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 このまま海星と一緒にいれば、叶翔への気持ちを忘れられるかもしれない。そんな風に思わせてくれる海星に、心惹かれないわけもなかった。
『失恋を忘れるには、新しい恋』
 そんな言葉が脳裏を過ぎる。このまま海星を好きになれたら、問題の全てが解決するように思えてくる。何より、叶翔と一緒にいる時には感じない安心感は絶大なものだった。

 海星は、「この話は一旦終わり! 頭使いすぎたら疲れるよな」と言って、早めの晩御飯を食べようと提案してきた。
「そういえば、朝からお茶しか飲んでなかったんだ」
 予定より早く家を飛び出して、そのまま海星と夕方まで話込んでしまった。叶翔との初めての大喧嘩で疲弊し、食欲もなかった。でも今は海星のおかげで落ち着きを取り戻している。
 海星がご飯を食べようと言った途端、二人とも盛大に腹の音が鳴る。

「あははっ! なんか注文するか」
 スマホを取り出し宅配サービスのアプリを開いた。
「配達してもらうなんて初めて」
「そうなん? 俺んちは両親がしょっちゅういないから。自分でも作るけど、今は腹減りすぎて動きたくない」
「海星君の両親は仕事が忙しいの?」
「それもあるし、揃って旅行が好きだから。休みが合うと、すかさずどっか行ってる」
「楽しそう」
「お土産はいつも楽しみだけどな」

 会話を続けながらも手慣れた様子で注文をしていく。妹の分も適当に頼み、届くまでの時間をゲームをしながら過ごし、空腹を紛らわせた。
 そのうち妹が部活から帰ってくると、伊央に物怖じする様子もなく「妹の亜美です」と挨拶をする。
 自分もオメガだと話した上で自己紹介すると、亜美ともすぐに打ち解けた。

 週末はそのまま海星の家で過ごし、少なからず叶翔のことを思い出す時間は最低限で済んだように思う。それは家に帰るのも名残惜しいほど、楽しい時間だった。

 その後、海星の家には毎週末泊まりに行くのが当たり前になった。
 放課後もできるだけ一緒に帰ったし、本当の恋人のような気分を味わっていた。相手が叶翔だったら……と思わなくもない。しかしそれは海星に対してあまりにも失礼だと、何度も自分に言い聞かせた。

 海星の優しさに甘えているのは重々自覚している。

 番になりたいと言われた時、即答で了承しなくて良かったとも思っている。伊央は現状、完全に叶翔への恋情を忘れたわけではない。どちらかというと、押し殺せている・・・・・・・……と表現するのが正しいかもしれない。

 海星といる時はなるべく海星のことだけを見ているが、気を抜くとどこかで叶翔の面影を重ねてしまう。かれこれ十年以上拗らせた恋心は、伊央自身が思っている以上に厄介であった。
 それでも自分が本当に叶翔への恋を諦めたいと思っているのかも、考えすぎてわからなくなってしまっている伊央だった。

♢♢♢

 それから二ヶ月後、伊央に初めての発情期が訪れる。

 体の奥から燃えるような熱。本能がアルファを欲しがっている。
「あ、これ……発情期だ……」
 経験したこのない感覚に、登校するために学校に向かっていた伊央だったが、慌てて自宅へと帰る。風紀委員で他の生徒よりも早い時間に登校していたのが幸いし、誰にも会うことなく自室に戻れたことに安堵した。

 それにしても、どんどん熱くなる体に息切れを起こし始めた。
「暑い……水……」
 折角二階まで這い上がったが、尋常じゃない喉の渇きに再び一階へ戻ると、キッチンから数本のペットボトルの水を掴み、引摺る足で階段を登る。

 学校に連絡をしなくては……そうは思ってもとても喋れる状態ではない。悠馬に体調不良で休む旨を伝えてほしいとなんとかメッセージを送り、制服を脱ぎ捨てベッドへと潜り込んだ。

 下着が濡れている。これがオメガの分泌液……。
 初めての発情期で、やはり自分は正真正銘のオメガだと分かっただけでもショックなのに、孔から流れ出る液、疼く体、思考ではなく本能でアルファを求めている。このことが伊央をさらに追い詰める。

 薬を飲んでいてもこんなに苦しいのかと愕然とした。

 ほとんど自慰もしたことのない伊央に、一人で発情期を乗り越えるのはとても困難であった。自分で股間をまさぐっても、そんなに気持ちいいと感じたことがなかった。
 叶翔のスキンシップが激しかったこともあり、自分で中心を慰めるより叶翔から抱きしめられたりする方がいくらか満たされていた。

 しかし発情期のオメガは違う。ほんの少し昂りを触っただけで、体に電流が走るかの如く衝撃的な快感が体内を巡る。夢中になって自身の屹立を扱いた。
「ん、ぁ……い、いく……」
 伊央は瞬く間に絶頂に達したが、吐精しても全く体は満足していない。それどころか、もっと強い快楽を本能が求めている。尻の奥が疼いて仕方ない。こんな所を自分で触ったこともないが、それでも指を挿れずにはいられない程、刺激を求めている。

「はっ……こんな……んぁ……」
 指は容易に伊央の指を受け入れる。オメガの液で濡れた肉胴に、滑るように細い指が這入っていく。
 気持ちいい。こんなにも気持ちいいのは初めてだ。これがもし、アルファなら……叶翔だったら……。
 叶翔を思い出した瞬間、感覚が鋭敏になる。

『伊央……欲しいもの、言ってみろよ』
 頭の中で、叶翔から抱かれている妄想さえ始まってしまった。
「かなと……かな……んっ、はぁ……もっと、奥……まで……」
 自分の指では本当に届いてほしいところまでは入らない。そのもどかしさが、さらにヒートを加速させるのだった。
 頭の中でなら、叶翔に抱かれるのも許されるだろうか。あの手で、唇で、身体で、覆い尽くして欲しい。

「かなと、かなと……」
 何度も名前を呼び、妄想に耽る。
 達したところで、それは現実的な満足感は与えてはくれないのに……。

 誰かを頼りたい。そんなアルファは海星しか思いつかなかった。ついさっきまで叶翔から抱かれる妄想をしていたと言うのに、いざ助けてもらうとなると、甘えやすく断られそうにない海星しか考えられない。
 なんて図々しいのだろうか。それでも叶翔にはこんな姿を見せたくないし、そもそも伊央がオメガになったのを隠したままなのだ。
 大喧嘩の後から、気まずい雰囲気のまま今まで過ごしてしまっている。

 叶翔は以前のように伊央の家にも来なくなったし、全く顔も合わせなくなっていた。
 頭の中は叶翔のことでいっぱいだが、スマホの画面に海星の連絡先を出す。
『発情期来た。助けてほしい』
 それだけ打つとスマホを手放し、再び屹立を扱いた。

(お願い。来て……海星くん……)
「あっはぁ……また……いく……んんん……っっ!!」
 何度も飛沫させた白濁で、自分の手はしとどに濡れている。それが潤滑油になって、扱くたびにぐちゅぐちゅと水音を立てる。それが余計に卑猥に感じてしまい、孔と屹立を弄るのを全く止められない。
 
「伊央!! 大丈夫か?」
 玄関から叫ぶ声が聞こえた。
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