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3章

58 もう一つの実

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 キレンさんにお小言を言われながら王宮に戻る前に、ガリウスに抱っこされて宿り木に寄りました。

 三人の実は随分大きくなっているようです。僕とガリウスの実も梅の実くらいになっていました。可愛い子だといいです。

「実は三月ほどで捥ぎますよね。あと一月と少しですね」

 木の成長も早く、僕の背丈を抜きそうです。ふと一番高いところを見ると、瘤がついています。僕が触っても変化しませんね。

「ガリウス、触れてください」

 ガリウスが触れると桃色に光るそれは実の証です。ソニン様とガリウスの昨晩の睦み合いが和合となって実になったのかもしれません。

「ソニン様は今日動けますか?」

 ガリウスに聞くとガリウスが片眉を上げました。

「……昼には動けるだろう」

 抱き潰したのですか……。僕はガリウスの耳をぎゅーっと引っ張ります。対して痛くもないのに、大袈裟にしているガリウスに、キレンさんが肩を叩きました。

「昼に呼びに行くから開けておけ。朝食が遅くなるとアリスが怒る。行くぞ」

 あとはロキとガリウスの実ですね。ロキと僕の大事な家族に会いに行かないとです。

 時間が遅くなり、アリスさんの申し送りを食事をしながら聞きました。どうやら今年は不作らしく税の徴収が芳しくないとのことでした。それから領地放棄などの件は明日内政長が午後話しをしてくれるそうです。

「では、貴族からの申し出への御璽は内政長の話しを聞いてからにしよう」

 ガリウスは食事を終えてその他の収穫高の一覧を見ています。ふと僕が見ますと、簡単な算術ですが計算が合いません。

「収穫高はこんなに低くないですよ。加算が間違っています」

 僕は紙を腰鞄から出して、計算し始めました。

「小人妃様……算術もなさるのですか!」

「さすが……招れ人」

 アリスさんとセレキさんが驚いていますが、こんな算術小学一年生レベルです。

「誰も気づかなかったのですか?」

「算術をこなす内政省文官は誰もいません」

「では貴族の算術は誰がやっているのですか?」

「出入りの商人です」

 王国のお金はバン長官がやりくりしていますが、それはお金を出し入れしているだけで、算術とは関係ありません。

 では、僕がやるしかないです。

「貴族の収穫高の羊皮紙を寄越してください。算術します」

 僕は居間のテーブルで加算をしていたのですが、とにかく間違いが多くて、ため息を尽きます。僕は国語教師でしたし、数字に少々アレルギーがあるのです。暗算より……電卓が欲し……。

「あ!キレンさん、少し板書き用の板をください」

「はいよ」

 キレンさんから板を貰い、空中魔法陣を展開しました。

「錬成」

 木の板が算盤ソロバンに変わります。

「……なんすか、小人妃さん」

「算盤です。算術器ですよ。上の珠が五のまとまりとなります」

 僕がぱちぱちと珠を弾きますと、キレンさんが興味を持って見ています。読み書きは早い段階でドロップアウトをしたキレンは、数字の方が好きみたいです。男の子は異世界でも理数系が得意なんですかね。

「小人妃さん、ちょっと算盤使わせてくれよ」

 キレンさんが算盤を弾いて加算して、鉛筆で正しい数字を記載していきます。その早いこと早いこと!僕より早いんですよ!

「終わったけど。小人妃さん、合ってる?」

 僕が全部見ますと、全部合ってるんです。キレンに

「合ってますよ。すごいですね」

と声を掛けるとキレンさんは、

「アリス、数字の書いてある羊皮紙持ってこい。俺が算術してやる」

鼻をならして嬉しそうに言いました。

「キレン、お前の仕事は……」

「騎士だけどさ、この部屋で算術出来るの俺だけ」

 僕もいますよー。でも、キレンさんが嬉しそうなのでよしとしましょう。アリスさんもなんだか嬉しそうです。

 昼を軽く取ると、ソニン様の訪問の先触れが来ました。僕とガリウスが外に出ると、ソニン様は側仕え騎士のパクさんに抱き上げられています。

「ソニン様大丈夫ですか」

 僕がソニン様に寄り添うと、

「ターク様、ありがとうございます。わたくし……」

と恥ずかしそうに目を伏せました。手首にはバングルが似合っています。

「宿り木に参る。余が抱こう」

 ガリウスがソニン様を両手で抱き上げ、僕は左側の腕に乗せられて、ソニン様と顔を見合わせて微笑み合い、宿り木に行きます。

 抱かれながら触れた宿り木の瘤はやはりソニン様に反応しています。ソニン様はハラハラと涙を流して顔を両手で覆いました。

「良かった……わたくし……わたくし……」

 三人の王に仕えているソニン様への期待は重圧だったことでしょう。僕もパクさんももらい泣きしてしまいました。

「ガリウス様、ターク様、わたくし良き親になります」

 ソニン様は泣きながら微笑まれます。そして僕を抱きしめました。

「ターク様の実が付いているからわたくしの実もなしたのです。小人族は繁栄と多産の象徴ですもの。ロキ様もきっと……」

 ロキ……ティンとフェンナを迎えに行きたいです。

「あの、ガリウス」

 ガリウスの腕の中でソニン様に抱きしめられている僕は声を上げました。

「まあ、ターク様。お呼び名が変わりまして?」

 ソニン様……指摘しないで下さい。恥ずかしいです。

「お、王様。ロキの村に行きたいです」

 ガリウスが無視しています。呼び名が気に入らないみたいです。

「うふふ……ターク様」

 ソニン様に促されて僕は、

「ガリウス、無視しないでください。ロキの村に行きたいのです。僕の側付きと給仕を迎えに行きたいのです」

とソニン様の腕から離れてガリウスの耳朶を引っ張りました。

「では、午後からの政務を視察に変えて、余も一緒に行こう」

 ソニン様はお子様の肌着など服を用意したいとパクさんに抱かれながら話しをしています。三人の実は随分しっかりしてきました。

「ガリウス様、荒れた領地の調べは明日くらいに終わります。また、ご報告を致します」

 ソニン様はまた小さな瘤を愛おしそうに触れて宮へ戻って行きます。また、ばあやさんと来るそうです。

 午後からの王領視察はガリウスと僕の二人だけになりました。キレンさんが内政省に乗り込んで算術を始めてしまい、それにアリスさんが付き合っています。

「ガリウスは強いからな。俺がいなくても大丈夫だろ」

 昼食のパンを食べながらキレンさんが話します。

「お前なあ……」

 アリスさんそんなに怒らないで下さい。

「はい。僕も安心しています」

 アリスさんは深くため息をついて、

「小人妃様、鉛筆書きした数字はバン長官にお見せしても?」

と羊皮紙の数字を見て言います。

「大丈夫です。むしろ見せてください」

 僕とガリウスは王宮のお忍び視察用の地味な服を着てラオウに乗りました。

「ラオウを見たらガリウスってばれてしまいますよ」

「しかし俺を乗せてくれるのはラオウだけでな」

 言葉が戻っていますよ、ガリウス。

 僕らが出ていくとき、宿り木にソニン様とばあやさんが付き添っているのが見えました。
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