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海星が叶翔を振り返りながら睨みつけた。
それでも叶翔の目は座ったまま、海星を捉えている。
「ごめん、もう一回言うけど、伊央に触れないで」
その威圧に海星は「うっ……」と唸ると、差し出した手を下ろした。
アルファの格が違う。
元々、アルファ性が強い上に特殊性だ。その違いがこれほどまでとは、驚きを隠せない。
海星が腕を下ろすと、叶翔から放たれる圧は和らいだ。
叶翔は伊央に再び目を向け、「伊央、今は抱きしめてやれないけど、ちゃんと言える?」と促す。
伊央も、海星には聞かれたくないことも、全て話さなければならないと、ようやく覚悟が決まった。
「僕と、叶翔の相性がいいから叶翔が獣化したって。それで……その……」
「うん、ゆっくりでいいから。深呼吸して」
「僕が……僕が、叶翔を受け入れたいって本能が働いたことで、叶翔のアルファ細胞が馴染んできてる」
ここまでは知らなかった海星は頭を抱えた。
やはり、伊央は自分のものにはならなかった。どんなに頑張っても、伊央の心の中から叶翔を消し去ることはできなかった。
叶翔は驚きながらもまた顔を綻ばせる。
「なんだよ、それって告白じゃん」
「そっ!! そんなんじゃ……」
「でもさ、俺との子供だって言われても、産みたいって思ってくれたんだろ?」
「そうだけど……」
「たとえば、海星には酷な質問になっちゃうけど、もしもお腹の赤ちゃんが海星との子供だって言われたら、二人はどうしてた?」
叶翔の言葉に、困ったのは海星だった。
まだ高校一年生。番にはなりたかったけれど、その先までは考えていなかった。
叶翔の子供だと言われてショックだった。一瞬は自分が父親の代わりに……という考えも浮かんだ。でもそれを口に出せなかったのは、伊央が叶翔への想いを断ち切れていないと悟ったからではなく、自分が父親になれる自信がなかったからだ。
なのに、叶翔は自分の子供だと言われて手放しに喜んだ。自分との子供を産んで欲しいと言った。
即答で、なんの躊躇いもなく伊央の気持ちを汲み取った。
海星は自分の対応をなんて愚かだったのかと悔いた。
伊央に「別れたいのか」と詰め寄り、責めた。
自分の望む診断結果じゃなかったからだ。
「———伊央、俺……本当にごめん」
「海星君がなんで謝るの?」
「だって、今一番混乱して、悩んでるのは伊央だし、伊央の体のことを心配して一緒に病院に行ったのに、別れるかどうかなんて、今話すべきじゃない……。俺は、伊央と別れたくなくて、焦ってしまって……」
「そんな風に言わないで。僕はずっと海星君に甘えられて、支えられて、ずっと幸せだった。今日も一緒に病院に来てくれて嬉しかった」
「でも、俺たちの関係は今日で終わりだよ。伊央にはどうしても叶翔が必要で、俺は……友達に戻るしかない」
海星は伊央から少し離れた。近くにいると、抱きしめたくなるからと言った。
叶翔は黙って二人を見守っている。海星がどんな決断を出すのか、叶翔は察しているような気もする。
海星は少しの間、黙り込んで下を向いていたが、大きく息を吐くと伊央を真っ直ぐに捉え「今まで、夢を見させてくれてありがとう」と、精一杯の笑顔を見せる。泣きそうなのをぐっと堪えて笑った。
どんなに足掻いても自分の居場所はここにはなく、伊央はこれから子供の成長と共に、海星を頼らなくなるだろう。
「一人でも育てる」と言った。海星を頼るとは言わなかった。もう一度噛んでほしいとも言わなかった。
本能が叶翔のアルファ細胞を受け入れていると言われ、これからはそれをどんどん自覚していくのだ。
「海星君……ごめ……ごめんなさい」
伊央は最後まで優しい海星に謝ることしか出来ない。それでも海星を目の前にすると、とてもじゃないけれど叶翔との子供を一緒に育てて欲しいなんて言葉は出てこなかった。
そんな酷な人生を彼に背負わせてはいけない。産むなら、一人で育てるしかない。そう思ってしまった。
裏切ってごめんなさい。傷付けてごめんさない。番じゃなくなってしまってごめんなさい。
どんなに謝っても、許されることではない。いや、許さないで欲しい。
沢山間違えてしまった伊央のことを……。
泣きながらそう伝えると、海星は「伊央、顔を上げて」と声をかける。
「あのさ……最後くらい、ありがとうって言ってよ。叶翔の前で、俺といて楽しかったとか、幸せだったとか、なんか見せつけないと、悔しいじゃん。今くらい、カッコつけさせて。俺から、去ってくからさ」
海星はもう涙を止めていた。
「楽しかった。嬉しかった。ありがとう、海星君。……ありがとう……」
「ん、俺も。伊央といた時間、すげー幸せだった。涙は、叶翔に拭いてもらいなよ」
海星は立ち上がると、テーブルを除け、さっき預かった注射を叶翔に返した。
「伊央のこと泣かせたら、番じゃなくても何がなんでも奪うからな」
「もう、泣かせねぇよ」
階段を降り、玄関のドアが閉まった。
「———海星君、ありがとう……」
伊央は泣きたいのを我慢した。ここで泣けば、それこそ海星に対して失礼だと思った。
海星が「泣くな」と言うなら、伊央はもう決して泣かないと心に誓った。
