BLツイノベ短編集

亜沙美多郎

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大阪出張でわんこ系の新人‪α‬に絆されるお話。

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 背中から、ずっしりと圧をかけられている。
「重い、退いてくれ」
「やって、先輩いつも甘い匂いで僕を誘うから」
「お前は大型犬を通り越して熊だな」
「そんな♡照れるやないですか♡ほな先輩は、僕に食べられちゃう蜂蜜ですね」
「……せめて形あるものに例えてくれ」

 急な出張で三ヶ月、大阪支所へ来た。

 新人のこいつに懐かれたのは、歓迎会の場がキッカケだ。
 下戸なのに断りきれずに飲んだところ、酔って気を抜いた途端ヒートを起こした。

 それにいち早く気付き、助けてくれたのがこの新人社員。

 アルファだから襲われるかと覚悟したが、オメガの俺に素早い措置で社宅まで送り届けてくれた。

 あの時、新人は俺の頸の傷跡に気付き、労わるように口付けた。

 これは番を解消した時の手術跡。オメガを発症した頃、高校の先輩から噛まれた。しかし全ての責任は自分にあると言い残し先輩は卒業していった。
 それ以来、会ってもいない。
 親の勧めもあり、上京前に手術を受けた。

 新人は手術跡について何も聞かなかったが、その口付けが全てを察したと示したように感じている。
 あの時の感触がずっと取れない。

 気まずくて素っ気ない態度を取ってしまうが、どうしても突き放せないでいる。

「先輩、大阪楽しめてます?」
「楽しむも何も、仕事で来てるだけだからな」
「そんなん勿体ないですて!! そうや、タコパしましょう。先輩のマンションで」
「しない!」
「僕んち道具揃ってるんで持って行きますわ」
「話を聞け! 匂いを嗅ぐな!」

 夫婦漫才と呼ばれるやり取りも恒例となりつつある、この現状を楽しんでいる節のある新人。
 それでも突き放せないのは、新人のお蔭で、マーキング効果を発揮しているからだ。

 抑制剤の効きが、日によってムラがあるのが昔からの悩み。しかしここに来てから、新人のアルファのフェロモンで守られているのは確実だった。

「なんでそんなに俺に構うんだ。他にもオメガはいるだろう?」
「そんな寂しい事言わんといてよ。僕は先輩の匂いが一番好きやのに」

 本当にたこ焼きの道具を持って、社宅へと押しかけてきた。
 手早く準備を進めながら、早くもビールを飲んでいる。

「俺の頸、見ただろう?」
「見た」
「同情でやってるなら、やめてくれ」
「同情なんかとちゃう。僕が今、何を言っても人の過去なんて変えられへん。でも、先輩の過去を一緒に背負わしてくれるなら、喜んで背負いたいって思う。それじゃアカン?」

 柄にもない、寂しそうな表情を見せられると、何も言い返せない。
 新人はその後、何事もなかったかのようにいつも通りに戻った。

 ビールを飲んだのは、泊まるための口実だったと最初から気付いていた。それでも止めなかった自分の気持ちに、素直になる時がきたように思った。

『この三ヶ月間で先輩を落として見せる』と宣言されていたのを思い出す。
 まんまと、落とされた。

 この夜、初めて新人と一線を超えた。体の関係を持ったのは、高校の先輩に噛まれた時以来だった。
 トラウマになっていたのもあり、その後誰とも関係を持てないでいた。

「こんなに大切にされたのは初めてだから、正直どんな風にすればいいのか分からない」
「僕のことだけ見てればええねん」

 新人から抱かれている間、過去のしがらみから解き放たれたように感じた。

 新人と付き合い始めた噂は、社内で瞬く間に広まった。

「まだ付き合ってなかったんですね」なんて言われる始末。

 そんな風に見られていたことに驚きつつも、少し肩の力が抜けた感じがする。

 出張が終わったら遠距離なのは確定しているが、あいつとなら上手くやっていけそうな気さえする。

 殆ど初恋に近い恋愛に、浮かれている。

 新人は殆ど自分の社宅に住み着いていて、同棲同然の生活を送っていた。
 毎日求められるのも、口では嫌だと言いながら喜んでいる自分がいる。
 それを見抜いてくれているのも、一種の優越感に近い感情があった。

 仕事も恋愛も全てが順調。

 少しずつ街も出歩くようになっていた。
 新人が一緒なら、苦手な人混みも平気な気がした。

 しかし人生はそう甘くはない。トラウマの元凶に、バッタリ再会する可能性を、完全に忘れていた。

「お前、まさか……」
 新人と入った居酒屋に、頸を噛んだ先輩がいた。一緒にいる女が誰だと聞いている。
「こいつさ、高校ん時、俺を誑かしたオメガやねん。ホンマ、最悪や」

 その一言で新人は顔色を変えた。何もするなと、服を引っ張る。
 店を変えようと踵を返した時、背後から大声で言われた。

「お兄さん、そいつフェロモンで男を誘うホモやから。気をつけたほうがええで」
 酔っているのもあり、下品に笑っている。

 新人が今にも殴りかかるほどの勢いで、先輩の胸ぐらを掴んだ。
「そんなら俺もホモやねん。悪いか? 俺の番、傷付けるやつは絶対許さんからな」

 あまりの威圧にたじろく元番の先輩。連れの女が戸惑っている。客の視線を一斉に浴びていた。

 そんな混み合った店内で、新人は元番の先輩に見せつけるように俺にキスをした。

「おまっ、何やって……」
「折角やから自慢しとこう思て。僕の番、めちゃ素敵やろって」

 得意げに笑う新人。
 酔っ払いの客から「もっとやれ」なんて声が飛び交う中、新人を店の外に引っ張り出した。

「好き勝手やりすぎやねん」
「先輩の関西弁! ってか、地元こっちやったんやね」
「……嫌な思い出しかなくて。手術して上京した。出張さえなけりゃ、帰ってくることもなかった」
「そっか。同じ会社でよかった」
 抱きしめて頬にキスをする。

「路上では、やめろて……」
「焦ったら方言戻るんオモロい」
「揶揄うなよ」
「好きな子、虐めたいタイプかもしれん」

 いつの間にか笑っていた。
 こんなに笑えるようになったのは、バース性を発症してからは初めてのように思う。

 出張期間を終え、また東京に戻る頃。新人と社宅で一日中抱き合った。

「抱いても抱いても先輩が足りひん」
「満足するまですればいいだろ。次、いつ会えるか分からないんだし」
「え? あ、そうか。僕まだ言ってなかったんやった。僕も東京行くよ? 転勤で……」
「は? いつ?」
「先輩と一緒に♡向こうで落ち着いたら番になりましょね、先輩♡」

おしまい。
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