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2章

31 一度帰ります

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 わずか数時間で雌雄を決した戦いは、ダビデがゴリアテを投石で倒したように、セフェムがゴリアテ将軍さんを倒しました。セリアン国とギガス国は平和になりそうです。セフェムの言う、セリアンはセリアンに、ギガスはギガスに、です。

 僕だけがラオウに乗り王様が引き綱をしながらセフェムと歩いています。

「帰城次第国に連絡をする。ガリィのところにも連絡をさせてもらう」

 セフェムが言うと王様が頷きます。

「正式文書で頼む。余はタークとタイタンに帰らねばならぬ」

 セフェムがぎこちなくなります。

「タクは残っていいんだ。ほら、実をなした番いはなるべく一緒にいた方がいい…………と、じ、じいが言っていた」

 この言葉の間を考えますと、じいやさんは何も言っていませんね。すると王様が言い返します。

「実なら余とタークの間にもなっておる。それならば、余もタークとなるべく一緒にいた方が良かろう」

 セフェムが僕を見ました。ラオウに乗っていてもセフェムや王様の方が大きいのです。

「タクとガリィの実か?」

「はい。僕だけではなく、一妃様、二妃様にも実は反応しますので三妃全てと王様の実です」

「では、俺とタクの二人の実の方が大事ではないか。ガリィのところはまだ二人いる」

 算術の問題ですか?

「僕は小人族の全ての国から託されたタイタン国の妃です。ずっとセリアンにいるわけにはいかないのです」

 正論です。僕はうっかりセフェムの番いになってしまいましたが、セリアン国に嫁いだわけではないのです。今は……いわばセフェムに保護された状態で、王様の一緒に帰るのが筋です。

「タイタン国に一度帰ります」

 僕は口に出して気づきました。僕の故郷はドワフ国のはずです。ですのに、僕はたった一月弱でタイタン国を僕の居場所にしています。その居場所を作ってくれたのは王様です。僕は王様を見上げました。

「どうした、ターク」

「王様、大好きですよ」

 僕は自然と口にしました。僕は頑張り屋さんの王様が大好きです。

「タク、俺は俺」

「僕ははちみつレモンよりネクター派です。甘党なんですよ。もっと王族らしく甘くなってください」

「タク、俺、馬鹿だから分からない」

「僕は自分のことを馬鹿だと言う子は嫌いです」

「じゃあ、馬鹿じゃない」

 王様が吹き出して、王様が今行っている学びのことをセフェムに話しています。

 王様と初めて交合したときの精液の味は薄いツツジのような花の蜜の味でした。王様が王様らしくなるための努力が王様の精液の味を濃く甘くしたのだとしたら、セフェムもまだまだ甘くなるかもしれません。でも、出来ればもうお相手はしたくないです。どうにか一人で耐えて下さい。

 なだらかな登り坂から見える城壁には、獣人さんたちが犬走りに登って手を振っているのが見えました。僕たちは城壁前で別れを告げます。

「セフェム、こたびの戦いは見事だった。正式な書状を待つ」

 王様が手を差し出しました。

「ガリィこそ、助太刀をありがとう。友好に感謝する」

 その手をセフェムが握りました。獣人さん達の歓声が大きくなります。

「六月の小人と出会わせてくれたガルド神への感謝を」

 セフェムが王様と握手をしながら、僕の唇にマズル先をくっつけました。さらに歓声が大きくなりました。僕は狼の鼻先をつけられても……と思いましたが、

「マズルキスは狼族の最高の接吻だ」

とセフェムに言われて僕は口を押さえました。無知は恥なのです。悔しいです。これは王様の書庫でもっと学ばなくてはなりません。

「では、失礼する。セリアン国に我が三妃を保護してもらえたことに感謝の言葉を述べる……で、建前は良かろうか?ターク」

 建前からは小声です。

「そうですね」

「本音はクソ野郎が!だ。ロキもタークも俺の妃だ」

 王様が僕の後ろにひらりと跨り、ラオウの腹に足で軽く打ちました。ラオウはひと鳴きして東北の森を走ります。ギャロップです。僕は王様の片腕に抱かれていました。後ろを振り向くと、ほんの少しだけいた緑に囲まれ高台にある要塞城が見えます。獣人さん達がギガス国に怯えない、ただの国境境の城門になるといいですね。

