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3章

49 タイタン国小人妃

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 僕は極度のマナと気力不足だそうで、ガリウス様から離れられません。ガリウス様と一緒にいると身体が楽になります。僕は夕食まで眠り寝室で夕食を食べて、ガリウス様が寝室を出ようとするのを引き止めました。

「一人にしないでください」

「ターク?」

 僕は腕が上がるようになり、ガリウス様の腕を掴みます。ガリウス様は少し困った顔をして寝台に戻りました。

「不安なのだな」

 僕は頷きました。ガリウス様は僕の横で肩肘をついて頭を乗せて横になります。僕三人分の大きな身体です。

「本当に僕はガリウス様の妃なのですか?」

「うむ。余は非常に未熟なのでな、ガルド神から三人の妃を賜わった。王の妃は神託で決まるのだ。余は妖精妃のソニン、獣人妃のロキ、そしてひと月前に小人妃のタークを頂いた。余は三人を平等に愛でているつもりだ」

 三人……三人で一人のガリウス様を分け合うのですか……。

「い、嫌です」

 思わず口に出てしまいました。

「ターク?」

「だって、ソニン様はあんなに堂々として美しいし、きっとロキ様も美しいと思います。こんなに小さくて痩せていて醜い小人の僕が勝てるはずありません。僕だけをずっとお側に置いて下さい。好かれる努力をします。なんでもしますから……」

 涙が溢れます。タイタン国の天井は高くて涙が尽きないのです。

「……一人にしないで……捨てないで下さい……僕は怖い……怖くて堪らないのです。初めは継ぐ者がいないため、ドワフ国の王にと育てられました。弟が生まれた瞬間から、ガルド神殿での神官長になるように言われ学びました。必死で努力をしました。でも、どちらも必要のない妃として、書物でしか知らない巨人の国に出されました。僕は……いつも居場所を奪われるのです」

 ガリウス様はそんな僕の顔を青い瞳で見ていました。

「それがタークの本心か。だから、余の名前を呼ばぬのか。名読みは親密さを表すと聞く。タークは余に不満ではなく不安を感じていたのか」

「え?」

 僕はガリウス様の方を向きました。ガリウス様は深いため息をつきました。呆れられました。僕はまた涙が出てきます。ガリウス様は僕の頭を撫でてから、僕の髪の毛を一房指に絡めます。

「タークはいつも不思議と醒めた目をして、ソニンやロキに余を常に譲っていたのだ。本当は酷く寂しく感じていたのやも知れぬ」

「分かりません。でも、ガリウス様……僕は……ガリウス様に……一人だけに愛されたいのです」

 ガリウス様はひと月前の記憶と、僕の中の何かを忘れていると話してくれました。僕はひと月前にガリウス様のところへ嫁したそうなのです。ガリウス様の体液は僕の気力とマナの不足を補うのだそうです。

「タークに愛されるよう努力をしているのは余の方だ。余はタークを敬愛している。ソニンやロキへの慈愛とは違うように感じているが、三人共に愛おしい」

「僕だけを特別に愛してくれないのですか?ガリウス様の愛は三つに分かれています。僕は三つとも欲しいのです」

 ガリウス様は

「参ったな……」

と僕を抱き寄せました。僕はまだ身体があまり動かないので縋り付きたいのに出来ません。

「今度は噛んでくれるなよ」

 ガリウス様の大きな唇が僕の唇を塞ぎます。厚い舌が僕の口の中に入り込み、舌の裏や歯列を舐めて甘い唾液が流れ込んできます。それを飲み込むと、重くて寝台に沈みそうな身体が、ふわりと軽くなりました。

「余はタークを愛しておる。今は忘れてしまっているが、余とタークは王と妃以外に、師と弟子としての繋がりを持つ。近いうちに王と補佐……宰相の関係を築きたいのだ。余はソニンもロキも捨てることは出来ない。だが、ターク。そなたは余の妃である以上に特別な存在なのだ」

「特別な?」

 ガリウス様は僕の髪を撫でてから、僕の額に唇をつけました。

「余は王としての学びを受けていない。タークの学びに助けられ、内政省とも渡り合いたいのだ。王ならば王らしくせよとそなたは申した。余は王となるべく育ったタークの横に堂々といられるよう日々研鑽を積んでおる。書物も暇を見つけては読むようになった。だが、足りぬ。タークの知識と機転で余を助けてくれぬか」

 このひと月……僕はガリウス様にどれほど愛されていたのかすごく知りたくなりました。でも……。

「ひと月間僕は愛されていたのですね。僕はその記憶がありません。記憶の戻らない僕でも愛してくれますか?こんなに醜い力ない僕でも」

 ガリウス様は大きな手で僕を抱きしめて言いました。

「もちろんだ。だからタークも余に愛されていると自覚してほしい。交合以外にも、余に口付けをされている時、腕に抱かれている時、こうやって二人で話している時にも、一人で過ごす小さなひとときも、余に愛されていると感じて欲しいのだ」

