2 / 56
2
しおりを挟む
学校を飛び出し一人になると、ようやく少し息が吸えた。その足で病院へと向かう。総合病院のオメガ専用病棟へと早足で移動する。
『オメガ専用』と言うのが妙な特別感を醸し出していて気に障る。普通の人が行く場所ではないと突きつけられた気持ちになってしまうのは、伊央だけだろうか。平然を装って歩いているが、緊張して表情は固まっている。
長い廊下をひたすら東へ進むと、別棟の入り口が見えた。そこには【Ω専用】の札が、ドアのガラスに貼られていた。
(誰にも見つかっていませんように)
コッソリと辺りを見渡し、中に入る。そこで再び受付を済ませると、次回からは直接ここへ来てくれと説明された。病院の正面からではなく、東側に回ればオメガ専用の出入り口があるとのことだった。
『オメガ』という言葉を聞くたび、チクリと胸が痛んだ。自覚症状もない、なんなら毎日アルファである叶翔と一緒にいる。それでもアルファのフェロモンに当てられるようなことは一度もなかった。
診察室の前で待っている間もソワソワと落ち着かず、辺りを見渡してしまう。地元の人たちは伊央をベータだと思っている。突然変異でオメガになったなど、なるべくならバレたくはない。
伊央自身がまだ、受け入れられていないのだから。
「突然変異でオメガになったんですね?」
医者は診断書を見て淡々と話す。
「そう……みたいです」
「まだ認めたくはないだろうけど、発情期がくれば嫌でもオメガだと思い知らされる。これは意地悪で言ってるんじゃない。世間的には稀な現象だというが、実際ここで仕事をしていると普通にいるもんだよ。しかし突然変異の人に限って甘んじている傾向にある。自分がベータやアルファだと言い張り、抑制剤を飲まずに過ごす人もいる」
医者は伊央に渾渾と言って聞かせた。オメガの辛さを目の当たりにしてきたからこそ、これからガラリと変わる生活から目を逸らせてはいけないと説得された。
伊央は今まで、オメガの発情期には無縁だった。そんな人間が突然その辛さを経験する。最初からオメガだった人とは心構えも何もかもが違っている。その落差に精神を病む人もいると先生は説明していく。
「いきなりあれこれ言われても頭に入らないだろうから、今日はこの辺にしておくけど、本当に油断しないでね。発情期の周期もしばらくは安定しないから。でも今は抑制剤も凄く良くなっているし、副作用も殆どないものだってある。薬さえ合えば、ベータの頃と同じ……とは言わないが、カナリ楽に過ごせるようになるからね。軽い薬から始めよう。それで調子が悪くなったり、効きが悪いと感じたらまた報告してくれ」
一方的に医者からの説明を受けた伊央は、三ヶ月後にもう一度、もしそれまでに発情期が来た場合はそのあと直ぐに病院に来るよう言われ、診察室を後にした。
「はぁ……不安しかないな」
オーバーなくらい大きなため息をつくと、薬をもらって家路に着く。
早く一人で部屋に篭りたい。そんな気持ちで途中走りながら帰ったのに、玄関の前に誰かが立っているのに気付いてしまった。
「叶翔……?」
心臓がドクンと大きく跳ねる。今、一番会いたくない人物ではないか。
どうやら叶翔はまだ伊央に気付いていない。反射的に踵を返し、正反対の方向へと進む。
「今日は遊ぶ約束なんてしてないのに。なんでいるんだ」
好きな人の匂いを嗅いでヒートを起こしたなんて話は、しょっちゅう耳にする。伊央がそれをする可能性は十分に有り得るのだ。
オメガになったと知られてしまえば、軽蔑されるかもしれない。近寄るなと言われるかもしれない。何にせよ、伊央がもう叶翔の近くにいることは許されない。
オメガのフェロモンを嗅いだアルファは、自我を失うという。間違いでも起こせば大変なのは伊央だけではない。叶翔の人生をも変えてしまうということになる。
「せめて、自分に合う抑制剤が見つかるまではダメだ」
そう自分に言い聞かせ、家から離れたコーヒーショップでホットラテを飲みながら時間を潰すしかなかった。
鳴り続けるスマホの画面映し出される『叶翔』の文字。声が聞きたい。本当は話を聞いてほしい。もしかすると彼なら「それでも幼馴染なのか変わらない」と笑い飛ばしてくれるかもしれない。
震える指を通話ボタンに近づけるが、既のところでスマホをテーブルに押しつけた。
「ダメだ。甘えるな。もう高校生なんだから、自分で解決しなくちゃ」
叶翔に迷惑をかけられない。
鳴り続ける着信を、無視することしか出来ない伊央だった。
『オメガ専用』と言うのが妙な特別感を醸し出していて気に障る。普通の人が行く場所ではないと突きつけられた気持ちになってしまうのは、伊央だけだろうか。平然を装って歩いているが、緊張して表情は固まっている。
