22 / 33
半妖オメガは囚われた屋敷から抜け出し、運命の愛に救われる。
しおりを挟む
華道家元の一人息子であるオメガは、百年に一人生まれると言い伝えられている半妖だった。
オメガは『運命の番』以外のアルファと番うことができない。
それどころかアルファの精気を吸収し、死に至らせる。
バース性を発症してからは、私室に閉じ込められ運命の番と出会うまで数々のアルファの相手をしてきた。
しかし運命の番とは出会うこともできず、どのアルファも皆、半妖の餌食となる他なかった。
オメガは誰とも性行したくない。
これ以上、人を殺めたくなかった。
それでも、半妖からは優秀なアルファが生まれるとされており、後世その家は繁栄すると信じられている。
両親は必死に名家のアルファをあてがった。
オメガは落ち込む時間も与えてもらえない。
嫌々訪れたアルファもいたが、牡丹を背負ったような美しいオメガの姿を目の当たりにすると、掌を返したように体を求めてきた。
「おやめください。私は貴方様を殺したくありません」
「そのような甘い香りで誘っておいて説得力のかけらもない。貴様の孔は、既にしとどに濡れているではないか」
こうしてまた一人、半妖に精気を奪われアルファが消えた。
「もう、嫌だ。こんな家に生まれなければ……」
オメガは家出をする事にした。アルファの精気をたっぷりと吸収したオメガは異能を使い、簡単に屋敷の外に出られた。
しかし、外の世界は十年以上ぶりで、どこに行けばいいのかも分からない。
頼れる人も誰一人としていなかった。
「これからどうしよう」
夜の町を宛もなく歩き始める。
着崩れた着物から白肌が見えている。
長い黒髪と華奢な体から、女性に間違われてしまった。
「お姉さん、夜中に一人でいると危ないよ」
見知らぬ男性に声をかけられる。
「いえ、私は男です」
「うわ、こりゃえらい美人だな。あんたなら男でも抱けそうだ。どうだい、ホテル代奢るし今夜の相手になってよ」
男性はオメガの腕を掴み、無理やり連れて行こうとした。
「やめてください」
「お前はフェロモンでアルファ誘っておいて。あぁ、イヤイヤ言って本当は好きってやつだな。そういうの、そそられるぜ」
「本当に、私はきっと貴方を殺してしまいます」
男性はそんな華奢な体でどうやって殺すつもりだと嘲け笑った。
「変な言い訳なんていらねぇんだよ。こっちはお前のフェロモンで昂って仕方ねぇ。もしかして、俺ら運命の番かもよ?」
下品に笑い飛ばすと、丁度近くにホテルがあると言って引きずり込もうとした。
オメガが力無く蹲ったところに一人の大学生が通りかかる。
「なぁ、おっさん。この人嫌がってんじゃん」
「なんだ?生意気な。これはただの照れ隠しってやつなんだよ。あっち行……」
男性が言い終わらないうちに、大学生の鋭い蹴りが腹に食い込んだ。
男性は声も出せず体をくの字に曲げ、痛みに耐えた。そこを再び蹴り飛ばすと、踏ん張りきれない膝から崩れ落ちた。
「ほら、今のうちに逃げるよ」
大学生はオメガの手を引き「頑張って走れ」と言って駆け出した。
「待って……」
これまで部屋に閉じ込められていたオメガは運動する体力はない。
走ろうとした時、足がもつれて転びそうになった。
「あ、ごめん。ちょっと失礼」
大学生は機敏に反応し、オメガを担ぎ、その場から走り去った。
「ここまで来れば大丈夫だろ」
静かな公園のベンチに座らせてくれた。
「危ないから家まで送る。どの辺?」
「……家は、ありません」
大学生は虚をついた顔になったが、
「もしかして、家出とか?」と察してくれた。
静かに頷くと「じゃあ、とりあえず俺のアパート来る?狭いけど」と提案する。
「今、会ったばかりなのに、良いんですか?」
「まぁ、これも縁だし。ここまでして、放っておけないでしょ」
大学生はあどけない顔で笑った。
彼は大学から程近いアパートに住んでいた。
「信じるかどうかはお任せします」と言って、事情を説明した。
大学生は「俺でも知ってる華道の流派の家元なんだね」と驚いた。
半妖には驚かないのか? と尋ねると、実は実家が寺で、そういう話を聞いたことがあると話した。
「行き先が決まるまで、居て良いからね」と言い、狭いアパートでの二人暮らしが始まる。
彼はそれ以上のことを何一つ問いただそうとしなかった。
