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1章
16 宿り木の行方
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そうこう話をしている間に、アリスさんが神官さんを連れて戻ってきました。あれ、若いですよ?
「神官長お若いですね」
青銀って感じの色味の長めのボブの髪型の若い神官さんは、王様と膝の中の僕に両膝をつきました。
「高級神官のトラムです。神官長は祈りの塔に籠られてまして、私が参りました」
神殿横の塔のことです。僕の宮からもよく見えます。ガルド神に一番近い天で泰平を祈るのだそうです。ドワフにもガルド神殿がありますが、こんなに高い塔はありませんでした。
「トラムさん、前々代王様について知りたいのです。トラムさん、神託の杯を預かっているのは誰ですか?」
僕は王様の膝に座って聞きました。トラムさんはぎょっとした顔をします。
「何故……それを……」
現王すら知らないことですね。
「僕はドワフの次期王として育てられました。体が弱いうえにこの容姿ですので反対者も多く、弟が生まれてからは弟が次期王に推挙されました。僕は行き遅れでしたので、神官長になる学びをしていました。だから神託の杯を知っています」
神託の杯は一メートルくらいの真鍮のファウンテンウェアのような取手付杯です。それに聖水を並々と注ぎ、神託の魔法陣を作ります。物凄い量の魔法石を使いますので、高級神官数人がかりで詠唱するのです。
「恐れながら私が……」
トラムさんが青灰色の瞳を歪めています。
「神官長はどうして杯を受け取っていないのですか。僕を神託の杯で写したのは、トラムさんですか?」
「私は神官長が行うべきだと進言しましたが、神官長は祈りの塔でガルド神に祈りを捧げ続けています。もう二年もお籠もりになられているのです」
「トラムさんはいつから王城神殿にいますか?」
トラムさんが高級神官なら、王族に近い公爵系の血筋のはずです。だから神託の杯を扱えるのです。
「私ですか?私は二年前、前々代王様がご崩御された時に大量に欠員が出て高級神官として神殿に上がりました。以来、私が神官長より杯を預かっています」
「二年前からですか……二年以上の高級神官はいますか?」
トラムさんは首を横に振りました。
「前々王様ご崩御の折に、皆さま王様と一緒に埋葬されたとのことです」
「政治と神殿は分けて考えられているはずだ。王墓に入ることはない。王墓は妃と側付きと側仕え騎士のみ」
王様の言葉に僕は頷きました。
「二年前、神官長を残して高級神官の全員の死歿(しぼつ)、神官長が祈りの塔に入られたのも、二年前。これは間違いありませんね」
「はい、間違いありません。あの……すみません。どうして宿り木が、この部屋の鉢植えに植えられているのですか?」
部屋の奥を見ますと、緑の鉢植えばかりの中で、部屋に不釣り合いな裸木の鉢植えを見つけます。
僕の背丈程の小さなサルスベリのような滑らかな木と横に広がる木は……。
「王様、どうして宿り木が植木鉢にあるのです?普通は地に結ばせますよね?」
王様は困った顔をして、周囲を見渡します。
「これは宿り木なのか?この灰色の小さな木が?」
「え、宿り木って他にあるのですか?」
僕が逆に聞きました。
「確かに宿り木は神殿の中庭にあります。実らない宿り木と言われています。前王様の時も現王様も実りがありません。それが王の宿り木だとばかり」
でもこの部屋にひっそりといる灰ずんでいる滑らかな木は、間違いなく宿り木です。
「宿り木は王様につき一本。王様の近くに根を張り下ろします。宿った場所に返しましょう。アリスさん植木鉢を持って下さい。トラムさん、神具の振り子はお持ちですか?」
「いえ」
「では、僭越ながら」
僕はポケットからペンジュラムを出しました。コボルト作成の素晴らしき透明水晶です。僕は水晶に付いている鎖を垂らしました。
「これはなんだ、三妃よ」
