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 海星は目の前に飛び込んできた光景に愕然とした。
 意識を失っている伊央を、叶翔が組み敷いているではないか。しかし海星がショックを受けたのは、伊央が叶翔を受け入れていることだった。
 もう力尽きているはずなのに、叶翔にしっかりとしがみついて離れる様子はなかった。

「伊央……」

 オメガのフェロモンがいつもより甘い香りなのも直ぐに気付いた。
 やはり、心の底では叶翔を忘れられていないとこの状況の全てが物語っていた。

 叶翔は海星の姿を確認すると、敵対心を剥き出しに、威嚇するように睨みつける。
「伊央は俺のものだ」と、今にも噛みついてきそうな気配さえ漂わせている。アルファの本能だろう。叶翔も正気を失っているのも一目瞭然。海星を睨むその眸も、実際には焦点も合っていない。

 これがラット状態に入ったアルファの姿……。
 それを目の当たりにし、海星も、決して人ごとではないと恐怖に身震いをした。

「だ……ダメだ、叶翔。離れろ。伊央から離れろ」
 声が震える。
 どうすればいいのか、咄嗟に判断ができない。
 人を呼びに行けば大騒ぎになる。一人でこの場を収めなくてはならなかった。

 もちろん、ラット状態に入ったアルファを見たのも海星とて初めてである。でも伊央も叶翔も助けなければいけない。
 頭が真っ白になるが、とにかく無理矢理でも引き離すしかないと、考えるよりも先に体が動いていた。

「叶翔!! しっかりしろ!! お前が正気に戻らないでどうする!!」
 海星は叶翔の肩を掴みかかった。
「離せ!! 俺の伊央だ!! 俺のオメガ。誰にも渡すものか」
「っく……」
 海星の頬に鈍い痛みが走る。叶翔が頬を殴ったと気付いた次の瞬間、海星も反射神経で叶翔を突き飛ばしていた。

 咄嗟のことで力加減ができず、叶翔は背後の本棚まで飛び、背中を強打した。
 身悶えている隙に、馬乗りになって押さえつけた。
「お前、抑制剤どこだ!?」
 ズボンのポケットを漁るがそれらしい入れ物は入っていない。
 辺りを見渡しジャケットを探すと、伊央の傍に落ちていた。

 なるほど事の状況を大体把握した海星は、叶翔の制服の内ポケットから抑制剤の注射を取り出すと、起き上がる直前の叶翔の太ももに一思いに突き刺した。

「ごめん、叶翔。効くまでじっとしてろ」
 叶翔の鳩尾みぞおちに拳を食い込ませると、叶翔は倒れ込んだ。

海星は続いて伊央のところへと駆け寄り、念の為に持っていたオメガの用の注射を打つ。
 伊央の乱れっぷりは発情期の時以上であり、海星はいた堪れない気持ちになってしまう。ヒートとはいえ、こんな形で叶翔と体の関係を持ったのも不本意だっただろう。

 海星は自分のジャケットを脱ぎ、伊央を包み込む。
 ぐったりとしているが、ヒートは治り呼吸も落ち着いている。このまま抑制剤が効くとぐっすり眠れるはずだ。

 少し待てば午後の授業が始まる。廊下に人がいなくなってから移動しようと、伊央を抱きしめ、体が冷えないように温めた。
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