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第四章

47、バルテルシー伯爵の証言

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 バルテルシーの思惑は誰にも予想するのは不可能だったが、予定の日時に公爵家へ迎え入れた。
 会議棟へ通すと、ゴーティエとエリペールが対応に当たった。
 その間に、パトリスを連れてくるようリリアンが頼まれ学校へと向かう。

 こんな時に一人になるのは不安だったが、甘えていられない。
 自室での待機では落ち着かず、リビングでお茶を淹れてもらった。
 今頃、どんな話を聞いているのか気になって仕方ない。

 リビングの窓から会議棟の建物は見えるが、室内までは見ることは出来なかった。
 話は直ぐに終わるものでもなかったらしく、リリアンがパトリスを連れて帰ってきたのが先だった。

「マリユス君、バルテルシー伯爵様が見えているって!?」
「そうなんです。お一人で来られました。でも何を話しているかは全く分かりません」
 客室のソファーに促すと、パトリスは落ち着かない様子で両親の日記を取り出し、読み始めた。

「あの、パトリス先生は怖くないのでしょうか。お姉様の真実を知るのが」
「行方が分からないのが一番怖いよ。どこかで生きていて欲しいけれど、もしも……この世界からいなくなっていたとしても、それを知らなければ心の整理が出来ないんだ」
 寂しそうな顔をした先生は、どこかでもう姉が生きてはいない未来を想像しているのではないかと思われた。
 生きている望みが薄いのは誰もが感じているが、パトリスだけは生きていると信じているものだと思っていた。
 僕が考えているよりも、ずっと現実主義者なのかもしれない。

 やがて、エリペールが本邸へと帰ってくる。
「マリユス、パトリス先生、一緒に来て頂きたい」
「バルテルシー伯爵はなんと?」
「とりあえず、マリユスに会わせるのが手っ取り早いと判断した。あとは会議棟で説明する」
 エリペールは完全に仕事用の顔をしている。
 早足で歩き、先頭を切って会議棟へと入った。

 部屋に入ると、ゴーティエと向き合って見知らぬ男性が座っていた。
 一一一この人がバルテルシー伯爵……。
 あの店主が言っていた通り、女遊びも興味がないような、真面目で人の良さを醸し出した容姿をしている。
 歳はゴーティエと同じくらいか、もう少し上にも見える。

 バルテルシーに向かってお辞儀をすると、言葉を失ったように震え、立ち上がった。
「どうですか? イレーヌ夫人にそっくりではないでしょうか」
 ゴーティエがバルテルシーに訊ねると、声を出さずに小刻みに頷いた。

「どういう、ことでしょうか」
 僕はゴーティエの言わんとする事が理解出来ず、ゴーティエとバルテルシーの顔を交互に見る。
 僕の後ろか、パトリスがバルテルシーを睨みつけているような気配を感じた。

 エリペールはこちらに席に着くよう促し、「イレーヌ夫人との繋がりを、認めました」パトリスに向けて声をかけた。

 パトリスは目を瞠り、そのままの表情をバルテルシーに向ける。
「私は、イレーヌの実弟です」
「あなたが……」
 気まずそうな面持ちでパトリスを見るこの人が、僕の実父なのだろうと察した。

 バルテルシーは僕を見ると、息を振るわせながら吐き出し、「生き写しのようだ」パトリスと同じことを口にする。

「私とイレーヌは運命の番でした」
 静かに話し始めたバルテルシーに、パトリスは「勿論、知っています。結婚をするために、バルテルシー街に連れて行ったと、家族は皆、思っていました」責めるように、強い口調で投げつける。

「結婚するつもりでした。両親を説得し、一緒になるつもりだったんです。領地に連れて行った頃に、イレーヌのお腹に子を授かっているとも判明し、私も必死に結婚へと向けて動いていました、しかし……」
 バルテルシーはここまで話すと、一度黙り込んでしまった。エリペールが補足するように言う。
「家同士の結びつきには敵わなかった」
「……そうの通りです」
 感傷に浸り、バルテルシーは嘆いた。
「では姉は……イレーヌはどうしたんですか」
 パトリスは、何がなんでも全て吐かせる勢いで詰問する。

「彼女は別邸で囲っていました。許嫁との結婚破棄が叶わず、イレーヌの存在は誰にも話せなかった。それでも公務の合間を縫って会いに通いました。私は誰よりもイレーヌを愛していましたし、彼女は一緒にはなれないことが分かっても、側にいたいと言ってくれました。なのに……」

 ここまで聞いた時、この後に続く言葉はなんとなく全員が予測できてしまった。
 バルテルシー自身、いまだに傷が癒えていない様子だった。
 何度か深呼吸をし、それでも話そうとしては声を詰まらせる。

 そうして泣くのを堪えながら「亡くなりました」絞り出すような声で告げ、続ける。
「子供が産まれた後、体に無理をしたのかどんどん弱っていき、そのうち食欲もなくなりました。そして子供が産まれて二年後、眠りについたまま帰らぬ人となりました」

 パトリスが泣き崩れた。
 奇しくも両親が亡くなった直ぐ後のことだ。そして、パトリス自身も今の伯爵家へ婿養子に入った後だった。
「家族に知らせようとしましたが、あの家にはもう誰も住んでいないと言われ、どうすることもできませんでした」
 パトリスに向かって頭を下げる。

「何故、先日教えてくださらなかったのですか?」
 エリペールが訊ねた。
「妻が……グラディスは、私とイレーヌの関係を知っていましたから、禁句なんです」
「なるほど、それで今日わざわざ訪れたと言うわけですね」
 年上の男性にも物怖じせず、エリペールは話を進める。

「はい。まさかここでイレーヌの家族に会えるとは夢にも思いませんでした。それに……」

 バルテルシーがこちらに視線を向ける。
 ゴーティエが確認するように質問を投げた。
「マリユスは、イレーヌさんの子供で間違いないですか?」
「はい、きっと……いや、絶対にそうです。こんなにも似ているなんて、他に考えられません」
 バルテルシーは涙を堪えきれず、ハンカチーフで拭う。

「ずっと、探していました。マリユスを」
 切れ切れの声で、バルテルシーはそう言った。
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