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3章

43 ピィの訪問

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 僕は熱を出しました。答えは出ないし、夜に外で裸だったからでしょうか。

 僕が寝込んでいる間に、午前中のセリアン国とタイタン国の友好の文書の交換は王様同士がサインをして御璽を付き終わったようです。

「友好により国境の自由度が上がり、セリアン国とタイタン国の行き来がしやすくなりました」

とアリスさんが僕に報告して出て行きました。

 午後からは僕も参加しなくてはいけません。僕は薬湯を作ろうかと寝台で起き上がり考えていると、来訪者がありました。

 小人族の使者が僕に面会を求めて来たのです。このような調印などの見届け人を小人族は担っています。貴族の仕事の仕事の一つです。

「タイタン国の三妃様にお目にかかること、光栄に存じます」

 ピィ!ピィがいます。僕はなんだか嬉しくて、ピィに手を伸ばしました。

「ピィ、久しぶり」

「ああ、ひと月ぶりだな。調印式の見届け人として来てみたら……まさかお前がいるとは。王妃様から薬草を預かって来た。ターク、王妃様が煎じた熱さましもある」

 ピィが侍女さんに杯にお湯を持ってくるように言いました。僕とピィは二人だけです。ピィは小人族の貴族の着るチュニックにマントです。格好良いのです。

「王妃様が心配されていた。小人族なのに巨人族の妃なんて、と。熱まで出して大丈夫か?」

 いえ、これは……知恵熱。ピィの優しい眼差しが僕を弱気にさせます。ピィは髭を蓄え始めています。

「誰もいないから言うが、辛いなら俺が連れ帰る。王妃様から許可を得ている」

「辛くはありませんよ」

「じゃあ、なんで熱を出した。お前は考え込むと熱を出す。小さい頃からずっとだ」

 知恵熱……見抜かれていましたか。僕は身体の弱い子でしたから、側仕え騎士見習いのピィによく迷惑を掛けました。

「考え込むくらいなら、俺が拐う。なんだよ、首も噛まれてるし、お前は巨人族に嫁に行ったんだろう?どうして獣人族の番い契約をしているんだ?」

 僕は今までの経緯を簡単に話しました。静かに聞いていたピィは湯を持って戻った侍女から杯だけもらい、侍女を廊下に出しました。それから腰鞄から包を出すと、杯に入れてかき混ぜます。

「飲め。熱が下がる」

 ピィが苦い液体を渡してくれました。この苦い味が懐かしいです。今生の母上は僕を気にかけてくれていました。

「ターク、そんな風になっていたんだな。今から聞くことはお前自身に関わることだ。俺だけがそれを知っている」

 はい、なんでしょう。

「お前の双子の妹姫からの伝言だ。そのままを伝える」

 マグリタ、テハナです。二人は珍しい双子の実でしたので、姉妹ではないのです。ピィが魔法石を出しました。ああ、伝言の魔法陣ですね。僕は小さく展開して、石に指をつけました。

「ターク兄様は可哀想です。だって行き遅れですもの。可愛いのに」

 テハナの声です。ん?なんですか?

「ターク兄様は可哀想です。だって行き遅れですもの。素敵なのに」

 マグリタの声です。

「だから魅惑
        魔法陣を   
「だから淫惑

 ターク兄様に掛けました」

 は……い?

「ターク兄様が成人してから毎晩掛けていました。ターク兄様がご婚姻出来ますようにと。ターク兄様は、気付きませんでした。ターク兄様のお相手が決まったら解除しようと思いました」

「「でも」」

「二つの魔法陣は融合してターク兄様のお腹に定着してしまいました。もう解除は出来ませんでした。ターク兄様は可愛くて賢い上にとても魅力的で感じやすいお身体になりました」

「「ターク兄様には誰も叶いません。私たちの最高の兄様です」」

 最後には声を揃えています。僕は無言になった魔法石を手にして、深く深く深く息を吐きました。

「僕の今のなんだかすごく人好きされる状況は……マグリタとテハナの融合魔法陣のおかげですか……」

 ピィが慌てます。

「タークが可愛くて賢いのは昔からじゃないか。双子姫も知っている。だけど、小人族の基準ではお前は……。だから、双子姫は心配して。お、俺はそんな魔法陣に惑わされていない。昔からそうだ。でも、成人前のマナの量での魔法陣なんてたかだか……」

「馬鹿を言わないで下さい。双子一人一人は大したマナ量ではないですが、双子が同時にとなると二倍になります。融合した魔法陣なんて……どう変質しているか分からないのです」

 知り合ったばかりのセフェムがあんな態度を取るのは、魔法陣が発動していたのではと思ってしまうのです。獣人族は本能が強く出ます。ましてや獣面さんは獣の本能力が強いのです。

