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海星が伊央の家を後にし、叶翔と二人きりになる。
叶翔はさっき海星から受け取った注射を腿に打った。伊央の匂いはどうしても消えない。もしかすると、自分が伊央を求め過ぎているのかもしれないと叶翔は思った。
直ぐに伊央の隣に行きたいが、薬が効くまでは動けない。
いつもの伊央なら、もう泣いているだろうに、海星に対しての報いなのか必死に泣くのを堪えている。今、近づけないのはかえって都合が良かったように思えた。
きっと伊央は叶翔に抱きしめられた瞬間、緊張の糸が切れてしまうだろう。
抑制剤が効くまでの数十分ほどを、可能な限りの距離を取り、話しかけるのも控えた。
その間、伊央は海星との出会いから今までを振り返っていた。
海星と出会ってからまだ一年も経っていない。なのに、伊央のことを理解しようと努力してくれた。心の拠り所になってくれた。一緒にいる時も、それぞれの家で過ごしている時も、隙あらば笑わそうとしてくれた。
最後に「ありがとうと言って欲しい」と言った海星。
伊央は今になってようやく心からの「ありがとう」が言えた。
突然変異でオメガになり、高校生活がどうなるのか不安で仕方なかった伊央を救ってくれたのは紛れもない海星だ。
素直になれなくて、自分の気持ちも上手に伝えられない。それでも伊央を信じてくれていた。
ありがとうだけじゃ海星への感謝の気持ちは伝え切れないけれど、伊央の知っている言葉ではそれでしか伝えようがない。
「ありがとう……ありがとう……」
どれだけ感謝の言葉を零しても、もう本人には届かない。
それでも伊央は繰り返し何度もありがとうと言った。思い出される海星の顔は、笑顔ばかりだ。
「伊央、そっち行っていい?」
叶翔の薬が効き始め、伊央に話しかけた。
伊央は口を閉じ、頷いた。
やおら立ち上がった叶翔は、一歩部屋に足を踏み入れると一旦止まり、匂いを確認している。
「うん、大丈夫」と呟くと、さっきまで海星が座っていた場所に腰を下ろす。
「ごめんな」
叶翔は海星とは真逆の言葉を伊央に伝える。
「辛かっただろ」と、続けた。
「怖かったよな。突然俺が伊央の匂いが復活してるなんて言い出すし、病院行ったら海星と番じゃなくなってるなんて言われるし、その上、俺との子供を妊娠してるなんて……もし俺が伊央だったとしても、どうして良いのか分からずに混乱したよ」
伊央は叶翔が同情したことに困惑を隠せない。
「なんで……」
「ん?」
「なんで、僕を怒らないの? 僕は、叶翔にはもっと相応しい人がいるって勝手に思い込んで、距離を置こうとした。海星君のこと、本気で好きになりかけてた。このまま、叶翔を忘れられたらって……何度も考えた。なのに……」
「それでもさ、伊央の本能がそれをさせなかったんだろ? 伊央の細胞に刻み込まれた俺への想いが、それをさせなかった」
叶翔は伊央を責めもしないで穏やかな口調のまま話す。
伊央に気遣ってのことかと思ったが、そうでもないようだ。高校生になってから散々迷惑をかけたにも関わらず、まるで『今が良ければ全て良し』みたいに言うじゃないか。
叶翔に叱られたいのか……と聞かれると、それは叱られたくはない。だけど声を荒げて怒鳴られても文句も言えないほどの行動ばかりとってきた。
その時は伊央も必死であったが、今思い返すと、叶翔と喧嘩をしたあの日から、どこかで叶翔が無理矢理でも伊央を奪ってくれるのを期待していたのかもしれない。
自分はなんて子供なんだと嫌気がさす。
結局は叶翔と海星、どちらからも守られて過ごした日々であった。
「僕……もっと強くなりたい」
そう呟くと、叶翔は「なんだそれ」と声を出して笑った。
「急に突拍子もない答え出すの、本当に伊央だよな」
「もう誰にも迷惑かけたくない」
「そんなの伊央じゃねぇじゃん」
「だって、自分のせいで人を傷つけるなんて、もう嫌だよ」
「……まぁ、な」
叶翔も海星を思い出したように頷いた。
「じゃあ、強くなる一歩を進もうか」
「どうやって?」
「まずは素直に自分の気持ちを話す! ……とか? 今、伊央は何を思ってる?」
「やっぱり……海星君には謝りたい。番が無効化されたって言われた時は悲しかった。それと……でも……赤ちゃんは産みたい」
叶翔はそこまで聞くと、海星とは改めて時間を設けようと提案してくれた。
妊娠についても、叶翔も産んで欲しいし、ちゃんと父親にならせてくださいと改めて言われた。
でもそれに関しては、二人だけの問題ではなくなるから、おいおいちゃんと話し合おうと話をまとめてくれた。
「そんで? 俺のことはどう思ってる?」
「……あの……でも……好きです」
ようやく素直に自分の気持ちを伝えられた。もっと堂々と言いたいが、やはりいきなり強くはなれないようだ。
叶翔は「でもって何よ」と笑いながら、伊央の髪を掻き乱した。