それでも叶翔の目は座ったまま、海星を捉えている。
「ごめん、もう一回言うけど、伊央に触れないで」
その威圧に海星は「うっ……」と唸ると、差し出した手を下ろした。
アルファの格が違う。
元々、アルファ性が強い上に特殊性だ。その違いがこれほどまでとは、驚きを隠せない。
海星が腕を下ろすと、叶翔から放たれる圧は和らいだ。
叶翔は伊央に再び目を向け、「伊央、今は抱きしめてやれないけど、ちゃんと言える?」と促す。
伊央も、海星には聞かれたくないことも、全て話さなければならないと、ようやく覚悟が決まった。
「僕と、叶翔の相性がいいから叶翔が獣化したって。それで……その……」
「うん、ゆっくりでいいから。深呼吸して」
「僕が……僕が、叶翔を受け入れたいって本能が働いたことで、叶翔のアルファ細胞が馴染んできてる」
ここまでは知らなかった海星は頭を抱えた。
やはり、伊央は自分のものにはならなかった。どんなに頑張っても、伊央の心の中から叶翔を消し去ることはできなかった。
叶翔は驚きながらもまた顔を綻ばせる。
「なんだよ、それって告白じゃん」
「そっ!! そんなんじゃ……」
「でもさ、俺との子供だって言われても、産みたいって思ってくれたんだろ?」
「そうだけど……」
「たとえば、海星には酷な質問になっちゃうけど、もしもお腹の赤ちゃんが海星との子供だって言われたら、二人はどうしてた?」
叶翔の言葉に、困ったのは海星だった。
まだ高校一年生。番にはなりたかったけれど、その先までは考えていなかった。
叶翔の子供だと言われてショックだった。一瞬は自分が父親の代わりに……という考えも浮かんだ。でもそれを口に出せなかったのは、伊央が叶翔への想いを断ち切れていないと悟ったからではなく、自分が父親になれる自信がなかったからだ。
なのに、叶翔は自分の子供だと言われて手放しに喜んだ。自分との子供を産んで欲しいと言った。
即答で、なんの躊躇いもなく伊央の気持ちを汲み取った。
海星は自分の対応をなんて愚かだったのかと悔いた。
伊央に「別れたいのか」と詰め寄り、責めた。
自分の望む診断結果じゃなかったからだ。
「———伊央、俺……本当にごめん」
「海星君がなんで謝るの?」
「だって、今一番混乱して、悩んでるのは伊央だし、伊央の体のことを心配して一緒に病院に行ったのに、別れるかどうかなんて、今話すべきじゃない……。俺は、伊央と別れたくなくて、焦ってしまって……」
「そんな風に言わないで。僕はずっと海星君に甘えられて、支えられて、ずっと幸せだった。今日も一緒に病院に来てくれて嬉しかった」
「でも、俺たちの関係は今日で終わりだよ。伊央にはどうしても叶翔が必要で、俺は……友達に戻るしかない」
海星は伊央から少し離れた。近くにいると、抱きしめたくなるからと言った。
叶翔は黙って二人を見守っている。海星がどんな決断を出すのか、叶翔は察しているような気もする。
海星は少しの間、黙り込んで下を向いていたが、大きく息を吐くと伊央を真っ直ぐに捉え「今まで、夢を見させてくれてありがとう」と、精一杯の笑顔を見せる。泣きそうなのをぐっと堪えて笑った。
どんなに足掻いても自分の居場所はここにはなく、伊央はこれから子供の成長と共に、海星を頼らなくなるだろう。
「一人でも育てる」と言った。海星を頼るとは言わなかった。もう一度噛んでほしいとも言わなかった。
本能が叶翔のアルファ細胞を受け入れていると言われ、これからはそれをどんどん自覚していくのだ。
「海星君……ごめ……ごめんなさい」
伊央は最後まで優しい海星に謝ることしか出来ない。それでも海星を目の前にすると、とてもじゃないけれど叶翔との子供を一緒に育てて欲しいなんて言葉は出てこなかった。
そんな酷な人生を彼に背負わせてはいけない。産むなら、一人で育てるしかない。そう思ってしまった。
裏切ってごめんなさい。傷付けてごめんさない。番じゃなくなってしまってごめんなさい。
どんなに謝っても、許されることではない。いや、許さないで欲しい。
沢山間違えてしまった伊央のことを……。
泣きながらそう伝えると、海星は「伊央、顔を上げて」と声をかける。
「あのさ……最後くらい、ありがとうって言ってよ。叶翔の前で、俺といて楽しかったとか、幸せだったとか、なんか見せつけないと、悔しいじゃん。今くらい、カッコつけさせて。俺から、去ってくからさ」
海星はもう涙を止めていた。
「楽しかった。嬉しかった。ありがとう、海星君。……ありがとう……」
「ん、俺も。伊央といた時間、すげー幸せだった。涙は、叶翔に拭いてもらいなよ」
海星は立ち上がると、テーブルを除け、さっき預かった注射を叶翔に返した。
「伊央のこと泣かせたら、番じゃなくても何がなんでも奪うからな」
「もう、泣かせねぇよ」
階段を降り、玄関のドアが閉まった。
「———海星君、ありがとう……」
伊央は泣きたいのを我慢した。ここで泣けば、それこそ海星に対して失礼だと思った。
海星が「泣くな」と言うなら、伊央はもう決して泣かないと心に誓った。
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