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「魘されてた」
怖い夢でも見たのか? と、心配そうに海星は伊央の顔を覗き込む。泣き腫らした瞼で視界が霞むが、海星が鼻がつきそうなほど顔を近付けたため、思わず頬を寄せた。
合鍵を使って家に入ったようだ。いつ来たのかも気付かないくらい熟睡していた。それでも体の怠さは寝ても回復の兆しは感じられない。でも海星が匂いに反応しないから、ヒートではないとだけは判断できた。
叶翔との時間、余程気を張っていたのだろうと思う。
喉が枯れて声が出ない。喋ろうとすると咳き込んでしまい、海星は慌てて背中を撫でてくれた。
海星の耳元に口を寄せ、ヒソヒソ声で叶翔と話した内容を打ち明けた。噛み跡を上書きしたいと言われ、断ったと言うと、海星は目を丸くした。
「伊央はそれで良かったの?」
最初の海星との約束では、伊央が他の人と番になりたいと思った時は上書きして貰えばいいとのことだった。海星はどこかで最終的に伊央は叶翔を選ぶだろうと考えていたようだ。
伊央は海星の問いに、頷いて答えた。
海星の表情は、曇っているとも嬉しいとも取れる。
伊央は叶翔を諦めたとはいえ、海星となら自分も釣り合うとか、そんな自惚れた事を思っているわけではない。自分と番になってくれてとても感謝しているし、あの瞬間、伊央は心から幸せだと思った。
叶翔からの申し出を断ったと知れば、海星は手放しで喜んでくれると期待していたが、それは思い上がりだったか……。
「海星くん……?」
掠れた声で話しかけると、海星はハッとしていつもの笑顔に戻った。
「いや、嬉しいんだ。伊央が俺を選んでくれて。正直、叶翔本人から告白された時は、きっと伊央は俺の元から去っていくんだろうなって思ってたから。伊央が叶翔を好きだって知ってるしさ、俺はその隙間に入り込んだだけだし、伊央がもしも叶翔が良いって思った時は、身を引く覚悟をしてたつもりだったんだけど……」
海星はややあって、「ありがとう」と照れたように笑った。
伊央は海星の首に腕を回し引き寄せる。海星も伊央の首元に顔を埋め、匂いを確認していた。
「この匂いを独り占めしてるって思うと、すげー優越感」
海星が話す度に、首に吐息がかかってくすぐったい。伊央を独り占めしても、誰も羨ましいなど思わないだろうと思うが、大切にされているのが嬉しい。
海星が「食欲はある?」と聞いてきたので「ない」と答えた。それよりも眠くて眠くて仕方ないのだ。海星がいると分かり、余計に気が抜けたのもありそうだ。海星は少しくらいは食べて欲しいと呟きながら、コンビニで水分だけ買ってくると言って立ち上がる。
伊央は海星が出かけている間にもまた眠った。それを見た海星は余程気を使ったのかと思ったようだ。
「今日はこのままゆっくり寝て、明日になっても回復しなければ病院へ行こう」
海星は伊央が眠るのを見届けてから帰っていった。
これもオメガの症状の一つなのだろうか……。初めてのことだらけで、疲労によるものなのか、病気なのか、オメガの性が関係しているのか、よく分からない。
それでも翌日は学校に行けるほどになっていたので、海星に大丈夫とのメッセージを送り、身支度を整えた。
風紀委員の活動は休み、学校の最寄り駅で海星と待ち合わせをする。
「よく寝れたみたいだな」
伊央の顔色を見て、海星も安心したようだ。
「今日、一応保険の先生に相談してみようと思ってる」
「それがいいな。昼休みにでも、付き添うか?」
「うん、一緒に来てくれると嬉しいよ」
教室へ入ると、悠馬が心配そうに駆け寄った。昨日休んだから今日一日はこんな感じが続くだろう。
「海星君といるからって、強靭な肉体を手に入れた能登は違うんだからね。本当に、無理しないでよ?」
母親でもそこまで言わない……と思うくらい、悠馬のお説教は続いた。海星も隣で苦笑いを浮かべながら聞いている。
「全く。ただでさえ海星君と付き合い始めてから、僕との時間は皆無に等しいくらい減ってるんだ。せめて健康には気をつけてよ」
構わず続ける悠馬の意見もごもっともであると、二人で頭を下げる。
昼休みは三人でお弁当を食べ、保健室へも三人で行った。保健の先生の話を聞けば流石の悠馬も納得するだろうと思い、誘ってみたところ、二つ返事でついて来た。先生の話では、体調不良の原因がヒートでもないし、オメガの性でなったとは考え難いということだった。伊央よりも悠馬がホッと肩を撫で下ろす。
「風邪でも引きかけたんじゃない? 季節の変わり目だしね」