家事のできないオメガの世話をせっせと焼く。
お礼にオメガらしく体を差し出せばいいのだが、そういうわけにもいかない。
この大学生を殺してしまえば、いよいよ行き場所を失う事になる。
オメガは有り難くも申し訳ない気持ちが募っていく。
大学生はとても優しく接してくれるが、僅かにもオメガに触れようとしなかった。
「今まで怖い思いをしてきたんだろ? 俺は絶対そんなことしないから」と、いつだって微笑んでくれる。
しかしオメガは彼がアルファだと気付いていた。
自分のフェロモンは普通のオメガよりも強いはずなのだ。
半妖の力もあり、アルファを目の前にすると自然とフェロモンを放出させる。
しかし大学生は、少しも効いていないかのように平然と過ごしている。
もどかしい日々が過ぎていく。異能を持っても相手の感情を操ることはできない。
何も反応がないのは、それほど自分に興味を持っていないのか……。
落ち込むオメガであったが、大学生にこの気持ちをどう伝えれば良いのか分からなかった。
ある時、大学生はオメガに花を買ってきた。
「最近落ち込んでるみたいだから。もし、家を思い出して嫌なら捨ててくるけど」
「欲しい!ありがとう」
鮮やかな黄色の向日葵。
夏になると部屋の窓から見えていた。
太陽を追いかけるように顔の向きを変える。
自分も光を追いかけて良いんだよ。と励まされているように感じていた。家を出ようと決心できたのも、向日葵が勇気をくれたから。
「この花、大好き」
「そっかぁ! 良かったぁ。花なんてプレゼントするの初めてだから緊張しちゃった」
嫌われてはいないのかと、少し安心したが、それでオメガの気が晴れるわけではない。
「あの……」
オメガは思い切って話をふる。
「なに?」とオメガの顔を覗き込んだ。
「私と一緒に居て、その……フェロモンを感じませんか?」
「俺がアルファだって気づいてたんだね。感じてるよ」
「でも触れようともしない」
「嫌がることはしないって約束しただろう?」
「じゃあ、私が触って欲しいと言ったら?」
困らせているとは自覚している。
それでもアルファを目の前にして、こんなにも体が疼くのは初めてなのだ。
最近では、もしかしてこの人が運命の番ではないか。なんて思い始めている。
「それは、まだダメだ」
「なぜ?」
大学生に縋り付く。
「抱きしめるくらいなら、問題ありませんから」
一度言い始めると、自分を止められなかった。
ここで住み始めてから、毎日毎日、彼の帰りを待ち侘びている自分に気がついた。
それがどういう種類の感情なのかも、自覚している。
こんなにも胸が締められそうなのは、これまでのアルファには感じたことがない。
それでも、もし運命の相手でないのなら、この恋は手放すべきだ。
ならば、せめてこの気持ちを伝えるくらい許してほしい。
「ごめんなさい。貴方に、恋をしてしまいました」
「なんで謝るの?」
「だって、いけないことだから」
優秀なアルファを産むためだけに育てられた。
恋などという感情を抱くなど、無謀でしかない。
自分は『運命の番』としか番えない。
自分の定めに大学生を巻き込むわけにはいかない。
それでも、このまま一生を終えるのは、あまりにも辛かった。
想いを伝えたのは、自分への慰めも含まれている。
「今の言葉は忘れてください。ただの戯言です」
オメガはなるべく笑顔を作る。
大学生に迷惑はかけられない。明日、屋敷に戻ろうと思った。
やはり、自分は与えられた使命を果たすしか生きる意味を持たない。
ほんの数ヶ月だったが、良い夢を見させてもらったと言い聞かせた。
しかし大学生はオメガを離さないと言って抱きしめた。
「俺こそごめん。本当は一目見た時から、君が運命の番だって気付いてた。でも今は、ここまでしかしてあげられない」
大学生は、今まで陰で家元の動きを監視していたと言った。
実は自分の寺とオメガの家元には因縁の関係にあり、オメガがその名前を言った時から、番以上の使命感を悟ったそうだ。
「十年以上前から寺に舞い込む変死体の原因に、どうやら君の家が絡んでいるのではないかと、睨んでいたんだ」
「それは……」
紛れもなく、半妖が精気を吸い取り生き絶えた人たちのことだろう。
オメガは震え始めた。自分が悪い。
全ては自分に責任がある。
