【完結】利害が一致したクラスメイトと契約番になりましたが、好きなアルファが忘れられません。

亜沙美多郎

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「伊央は本当にそれで後悔しない?」
 海星が尋ねる。海星からすれば断る理由がない。
 元々は海星の方から伊央に番になってほしいと頼んでいた。それが完全なる利害関係でもいいと。高校を卒業するまでの間だけでもいいと言ったのは海星だった。

 海星は伊央と一緒に過ごすようになってから、本当の恋愛の意味で好意を寄せるようになっていたから、伊央の恋心が叶翔に向いたままでも受け入れる覚悟はあった。
 番になれば、少なからず伊央の匂いを独り占めできるし、このままずっと一緒にいられる可能性も生まれる。

「僕にはそれ以外に、問題の解決策が考えつかないんだ。海星君を利用するのは心苦しいけど」
「それは伊央が気にすることじゃない。本を正せば、利害関係だけで番になろうと話を持ちかけたのは俺の方だ。体の関係になるのも含めて、俺は伊央ならいいと思った。だからこれまで優しくしたのだって、全ての行動に下心があったと捉えてくれて構わない。それは本当だから。俺は伊央に選んで欲しくてスゲー頑張ったから、この気持ちが届いたならこれ以上嬉しいことはないよ。まぁ、今では普通に好きだしな」

 海星がさらりとこんなことを言うのを、伊央は嬉しいと同時に羨ましい気持ちもあった。
 自分がこんな風に叶翔に言えていたら、海星に迷惑をかけずに済んだ話なのだ。それは自分でも分かっている。自分が妙なところで対応できなくて、深読みして悩みすぎて逃げたくなる。自分自身が大嫌いな部分であった。

 でも海星は出会った頃からそんな伊央のマイナスなところもフォローしてくれる。
 叶翔に対しての好きと全く同じ種類かどうかは、未だに分からないでいるが、悠馬への好きと海星への好きは明らかに違うということには気付いた。要するに、友達以上の気持ちを海星に対して抱いているのは嘘ではない。

 伊央とて、アルファなら誰でもいいわけでない。

「僕も、話しかけてくれたアルファが海星くんで良かったと思ってる。海星君がいなかったら、初めての発情期も乗り越えられなかったと思うし……」

 伊央は自分の精一杯を海星に伝えた。「好きだ」とは、言っていいのか分からないし、恥ずかしくて、どちらにせよ伊央に「好き」と言う言葉を口にするのは、かなりハードルが高い。
 なかなか海星のようにはなれないと伊央は思った。

「番になるからには、俺たちは恋人になるべきだ」
 海星から言われ、伊央もやっと自分たちの関係に名前ができたと安堵する。
「うん、海星君ならいい」と言うと、海星は「ありがとう」と返した。

「伊央の心が、ずっと叶翔に向いているのは分かってる。でも、高校の三年間だけは伊央の時間を俺にください。その後はまた伊央がどうしたいか、考えればいい」

「うん、僕も海星君だから番になるって決めたのは分かってほしい。これを他のアルファから言われても応じなかった。誰よりも海星君を信じてるし、これからも頼りたい。叶翔には言えないことも、海星君になら打ち明けられる。親友よりも信頼してる。まだ恋愛の感情なのかは分からないけど、唯一無二なのは本当だから」

「それだけで、十分だよ。伊央、次の発情期に番になろうね」
 海星は病院の後は寄り道せず、伊央の家まで送った。

「今日は部屋には上がらずに帰るよ。俺がいたら寝られないだろう? 夜に眠れなかった分、少しでも体を休めた方がいい」

「別に異常なかったから大丈夫だけど、本当に眠いからそうするね」

「あのさ、夏休みに入ったら、俺の家で過ごさない?」

「いいの? 嬉しい。是非行かせてもらうよ」

 海星がいるだけで、何もかもがいい方向に向かっている気になれる。
 伊央はワクワクする気持ちを考えながら、自室へと戻った。
 ベッドに横になると、すぐにうつらうつらとし始める。

 自分の気持ちを伝えるのは難しいけれど、ちゃんと伝わって安心した。
 これからは、叶翔に対しても同じように伝えられるようになりたいと思った伊央だった。


 こうして、夏休みに入った。
 叶翔からはあれからメッセージや電話でのやり取りをするようになったが、実際に会うのは難しい状況となった。
 叶翔に後遺症が見られたからだ。

 図書館で獣化した叶翔は、特殊性アルファということもあり、他のアルファとは性質が違う。
 アルファ性を暴走させてしまったことで後遺症が残る可能性が出てきた叶翔は、経過観察のため通院を続けていた。
 普段の生活で違和感はないと話していたが、血液検査の結果が毎回安定していないのが医者としては気がかりだったようだ。

『もしかすると、近くに相性のいいオメガがいるだけで、また獣化する可能性を捨てきれない。そのオメガの男の子とは距離を置いてほしい』と医者から言われてしまったのだと、電話越しに話す。

『また伊央と一緒にいたいと思った矢先にこれだよ。でも、また電話できるようになっただけでも良かったけどさ』
 分かりやすく落胆している叶翔だったが、伊央は内心ほっとしていた。
 
 夏休みに入ったということもあり、教室で側に寄ることもない。

『ヒートを起こしたオメガや、相性のいいオメガに対しては危険だという心構えが必要だが、それ以外は普段通り生活できるから』
 医者からそう言われたそうだ。

『そんなこと言っても、俺の日常って、殆ど伊央じゃん? 既に日常じゃなくなってるんだけど』
「仕方ないよ。また取り返しのつかない事態になれば、今度こそ立ち直れなくなっちゃう」
『まぁな。俺だって、もう伊央に怖い思いさせたくねぇし。こうして話せるようになっただけでも伊央を感じられる。いっそ、電話越しに伊央の匂いが届けばいいのに』
「それじゃあ、距離を置いてる意味ないでしょう」

 二人して笑った。
 今はこの距離感が心地いい。
 顔を見ると、癖のように緊張してしまう。オメガの匂いが漏れていないか、ヒートを起こさないか、そればかりが気になって、きっと叶翔と一緒にいても心ここに在らずなのは、自分で容易く想像できる。

『血液検査が安定してくれれば問題ないんだけどな』
「治療は薬だけ?」
『そう。これがまた副作用が酷くてさ。胃は痛いし眠気もきついし、まじで夏休みも台無しだよ。何もできねぇ』
「今は、大丈夫なの?」
『ベッドに横になってる。薬飲んだ後は大体こんな感じ。でもそんなずっとも眠れないしさ、伊央と話してると気が紛れるからいい』

 叶翔は自分がそんな状態になっても、伊央の体に何事もなくて良かったと言ってくれる。
 
 もし、自分からオメガの匂いが消えれば……。
 叶翔とまた友達から始めるために海星と番になる約束をした。
 番が成立すれば、叶翔も気遣う必要がなくなるし、伊央自身も余計なことを考えずに会いに行ける。

 叶翔の話を聞いて、改めて早く海星と番になって叶翔の不安要素を消したいと思った。

 初めての発情期から考えて、次は夏休み中に始まるのではないかと予測している。
 二学期までに番になれれば……。
 そう願っていた伊央の希望はこの後叶えられることとなる。

 しかし伊央の体に異変が表れるのは、もっともっと先の話だったのだ。この時は、まだ知る由もなかったのだが……。

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