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 夏休みは海星と過ごすことが必然的に多くなった。
 時には悠馬と遊んだり、海星の都合の悪い日には家や図書館で課題をこなした。
 叶翔とは毎日……というほどではないが、しょっちゅう電話をしているし、メッセージのやり取りも頻繁にしている。

 喧嘩で距離を置いていた頃が嘘だったかのように、すっかり以前のような慣れ親しんだ関係を取り戻している。

 叶翔は薬の副作用で寝込んでいる毎日を送っており、登校日にも学校に来られなかった。クラスの女子たちは心配だと口に出して入るが、叶翔がいないなら休めば良かったとヒソヒソと話しているのが聞こえてくる。
「次の登校日は、叶翔君が来るか事前に聞こう~」
 気怠そうに髪を掻き上げるクラスの女子は、身を翻して海星に集った。
 変わり身の速さに、伊央は驚きを隠せない。

「すごく……強く生きていけるんだろうな。彼女たち」
 ついポロリと口に出すと、前の席に座っている悠馬が思わず吹き出して笑った。
 それでも伊央には、群がる女子から海星を助ける術は持ち合わせていない。
 ただ離れた席から、チラチラと視線を送ることしかできなかった。

 お昼に学校が終わると、女子たちは瞬く間に教室から姿を消した。いつもなら叶翔を遊びに誘うのに必死な彼女たちだが、そのターゲットがいない今日は、カラオケやショッピングなど、各グループで固まって帰っていった。

「伊央、帰ろう」
「今日は大変そうだったね」
「叶翔の凄さを今日思い知ったよ。毎日あんなに取り囲まれてて、息つく暇もないだろうに」

 盛大にため息を零した海星と並んで学校を出ると、その足で海星の家へと向かう。また両親は旅行へと出かけたらしく、妹の亜美は部活の夏合宿に行っていないのだそうだ。
 亜美はまだバース性が発症しておらず、このまま中学生活を終えたいと、会うたび漏らしている。

「久しぶりに今日は二人きりだ」と、どこか嬉しそうな海星の横顔を見て、「ナナがいるでしょ」と言うと、「あいつが一番ヤキモチを妬くんだった」と頭を抱えた。

 ナナは亜美のために飼い始めたチワワであるが、海星に一番懐いている。伊央が海星の隣に座っていると、ナナは海星の膝で丸くなる。そして伊央に「羨ましいだろう」と言いたげな視線を送ってくるのだ。
 伊央のことも、すっかり家族だと認めてくれているのかな? と期待するような懐きっぷりであった。

 そのくらい海星の家で泊まる日が多く、今や、ある程度の着替えも海星の家に置いている。なので学校から直接海星の家に帰っても、何の問題もない。
 伊央も入り浸りすぎて、自分の家に帰るのと同じ感覚で海星の家に通うようになっていた。

「伊央、少し顔が赤いな。熱が出るといけないから、家帰ったらのんびりしょうぜ」
「自分じゃ分からないけど、顔、赤いんだ」
「あぁそれに、もしかするとそろそろ来るかもしれないぞ。発情期。一昨日くらいから、匂いが濃くなってた。伊央が気付いてない感じだったから言わなかったけど、今日は特別匂いが濃い。早く家に帰ろう」

 海星の家に行くには電車に乗らなければいけないため、二人して急足になる。電車内では、海星が伊央を包むように立ってくれていたため、アルファらしい人からの視線を感じつつも、何とか話しかけられずに済んだ。

 海星の部屋に飛び込むと、念の為部屋の鍵を閉め、ベッドになだれ込む。
「海星君、僕、汗臭いから」
「全然匂わないし、どうせ汗だくになる。伊央、これは発情期で間違いないだろう?」
 海星がだんだんと余裕を失っていっている。
 伊央が「きっと発情期だと思う」と答えると、「約束通り、今日番になろう」と言ってキスをした。
 ふわりと触れるだけのキスだったが、これだけ海星と同じ時間を過ごしていても、性的なことは一切しなかったから、これが伊央と海星の初めてのキスということになる。

 海星は顔を離すと「嫌じゃなかったら、もう少し進みたい」と言って、優しく伊央を引き寄せる。
 ベッドの上というだけで伊央はドキドキしているが、海星に全てを委ねようという決意は固まっている。
 海星を上目遣いで見ると、伊央を組み敷いた海星の唇が再び重なる。
 さっきとは違う。もっと官能を帯びたキスだった。

 
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