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 海星が伊央の頸にそっと手を添える。叶翔は眉間にグッと皺を寄せ、怒鳴るのを耐えていた。伊央はこの状況に狼狽えるが、海星は堂々としたものである。涼しい顔一つ崩さず叶翔と対峙している。

「言っとくけど、合意だから」

「無理やりだったら、そりゃ殴ってる。伊央は俺が頸を噛まなくて良かったって言ってたから。でも、利害の一致だけで番になって、やっていけるとは思えねぇけどな」

「表面上はそうだけど、俺だって好きでもない相手と番になったりしないよ。叶翔は伊央をどう思ってるのか知らないけど、子供の頃から一緒にいてさ、大切にしたいと思うなら離すなよ」

「離してなんか……」

 叶翔はそこまで言って言葉が詰まってしまった。離したではないか、と気付いた。大喧嘩した時、伊央と距離を置いていたことを思い出す。とはいえ、叶翔にとっては伊央を手放したとは思っていない。自分の嫉妬の熱を覚ますためと、どこかで伊央から仲直りしたいと言ってくるのを期待していた。それを海星に離したと捉えられても仕方ないのは確かなのだ。

 かといって、まさか伊央が海星と番になるなんて発想は微塵にも考え付かなかった。まだ高校生である。付き合っていると思い込んでいた時期もあったが、出会ってまだ半年の二人が番になる……。叶翔の常識ではあり得ないことだ。その上、自分が治療で苦しんでいる間に番になっていたという事実が余計にショックだったのだ。

 伊央との電話だけでも満たされていた自分が惨めに感じる。伊央はその頃、海星と番になっていたというのか……。

 幼馴染でなんでも話し合える仲だと信じていたが、そうではなかった。伊央と叶翔は馴れ合いから大切なことほど話していなかったと気付く。

 叶翔は軽い眩暈を起こし、ふらふらの足取りで歩き始める。
 今はこれ以上話すべきではない。
 海星がいては、伊央が何も喋らない。子供のこそからそうだった。庇ってくれる人がいると、その影に隠れてしまう。

「伊央、今日の夜、家行くから」

 それだけ言い残し、校舎へと入っていった。

 海星が来てから、伊央は何も発することなく終わってしまった。やはり子供の頃から自分は変わっていない。番になると決めたのは伊央だ。なのに、海星は自分に視線が移るように仕向けた。このままでは海星だけが悪者になってしまう。叶翔を追いかけなければ……。
 一歩踏み出した瞬間、海星に腕を掴まれた。顔を見上げると、海星がやめておけと言う。

「きっと、叶翔も今は冷静じゃない。今話し合っても、きっとお互い心にもないことを言ってしまうだろう。叶翔が夜にって言ってたから、それに従うのが賢明だよ」

「そう……なのかな」

「とりあえず、予鈴が鳴る前に行こう」
 海星が伊央の背中に腕を回す。
 二人で並んで歩いていると、海星は前を向いたまま言った。

「俺、アルファとして負けたくないよ。特殊性アルファなんかに負けたくない。俺は伊央を離したりしないから」

 それを言うと、海星は自分の中で決意を固めたように微笑んだ。
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