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第四章
51、二八年後に暴かれる真実
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室内の空気が張り詰めている。
誰もがグラディスの次の一言を待っていた。
エリペールが話す動機も、彼女なら納得できる。
イレーヌは病死と見せかけて殺された。そして、まだ二歳だった僕を奴隷商に売った。
もしかすると、侍女の死もグラディスが関わっているのかもしれない。
ともなると、馬車の中で話していた『全てが繋がったわけではない』というのは、伯爵夫妻の子供についてだろう。
エリペールはそれについても今日全てを明らかにするはずだ。
言い逃れはできない。
グラディスは知らぬ存ぜぬをいつまで貫くつもりなのか、エリペールがどんなに詰め寄ってものらりくらりと躱している。
それがもう自分が関わっていますと言っているも同然であるが、本人は気付いていない様子だ。
「グラディス、本当のことを教えてくれないか。君が……君がイレーヌを殺したのか」
バルテルシーは覚束ない足取りで立ち上がり、グラディスとの距離を詰める。
「近寄らないで、私は被害者じゃないの!! 貴方から裏切られ、イレーヌに婚約者の座を奪われようとした。それでも許したじゃない。私は貴方の過ちを全て許した。別邸で住まわせているのも見逃してあげた。なのに……なのに、あの女が勝手に死んだからってそれを私のせいにするなんて、あんまりですわ!!」
グラディスがバルテルシーに向かって泣き叫ぶ。
「一番に庇ってくれるのが夫ではなくて!?」バルテルシーの胸ぐらを掴み、逆に責め立てた。
「……許していなかったじゃないか。君がイレーヌに届けるはずの抑制剤を、発情誘発剤にしたのを知らないとでも思ったのか。エレノアではなく、アルファの男性従者を別邸に送り込んだことがあった。イレーヌを襲わせるためだろう? 妊娠していた彼女を襲わせ、まだお腹にいたマリユスごと……君は……好きにしろとその従者に言った」
バルテルシーはここにきて、まだ誰にも話していなかった事実を突きつけた。
その詳細に、全員が愕然とした。
「あの日、アルファの従者は別邸に行くふりをして行かなかった。代わりに、公務に出ていた私のもとへとやってきて、君から頼まれた内容の全てを話したよ」
憔悴したバルテルシーは、グラディスを監視するために離婚もしなかった。
バルテルシーはグラディスが陰で何をしていたのかを、全て知っていたのかと思わせる口ぶりだったが、しかしどうやら本当に手を下したまでは考えていなかったようだ。
グラディスは従者の失敗を知り、諦めたと思っていたらしい。
「それをエレノアを使ってイレーヌを殺させたというのか。そんな非道なことを実行していただなんて……」
「その辺で止めておかなければ、更なる罪を被ることになりかね無いぞ、グラディス夫人」
エリペールが厳しい口調で制した。
グラディスは観念したようにその場にへたり込んだ。
「……だって、あいつがいなければ、私が一番になれるじゃない。貴方の気持ちは常にイレーヌにしか向いていなかった。だけど、あいつがいなくなれば私だけを見てくれるって信じていたの。だから……エレノアに頼んでスプーンに毒を塗らせた」
「なるほど。長期に渡り毒を飲ませることで体力を徐々に消耗させ、あたかも出産による体調不良だと見せかけたというわけだ」
エリペールは勝利を確信した。ここからは自ら暴露するよう促すだけだと、僕に耳打ちをした。
そのままテーブルの下で手を握る。「私がついている」と言われているみたいで安心できた。
「妊娠中に見逃してやっただけでも、感謝してほしいですわ。本当なら、この街に来た時、領民の前に晒して『領主を寝とった悪いオメガだ』と、公開処刑にしたいくらいだった。子供を殺さなかったのは、奴隷商に売ってそのお金を慰謝料として頂くためですわ」
エリペールの思惑通り、グラディスは二八年前の事実を得意げに話し始めた。
「でもね」と続ける。バルテルシーを睨みつけて言い放った。
「私に、マリユスを奴隷商に売ればいいと提案したのは、エレノアですわ!!」
「彼女がそんなことをするはずないだろう!! この後に及んでまだそんな戯言を!!」
バルテルシーは怒りのあまりに罵倒したが、グラディスは紛れもない事実だと高笑いをした。
「マリユスを奴隷商に売れる年齢になるまで、自分が面倒見ると、エレノアから言われたわ。私はそれを容認しただけ。貴族奴隷ならオメガが一番高く売れるという情報だって、彼女から聞くまで知らなかった。だから交渉にエレノアを連れて行ったの」
僕は呆然とグラディスの言葉を聞いているしかできなかった。
ずっと一点を見詰めたまま、発言に耳を傾ける。
バルテルシーの言っていたのが本当だとすれば、僕はエレノアからとても親切にしてもらっていた。
それは全て嘘の顔だったと言うのか。
僅かにも彼女に同情した自分を恥じた。
「では、エレノアさんが通り魔に襲われたというのは? 私はこれに関してもグラディス夫人が関与していると疑っている。馬車の窓から街を見ていたが、賑わいを見せつつもこれからの発展を匂わせる活気があった。治安は良く、とても通り魔が出没するような場所には見えなかった」
「あれは私が雇った暗殺者ですわ。マリユスを売ったお金で雇いましたの」
「何故、エレノアさんを殺させる必要があったのか、教えてくれますか?」
「だって、口封じは必要でしょう?」
ふふ……と、口元に手を当てて微笑んだ。
売り飛ばす奴隷商は、エレノアから言われた施設はやはり貴族奴隷ばかりを扱うところだった。
しかしそれでは足がつく。それに、マリユスの失踪を受けてバルテルシーが探しに行く可能性を示唆した。最下級の奴隷商へ売ると決めたのはグラディスだったと言った。
しかしそこではオメガに価値はなく、小銭程度の金額しか提示されなかった。
グラディスはそれを強引に交渉した末、何とか貴族奴隷程度の金額で売ったのだと自慢した。
「それだけではないな」
エリペールはまだグラディスを解放する気はなかった。
まだ、彼女には容疑が残っている。
誰もがグラディスの次の一言を待っていた。
エリペールが話す動機も、彼女なら納得できる。
イレーヌは病死と見せかけて殺された。そして、まだ二歳だった僕を奴隷商に売った。
もしかすると、侍女の死もグラディスが関わっているのかもしれない。
ともなると、馬車の中で話していた『全てが繋がったわけではない』というのは、伯爵夫妻の子供についてだろう。
エリペールはそれについても今日全てを明らかにするはずだ。
言い逃れはできない。
グラディスは知らぬ存ぜぬをいつまで貫くつもりなのか、エリペールがどんなに詰め寄ってものらりくらりと躱している。
それがもう自分が関わっていますと言っているも同然であるが、本人は気付いていない様子だ。
「グラディス、本当のことを教えてくれないか。君が……君がイレーヌを殺したのか」
バルテルシーは覚束ない足取りで立ち上がり、グラディスとの距離を詰める。
「近寄らないで、私は被害者じゃないの!! 貴方から裏切られ、イレーヌに婚約者の座を奪われようとした。それでも許したじゃない。私は貴方の過ちを全て許した。別邸で住まわせているのも見逃してあげた。なのに……なのに、あの女が勝手に死んだからってそれを私のせいにするなんて、あんまりですわ!!」
グラディスがバルテルシーに向かって泣き叫ぶ。
「一番に庇ってくれるのが夫ではなくて!?」バルテルシーの胸ぐらを掴み、逆に責め立てた。
「……許していなかったじゃないか。君がイレーヌに届けるはずの抑制剤を、発情誘発剤にしたのを知らないとでも思ったのか。エレノアではなく、アルファの男性従者を別邸に送り込んだことがあった。イレーヌを襲わせるためだろう? 妊娠していた彼女を襲わせ、まだお腹にいたマリユスごと……君は……好きにしろとその従者に言った」
バルテルシーはここにきて、まだ誰にも話していなかった事実を突きつけた。
その詳細に、全員が愕然とした。
「あの日、アルファの従者は別邸に行くふりをして行かなかった。代わりに、公務に出ていた私のもとへとやってきて、君から頼まれた内容の全てを話したよ」
憔悴したバルテルシーは、グラディスを監視するために離婚もしなかった。
バルテルシーはグラディスが陰で何をしていたのかを、全て知っていたのかと思わせる口ぶりだったが、しかしどうやら本当に手を下したまでは考えていなかったようだ。
グラディスは従者の失敗を知り、諦めたと思っていたらしい。
「それをエレノアを使ってイレーヌを殺させたというのか。そんな非道なことを実行していただなんて……」
「その辺で止めておかなければ、更なる罪を被ることになりかね無いぞ、グラディス夫人」
エリペールが厳しい口調で制した。
グラディスは観念したようにその場にへたり込んだ。
「……だって、あいつがいなければ、私が一番になれるじゃない。貴方の気持ちは常にイレーヌにしか向いていなかった。だけど、あいつがいなくなれば私だけを見てくれるって信じていたの。だから……エレノアに頼んでスプーンに毒を塗らせた」
「なるほど。長期に渡り毒を飲ませることで体力を徐々に消耗させ、あたかも出産による体調不良だと見せかけたというわけだ」
エリペールは勝利を確信した。ここからは自ら暴露するよう促すだけだと、僕に耳打ちをした。
そのままテーブルの下で手を握る。「私がついている」と言われているみたいで安心できた。
「妊娠中に見逃してやっただけでも、感謝してほしいですわ。本当なら、この街に来た時、領民の前に晒して『領主を寝とった悪いオメガだ』と、公開処刑にしたいくらいだった。子供を殺さなかったのは、奴隷商に売ってそのお金を慰謝料として頂くためですわ」
エリペールの思惑通り、グラディスは二八年前の事実を得意げに話し始めた。
「でもね」と続ける。バルテルシーを睨みつけて言い放った。
「私に、マリユスを奴隷商に売ればいいと提案したのは、エレノアですわ!!」
「彼女がそんなことをするはずないだろう!! この後に及んでまだそんな戯言を!!」
バルテルシーは怒りのあまりに罵倒したが、グラディスは紛れもない事実だと高笑いをした。
「マリユスを奴隷商に売れる年齢になるまで、自分が面倒見ると、エレノアから言われたわ。私はそれを容認しただけ。貴族奴隷ならオメガが一番高く売れるという情報だって、彼女から聞くまで知らなかった。だから交渉にエレノアを連れて行ったの」
僕は呆然とグラディスの言葉を聞いているしかできなかった。
ずっと一点を見詰めたまま、発言に耳を傾ける。
バルテルシーの言っていたのが本当だとすれば、僕はエレノアからとても親切にしてもらっていた。
それは全て嘘の顔だったと言うのか。
僅かにも彼女に同情した自分を恥じた。
「では、エレノアさんが通り魔に襲われたというのは? 私はこれに関してもグラディス夫人が関与していると疑っている。馬車の窓から街を見ていたが、賑わいを見せつつもこれからの発展を匂わせる活気があった。治安は良く、とても通り魔が出没するような場所には見えなかった」
「あれは私が雇った暗殺者ですわ。マリユスを売ったお金で雇いましたの」
「何故、エレノアさんを殺させる必要があったのか、教えてくれますか?」
「だって、口封じは必要でしょう?」
ふふ……と、口元に手を当てて微笑んだ。
売り飛ばす奴隷商は、エレノアから言われた施設はやはり貴族奴隷ばかりを扱うところだった。
しかしそれでは足がつく。それに、マリユスの失踪を受けてバルテルシーが探しに行く可能性を示唆した。最下級の奴隷商へ売ると決めたのはグラディスだったと言った。
しかしそこではオメガに価値はなく、小銭程度の金額しか提示されなかった。
グラディスはそれを強引に交渉した末、何とか貴族奴隷程度の金額で売ったのだと自慢した。
「それだけではないな」
エリペールはまだグラディスを解放する気はなかった。
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