「ペンジュラム……神具の振り子です。僕は大抵探し物で使います」
宿り木は基本的に日当たりのよい場所に『根付く』のです。そして後宮と王宮を結びつける場所。
「あの、時間が惜しいので誰か……」
王様がひょいと僕を腕に乗せてくれます。その後ろをアリスさんが宿り木を抱き抱え歩いていて、トラムさんが横にいて、最後にキレンさんがつきました。
王宮を出て後宮への曲がる道の向こう側は煮炊き場です。煮炊き場の壁の端にペンジュラムが引き寄せられます。なだらかに降ると僕の宮があります。そしてロキの宮、一番王宮に近い位置にソニン様の宮があります。そんな宮を一眸出来るところに宿り木は根付いていて、誰かに抜かれてしまったのですね。
「王様、下ろして下さい。ここにひっそりと根付いていたようです。王様が王宮にいたした日から浅いので誰も気づかずにいた宿り木を、誰かが知り得て理解し引っこ抜き、大樹の中に隠すが如く応接室に置いたのです」
僕は王様に下ろしてもらい、アリスさんとトラムさんが外した植木鉢の中の宿り木を王様に渡します。王様の掌サイズです。あまりにも小さい宿り木です。
「錬成!」
空中魔法陣を使い、植木鉢を媒体に陶器のスコップを作りました。僕は正確な位置を測ります。
「キレンさん掘って下さい」
「おう」
掘ってもらい王様が根を埋めると、僕は空中魔法陣を描き出します。それを宿り木に投射しました。
「回復!」
灰色の宿り木が薄桃の色味に染まり、枝先に葉がつきます。
「ノームの回復魔法陣です。これは一時凌ぎなので、ソニン様の神癒の魔法陣があれば……あとは光が入りやすい屋根を作りたいですね」
思案していると、ロキの宮から出てきたばあやさんが僕の方にきます。
「三妃様、恐れながら申し上げます。姫様を知りませんか!」
動きましたか……余程我慢できなかったと見えます。獅子身中の虫を取り除きましょう。
「ばあやさん、一の宮でお待ち下さい。ソニン様をお連れしますので」
「三妃様」
これ以上は何も言わせず、ばあやさんを見送り、僕は王様に手を伸ばしました。
「三妃?」
「神殿に行きましょう。神殿の宿り木が見たいです」
「神官長お若いですね」
青銀って感じの色味の長めのボブの髪型の若い神官さんは、王様と膝の中の僕に両膝をつきました。
「高級神官のトラムです。神官長は祈りの塔に籠られてまして、私が参りました」
神殿横の塔のことです。僕の宮からもよく見えます。ガルド神に一番近い天で泰平を祈るのだそうです。ドワフにもガルド神殿がありますが、こんなに高い塔はありませんでした。
「トラムさん、前々代王様について知りたいのです。トラムさん、神託の杯を預かっているのは誰ですか?」
僕は王様の膝に座って聞きました。トラムさんはぎょっとした顔をします。
「何故……それを……」
現王すら知らないことですね。
「僕はドワフの次期王として育てられました。体が弱いうえにこの容姿ですので反対者も多く、弟が生まれてからは弟が次期王に推挙されました。僕は行き遅れでしたので、神官長になる学びをしていました。だから神託の杯を知っています」
神託の杯は一メートルくらいの真鍮のファウンテンウェアのような取手付杯です。それに聖水を並々と注ぎ、神託の魔法陣を作ります。物凄い量の魔法石を使いますので、高級神官数人がかりで詠唱するのです。
「恐れながら私が……」
トラムさんが青灰色の瞳を歪めています。
「神官長はどうして杯を受け取っていないのですか。僕を神託の杯で写したのは、トラムさんですか?」
「私は神官長が行うべきだと進言しましたが、神官長は祈りの塔でガルド神に祈りを捧げ続けています。もう二年もお籠もりになられているのです」
「トラムさんはいつから王城神殿にいますか?」
トラムさんが高級神官なら、王族に近い公爵系の血筋のはずです。だから神託の杯を扱えるのです。
「私ですか?私は二年前、前々代王様がご崩御された時に大量に欠員が出て高級神官として神殿に上がりました。以来、私が神官長より杯を預かっています」
「二年前からですか……二年以上の高級神官はいますか?」
トラムさんは首を横に振りました。
「前々王様ご崩御の折に、皆さま王様と一緒に埋葬されたとのことです」
「政治と神殿は分けて考えられているはずだ。王墓に入ることはない。王墓は妃と側付きと側仕え騎士のみ」
王様の言葉に僕は頷きました。
「二年前、神官長を残して高級神官の全員の死歿(しぼつ)、神官長が祈りの塔に入られたのも、二年前。これは間違いありませんね」
「はい、間違いありません。あの……すみません。どうして宿り木が、この部屋の鉢植えに植えられているのですか?」
部屋の奥を見ますと、緑の鉢植えばかりの中で、部屋に不釣り合いな裸木の鉢植えを見つけます。
僕の背丈程の小さなサルスベリのような滑らかな木と横に広がる木は……。
「王様、どうして宿り木が植木鉢にあるのです?普通は地に結ばせますよね?」
王様は困った顔をして、周囲を見渡します。
「これは宿り木なのか?この灰色の小さな木が?」
「え、宿り木って他にあるのですか?」
僕が逆に聞きました。
「確かに宿り木は神殿の中庭にあります。実らない宿り木と言われています。前王様の時も現王様も実りがありません。それが王の宿り木だとばかり」
でもこの部屋にひっそりといる灰ずんでいる滑らかな木は、間違いなく宿り木です。
「宿り木は王様につき一本。王様の近くに根を張り下ろします。宿った場所に返しましょう。アリスさん植木鉢を持って下さい。トラムさん、神具の振り子はお持ちですか?」
「いえ」
「では、僭越ながら」
僕はポケットからペンジュラムを出しました。コボルト作成の素晴らしき透明水晶です。僕は水晶に付いている鎖を垂らしました。
「これはなんだ、三妃よ」
「ペンジュラム……神具の振り子です。僕は大抵探し物で使います」
宿り木は基本的に日当たりのよい場所に『根付く』のです。そして後宮と王宮を結びつける場所。
「あの、時間が惜しいので誰か……」
王様がひょいと僕を腕に乗せてくれます。その後ろをアリスさんが宿り木を抱き抱え歩いていて、トラムさんが横にいて、最後にキレンさんがつきました。
王宮を出て後宮への曲がる道の向こう側は煮炊き場です。煮炊き場の壁の端にペンジュラムが引き寄せられます。なだらかに降ると僕の宮があります。そしてロキの宮、一番王宮に近い位置にソニン様の宮があります。そんな宮を一眸出来るところに宿り木は根付いていて、誰かに抜かれてしまったのですね。
「王様、下ろして下さい。ここにひっそりと根付いていたようです。王様が王宮にいたした日から浅いので誰も気づかずにいた宿り木を、誰かが知り得て理解し引っこ抜き、大樹の中に隠すが如く応接室に置いたのです」
僕は王様に下ろしてもらい、アリスさんとトラムさんが外した植木鉢の中の宿り木を王様に渡します。王様の掌サイズです。あまりにも小さい宿り木です。
「錬成!」
空中魔法陣を使い、植木鉢を媒体に陶器のスコップを作りました。僕は正確な位置を測ります。
「キレンさん掘って下さい」
「おう」
掘ってもらい王様が根を埋めると、僕は空中魔法陣を描き出します。それを宿り木に投射しました。
「回復!」
灰色の宿り木が薄桃の色味に染まり、枝先に葉がつきます。
「ノームの回復魔法陣です。これは一時凌ぎなので、ソニン様の神癒の魔法陣があれば……あとは光が入りやすい屋根を作りたいですね」
思案していると、ロキの宮から出てきたばあやさんが僕の方にきます。
「三妃様、恐れながら申し上げます。姫様を知りませんか!」
動きましたか……余程我慢できなかったと見えます。獅子身中の虫を取り除きましょう。
「ばあやさん、一の宮でお待ち下さい。ソニン様をお連れしますので」
「三妃様」
これ以上は何も言わせず、ばあやさんを見送り、僕は王様に手を伸ばしました。
「三妃?」
「神殿に行きましょう。神殿の宿り木が見たいです」
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