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第二章
18、失踪
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パトリスには予めエリペールを連れて行くと伝える機会を失ってしまったが、姿を見るなり顔を綻ばせ、歓迎してくれた。
元々、椅子の足りない研究室だったので自分の椅子をエリペールに差し出す。
「失礼する」
エリペールの隣に、最初に椅子がわりにしていたカゴを置き、腰を下ろすと目を丸くしてエリペールが声を荒げた。
「マリユスにこんな質素なものを使わせているのか?」
「違います!! 僕は隣の書庫にしている部屋を使わせてもらっているので。そちらに一人がけのソファーを準備してくださったんですよ」
「……そうか、ならば今は君がこの椅子に座りたまえ」
エリペールは立ち上がると、有無を言わせず僕を座らせた。
「僕が立っていますから」慌てて言ったがそれを許さなかった。
パトリスはその様子を眺めて微笑んでいる。
「仲がいいのですね」
「勿論だ。マリユスは私が見つけて連れてきたのだ」
頷くパトリスは時間があるかと訊ねると、話したいことがあると唐突に切り出した。
「実はラングロワ様にこうしてお会いしたく思っていました。誰にも話が聞かれない場所で」
「私? 話したいこととは、授業とは関係なさそうだ」
「そうです。マリユスくんのことで、知りたいことがあるのです」
「僕……ですか?」
パトリスは深く頷いた。
「彼は奴隷だったと以前聞きました。そこでラングロワ様が見つけたと」
「間違っていない。五歳の頃だった。それが何か?」
「もし知っていたら教えて欲しいのですが、マリユスくんを奴隷商に売った人物が誰なのか、分かったりしないのかと思いましてね」
パトリスの言わんとすることは想像もつかない。
なぜ僕を売った人物なんかが知りたいのだろうか。
「当時の私は子供すぎて知り得ない情報だ。母に訊けば何か知っているかもしれないが。何故そんなのが気になっている?」
「実は、私はとある人を探しているのです」
パトリスが話始めた内容はこうだ。
彼には歳の離れた姉がいた。
オメガだったが運命の番と出会い、その人と結婚したと両親から聞いていた。
しかし家を出た後、しばらく経った頃から連絡が途絶える。
手紙を送っても一向に返事が来ない。
不審に思った両親はその屋敷に出向いた。
そこで、運命の番だった人は別の女性と結婚をしていたと判明する。
家が決めた政略結婚であったと言われ、姉とは一緒になっていなかった。
隠れて別邸に住まわせていると説明しているところで本妻が姿を見せる。
そこで話を流され、結局姉と両親は会えないまま終わってしまった。
本妻の前で、姉の話題は禁句だった。
「それでも、身籠っていた子供は無事に産まれたと手紙が届きましたが密書であったため、差出人は記載されていませんでしたが、あれはその番相手で間違いないでしょう。両親は孫と会いたがっていましたが、奇しくも流行病で亡くなってしまい、会えず終いでした。日記を残してくれていたので私はその詳細を知ることができたのです」
そこでエリペールが口を挟む。
「その口振りだと、パトリス先生はお姉さまの運命の番とは対面したことがないと捉えても?」
「ええ、そうです。当時、私はまだ恋愛も知らない学生でした。番相手の名前も、両親の日記を見るまで覚えていなかったほどです」
「その名前とは?」
「バルテルシー伯爵。ご存知でしょうか?」
「聞いたことがある。特に悪い噂はないはずだが……」
「そうです。領地であるバルテルシー街まで赴いたこともあります。商業が盛んなところで、とても良い印象を持ちました。そんな領主様だからこそ、姉を無碍にしたとは思えず……」
ここでエリペールが一つの議題を持ち出す。
「待て、もしかしてその会えずじまいの子供がマリユスだと言うのか」
「……マリユスくんを見た瞬間、子供の頃の姉とそっくりだと思いました。目元や、鼻の形もそっくりです。オメガ特有の美しさも、記憶の姉と重ねてもとても他人とは思えませんでした。中等部の頃から度々図書館で見かけていましたが、照れると耳朶を弄る癖があるでしょう? それも、姉と同じなんです」
パトリスはどうしてもこの学校で働くのが目標だったと以前話していた。
その理由は、貴族の子供なら必ずこの学校へ通わせると睨んでいたからなのだ。
もしも姉の子供が生きていたなら、バルテルシー伯爵が姉を大切にしてくれているなら、いずれは会えると信じていた。
しかし姉にそっくりな生徒を見つけたが、名前を見るとラングロワ公爵家の名前が書かれているではないか。
自分の勘違いかと思ったが、どうしても確かめるまでは諦めきれない。
「それで私と話がしたかったと」
「はい。ラングロワ様なら、何か知っているかもしれないと思いまして」
「しかしそれだけの情報では、ただの決めつけにしかならない」
エリペールの意見は正論であった。
パトリスは藁にも縋りたい一心だろう。しかし、そこから僕の肉親である証拠には何一つ繋がらない。
「力になれないのは残念だが、もっと有力な情報がなければ、調べようもない」
ここまで話を聞いてはエリペールも放って置けないと、真摯に態度で示していた。
時間の許す限り話を聞いたが、パトリスでさえ、ようやっと集めた僅かな情報を頼りにしている状態。結局それ以上話は進まず、終わってしまった。
ただパトリスの人柄や、僕を研究室に誘った明確な理由が判明し、その点についてエリペールを安心させることはできた。