「私を囲ったのは、祓うためだったのですね」
大学生の腕から逃れようとしたが、力で勝てるはずもない。
大学生は、抱きしめる腕に力を込めた。
「そうじゃない。君を救うためだ」
家元は、オメガがここに隠れている事に気づいていた。
半分は鬼。
妖の気配を感じられる人が存在しているのも当然だ。
オメガも薄々気づいてはいた。
しかし、とある時からその視線を感じなくなった。
「あ、向日葵……」
「そう。ジンクスみたいなもんだけどさ。鬼の気配を消すことができるって爺ちゃんに聞いたの思い出して」
大学生は、家元の悪事をもうすぐ暴けるのだと言った。
「全部解決したら、俺と番になってください」
一目惚れだったと耳元で囁かれ、我慢していた欲が溢れ出してしまった。
ヒートを起こしている。今すぐこのアルファが欲しい。
その時が来るまで待てと言われたばかりなのに。
「やば。今までで一番甘い香りがしてる」
「だって。だって。私は……貴方が欲しくて堪らない」
「折角今まで我慢したのに」
大学生は初めて口付けてくれた。
深く交わる吐息は、さらに二人の劣情をそそる。
「ダメだ。早くやめないと。居場所がバレる」
「私はもう何も怖くありません。貴方のことは守ってみせます」
「ばーか、俺が守るんだよ」わざと額を人差し指で突く。
大学生は「作戦変更」と言い、「今から番になろう」と言った。
「本当に?」
「あぁ、君のフェロモンは過剰に出るとアルファ以外にも届いてしまう。でももう、殆どあの家は追い詰めてるし、いっそ番になったほうが君を守れるかも。って、半分は本当で半分は言い訳。約束破っちまうけど、抱きたくて仕方ない」
「嫌じゃない。誰かと繋がりたいと思ったのは、貴方が初めて」
今度はオメガから口付けた。
大学生はベッドにそっと寝かせると「絶対に優しくする」と言って隅々まで愛してくれた。
どこに触れられても気持ちいい。誰かに触れられても、嫌悪感しかなかったのが嘘のようだった。もっと触って欲しい。
まるで天にも登るようだ。大学生の手は暖かくて、優しくて、力強く愛撫する。
本能が彼を求めていた。
これでもし、運命が間違いだったなら、もし彼の精気を吸い取ってしまったら、その時は自分も追いかけようと思った。
しかしそれは杞憂に終わることとなる。
「君を抱くほどに、パワーが漲る気がする」なんて言い出した。
激しく腰を打ちつけるたびに、絶頂を迎える。番になるまでに、オメガは何度も果てた。
一晩中愛し合った末、二人は番になった。
頸に刻まれた歯型がそれを証明した。こんな幸せはないと、オメガは涙する。
それでも大学生は冷静だ。
「最後の仕上げをしなくちゃね。君の家族を暴くことになるけど」
両親からは、バース性を発症した時から我が子として扱ってくれたことはない。
どんな感情も持てなかった。
大学生は実家の人達と協力し、不法なアルファの売買を暴いた。
家元は終わりを告げた。
その最後に花を添えることもなく、あっけなく枯れて散った。
オメガと大学生は、ゆったりと過ごせるマンションに引っ越した。
「ここなら思う存分声も出せるな」なんて嬉しそうにしている。
「貴方がわざと仕向けてるんでしょ」
「だって、かわいい君がいけないんだ」
大学生は、恥ずかしくなるような愛の言葉を毎日贈ってくれる。
オメガからも言いたいけれど、感情が昂った時にしか言えなかった。
彼はそれで十分だと言ってくれる。
「あの、半妖のことなのですが」
「うん、なに?」
「番になると、その体液を定期的に補充しないといけなくて」
「そうなんだ。だから?」
「あの……できれば……定期的に提供していただきたく……」
「なんだよハッキリ言ってよ。俺に抱かれたいって。毎日でも触れ合いたいって思ってるの、俺だけ?」
オメガは思わず笑ってしまった。
「あ、笑った」
自分で笑ったことに驚きを隠せない。
「笑ってもかわいい」と、頬に手を当てる。
感情が昂ると、小さな鬼のツノが出てしまう。大学生はそれを楽しんでいる風でもある。
ツノが性感帯だと気づかれるのも割と直ぐだった。
そこを弄るのはベッドへと誘っている意味なので、オメガは嬉しく思っている。
その後、オメガは大学生との間に、優秀なアルファの子供を産んで幸せに暮らした。
おしまい。