一応寝て行ってもいいと言ってくれたが、今日はそこまで悪いってわけではありませんと言って、保健室を後にした。
怖い夢でも見たのか? と、心配そうに海星は伊央の顔を覗き込む。泣き腫らした瞼で視界が霞むが、海星が鼻がつきそうなほど顔を近付けたため、思わず頬を寄せた。
合鍵を使って家に入ったようだ。いつ来たのかも気付かないくらい熟睡していた。それでも体の怠さは寝ても回復の兆しは感じられない。でも海星が匂いに反応しないから、ヒートではないとだけは判断できた。
叶翔との時間、余程気を張っていたのだろうと思う。
喉が枯れて声が出ない。喋ろうとすると咳き込んでしまい、海星は慌てて背中を撫でてくれた。
海星の耳元に口を寄せ、ヒソヒソ声で叶翔と話した内容を打ち明けた。噛み跡を上書きしたいと言われ、断ったと言うと、海星は目を丸くした。
「伊央はそれで良かったの?」
最初の海星との約束では、伊央が他の人と番になりたいと思った時は上書きして貰えばいいとのことだった。海星はどこかで最終的に伊央は叶翔を選ぶだろうと考えていたようだ。
伊央は海星の問いに、頷いて答えた。
海星の表情は、曇っているとも嬉しいとも取れる。
伊央は叶翔を諦めたとはいえ、海星となら自分も釣り合うとか、そんな自惚れた事を思っているわけではない。自分と番になってくれてとても感謝しているし、あの瞬間、伊央は心から幸せだと思った。
叶翔からの申し出を断ったと知れば、海星は手放しで喜んでくれると期待していたが、それは思い上がりだったか……。
「海星くん……?」
掠れた声で話しかけると、海星はハッとしていつもの笑顔に戻った。
「いや、嬉しいんだ。伊央が俺を選んでくれて。正直、叶翔本人から告白された時は、きっと伊央は俺の元から去っていくんだろうなって思ってたから。伊央が叶翔を好きだって知ってるしさ、俺はその隙間に入り込んだだけだし、伊央がもしも叶翔が良いって思った時は、身を引く覚悟をしてたつもりだったんだけど……」
海星はややあって、「ありがとう」と照れたように笑った。
伊央は海星の首に腕を回し引き寄せる。海星も伊央の首元に顔を埋め、匂いを確認していた。
「この匂いを独り占めしてるって思うと、すげー優越感」
海星が話す度に、首に吐息がかかってくすぐったい。伊央を独り占めしても、誰も羨ましいなど思わないだろうと思うが、大切にされているのが嬉しい。
海星が「食欲はある?」と聞いてきたので「ない」と答えた。それよりも眠くて眠くて仕方ないのだ。海星がいると分かり、余計に気が抜けたのもありそうだ。海星は少しくらいは食べて欲しいと呟きながら、コンビニで水分だけ買ってくると言って立ち上がる。
伊央は海星が出かけている間にもまた眠った。それを見た海星は余程気を使ったのかと思ったようだ。
「今日はこのままゆっくり寝て、明日になっても回復しなければ病院へ行こう」
海星は伊央が眠るのを見届けてから帰っていった。
これもオメガの症状の一つなのだろうか……。初めてのことだらけで、疲労によるものなのか、病気なのか、オメガの性が関係しているのか、よく分からない。
それでも翌日は学校に行けるほどになっていたので、海星に大丈夫とのメッセージを送り、身支度を整えた。
風紀委員の活動は休み、学校の最寄り駅で海星と待ち合わせをする。
「よく寝れたみたいだな」
伊央の顔色を見て、海星も安心したようだ。
「今日、一応保険の先生に相談してみようと思ってる」
「それがいいな。昼休みにでも、付き添うか?」
「うん、一緒に来てくれると嬉しいよ」
教室へ入ると、悠馬が心配そうに駆け寄った。昨日休んだから今日一日はこんな感じが続くだろう。
「海星君といるからって、強靭な肉体を手に入れた能登は違うんだからね。本当に、無理しないでよ?」
母親でもそこまで言わない……と思うくらい、悠馬のお説教は続いた。海星も隣で苦笑いを浮かべながら聞いている。
「全く。ただでさえ海星君と付き合い始めてから、僕との時間は皆無に等しいくらい減ってるんだ。せめて健康には気をつけてよ」
構わず続ける悠馬の意見もごもっともであると、二人で頭を下げる。
昼休みは三人でお弁当を食べ、保健室へも三人で行った。保健の先生の話を聞けば流石の悠馬も納得するだろうと思い、誘ってみたところ、二つ返事でついて来た。先生の話では、体調不良の原因がヒートでもないし、オメガの性でなったとは考え難いということだった。伊央よりも悠馬がホッと肩を撫で下ろす。
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