【完結】発情しない奴隷Ωは公爵子息の抱き枕

亜沙美多郎

文字の大きさ
上 下
46 / 68
第四章

46、読めない男

しおりを挟む
 事態が大事になっていく渦の中心に自分がいるというのは、少なからずのストレスになっている。
 周りは優秀なアルファばかりで頼りになるが、その対応力、行動力について行けないのも申し訳なく思う。
 こんなくだらない悩みを口に出して調査を中断させるわけにもいかず、口数は日々減っていた。

「マリユス、ティータイムにしよう」
 エリペールがリリアンと共に部屋へと戻ってきた。
 準備を整えると二人きりにしてくれと頼み、リリアンはそれに従った。

 ソファーに並んで座ると、エリペールはそっと僕の肩を抱く。
「弱音くらい、吐けばいい」
「僕、変な顔をしていましたか?」
「マリユスはいつだって美しい。最近、憂いた表情が増えたが、そんな顔も昔を思い出して良い。ただ、我慢せず私を頼って欲しいのだ」
 エリペールはなんでもお見通しだ。
 素直に、この流れに気持ちも頭もついていけないと漏らした。

「何もかもが急展開だったから、無理もない。しかもマリユスに関することなのだから、デリケートに扱うべきだ」
「そんな、気を使ってもらおうなんて烏滸がましいことは考えていません。ただ、なんとなく怖くて……」

 まさか自分が奴隷商に売られた原因を探る日が来るとは思いもよらない。
 パトリスの姉の件にしても、彼の予想通り、命を落としていたら……そう考えるだけで、本当に足を踏み入れていいのか躊躇ってしまう。
 パトリスはきっと結果がどうであれ、真実を知りたいのだろうと思われた。

 僕はどうしたいのか……真実を知るべきなのか、本当は何も知らないまま平穏に過ごせる方がいいかも知れない。自分の気持ちが定まらないまま、ただ流されていくのが怖いのかもしれない。

「マリユスの嫌がることはしたくない。パトリスや他のものがなんと言おうと、私が中断させる」
「それは駄目です。もう動き出してしまったものを止めるだなんて。それに……パトリス先生は何年もの歳月をかけてここまで辿り着きました。僕の一存で諦めさせるなど、裏切りです」
「他人を気遣って自分が我慢する必要などない。ただ、私がこの件に関して手を貸しているのはマリユスとの結婚に繋がるかもしれない。それだけだ」

 エリペールは何がなんでも僕との結婚を諦めないと豪語している。
 そのために(一方的に)ライバル視しているパトリスにも手を貸しているのだ。

「……エリペール様が話を聞いてくれたから、少し肩の力が抜けました。もう、大丈夫です」
「決して無理だけはするな。私はマリユスに何かあると、平常心ではいられなくなる。今回の件も一人なら絶対に手を出さなかった。しかし、関わっている全員が全力でマリユスを守ってくれるだろう。だから、安心したまえ」

 僕をエリペールの膝に座らせ、抱きしめた手で背中を撫でてくれる。

「誰にも、傷付いてほしくありません」
「そうだな、その為に謎を解明しなくてはならない。バルテルシー伯爵は、明らかに何かを隠している。領主としての立場を利用して、陰で何かをしている可能性も考えられる。それを知ってしまった以上、放っておくわけにはいかないのだ」
「理解しています」

 エリペールの肩に頭を預けると、髪にキスを落としてくれた。

 二日後、予定通りエリペールはゴーティエと共にバルテルシー伯爵邸へと赴いた。
 早朝に公爵邸を出発し、帰ってきたのは深夜になった。
 話が難航したのか、それとも別の理由なのか、とにかく二人の表情は芳しくない。
 声をかけるのも躊躇するほどに……。

「話は明日だ」
 ゴーティエの一言で、早急にベッドに入り、エリペールは疲れた様子で直ぐに寝息を立てた。

 翌日、ブリューノは来られなかったがパトリスは足を運んでくれた。
「やはり、バルテルシー伯爵はイレーヌさんのことを知っているようだな」
 エリペールの一言で合議が始まった。
 パトリスの顔色が曇る。
「姉について、何か話していましたか」
「いや、明らかな動揺は見せたが、番だったともなんとも話さなかった」
「…………」

 ゴーティエたちは、バルテルシーに「とある女性を探してほしいと依頼を受けた」と掛け合ったそうだ。
 少し前から捜索をしているが、どうしてもバルテルシー街から情報が途絶えている。それで領主であるバルテルシーに、僅かな情報でもいいから知らないかと思い、訪ねた。そう話を進めた。