オメガは『運命の番』以外のアルファと番うことができない。
それどころかアルファの精気を吸収し、死に至らせる。
バース性を発症してからは、私室に閉じ込められ運命の番と出会うまで数々のアルファの相手をしてきた。
しかし運命の番とは出会うこともできず、どのアルファも皆、半妖の餌食となる他なかった。
オメガは誰とも性行したくない。
これ以上、人を殺めたくなかった。
それでも、半妖からは優秀なアルファが生まれるとされており、後世その家は繁栄すると信じられている。
両親は必死に名家のアルファをあてがった。
オメガは落ち込む時間も与えてもらえない。
嫌々訪れたアルファもいたが、牡丹を背負ったような美しいオメガの姿を目の当たりにすると、掌を返したように体を求めてきた。
「おやめください。私は貴方様を殺したくありません」
「そのような甘い香りで誘っておいて説得力のかけらもない。貴様の孔は、既にしとどに濡れているではないか」
こうしてまた一人、半妖に精気を奪われアルファが消えた。
「もう、嫌だ。こんな家に生まれなければ……」
オメガは家出をする事にした。アルファの精気をたっぷりと吸収したオメガは異能を使い、簡単に屋敷の外に出られた。
しかし、外の世界は十年以上ぶりで、どこに行けばいいのかも分からない。
頼れる人も誰一人としていなかった。
「これからどうしよう」
夜の町を宛もなく歩き始める。
着崩れた着物から白肌が見えている。
長い黒髪と華奢な体から、女性に間違われてしまった。
「お姉さん、夜中に一人でいると危ないよ」
見知らぬ男性に声をかけられる。
「いえ、私は男です」
「うわ、こりゃえらい美人だな。あんたなら男でも抱けそうだ。どうだい、ホテル代奢るし今夜の相手になってよ」
男性はオメガの腕を掴み、無理やり連れて行こうとした。
「やめてください」
「お前はフェロモンでアルファ誘っておいて。あぁ、イヤイヤ言って本当は好きってやつだな。そういうの、そそられるぜ」
「本当に、私はきっと貴方を殺してしまいます」
男性はそんな華奢な体でどうやって殺すつもりだと嘲け笑った。
「変な言い訳なんていらねぇんだよ。こっちはお前のフェロモンで昂って仕方ねぇ。もしかして、俺ら運命の番かもよ?」
下品に笑い飛ばすと、丁度近くにホテルがあると言って引きずり込もうとした。
オメガが力無く蹲ったところに一人の大学生が通りかかる。
「なぁ、おっさん。この人嫌がってんじゃん」
「なんだ?生意気な。これはただの照れ隠しってやつなんだよ。あっち行……」
男性が言い終わらないうちに、大学生の鋭い蹴りが腹に食い込んだ。
男性は声も出せず体をくの字に曲げ、痛みに耐えた。そこを再び蹴り飛ばすと、踏ん張りきれない膝から崩れ落ちた。
「ほら、今のうちに逃げるよ」
大学生はオメガの手を引き「頑張って走れ」と言って駆け出した。
「待って……」
これまで部屋に閉じ込められていたオメガは運動する体力はない。
走ろうとした時、足がもつれて転びそうになった。
「あ、ごめん。ちょっと失礼」
大学生は機敏に反応し、オメガを担ぎ、その場から走り去った。
「ここまで来れば大丈夫だろ」
静かな公園のベンチに座らせてくれた。
「危ないから家まで送る。どの辺?」
「……家は、ありません」
大学生は虚をついた顔になったが、
「もしかして、家出とか?」と察してくれた。
静かに頷くと「じゃあ、とりあえず俺のアパート来る?狭いけど」と提案する。
「今、会ったばかりなのに、良いんですか?」
「まぁ、これも縁だし。ここまでして、放っておけないでしょ」
大学生はあどけない顔で笑った。
彼は大学から程近いアパートに住んでいた。
「信じるかどうかはお任せします」と言って、事情を説明した。
大学生は「俺でも知ってる華道の流派の家元なんだね」と驚いた。
半妖には驚かないのか? と尋ねると、実は実家が寺で、そういう話を聞いたことがあると話した。
「行き先が決まるまで、居て良いからね」と言い、狭いアパートでの二人暮らしが始まる。
彼はそれ以上のことを何一つ問いただそうとしなかった。
家事のできないオメガの世話をせっせと焼く。
お礼にオメガらしく体を差し出せばいいのだが、そういうわけにもいかない。
この大学生を殺してしまえば、いよいよ行き場所を失う事になる。