 要塞城壁城からタイタン王都は割と近く、夕方前には王都につきました。南の城壁ではセレキさんが仲間の職人さんと働いています。随分いますね。商売繁盛はいいことです。

「よお、小人の兄ちゃんよ。なんだ、王都から出ていたのかよ」

 セレキさんに呼び止められました。僕は困った顔をしていると思います。僕の押し付けた厄介ごとで迷惑していたとしたらどうしようと考えていたのです。

 すると板に筋が何本も彫ってあり、

「二日分の日銭だ。俺が立て替えた。払えないなら待ってもいいがなあ」

と頭を掻いています。ちょっと意味が分かりません。すると別の男の人が三人僕を見て小走りで来ました。

「小人さん、俺は手付きがいいと親方に雇って貰えました。ありがとうございます。家もあんなに立派で……」

 家ですか?城壁門の中に入りますと、壁沿いにタイタン国には相応しくない和風の長屋がありました。え、どういうことでしょうか。

「タークが錬成したものだろう?そなたの側付きがアリスに相談を持ちかけてきたので、公共事業の一環だと思い王立住居としたのだが、間違っていたか?」

 王様が教えてくれました。僕はセレキさんに銅貨を渡しながら頷きました。するとセレキさんが思い出したように相槌を打ちます。

「小人の兄ちゃんがいなくても、金髪のボウズと母ちゃんがちゃんと二日目もちゃんと来て、炊き出しをしていた。腹一杯になった奴らが働いて小遣い稼いでたぜ。中には門を出て行った奴もいる。ちなみに俺は王立住居の金銭管理をして、おーい、ストパ。奴が住居管理と」

 長屋の道を歩いていた男の人が振り向きました。女の人と子供たちを送って行った男の人はストパさんですか。ストパさんは苦笑いしながらやってきました。

「小人の兄ちゃん。二日目はどうして来なかったんだよ。ガキどもが会いたいって門の外に来ていたんだぜ」

「そうそう、兄ちゃん、あいつら。また仕事をしてきやがったんだ。いい小遣い稼ぎをして行ったよ。すぐ向こうの村だっけ?」

 セレキさんがストパさんに聞きました。二人は王様が王様だと気づかず、世間話を始めています。

 今日の王様は綿の立ち襟シャツと革のベストに黒いズボンなのです。王様の赤い軍服と緋色に金の縫い取りのマントではありません。僕が王様に飛びついたからとしても、セフェムはよく王様を王様と信じたものです。

「ああ、王領の村だ。銅貨一枚で出られなかったってわけだ。死んだノイの傭兵代が出るのも遅かったしなあ」

「ギルドは機能してるだろう?」

「前王さんの負け戦は死人が多すぎた。上の方から賠償金を払って、俺ら平民は最後に回されたわけだ。傭兵代が出た奴らは大分出て行っただろう?」

「確かに貴族の傭兵騎士には早くに金が出た。俺たち下級貴族もだ」

 王様が呟くとストパさんが王様を見上げました。王様は前王様の負け戦では傭兵騎士として前線で戦っていましたから、お金を受け取ったのでしょう。

「あんた、なんだよ貴族様か。貴族様は南門なんか通るなって。西門からで頼んますよ。南北は平民の門ですぜ」

 ストパさんが胸に手を当てて、礼を取ります。ストパさんはどうやら騎士だったようですね。

「とにかく、な。小人の兄ちゃん、あんたはそれなりに王様に頼まれた公共事業をやってのけたんだぜ。王様にちゃんと報告しとけよ。次は北の城壁門でな」

 セレキさんが手を振って城壁門の現場に戻り、ストパさんが背を向けました。僕は三回目の僕の知識が先走り思わず作ってしまった長屋造りの王立住居を見たくて、王様にお願いしてラオウと北門まで走ってもらいました。

 江戸時代の長屋はタウンハウスとも呼ばれる壁を共有する住居です。どうやら僕は城壁を共有する日本様式の住居を無意識に錬成していたようです。まさかの畳?木戸から見える部屋はちゃんと板の間でした。三番目の僕は知識乞食でした。今の僕もかなり影響されています。

「ターク、そなたの思う公共事業の形ではなかったかも知れぬが、少なくとも一組の親子は救われた。それで良いではないか」

 僕は頷きました。どうしよう、冷静にはなれません。泣きそうです。僕の大切な生徒たちはなんて優秀なんでしょう。アリスにすぐに連絡を取ったティン、話を聞いて理解した王様。素晴らしいです。僕は王様の腕にしがみつきました。

「ターク?」

「ありがとうございます」

 僕は袖口で目頭を拭いました。涙は出ていませんよ、絶対に、はい、絶対に……。
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