【完結】発情しない奴隷Ωは公爵子息の抱き枕

亜沙美多郎

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第三章

31、真実をこの眼で見るまでは

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 ブリューノは決して煽って言っているのではない。それは彼の表情から読み取ることができた。
 久しぶりに連絡をとった親友が寝込んでいると言われたのだから、見舞うのも当然の流れである。

「でも、僕には行く資格などありません」
「弱ったアルファは好みじゃないかな」
「そういう意味ではございません。僕は自分勝手に屋敷を飛び出したのです。そんな人がのこのこと涼しい顔で、公爵邸の敷居を跨げるはずないじゃないですか」
「今、エリペールは君の意固地を気にしている場合ではない容態だぞ」
「……僕が行ったところで、何もしてあげられませんから」
「そうか」

 ブリューノは見捨てたように一言吐くと、立ち上がる。
 
「もう、主人に真摯に向き合う君ではなくなったというわけだ」
「そこまで言っていません。エリペール様は素晴らしい方です。僕は、ただ……」
「行きたくない人を無理に連れて行こうとは思わない。但し、僕はエリペールの状況を必ず君に話しにくる。包み隠さず、全て。それを聞いて君が平気でいられるなら、いつまでもそうやって片意地を張っていればいい」

 鋭い言葉が突き刺さる。
 けれどもこれが彼なりの優しさだというのも分かっている。
 どう言えば僕が動くのかを熟知しているからこそ、こうして厳しい言葉を投げつけたのだ。

 今、会いに行かなければ必ず後悔する。でも一人では行けそうにないから、ブリューノが連れ立って行ける理由をわざわざ作ってくれた。
 これを断るというのは、ブリューノの善意を無碍にするということだ。

 しかしブリューノは「失礼する」ピシャリと言うと、研究室から出て行ってしまった。
 今直ぐ追いかけなければ、行ってしまう。
 ドアを見詰める。
 気持ちは走り出したいのに、足が竦む。
 手に汗が滲み、心臓が大きく伸縮した。

 今、ブリューノは階段を降りている。
 エリペールへ会いに行くなら、これがラストチャンスなのも頭では理解している。
 会いたいか、会いたくないか。心配なのか、どうでもいいのか。

 答えは既に決まっているではないか。

「……って、ください……待ってください!!」

 研究室を飛び出し、ブリューノを追いかける。
 彼は既に外に出て、クライン家の馬車へと向かっていた。
 僕が追いかけてくるかもしれないと予想しゆっくり進むでもなく、周りの視線を浴びながら颯爽と歩く後ろ姿に向かって叫んだ。

「ブリューノ様!!」
 緊張で喉の渇きを感じる。
 思ったほど大きな声は出なかった。それでもブリューノは立ち止まり振り返ってくれた。

「来たね」
 勝者の笑みを咲かせていた。
 その表情から自分の目論み通りだと言いたいのが伝わってくる。
 僕が追いつくと、手を差し伸べ馬車へと招いてくれた。
「ラングロワ公爵家へ向かってくれ」
 従者に頼むと対面して座る。
 ゆっくりと出発した馬車の中で、ブリューノは話の続きを喋り始めた。

「結果がなんであれ、真実を自分の目で見るまでは決めつけてはならない。諦めるなど、いつでもできる」
「……でも、怖いです」
「友人として言わせてくれ。エリペールを信じてやってほしい」
「信じる……?」
「学生時代の彼を知っているからこそ、エリペールがマリユス君を切り離すなど考えられない。だって奴ときたら、口を開けばマリユス君の話しかしないんだ。一度訊いたことがあったな。『マリユス君への愛はどれほどか』と。するとエリペールは両手を広げて言ったんだ。『マリユスの存在する世界よりも広い』ってね。僕は『それだと君の中にすっぽりと収まってしまう』と笑ったんだが、エリペールは常にそれを望んでいた」

 クライン家の馬車は小刻みに揺れながらラングロワ公爵邸を目指す。
 広々とした馬車の中でもブリューノの長い脚は今にも僕に触れそうだ。
 目を伏せると、そのスラリと角張った膝に視線が移る。
 ブリューノは断言した。

「エリペールは、マリユス君を自分の中に閉じ込めて置きたいほど愛しているよ」
 思わずブリューノを直視してしまった。
 彼はエリペールを信じている。
 
 一番近くにいたのに、一番に信じてあげなければいけなかったのに、エリペールから逃げた自分を悔やんだ。
 なんと愚かなのか。
 エリペールはいつだって愛を伝えてくれたのに、いつだって僕を守ってくれたのに、自分からそれを遠ざけるなんて……。

「会ってやってくれ。エリペールを救えるのは、君しかいない」

 話している間に、馬車はラングロワ公爵邸の敷地へと入っていた。
 窓の外に目をやると、初めて来た日のことを思い出した。
 こんなにも美しい世界があるのだと感動した。
『お前はここで生きていくんだ』
 確かそんなに風に言われた。
 あの時と同じくらい緊張している。

 もしもこれで拒絶されてしまったら……嫌な方に考えてしまうが、ブリューノに言われた言葉で自分を励ました。
 真実を見るまで、結果を決めてはならない。

 目の前でブリューノはしっかりと口角を上げ、威厳たっぷりに座っている。
「さぁ、行こうか」
 馬車の扉が開かれ、ブリューノが先に降りた。
 扉の向こうにラングロワ家の従者が並んでいる。その中にリリアンの姿があった。
 目が合ってしまい、お互い瞠目としてしまう。
 体が強張って動けない僕にブリューノは深呼吸を促し、恐る恐る公爵邸へ降り立った。
 
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