 バルテルシーと、本妻であるグラディスと名乗る女性は、同時に顔を顰めた。
 しかし「その女性を何故探しているのですか」 確信に触れさせないよう、必死に取り繕うバルテルシーの額には汗が滲んでいたとゴーティエは振り返る。
 グラディスは一言も発しなかった。ただ目の前のテーブルに置かれているハーブティーだけに視線を集中させていたそうだ。

「失踪したのがいつ頃だったかと聞かれ、パトリス先生の日記に書かれてあった頃を伝えると、昔すぎて調べても情報が集まるか保証はできないと言われた」
「そんな!! バルテルシー伯爵こそが、姉の運命の番だったのですよ!?」
 パトリスが珍しく声を張る。
 ゴーティエがそれを視線だけで鎮めた。

「店主から聞いた子供については、衰弱死だと話してた」
 八歳の子供が衰弱死……違和感を覚える。
 元々体が弱かったわけでもなさそうな口振りだったらしい。

「引き続き調べる必要が大いにある」
 エリペールの一言に同意する。

 その数日後のことだった。
 バルテルシーの方からゴーティエ宛に伝達が届いたのだ。
「一人でこちらへ伺いたいそうだ」
「私たちから来られるのは支障があるというわけですか」
 エリペールの言葉に、ゴーティエは「そうのようだな」と答えた。
しおりを挟む
感想 56

あなたにおすすめの小説

転生貧乏貴族は王子様のお気に入り!実はフリだったってわかったのでもう放してください!

音無野ウサギ
BL
ある日僕は前世を思い出した。下級貴族とはいえ王子様のお気に入りとして毎日楽しく過ごしてたのに。前世の記憶が僕のことを駄目だしする。わがまま駄目貴族だなんて気づきたくなかった。王子様が優しくしてくれてたのも実は裏があったなんて気づきたくなかった。品行方正になるぞって思ったのに! え?王子様なんでそんなに優しくしてくるんですか?ちょっとパーソナルスペース!! 調子に乗ってた貧乏貴族の主人公が慎ましくても確実な幸せを手に入れようとジタバタするお話です。

王子を身籠りました

青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。 王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。 再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?

冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。 オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。 だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。 その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・ 「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」 「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

【完結・ルート分岐あり】オメガ皇后の死に戻り〜二度と思い通りにはなりません〜

ivy
BL
魔術師の家門に生まれながら能力の発現が遅く家族から虐げられて暮らしていたオメガのアリス。 そんな彼を国王陛下であるルドルフが妻にと望み生活は一変する。 幸せになれると思っていたのに生まれた子供共々ルドルフに殺されたアリスは目が覚めると子供の頃に戻っていた。 もう二度と同じ轍は踏まない。 そう決心したアリスの戦いが始まる。

策士オメガの完璧な政略結婚

雨宮里玖
BL
 完璧な容姿を持つオメガのノア・フォーフィールドは、性格悪と陰口を叩かれるくらいに捻じ曲がっている。  ノアとは反対に、父親と弟はとんでもなくお人好しだ。そのせいでフォーフィールド子爵家は爵位を狙われ、没落の危機にある。  長男であるノアは、なんとしてでものし上がってみせると、政略結婚をすることを思いついた。  相手はアルファのライオネル・バーノン辺境伯。怪物のように強いライオネルは、泣く子も黙るほどの恐ろしい見た目をしているらしい。  だがそんなことはノアには関係ない。  これは政略結婚で、目的を果たしたら離婚する。間違ってもライオネルと番ったりしない。指一本触れさせてなるものか——。  一途に溺愛してくるアルファ辺境伯×偏屈な策士オメガの、拗らせ両片想いストーリー。  

【短編】旦那様、2年後に消えますので、その日まで恩返しをさせてください

あさぎかな@電子書籍二作目発売中
恋愛
「二年後には消えますので、ベネディック様。どうかその日まで、いつかの恩返しをさせてください」 「恩? 私と君は初対面だったはず」 「そうかもしれませんが、そうではないのかもしれません」 「意味がわからない──が、これでアルフの、弟の奇病も治るのならいいだろう」 奇病を癒すため魔法都市、最後の薬師フェリーネはベネディック・バルテルスと契約結婚を持ちかける。 彼女の目的は遺産目当てや、玉の輿ではなく──?

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

運命の息吹

梅川 ノン
BL
ルシアは、国王とオメガの番の間に生まれるが、オメガのため王子とは認められず、密やかに育つ。 美しく育ったルシアは、父王亡きあと国王になった兄王の番になる。 兄王に溺愛されたルシアは、兄王の庇護のもと穏やかに暮らしていたが、運命のアルファと出会う。 ルシアの運命のアルファとは……。 西洋の中世を想定とした、オメガバースですが、かなりの独自視点、想定が入ります。あくまでも私独自の創作オメガバースと思ってください。楽しんでいただければ幸いです。

処理中です...