上 下
25 / 52
第二章

25、隔離

しおりを挟む
 綺麗に整えられたベッドに横たわると、エリペールはその足でゴーティエの元へと赴いた。
 自分も呼ばれると思っていたのは自惚れだった。
 話はエリペールだけで充分だと言えば確かにそうだ。

 そもそも『ラングロワ』の名前をもらったとはいえ、本当の家族ではない。
 話し合いの場に呼んでもらえるなど、烏滸がましいにも程がある。
 それにエリペールだけが呼ばれたということは、やはり少なからずゴーティエは反対しているのだろう。
 祝福なら、僕も一緒に呼ばれるはずだ。
 感情に任せて番にならなくて良かったと心底思った。

 初めての発情期のキッカケがエリペールとのキスで、そのまま一晩中抱いてくれたのは幸いだった。
 体力的な疲労は感じるが、オメガ性は落ち着いていて、ヒートの心配も必要ない。
 エリペールが帰ってくるまで、眠っていようと目を閉じたタイミングで、リリアンが部屋へ来た。

「マリユスさん。申し上げにくいのですが、ブランディーヌ様からの下命で、エリペール様がいない間に隔離部屋へ移動するようにと……」
「はい」
 困苦の表情を浮かべるリリアンに「すぐに行きます」と返事をする。
「体調はいかがですか?」
「大丈夫です。一人で歩けます。アルファの方だけ避けなければいけないですが」
「配慮しますね」

 簡単に着替えを済まし、部屋を出る。
 エリペールの匂いのするものを持って行きたかったが、やめておいた。
 この発情期の間、一緒にいられないということは、番になれる未来はない。
 要するに、ゴーティエとブランディーヌは「諦めろ」と言っているも同然。

 最悪の場合、発情期が終わっても同じ部屋では過ごせない可能性だってある。両親の方がエリペールの性格を熟知している。
 エリペール自身が番になろうとしていた人が部屋にいて、何もないわけはない。
 僕の発情期後の自室も、隔離部屋ということになるだろう。

 エリペールは隔離部屋がどの棟のどの部屋なのかを教えられていない。
 密室にしてしまえば、オメガのフェロモンが外にまで届くこともないはずだ。

 それでもブランディーヌが準備してくれた部屋だから、仕事は継続して続けさせてもらえる。
 これで良い。
 何度も頭の中でシュミレーションしていた展開ではないか。
 寂しいなど、もう一度会いたかったなど、望んではならない。

 隔離部屋には既に、最低限の生活ができるほどの荷物が運び込まれていた。
 室内から隣の浴室に直結していて、ヒートが回復すればいつでも体を流すこともできる。

 今後は発情期が終わるまでの間、リリアンが僕の専属として世話をしてくれるそうだ。

「医師を呼んでいますので、後ほど伺いますね。必要なものは概ね運び入れていますが、何かあればその都度仰ってください」

 リリアンが退室すると、ベッドに崩れ落ちるように横たわる。
 気丈に振る舞ってきたが限界だった。
 胸が締め付けられるほど声に出せない思いが涙となって溢れてくる。
 背中を丸め、両手で顔を覆って自分以外のものを遮断した。

 いっそ無慈悲に捨ててくれた方がマシだったかもしれない。同じ敷地内に、二度と会えないエリペールがいると思うだけで、焦がれ苦しむのは目に見えている。
 今の僕にはブランディーヌの優しさが残酷に思えてしまった。

 今頃、エリペールはゴーティエたちとどんな話し合いになっているだろうか。
 きっとそれによって処遇が決まると思われた。
 エリペールはなんとしてでも僕を自分の部屋に連れ戻そうとするだろう。
 ゴーティエとブランディーヌは反対を押し切るような気がしている。そして、ゴーティエたちの意見の方が正しいというのも、悲しいほど理解できる。

「……エリペール様……」
 さっきまで触れていた手、包み込む体、囁く声……匂い、眼差し、口付け。
 閉じた眸の中で全て鮮明に生きている。
 僕に感情というものを与えてくれた。
 彼だから……彼でなければ……この身体を満たせない。

 エリペールの匂いを嗅いだわけでもないのに、想っただけでヒートをぶり返した。
 腹の奥が熱い。たっぷりと注がれたアルファの精が「私を求めろ」と叫んでいるみたいだ。
 脚衣の中に手を入れ、芯を通し始めたそれを慰めるように扱く。
 昨晩枯れるほど吐精したけれど、既に先端からは白蜜が溢れ出している。
 擦れば擦るほど劣情は加速し、エリペールを求めてしまう。

 触って欲しい。側にいて欲しい。優しく髪を撫でて、力強くこの体の最奥を貫いて欲しい。
「あっ、ぅ……ふぅ……ん……エリペール様、エリペール様……」
 名前を呼べば呼ぶほどヒートは酷くなる。
 そうとは分かっていても、意識して我慢できるものでもなかった。
 脚衣を脱ぎ、孔に指を挿れてみる。
 オメガの液はするりと受け入れたが、この細い指では物足りなさを強調するだけだった。
「足りない。寂しい……もっと太くて、奥まで届くような……エリペール様の……んぅ……ぅぅ……」
 涙でぐちょぐちょになっても手は止められない。

 アルファの精を求められない今、ヒートを治める術は何もない。
 頭の中はエリペールだけで占領されている。
 他のことは何も考えられなかった。

 一人で発情期を乗り越えられる自身はない。
 本当にこの苦しさは七日そこそこで終わってくれるのだろうか。

 ブランディーヌは発情期の間も気が紛れるようにと、景色の良い部屋を宛てがってくれたが、とても窓の外に目を向ける余裕はなかった。
 ベッドでどれだけ悶え苦しんでも、誰も助けてはくれない。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

そばにいてほしい。

15
BL
僕の恋人には、幼馴染がいる。 そんな幼馴染が彼はよっぽど大切らしい。 ──だけど、今日だけは僕のそばにいて欲しかった。 幼馴染を優先する攻め×口に出せない受け 安心してください、ハピエンです。

浮気な彼氏

月夜の晩に
BL
同棲する年下彼氏が別の女に気持ちが行ってるみたい…。それでも健気に奮闘する受け。なのに攻めが裏切って…?

転生貧乏貴族は王子様のお気に入り!実はフリだったってわかったのでもう放してください!

音無野ウサギ
BL
ある日僕は前世を思い出した。下級貴族とはいえ王子様のお気に入りとして毎日楽しく過ごしてたのに。前世の記憶が僕のことを駄目だしする。わがまま駄目貴族だなんて気づきたくなかった。王子様が優しくしてくれてたのも実は裏があったなんて気づきたくなかった。品行方正になるぞって思ったのに! え?王子様なんでそんなに優しくしてくるんですか?ちょっとパーソナルスペース!! 調子に乗ってた貧乏貴族の主人公が慎ましくても確実な幸せを手に入れようとジタバタするお話です。

貧乏Ωの憧れの人

ゆあ
BL
妊娠・出産に特化したΩの男性である大学1年の幸太には耐えられないほどの発情期が周期的に訪れる。そんな彼を救ってくれたのは生物的にも社会的にも恵まれたαである拓也だった。定期的に体の関係をもつようになった2人だが、なんと幸太は妊娠してしまう。中絶するには番の同意書と10万円が必要だが、貧乏学生であり、拓也の番になる気がない彼にはどちらの選択もハードルが高すぎて……。すれ違い拗らせオメガバースBL。 エブリスタにて紹介して頂いた時に書いて貰ったもの

【オメガの疑似体験ができる媚薬】を飲んだら、好きだったアルファに抱き潰された

亜沙美多郎
BL
ベータの友人が「オメガの疑似体験が出来る媚薬」をくれた。彼女に使えと言って渡されたが、郁人が想いを寄せているのはアルファの同僚・隼瀬だった。 隼瀬はオメガが大好き。モテモテの彼は絶えずオメガの恋人がいた。 『ベータはベータと』そんな暗黙のルールがある世間で、誰にも言えるはずもなく気持ちをひた隠しにしてきた。 ならばせめて隼瀬に抱かれるのを想像しながら、恋人気分を味わいたい。 社宅で一人になれる夜を狙い、郁人は自分で媚薬を飲む。 本物のオメガになれた気がするほど、気持ちいい。媚薬の効果もあり自慰行為に夢中になっていると、あろう事か隼瀬が部屋に入ってきた。 郁人の霰も無い姿を見た隼瀬は、擬似オメガのフェロモンに当てられ、郁人を抱く……。 前編、中編、後編に分けて投稿します。 全編Rー18です。 アルファポリスBLランキング4位。 ムーンライトノベルズ BL日間、総合、短編1位。 BL週間総合3位、短編1位。月間短編4位。 pixiv ブクマ数2600突破しました。 各サイトでの応援、ありがとうございます。

謎の死を遂げる予定の我儘悪役令息ですが、義兄が離してくれません

柴傘
BL
ミーシャ・ルリアン、4歳。 父が連れてきた僕の義兄になる人を見た瞬間、突然前世の記憶を思い出した。 あれ、僕ってばBL小説の悪役令息じゃない? 前世での愛読書だったBL小説の悪役令息であるミーシャは、義兄である主人公を出会った頃から蛇蝎のように嫌いイジメを繰り返し最終的には謎の死を遂げる。 そんなの絶対に嫌だ!そう思ったけれど、なぜか僕は理性が非常によわよわで直ぐにキレてしまう困った体質だった。 「おまえもクビ!おまえもだ!あしたから顔をみせるなー!」 今日も今日とて理不尽な理由で使用人を解雇しまくり。けれどそんな僕を見ても、主人公はずっとニコニコしている。 「おはようミーシャ、今日も元気だね」 あまつさえ僕を抱き上げ頬擦りして、可愛い可愛いと連呼する。あれれ?お兄様、全然キャラ違くない? 義弟が色々な意味で可愛くて仕方ない溺愛執着攻め×怒りの沸点ド底辺理性よわよわショタ受け 9/2以降不定期更新

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

振られた腹いせに別の男と付き合ったらそいつに本気になってしまった話

雨宮里玖
BL
「好きな人が出来たから別れたい」と恋人の翔に突然言われてしまった諒平。  諒平は別れたくないと引き止めようとするが翔は諒平に最初で最後のキスをした後、去ってしまった。  実は翔には諒平に隠している事実があり——。 諒平(20)攻め。大学生。 翔(20) 受け。大学生。 慶介(21)翔と同じサークルの友人。

処理中です...