長い廊下をひたすら東へ進むと、別棟の入り口が見えた。そこには【Ω専用】の札が、ドアのガラスに貼られていた。
(誰にも見つかっていませんように)
コッソリと辺りを見渡し、中に入る。そこで再び受付を済ませると、次回からは直接ここへ来てくれと説明された。病院の正面からではなく、東側に回ればオメガ専用の出入り口があるとのことだった。
『オメガ』という言葉を聞くたび、チクリと胸が痛んだ。自覚症状もない、なんなら毎日アルファである叶翔と一緒にいる。それでもアルファのフェロモンに当てられるようなことは一度もなかった。
診察室の前で待っている間もソワソワと落ち着かず、辺りを見渡してしまう。地元の人たちは伊央をベータだと思っている。突然変異でオメガになったなど、なるべくならバレたくはない。
伊央自身がまだ、受け入れられていないのだから。
「突然変異でオメガになったんですね?」
医者は診断書を見て淡々と話す。
「そう……みたいです」
「まだ認めたくはないだろうけど、発情期がくれば嫌でもオメガだと思い知らされる。これは意地悪で言ってるんじゃない。世間的には稀な現象だというが、実際ここで仕事をしていると普通にいるもんだよ。しかし突然変異の人に限って甘んじている傾向にある。自分がベータやアルファだと言い張り、抑制剤を飲まずに過ごす人もいる」
医者は伊央に渾渾と言って聞かせた。オメガの辛さを目の当たりにしてきたからこそ、これからガラリと変わる生活から目を逸らせてはいけないと説得された。
伊央は今まで、オメガの発情期には無縁だった。そんな人間が突然その辛さを経験する。最初からオメガだった人とは心構えも何もかもが違っている。その落差に精神を病む人もいると先生は説明していく。
「いきなりあれこれ言われても頭に入らないだろうから、今日はこの辺にしておくけど、本当に油断しないでね。発情期の周期もしばらくは安定しないから。でも今は抑制剤も凄く良くなっているし、副作用も殆どないものだってある。薬さえ合えば、ベータの頃と同じ……とは言わないが、カナリ楽に過ごせるようになるからね。軽い薬から始めよう。それで調子が悪くなったり、効きが悪いと感じたらまた報告してくれ」
一方的に医者からの説明を受けた伊央は、三ヶ月後にもう一度、もしそれまでに発情期が来た場合はそのあと直ぐに病院に来るよう言われ、診察室を後にした。
「はぁ……不安しかないな」
オーバーなくらい大きなため息をつくと、薬をもらって家路に着く。
早く一人で部屋に篭りたい。そんな気持ちで途中走りながら帰ったのに、玄関の前に誰かが立っているのに気付いてしまった。
「叶翔……?」
心臓がドクンと大きく跳ねる。今、一番会いたくない人物ではないか。
どうやら叶翔はまだ伊央に気付いていない。反射的に踵を返し、正反対の方向へと進む。
「今日は遊ぶ約束なんてしてないのに。なんでいるんだ」
好きな人の匂いを嗅いでヒートを起こしたなんて話は、しょっちゅう耳にする。伊央がそれをする可能性は十分に有り得るのだ。
オメガになったと知られてしまえば、軽蔑されるかもしれない。近寄るなと言われるかもしれない。何にせよ、伊央がもう叶翔の近くにいることは許されない。
オメガのフェロモンを嗅いだアルファは、自我を失うという。間違いでも起こせば大変なのは伊央だけではない。叶翔の人生をも変えてしまうということになる。
「せめて、自分に合う抑制剤が見つかるまではダメだ」
そう自分に言い聞かせ、家から離れたコーヒーショップでホットラテを飲みながら時間を潰すしかなかった。
鳴り続けるスマホの画面映し出される『叶翔』の文字。声が聞きたい。本当は話を聞いてほしい。もしかすると彼なら「それでも幼馴染なのか変わらない」と笑い飛ばしてくれるかもしれない。
震える指を通話ボタンに近づけるが、既のところでスマホをテーブルに押しつけた。
「ダメだ。甘えるな。もう高校生なんだから、自分で解決しなくちゃ」
叶翔に迷惑をかけられない。
鳴り続ける着信を、無視することしか出来ない伊央だった。
101
お気に入りに追加
933
あなたにおすすめの小説
【完結】俺はずっと、おまえのお嫁さんになりたかったんだ。
ペガサスサクラ
BL
※あらすじ、後半の内容にやや二章のネタバレを含みます。
幼なじみの悠也に、恋心を抱くことに罪悪感を持ち続ける楓。
逃げるように東京の大学に行き、田舎故郷に二度と帰るつもりもなかったが、大学三年の夏休みに母親からの電話をきっかけに帰省することになる。
見慣れた駅のホームには、悠也が待っていた。あの頃と変わらない無邪気な笑顔のままー。
何年もずっと連絡をとらずにいた自分を笑って許す悠也に、楓は戸惑いながらも、そばにいたい、という気持ちを抑えられず一緒に過ごすようになる。もう少し今だけ、この夏が終わったら今度こそ悠也のもとを去るのだと言い聞かせながら。
しかしある夜、悠也が、「ずっと親友だ」と自分に無邪気に伝えてくることに耐えきれなくなった楓は…。
お互いを大切に思いながらも、「すき」の色が違うこととうまく向き合えない、不器用な少年二人の物語。
主人公楓目線の、片思いBL。
プラトニックラブ。
いいね、感想大変励みになっています!読んでくださって本当にありがとうございます。
2024.11.27 無事本編完結しました。感謝。
最終章投稿後、第四章 3.5話を追記しています。
(この回は箸休めのようなものなので、読まなくても次の章に差し支えはないです。)
番外編は、2人の高校時代のお話。

出来損ないのオメガは貴公子アルファに愛され尽くす エデンの王子様
冬之ゆたんぽ
BL
旧題:エデンの王子様~ぼろぼろアルファを救ったら、貴公子に成長して求愛してくる~
二次性徴が始まり、オメガと判定されたら収容される、全寮制学園型施設『エデン』。そこで全校のオメガたちを虜にした〝王子様〟キャラクターであるレオンは、卒業後のダンスパーティーで至上のアルファに見初められる。「踊ってください、私の王子様」と言って跪くアルファに、レオンは全てを悟る。〝この美丈夫は立派な見た目と違い、王子様を求めるお姫様志望なのだ〟と。それが、初恋の女の子――誤認識であり実際は少年――の成長した姿だと知らずに。
■受けが誤解したまま進んでいきますが、攻めの中身は普通にアルファです。
■表情の薄い黒騎士アルファ(攻め)×ハンサム王子様オメガ(受け)
【完結】あなたの恋人(Ω)になれますか?〜後天性オメガの僕〜
MEIKO
BL
この世界には3つの性がある。アルファ、ベータ、オメガ。その中でもオメガは希少な存在で。そのオメガで更に希少なのは┉僕、後天性オメガだ。ある瞬間、僕は恋をした!その人はアルファでオメガに対して強い拒否感を抱いている┉そんな人だった。もちろん僕をあなたの恋人(Ω)になんてしてくれませんよね?
前作「あなたの妻(Ω)辞めます!」スピンオフ作品です。こちら単独でも内容的には大丈夫です。でも両方読む方がより楽しんでいただけると思いますので、未読の方はそちらも読んでいただけると嬉しいです!
後天性オメガの平凡受け✕心に傷ありアルファの恋愛
※独自のオメガバース設定有り

【完結】ぎゅって抱っこして
かずえ
BL
幼児教育学科の短大に通う村瀬一太。訳あって普通の高校に通えなかったため、働いて貯めたお金で二年間だけでもと大学に入学してみたが、学費と生活費を稼ぎつつ学校に通うのは、考えていたよりも厳しい……。
でも、頼れる者は誰もいない。
自分で頑張らなきゃ。
本気なら何でもできるはず。
でも、ある日、金持ちの坊っちゃんと心の中で呼んでいた松島晃に苦手なピアノの課題で助けてもらってから、どうにも自分の心がコントロールできなくなって……。

初心者オメガは執着アルファの腕のなか
深嶋
BL
自分がベータであることを信じて疑わずに生きてきた圭人は、見知らぬアルファに声をかけられたことがきっかけとなり、二次性の再検査をすることに。その結果、自身が本当はオメガであったと知り、愕然とする。
オメガだと判明したことで否応なく変化していく日常に圭人は戸惑い、悩み、葛藤する日々。そんな圭人の前に、「運命の番」を自称するアルファの男が再び現れて……。
オメガとして未成熟な大学生の圭人と、圭人を番にしたい社会人アルファの男が、ゆっくりと愛を深めていきます。
穏やかさに滲む執着愛。望まぬ幸運に恵まれた主人公が、悩みながらも運命の出会いに向き合っていくお話です。本編、攻め編ともに完結済。

変異型Ωは鉄壁の貞操
田中 乃那加
BL
変異型――それは初めての性行為相手によってバースが決まってしまう突然変異種のこと。
男子大学生の金城 奏汰(かなしろ かなた)は変異型。
もしαに抱かれたら【Ω】に、βやΩを抱けば【β】に定着する。
奏汰はαが大嫌い、そして絶対にΩにはなりたくない。夢はもちろん、βの可愛いカノジョをつくり幸せな家庭を築くこと。
だから護身術を身につけ、さらに防犯グッズを持ち歩いていた。
ある日の歓楽街にて、β女性にからんでいたタチの悪い酔っ払いを次から次へとやっつける。
それを見た高校生、名張 龍也(なばり たつや)に一目惚れされることに。
当然突っぱねる奏汰と引かない龍也。
抱かれたくない男は貞操を守りきり、βのカノジョが出来るのか!?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる