは焦燥感と苦しみから、歯を食い縛りました。




 僕を乗せた馬車はタイタン国に向かって走ります。ガリウスが抱き上げて、そのガリウスの両腕にテハナとマグリタが座り治癒術を展開し続け、セフェムは唇を合わせ続けます。

 唾液に含まれる気力を少しずつ流し込んでいるのです。指輪からはマナが流し込まれ、僕は青白い顔のままタイタン国の王城に運び込まれ、ガリウスの政務室の寝室に寝かされようとしています。

「主様、羽織着にお着替えを」

 気丈に振る舞うフェンナが羽織着を持ってきますが、僕は脱尿していてガリウスの服を汚していました。

「湯をご用意しました。主様とご一緒に」

 ティンが涙を堪えています。

 裸になったガリウスと僕は湯に入り、テハナとマグリタがその横で治癒術を展開していると、ソニンティアム様とロキが王宮に来ました。

「ターク、おい、起きろよ。麦酒がまた腐って失敗して。教えてくれよ?なあってば、目を開けろよ」

「ターク様……っ!ガリウス様が付いていながら!」

 テハナがロキを、マグリタが泣いているソニンティアム様の頬を手で叩きます。

「うるさいです。治癒術の邪魔」

「その耳は妖精。神癒が出来る?助けて、ターク兄様を」

 テハナの言葉にソニンティアム様は泣きながら頷き、

「ま、魔法陣展開、神癒」

と僕に神癒をかけます。ソニンティアム様の全力の神癒で顔色が良くなり、ガリウスが僕を抱きしめてくれました。

 毎日同じことの繰り返し。ソニンティアム様の宮に泊まるテハナ・マグリタの治癒術とソニンティアム様の神癒を受け、ガリウスの目の前でセフェムがキスを繰り返します。

 タイタンに戻って二日目にナファの実が点滅し、僕はガリウスに抱かれて実に触れました。ナファが僕を見ています。ナファはあの時、『保険』だと話していましたが、その保険は僕が異世界に帰る保険ではなく、多分、僕が死ぬことへの保険だったのでしょう。

 異世界人の『人間』の転移であるならばマナもありませんが、僕は転生したのです。マナが僅かばかりあり少ない気力があり、神降しがされました。無ければ持って行かれないものの、僅かにあるために僕は瀕死にいや、死に至りました。

「お母さん、ありがとうございます」

 生まれてきたナファに感謝されました。

「お父さん、世界を革命しましょう」

 ガリウスはナファと知恵を出し合い、事業を進めていきます。僕が意識を失ったまま二か月目には、離宮が完成し僕は新しい寝台に移ります。セフェムや、やっと許可が出たガリウスは時間を見つけては僕にキスをしながら気力を与えてくれ、毎日ソニンティアム様の神癒とテハナ・マグリタの治療術を受けていました。

 ガリウスの気持ちは変わることなく愛しみと慈しみを注ぎ、気力のこもるキスを繰り返し添い寝をし、セフェムと酒を酌み交わし僕の話をしています。

 三か月に入り、ガリウスが僕に笑いかけます。いつもの片眉をあげた皮肉まじりのものではなく。

「俺はタークと会えて幸せだ。今も幸せだ。だが、ターク、お前の声を聞きたい」

 子供たちは毎日挨拶をして僕の周りで遊んでいました。ベクルはガリウスの仕事を手伝い、ナファは僕から受け継いだ知識を使い魔法具の開発やガリウスとの話し合いをしていました。イベールはセフェムと警備に出たり、ティンと二人で僕の世話をしていました。

 そして昏睡が三か月に差し掛かる夜、ガリウスは僕を抱き上げ頬擦りをしながら泣きました。声を殺して泣いていました。心の底から会いたいと繰り返し繰り返し思い、その思いを口にはせずに。

 夜が白む頃泣き止み、僕と一緒に散湯シャワーを浴びて、僕のおむつを替えて僕に羽織着を着せて寝かせます。

 夜警を終えたセフェムが部屋に来て、僕の顔を見ました。

「タクは無事か?」

「ああ、元気に寝ている」

 ガリウスの言葉にセフェムが吹き出します。

「ガリィ、ユミルの事案が山積みだ。神官長からの連絡で、貴族たちの不穏な動向があるらしい。昼間はナファがイベールとタクを見ているから、朝になったら俺たちは政務室に行くぞ」

 セフェムが僕の横に転がり、ガリウスも僕の横で短い睡眠を取りました。そして僕は……目を開いたのです。積み木に囲まれて。




「……解除」

 僕は止まらない涙をどうしたらいいか分からず、ただ涙を流します。これはガリウスの感情です。ガリウスに同調しすぎました。

 こんなにも……いえ、考えてはいけないのです。これはガリウスの心の中の記憶。ただ一人の誰も知ってはいけないものです。

 きっと、セフェムもロキもソニンティアム様も……子供たちにだって不安があったのです。でも、僕に気付かせまいとしていたのでしょう。

「ターク、どうした?泣いているのか?」

 ガリウスが座り込んで泣いている僕の頭に手をやります。

「少し麦酒エールに酔いました。ガリウスは大丈夫ですか?」

 ガリウスが何故寝台にという顔をしながら僕を片手で引き寄せます。

麦酒エールに酔ったのは俺もか。なんだか清々しい気分だ。良いものだな、麦酒エールは。冒険したあとに乾杯すると楽しかろう」

 ガリウスが僕に笑いかけます。

「あ、僕も冒険してみたいです。具体的には魔獣狩りですか?」

「未開地探索もある。そうだな、ベクルに早い段階で王位についてもらい、冒険ギルドに戻ろうか」

「僕も、僕も一緒に良いですか!」

「当たり前だ。俺たちは伴侶だろう?」

 僕はガリウスの唇にキスをしました。

 あの日あの時あの場所から、僕はまた歩き出しました。ガリウスとセフェム、たくさんの人の愛しみと慈しみを受けて。だから今度は僕がお返しをする番です。
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