しかしこの一件が、今後僕の人生に大きく関わってくるなど、この時は考えてもいなかった。
元々、椅子の足りない研究室だったので自分の椅子をエリペールに差し出す。
「失礼する」
エリペールの隣に、最初に椅子がわりにしていたカゴを置き、腰を下ろすと目を丸くしてエリペールが声を荒げた。
「マリユスにこんな質素なものを使わせているのか?」
「違います!! 僕は隣の書庫にしている部屋を使わせてもらっているので。そちらに一人がけのソファーを準備してくださったんですよ」
「……そうか、ならば今は君がこの椅子に座りたまえ」
エリペールは立ち上がると、有無を言わせず僕を座らせた。
「僕が立っていますから」慌てて言ったがそれを許さなかった。
パトリスはその様子を眺めて微笑んでいる。
「仲がいいのですね」
「勿論だ。マリユスは私が見つけて連れてきたのだ」
頷くパトリスは時間があるかと訊ねると、話したいことがあると唐突に切り出した。
「実はラングロワ様にこうしてお会いしたく思っていました。誰にも話が聞かれない場所で」
「私? 話したいこととは、授業とは関係なさそうだ」
「そうです。マリユスくんのことで、知りたいことがあるのです」
「僕……ですか?」
パトリスは深く頷いた。
「彼は奴隷だったと以前聞きました。そこでラングロワ様が見つけたと」
「間違っていない。五歳の頃だった。それが何か?」
「もし知っていたら教えて欲しいのですが、マリユスくんを奴隷商に売った人物が誰なのか、分かったりしないのかと思いましてね」
パトリスの言わんとすることは想像もつかない。
なぜ僕を売った人物なんかが知りたいのだろうか。
「当時の私は子供すぎて知り得ない情報だ。母に訊けば何か知っているかもしれないが。何故そんなのが気になっている?」
「実は、私はとある人を探しているのです」
パトリスが話始めた内容はこうだ。
彼には歳の離れた姉がいた。
オメガだったが運命の番と出会い、その人と結婚したと両親から聞いていた。
しかし家を出た後、しばらく経った頃から連絡が途絶える。
手紙を送っても一向に返事が来ない。
不審に思った両親はその屋敷に出向いた。
そこで、運命の番だった人は別の女性と結婚をしていたと判明する。
家が決めた政略結婚であったと言われ、姉とは一緒になっていなかった。
隠れて別邸に住まわせていると説明しているところで本妻が姿を見せる。
そこで話を流され、結局姉と両親は会えないまま終わってしまった。
本妻の前で、姉の話題は禁句だった。
「それでも、身籠っていた子供は無事に産まれたと手紙が届きましたが密書であったため、差出人は記載されていませんでしたが、あれはその番相手で間違いないでしょう。両親は孫と会いたがっていましたが、奇しくも流行病で亡くなってしまい、会えず終いでした。日記を残してくれていたので私はその詳細を知ることができたのです」
そこでエリペールが口を挟む。
「その口振りだと、パトリス先生はお姉さまの運命の番とは対面したことがないと捉えても?」
「ええ、そうです。当時、私はまだ恋愛も知らない学生でした。番相手の名前も、両親の日記を見るまで覚えていなかったほどです」
「その名前とは?」
「バルテルシー伯爵。ご存知でしょうか?」
「聞いたことがある。特に悪い噂はないはずだが……」
「そうです。領地であるバルテルシー街まで赴いたこともあります。商業が盛んなところで、とても良い印象を持ちました。そんな領主様だからこそ、姉を無碍にしたとは思えず……」
ここでエリペールが一つの議題を持ち出す。
「待て、もしかしてその会えずじまいの子供がマリユスだと言うのか」
「……マリユスくんを見た瞬間、子供の頃の姉とそっくりだと思いました。目元や、鼻の形もそっくりです。オメガ特有の美しさも、記憶の姉と重ねてもとても他人とは思えませんでした。中等部の頃から度々図書館で見かけていましたが、照れると耳朶を弄る癖があるでしょう? それも、姉と同じなんです」
パトリスはどうしてもこの学校で働くのが目標だったと以前話していた。
その理由は、貴族の子供なら必ずこの学校へ通わせると睨んでいたからなのだ。
もしも姉の子供が生きていたなら、バルテルシー伯爵が姉を大切にしてくれているなら、いずれは会えると信じていた。
しかし姉にそっくりな生徒を見つけたが、名前を見るとラングロワ公爵家の名前が書かれているではないか。
自分の勘違いかと思ったが、どうしても確かめるまでは諦めきれない。
「それで私と話がしたかったと」
「はい。ラングロワ様なら、何か知っているかもしれないと思いまして」
「しかしそれだけの情報では、ただの決めつけにしかならない」
エリペールの意見は正論であった。
パトリスは藁にも縋りたい一心だろう。しかし、そこから僕の肉親である証拠には何一つ繋がらない。
「力になれないのは残念だが、もっと有力な情報がなければ、調べようもない」
ここまで話を聞いてはエリペールも放って置けないと、真摯に態度で示していた。
時間の許す限り話を聞いたが、パトリスでさえ、ようやっと集めた僅かな情報を頼りにしている状態。結局それ以上話は進まず、終わってしまった。
ただパトリスの人柄や、僕を研究室に誘った明確な理由が判明し、その点についてエリペールを安心させることはできた。
しかしこの一件が、今後僕の人生に大きく関わってくるなど、この時は考えてもいなかった。
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