「ピィ……僕はどうしたらいいですか?」

「お、俺に聞くな。辛くないなら……別にいい」

 一番大事なのは僕のことではなく、午後の終戦の文書です。これが終わりましたら、王様に話しましょう。まずは締結です。

「失礼します。小人様方、ギガス国王御一団が参りました」

 侍女さんに呼びかけられました。行くしかありませんね。気持ちを切り替えましょう。




 ギガス国王様は額に放射上に五つの目を持つ複眼の、長い黒髪の巨人でした。やっぱり二メートル以上はありますが、王様が一番大きいです。セリアン国王様とタイタン国王様、そしてギガス国王様が同じテーブルに着きました。後ろには御璽を持つ文官さんがいます。セフェムも緊張した面持ちでセリアン国王様の後ろに立っていました。

 僕は立っているピィの隣に椅子を置いて貰い座っています。セリアン国の広間にはガルド神官さんがいました。今回はガルド神に捧げる終戦文書です。

 長いお髭の山羊面の神官長さんがやってきてテーブルに羊皮紙が置かれました。

「文書をよく読み、ご記入を」

 各々が読んでペンを取ります。ちょっと待ってください。ピィが僕より先に歩き始めました。

「ガルド神に捧げる文書ならば、神官長がこの場で読み上げながらマナ文字を羊皮紙に書かなくてはなりません。その羊皮紙でよろしいので、神官長正しい調印を」

 ピィが神官長さんに進言しました。神官さん達と神官長さんが顔を寄せ合っています。何か不都合でもと思っていると、神官長さんがピィに近寄り膝を折りました。

「見届け人の小人様。セリアン国神官長でございます。ガルド神に捧げる文書へのマナ文字は……私には出来ないのです。私は王族所縁の神官ではないからです」

 高級神官でもマナはありません。王様を見ますと、王様が僕に頷きました。では、僭越ながら、僕が執り行いましょう。

「僕が執り行います。タイタン国の妃ではありますが、小人族の神官長候補でしたので学んでいます。よろしいですか、見届け人」

「よろしい」

 そう聞くと椅子から飛び降ります。神官長さんは両膝を付き僕の前で両手を胸に当てます。僕も同じように礼をします。

「お手数ですが僕をテーブルに乗せてください」

 神官長さんは僕を抱き上げて広いテーブルの上に上げてくれました。僕は靴を脱いでテーブルの羊皮紙に向かいます。黒インクで書かれた内容を見ました。僕の少ないマナでもなんとかなりそうです。

「ターク」

 大丈夫です、王様。あ、あとでお話があります。

「ガルド神に捧げる文書を読み上げます」

 僕は右人差し指を羊皮紙に出します。金のマナが指先から出て羊皮紙に文字を入れて行きます。

「一、記三国は終戦締結し、互いに遺恨を残さぬよう」

 金のマナ文字が羊皮紙に定着します。

「二、捕虜の無条件全引き渡し、できうる限りの尊厳を持って対応すべし」

「三、違う場合はガルド神に命で贖うものとすべし」

 マナ文字が輝く羊皮紙を見て、セリアン国王様に神官長が渡します。

「マナを用いて名前と御璽を」

 セリアン国王様が初めに、次にギガス国王様が、そしてタイタン国王様がそれぞれマナによる名前入れと御璽を押します。

 僕のマナはまだ大丈夫ですね。羊皮紙が僕の前にやってきました。僕は神官長が用いる制約魔法陣をマナで羊皮紙の中に書き上げて行きます。

「ガルド神の御名、御身に掛けてゆめゆめ違わぬことを制約せしものとする…………この文書をガルド神に捧げます!」

 羊皮紙の魔法陣から光が飛び散り風が起こります。マナ文字が空中を羽虫のように舞い、風に舞う羊皮紙に戻りました。このまま羊皮紙が空気に溶けて霧散しガルド神に届き、神託の杯に制約が刻まれるのです。

「どうして……手順は合っているはずです」

 僕は仮の神官長として、羊皮紙に触れました。羊皮紙のギガス国王様の名前と御璽が点滅しています。点滅は仮王の証です。

「失礼ですが、ギガス国王様は正式な国王様ではないのですか?」

 僕の言葉にギガス国王様は

「そうだともそうでもないとも言える。父は死んだのだが、宿り木が枯れないので、父は埋葬も出来ていない故かと」

 宿り木が枯れない……?何か魔法陣が……。

「このままではラチが開かないな。俺がギガス国へ出向こう」

 ピィが言いましたが、

「いえ、僕が参ります。僕が宿り木の状態を調べて、契約を完遂します。王様お願いします」

「しかし……」

「大丈夫です。原因は分かっているのですから」

「無理をするな。一日の猶予をもって余が迎えにいく」

「分かりました」

と話しながら僕はギガス国王様の前に行きました。そしてぺこりと頭を下げました。

「初めまして、ギガス国王様。僕はタイタン国第三妃タークと申します。今回は仮神官長としてギガス国へ同行することをお許しください」

 ガルド神への契約はまだ終わっていないのです。

「……許す。私の国はセリアンに近い。あなたのマナが尽きぬうちに終わらせてしまおう」

「はい」

 あれ、僕はマナ切れについて話しましたか?おかしいですね。

「では、御身をお借りする。二王よ、しばしお待ちを」
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