オメガは有り難くも申し訳ない気持ちが募っていく。
大学生はとても優しく接してくれるが、僅かにもオメガに触れようとしなかった。
「今まで怖い思いをしてきたんだろ? 俺は絶対そんなことしないから」と、いつだって微笑んでくれる。
しかしオメガは彼がアルファだと気付いていた。
自分のフェロモンは普通のオメガよりも強いはずなのだ。
半妖の力もあり、アルファを目の前にすると自然とフェロモンを放出させる。
しかし大学生は、少しも効いていないかのように平然と過ごしている。
もどかしい日々が過ぎていく。異能を持っても相手の感情を操ることはできない。
何も反応がないのは、それほど自分に興味を持っていないのか……。
落ち込むオメガであったが、大学生にこの気持ちをどう伝えれば良いのか分からなかった。
ある時、大学生はオメガに花を買ってきた。
「最近落ち込んでるみたいだから。もし、家を思い出して嫌なら捨ててくるけど」
「欲しい!ありがとう」
鮮やかな黄色の向日葵。
夏になると部屋の窓から見えていた。
太陽を追いかけるように顔の向きを変える。
自分も光を追いかけて良いんだよ。と励まされているように感じていた。家を出ようと決心できたのも、向日葵が勇気をくれたから。
「この花、大好き」
「そっかぁ! 良かったぁ。花なんてプレゼントするの初めてだから緊張しちゃった」
嫌われてはいないのかと、少し安心したが、それでオメガの気が晴れるわけではない。
「あの……」
オメガは思い切って話をふる。
「なに?」とオメガの顔を覗き込んだ。
「私と一緒に居て、その……フェロモンを感じませんか?」
「俺がアルファだって気づいてたんだね。感じてるよ」
「でも触れようともしない」
「嫌がることはしないって約束しただろう?」
「じゃあ、私が触って欲しいと言ったら?」
困らせているとは自覚している。
それでもアルファを目の前にして、こんなにも体が疼くのは初めてなのだ。
最近では、もしかしてこの人が運命の番ではないか。なんて思い始めている。
「それは、まだダメだ」
「なぜ?」
大学生に縋り付く。
「抱きしめるくらいなら、問題ありませんから」
一度言い始めると、自分を止められなかった。
ここで住み始めてから、毎日毎日、彼の帰りを待ち侘びている自分に気がついた。
それがどういう種類の感情なのかも、自覚している。
こんなにも胸が締められそうなのは、これまでのアルファには感じたことがない。
それでも、もし運命の相手でないのなら、この恋は手放すべきだ。
ならば、せめてこの気持ちを伝えるくらい許してほしい。
「ごめんなさい。貴方に、恋をしてしまいました」
「なんで謝るの?」
「だって、いけないことだから」
優秀なアルファを産むためだけに育てられた。
恋などという感情を抱くなど、無謀でしかない。
自分は『運命の番』としか番えない。
自分の定めに大学生を巻き込むわけにはいかない。
それでも、このまま一生を終えるのは、あまりにも辛かった。
想いを伝えたのは、自分への慰めも含まれている。
「今の言葉は忘れてください。ただの戯言です」
オメガはなるべく笑顔を作る。
大学生に迷惑はかけられない。明日、屋敷に戻ろうと思った。
やはり、自分は与えられた使命を果たすしか生きる意味を持たない。
ほんの数ヶ月だったが、良い夢を見させてもらったと言い聞かせた。
しかし大学生はオメガを離さないと言って抱きしめた。
「俺こそごめん。本当は一目見た時から、君が運命の番だって気付いてた。でも今は、ここまでしかしてあげられない」
大学生は、今まで陰で家元の動きを監視していたと言った。
実は自分の寺とオメガの家元には因縁の関係にあり、オメガがその名前を言った時から、番以上の使命感を悟ったそうだ。
「十年以上前から寺に舞い込む変死体の原因に、どうやら君の家が絡んでいるのではないかと、睨んでいたんだ」
「それは……」
紛れもなく、半妖が精気を吸い取り生き絶えた人たちのことだろう。
オメガは震え始めた。自分が悪い。
全ては自分に責任がある。
「私を囲ったのは、祓うためだったのですね」
大学生の腕から逃れようとしたが、力で勝てるはずもない。
大学生は、抱きしめる腕に力を込めた。
「そうじゃない。君を救うためだ」
家元は、オメガがここに隠れている事に気づいていた。