叶翔はさっき海星から受け取った注射を腿に打った。伊央の匂いはどうしても消えない。もしかすると、自分が伊央を求め過ぎているのかもしれないと叶翔は思った。
直ぐに伊央の隣に行きたいが、薬が効くまでは動けない。
いつもの伊央なら、もう泣いているだろうに、海星に対しての報いなのか必死に泣くのを堪えている。今、近づけないのはかえって都合が良かったように思えた。
きっと伊央は叶翔に抱きしめられた瞬間、緊張の糸が切れてしまうだろう。
抑制剤が効くまでの数十分ほどを、可能な限りの距離を取り、話しかけるのも控えた。
その間、伊央は海星との出会いから今までを振り返っていた。
海星と出会ってからまだ一年も経っていない。なのに、伊央のことを理解しようと努力してくれた。心の拠り所になってくれた。一緒にいる時も、それぞれの家で過ごしている時も、隙あらば笑わそうとしてくれた。
最後に「ありがとうと言って欲しい」と言った海星。
伊央は今になってようやく心からの「ありがとう」が言えた。
突然変異でオメガになり、高校生活がどうなるのか不安で仕方なかった伊央を救ってくれたのは紛れもない海星だ。
素直になれなくて、自分の気持ちも上手に伝えられない。それでも伊央を信じてくれていた。
ありがとうだけじゃ海星への感謝の気持ちは伝え切れないけれど、伊央の知っている言葉ではそれでしか伝えようがない。
「ありがとう……ありがとう……」
どれだけ感謝の言葉を零しても、もう本人には届かない。
それでも伊央は繰り返し何度もありがとうと言った。思い出される海星の顔は、笑顔ばかりだ。
「伊央、そっち行っていい?」
叶翔の薬が効き始め、伊央に話しかけた。
伊央は口を閉じ、頷いた。
やおら立ち上がった叶翔は、一歩部屋に足を踏み入れると一旦止まり、匂いを確認している。
「うん、大丈夫」と呟くと、さっきまで海星が座っていた場所に腰を下ろす。
「ごめんな」
叶翔は海星とは真逆の言葉を伊央に伝える。
「辛かっただろ」と、続けた。
「怖かったよな。突然俺が伊央の匂いが復活してるなんて言い出すし、病院行ったら海星と番じゃなくなってるなんて言われるし、その上、俺との子供を妊娠してるなんて……もし俺が伊央だったとしても、どうして良いのか分からずに混乱したよ」
伊央は叶翔が同情したことに困惑を隠せない。
「なんで……」
「ん?」
「なんで、僕を怒らないの? 僕は、叶翔にはもっと相応しい人がいるって勝手に思い込んで、距離を置こうとした。海星君のこと、本気で好きになりかけてた。このまま、叶翔を忘れられたらって……何度も考えた。なのに……」
「それでもさ、伊央の本能がそれをさせなかったんだろ? 伊央の細胞に刻み込まれた俺への想いが、それをさせなかった」
叶翔は伊央を責めもしないで穏やかな口調のまま話す。
伊央に気遣ってのことかと思ったが、そうでもないようだ。高校生になってから散々迷惑をかけたにも関わらず、まるで『今が良ければ全て良し』みたいに言うじゃないか。
叶翔に叱られたいのか……と聞かれると、それは叱られたくはない。だけど声を荒げて怒鳴られても文句も言えないほどの行動ばかりとってきた。
その時は伊央も必死であったが、今思い返すと、叶翔と喧嘩をしたあの日から、どこかで叶翔が無理矢理でも伊央を奪ってくれるのを期待していたのかもしれない。
自分はなんて子供なんだと嫌気がさす。
結局は叶翔と海星、どちらからも守られて過ごした日々であった。
「僕……もっと強くなりたい」
そう呟くと、叶翔は「なんだそれ」と声を出して笑った。
「急に突拍子もない答え出すの、本当に伊央だよな」
「もう誰にも迷惑かけたくない」
「そんなの伊央じゃねぇじゃん」
「だって、自分のせいで人を傷つけるなんて、もう嫌だよ」
「……まぁ、な」
叶翔も海星を思い出したように頷いた。
「じゃあ、強くなる一歩を進もうか」
「どうやって?」
「まずは素直に自分の気持ちを話す! ……とか? 今、伊央は何を思ってる?」
「やっぱり……海星君には謝りたい。番が無効化されたって言われた時は悲しかった。それと……でも……赤ちゃんは産みたい」
叶翔はそこまで聞くと、海星とは改めて時間を設けようと提案してくれた。
妊娠についても、叶翔も産んで欲しいし、ちゃんと父親にならせてくださいと改めて言われた。
でもそれに関しては、二人だけの問題ではなくなるから、おいおいちゃんと話し合おうと話をまとめてくれた。
「そんで? 俺のことはどう思ってる?」
「……あの……でも……好きです」
ようやく素直に自分の気持ちを伝えられた。もっと堂々と言いたいが、やはりいきなり強くはなれないようだ。
叶翔は「でもって何よ」と笑いながら、伊央の髪を掻き乱した。
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