 涙が再び溢れました。

「何故泣くのだ」

 ガリウス様の言葉に、

「嬉しくて……ガリウス様がこんな僕にこんなにも心を砕いてくださって……」

と大きな手に僕の手を添えました。

「当たり前であろう。それにそなたは醜くくはない。むしろ可愛ゆらしい。小人族の美の感覚は独特なのだ」

「そうなのですか?」

「そうだとも。タークは余の可愛い知恵の実だ。……おお、そうだ。書物に無限の知恵を持ち精を喰むリリンという神の化身の話があった。リリンはガルド神の仮の姿で、我々巨人族の始祖はリリンと交わり知恵を得たとある。タークはリリンの再来ではないのか?」

 そんなことはないです。でも……でも……。

「僕がリリンなら、ガリウス様だけの知恵の実、ガリウス様だけのリリンになりたいです」

そう答えました。




 ガリウス様は僕の気持ちを汲んで、精を喰むよりは口付けや一緒にいることの方が良かろうと、僕のそばにずっと居てくれました。朝食前にティンという子供とフェンナという女性が僕の服を持って来てくれました。

「主様……」

 記憶がないのですと話しますと、ティンは泣きました。ティンと一緒について来た獣人妃のロキ様も同じように大声で泣いていました。フェンナも両手で顔を覆います。

「おい、ガリウス!なんとかなんねぇのかよ」

 ロキ様はやはり綺麗な方で、首に銀の飾りをつけていますが、上半身は裸です。

「いつものタークなら、『肌面積が広すぎです。妃としての自覚を持ちなさい』ってお小言言うのに!」

 そんな失礼なことを僕は言っていたのですか……。

「じゅ、獣人妃様には大変失礼なことを申しました。ガリウス様、ロキ様にお詫びをした方がいいですか?」

「いや、構わぬ、本当の事だ。ロキ、ソニンにも言っておいたが、タークの体調が戻るまで二人の宮には行けぬ。余と離れるとタークは倒れるのだ」

 ロキ様は頷きます。

「俺は構わねえよ。なら、しばらく実家へ行っていていいか?麦の刈り取り時期だしよ。手伝ってやりたいんだ。クラリも連れて……ティンとフェンナも連れて行っていいか?」

 ガリウス様が許可をしましたので、二人も僕に礼をして出て行きます。

「王、小人妃様。お食事を」

 アリスさんが僕用の椅子を出して座らせてくれます。小人用の小さな食器に少ない量。巨人族のガリウス様とは違う食器があります。僕は間違いなくここで暮らしていたようです。

「私とキレンで作りました。小人妃様の錬成に比べたら見栄えは悪いですが、使って下さい」

 とアリスさんが礼を取りました。アリスさんとキレンさんもテーブルにつきました。

「待って下さい。僕はマナが少ないため、魔法陣は使えません。……僕は魔法陣が使えていたのですか?」

 王様とアリスさんが顔を見合わせます。アリスさんが

「失礼ながら、小人妃様は魔法陣をかなり使っていました。手数は多かったです。錬成、瓦解、治癒を私は見ました」

 おかしいのです。僕は使えないはずです。マナの量が少ないからです。

「錬成と瓦解はドワフの陣ですが、治癒はノームの陣です。母は使えますが、僕には使えません」

「タークはコボルトの移動陣も使えたが、どういうことだ?」

「……分かりません」

 アリスさんが冷めてしまったスープを取り替えてくれて、しばらく食事に専念しましたが、ふと、僕はギガス国国王様の言葉を思い出しました。

「つまらない……そう、僕は『つまらない』のだそうです。記憶を失う前の僕をギガス国国王様は欲していて、記憶を失った僕はいらなかったのではないですか?」

 それにキレンさんが首を傾げました。

「記憶というより、小人妃さん中の何かだろうと思う」

 何か……ですか。僕が見上げると、キレンさんは考えながら話します。

「俺は騎士見習いとして、長いこと騎士ギルドにいたんだがな。頭のいい奴は慎重で、腕のある奴は無謀で無茶をする。俺は小人妃さんの中にその二つがあって、何かあるとそれが見え隠れしている気がしてならない」

「キレンはそれが今の小人妃様から消えたと思うのか?」

 アリスさんが食後のお茶を出してくれました。お茶の杯も僕のものは皆さんより小さいのです。

「多分。ギガス王が小人妃さんをあっさり手放したのは、タイタンの記憶だけを忘れるようにしたはずが、小人妃さんの『何か』まで忘れさせちまったからじゃないのか?」

 そう言われました。僕の中の『何か』……それが、出来ないはずの魔法陣に繋がるのですか……。
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