半分は鬼。
妖の気配を感じられる人が存在しているのも当然だ。
オメガも薄々気づいてはいた。
しかし、とある時からその視線を感じなくなった。
「あ、向日葵……」
「そう。ジンクスみたいなもんだけどさ。鬼の気配を消すことができるって爺ちゃんに聞いたの思い出して」
大学生は、家元の悪事をもうすぐ暴けるのだと言った。
「全部解決したら、俺と番になってください」
一目惚れだったと耳元で囁かれ、我慢していた欲が溢れ出してしまった。
ヒートを起こしている。今すぐこのアルファが欲しい。
その時が来るまで待てと言われたばかりなのに。
「やば。今までで一番甘い香りがしてる」
「だって。だって。私は……貴方が欲しくて堪らない」
「折角今まで我慢したのに」
大学生は初めて口付けてくれた。
深く交わる吐息は、さらに二人の劣情をそそる。
「ダメだ。早くやめないと。居場所がバレる」
「私はもう何も怖くありません。貴方のことは守ってみせます」
「ばーか、俺が守るんだよ」わざと額を人差し指で突く。
大学生は「作戦変更」と言い、「今から番になろう」と言った。
「本当に?」
「あぁ、君のフェロモンは過剰に出るとアルファ以外にも届いてしまう。でももう、殆どあの家は追い詰めてるし、いっそ番になったほうが君を守れるかも。って、半分は本当で半分は言い訳。約束破っちまうけど、抱きたくて仕方ない」
「嫌じゃない。誰かと繋がりたいと思ったのは、貴方が初めて」
今度はオメガから口付けた。
大学生はベッドにそっと寝かせると「絶対に優しくする」と言って隅々まで愛してくれた。
どこに触れられても気持ちいい。誰かに触れられても、嫌悪感しかなかったのが嘘のようだった。もっと触って欲しい。
まるで天にも登るようだ。大学生の手は暖かくて、優しくて、力強く愛撫する。
本能が彼を求めていた。
これでもし、運命が間違いだったなら、もし彼の精気を吸い取ってしまったら、その時は自分も追いかけようと思った。
しかしそれは杞憂に終わることとなる。
「君を抱くほどに、パワーが漲る気がする」なんて言い出した。
激しく腰を打ちつけるたびに、絶頂を迎える。番になるまでに、オメガは何度も果てた。
一晩中愛し合った末、二人は番になった。
頸に刻まれた歯型がそれを証明した。こんな幸せはないと、オメガは涙する。
それでも大学生は冷静だ。
「最後の仕上げをしなくちゃね。君の家族を暴くことになるけど」
両親からは、バース性を発症した時から我が子として扱ってくれたことはない。
どんな感情も持てなかった。
大学生は実家の人達と協力し、不法なアルファの売買を暴いた。
家元は終わりを告げた。
その最後に花を添えることもなく、あっけなく枯れて散った。
オメガと大学生は、ゆったりと過ごせるマンションに引っ越した。
「ここなら思う存分声も出せるな」なんて嬉しそうにしている。
「貴方がわざと仕向けてるんでしょ」
「だって、かわいい君がいけないんだ」
大学生は、恥ずかしくなるような愛の言葉を毎日贈ってくれる。
オメガからも言いたいけれど、感情が昂った時にしか言えなかった。
彼はそれで十分だと言ってくれる。
「あの、半妖のことなのですが」
「うん、なに?」
「番になると、その体液を定期的に補充しないといけなくて」
「そうなんだ。だから?」
「あの……できれば……定期的に提供していただきたく……」
「なんだよハッキリ言ってよ。俺に抱かれたいって。毎日でも触れ合いたいって思ってるの、俺だけ?」
オメガは思わず笑ってしまった。
「あ、笑った」
自分で笑ったことに驚きを隠せない。
「笑ってもかわいい」と、頬に手を当てる。
感情が昂ると、小さな鬼のツノが出てしまう。大学生はそれを楽しんでいる風でもある。
ツノが性感帯だと気づかれるのも割と直ぐだった。
そこを弄るのはベッドへと誘っている意味なので、オメガは嬉しく思っている。
その後、オメガは大学生との間に、優秀なアルファの子供を産んで幸せに暮らした。
おしまい。
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
137
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる