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第四章

50、首謀者

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 エリペールは大袈裟なまでに僕を甘やかした。
 部屋に運ばせた食事は一人で食べられると言っても聞き入れてもらえず、膝に座らせカトラリーで一口ずつ食べさせるスタイル。口元に付いた料理はペロリと舌で舐め取られる。

「エリペール様、よく眠れたのでもう充分です」
 幼少期ならともかく、立派な大人になって流石に恥ずかしいからと離れようとするも腕力には敵わない。
 さり気なく腹部に回しているだけに思える腕はびくともしない。

「たまにはマリユスを甘えさせたいのだ。勿論、私が弱っている時は同じようにマリユスから扱ってもらえるのを期待している。それとも……口移しが良かったか……」
「いえ!! 大丈夫です!! ご馳走様でした」

 これで満足したかと思えば、湯浴みでも世話を焼き、就寝前のハーブティーは本当に口移しをしようとするものだから本当に焦った。———断りきれずに一口は口移しを受け入れた———僕が目を覚ましてからのエリペールはずっとこんな感じで、かと思えばスッと表情を消す瞬間も見せる。

 バルテルシーの話を思い出させないよう、気を逸らしてくれるのは伝わってくる。

 相当な動揺を見せていたし、実母は運命の番と結ばれることなく他界していた。世話をしてくれていた侍女からは裏切られ、奴隷としての人生が始まったのだ。
 物心つく前の話とはいえ、他人として聞くと、同じように同情しただろうと自分でも思う。

 しかし何時までも逃げているわけにはいかない。翌日になり、自分からバルテルシーの話題を持ちかけた。

「エリペール様は、どうお考えですか? バルテルシー伯爵様の証言を……」
 まさか僕からその話を口にするとは考えていなかったようで、一瞬ピクリと眉を動かした。

 直ぐに平常心を取り戻したエリペールは「昨日からの考えを、全員集めて話すつもりだ」真っ直ぐに僕を見詰めて言った。
 昨夜の聞こえたかもしれない一言は、本当に呟いた言葉だったのだと思った。

 今日の思い詰めた表情も昨日のバルテルシーの話を一つ一つ思い出し、整理していたのだろう。
「先に聞くか?」
「みんなと同時でいいです。一人で聞く勇気はないですから」
 はにかんだつもりだったが、エリペールの表情は柔らかくはならなかった。

 次に全員が集まれたのは、十日ほど経ってからだった。
 なにせエリペールが「どうしてもバルテルシー伯爵邸でなければならない」と言い出したからだ。
「どんな理由があるのだ、エリペール」
「お父様、私はこの件に関して、今の自分の推測が間違っているとは思えません。しかし一つ、どうしても本人に聞かなければならないこと・・・・・・・・・・・・・・・があります。なので、バルテルシー伯爵に出向いてもらうのでは意味がないのです」

 ゴーティエでさえその真意は読めないのか、唇を噛み、眉根を寄せる。
 バルテルシーはグラディスに話を聞かれるのを危惧して、わざわざ公爵邸まで足を運んでいるくらい慎重だ。すんなりと了承するのかも懸念される。
 ただエリペールの意見を聞くためには、動くしかないといった様子であった。

 そしてやはりバルテルシーは少々渋った。
 グラディスがゴーティエとエリペールと対面しているため、合議に立ち会わなくともイレーネの話をすると勘付くのは目に見えている。
 半ば押し通す形で合意させ、ラングロワ公爵家からゴーティエにエリペール、そして僕の三人と、パトリスも同行することとなった。———ブリューノは部外者はいない方がいいだろうと言って、後々報告してもらうと話がまとまった———

 馬車の中では二人きりにしてくれとエリペールが言い、二台で向かう。

 バルテルシー街は今日も以前と変わらず賑わっていて、街は活気に溢れていた。
「あのお店の店主が、話を聞かせてくれました」
 お喋りな店主の飯屋を指差す。
 エリペールは「そうか」とだけ返事をして、窓の外に目をやるが、どうやら今から話す内容を頭の中で整理してるようだった。

「すみません、黙っていた方が良かったですね」
「まさか!! すまない。私らしくもない。今日は緊張しているだけだ」
「エリペール様が……ですか?」
「一か八か……、確証はある。どう考えてもそうとしか考えられない。しかしそれを認めさせなければ意味がない。それに、全てが繋がったわけではないのだ」

 やはり窓の外に視線を向け、バルテルシーの街並みを見ていた。

 バルテルシーもまた、緊張した面持ちで出迎えてくれた。
「グラディス夫人も、是非、同席なさってください。後から聞いた話では、全てを信用できないでしょうから」
 エリペールが誘うと、バルテルシーは「良いのでしょうか」気の毒そうに眉を下げた。
 除け者にされるのは不本意だろうともエリペールは言った。
「その通りですね。グラディスを呼んでまいりますので、お待ちください」
 会議室に通されると、座って二人の到着を待った。

 グラディスは初めてマリユスを目の当たりにし、「ひっ」と悲鳴を漏らすほど驚いた。
 僕がイレーヌに似ているのは、誰の目にも同じように捉えられるほどなのだろうと思った。
 そしてグラディスはなるべく僕から遠い———顔があまり見えない———席を選んで座ったのだった。

「今日は大勢で押しかけて申し訳ない」
「いえいえ、ラングロワ公爵様直々など、畏れ多い。私から伺いますのに……」
「しかし、どうしてもエリペールがここでなければならないと言いましてね」
 ゴーティエから名前を呼ばれ、エリペールは立ち上がった。

「先日、バルテルシー伯爵との話し合いで、不可解な点が多く見られました。イレーヌさんの出産後の死、そして侍女とマリユスの失踪。侍女の死、そして……お二人のお子様の死も含め、洗いざらい情報を共有いたしました」
「え?」声を漏らしたのはグラディスだった。やはり、バルテルシーが公爵邸へ一人で来たのは話していなかったようだ。
 グラディスは苛立ちをなるべく見せないようにと取り繕っているが、バルテルシーに向ける視線は鋭く突き刺さっていた。

「どういうことですの? 私は貴方が公爵家へ行ったなんて聞いていませんわ」
「すまない。言えば君は反対するだろうと思って、黙っていたのだ。マリユス探しはもう諦めたことにしていたしね。しかしイレーヌの話を持ちかけられ、どうしても一度だけで良いから話を聞きたかった」
 申し訳なさそうに頭を下げる。
 グラディスは一言も返さず、両手を握りしめた。
 昔の女性を忘れていなかったと知り、傷付いたに違いない。

 エリペールは構わず話を進めた。

「私は先ず、イレーヌさんが亡くなった後、何故マリユスを殺さなかったのだろうと考えた。子供一人くらい邪魔なら殺せば済む話だと。なのに、侍女を付き添わせてまで奴隷商に売りに行った。しかも誰にも気付かれないような、貴族から一番縁のない最下級の奴隷商に。殆ど孤児みなしごのマリユスを売って何か得することがあるのか……理由が分からなかったが、たった一人においてはメリットがあることに気が付いた。それならば全て辻褄が合うのだ。そうだろう? グラディス夫人」

 全員が一斉にグラディスに注目した。

「何が仰りたいのでしょう」
 グラディスは真っ直ぐにエリペールに向けた視線を逸らさなかった。

「貴女は、侍女のエレノアを使ってイレーヌさんを殺害した。そして、マリユスを奴隷商に売った。その売った金を自分のものにしたのだ。イレーヌさんが亡くなったと聞いた時点で違和感を持ったが、彼女に恨みがあるのは貴女しかいない。私は一番に疑いをかけた」

「濡れ衣ですわ」
「しかし、どう考えても全てを動かせるのはグラディス夫人しかいない」

 エリペールは今のうちに白状しろと詰め寄った。
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