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僕はおじさんは部屋の中で※

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 その日も、夕食の後に僕はゆきちゃんの話を聞きに行った。ゆきちゃんの話はたいてい小説のネタだ。ノックをしたけど、返事がない。扉は開いていた。だから僕は、

「ゆきちゃん、入るよ」

そう前置きをして扉を開けて締める。お手伝いさんに、話の邪魔をして欲しくなくていつも通り内側から鍵を掛けた。

 薄暗い部屋の中で、パソコンを前にしているゆきちゃんの背中が見えた。何故か息苦しそうな息遣いがして、ゆきちゃんの横に忍び寄った。ゆきちゃんは真っ白な画面を前にして、ズボンのジッパーを下げて下着からおちんちんを出していた。それを右手で擦って、左手で先っぽを撫で回している。父のおちんちんより大きいと思って見ていたら、ゆきちゃんに気づかれた。

「あ、ちゃーーっ……ハルくん。み、見てたのか」

 ゆきちゃんは細い目をめいっぱい見開くようにして僕に聞いた。それはいつも小説の話をするときのゆきちゃんの癖で、だから、僕はゆきちゃんのその表情が好きだ。でも、今日の顔はちょっと恥ずかしそうで、困った表情をしている。

「うん。どうしておちんちんを触っているの?痛いの?」

 ゆきちゃんはおちんちんをしまうべきか悩んだ挙げ句、手を止めて息を深く吐いた。

「ハルくん、僕は今、世界で一番売れない小説家なんだ」

 今日のゆきちゃんは少し違う表情をしていた。ゆきちゃんの顔が曇っている。

「一個賞をとっても?」

「ハルくんは世間知らずだなあ。賞をとったとしても、次作が駄作なら売れない小説家に落とされる。業界では掃き溜めになる。僕はそれが怖くてたまらない」

「大学時代に賞を取ってから、書いてないの?」

「そう。僕は受賞作の呪いにかかっているんだ。才能のない奴なんか簡単に飲み込まれてしまう。二作目が打ち切りになった奴だっているんだぞ」

 今日のゆきちゃんはやっぱりおかしい。僕は心配になった。

「そんなの、わからないよ。ゆきちゃんの小説は読んだことあるけど」

「面白かったかい?」

「うん、面白かったよ。僕だって感動した」

「綺麗な描写、透明度の高い文章。大学生が書いた瑞々しい心情。そんな帯がついたよね。今の僕はどうだい?三十歳のいそうろうにそんなもの書けっこないんだ」

「書けないの?もうずっと」

「書けないんだよ、もうずっと」

 ゆきちゃんが言い回しを同じにしてきた。

「パソコンの前に座るだろう。白光りするバックライトが現れる。僕は仮名打ちしかできないから、指を複数回走らせる。それから脳内にひりついてこびりついたアイデアを打ち込んで、編集社に送るんだ。プロットっていうんだけどね、すると全てがボツになる。不採用さ。アドバイスと称した字列が僕の心をバキバキに折っていく。受賞作の呪いが僕を飲み込んでいく。ゆっくりゆっくり僕は溶かされていくんだ」

 そんな……ゆきちゃんの話はいつでもおもしろいじゃないか。なのに苦しんでいるゆきちゃん。

「だからおちんちんを撫でていたの?」

 ゆきちゃんは困った顔をして小さく頷いた。
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