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第二章
15、喧嘩
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側で見ていたブリューノが慌てて追いかけ、宥める。
「おい、エリペール。相手はパトリス先生じゃないか。嫉妬する対象ではないだろう」
「誰であろうとも、マリユスが一人の時を狙って誘ったなど、許せるはずはない。確信犯だ」
「だからってマリユスに怒りをぶつけるなど、間違えてるとは思わないのか」
「私以外の男と、私がいないところで楽しく過ごしていたと言われて、喜ぶとでも?」
「エリペール!! マリユスだって色んな人と交流を深めるべきだ。学校は、何も勉強をするためだけに通うのではないと分かっているだろう? それはマリユスだって同じだとは思わないかい? それとも、ずっと君だけの世界に閉じ込めておくつもりなのか?」
大股で歩いていたエリペールは立ち止まった。
ブリューノにつられて後を追いかけたが、僕からは話しかけられなかった。
喜んでくれると思ってした行動は、間違いだった。
あのまま、図書館で一人で過ごすべきだったのだ。
「あの、エリペール様……勝手な行動をして申し訳ありませんでした」
ブリューノから何か言ってやれと促され、深々と頭を下げたが、エリペールは無言で見下ろすと、やはり踵を返して行ってしまった。
呆然と立ち尽くすしかできない。
「マリユス、気を落とさないで。きっと今は落ち着きを失っているだけだ。しかし、本当に君を独り占めしたいんだな。呆れるほどに」
肩を竦めてため息を吐く。
「……そうでは、ありません。僕が未熟だから、怒らせてしまいました」
「君が未熟なわけはない。それは僕だって一緒に見ているから断言できる。誰よりも努力しているじゃないか。初等部の頃から、結果だって残してきた」
「でもそれだけじゃ駄目なんです。もっとエリペール様のお気持ちを考え、行動するべきだったのです」
「考えすぎだ」
鐘がなり、次の授業の始まりを知らせる。
「とにかく今は急ごう。遅刻は厳禁だ」
「はい……」
早足で向かう。既にエリペールの姿は見えなくなっていた。
ブリューノが気を利かせて、少し離れた席を取ってくれた。エリペールは振り向きもせず、授業を受けている。
この後はまたエリペールとブリューノだけが選択している授業で、僕は先に公爵邸へ帰る。
気まずい空気は耐えられない。今の状態で同じ馬車に乗るなど到底無理な話だ。
こんなことを考えてはいけないが、今日は一人で良かったと思う。
エリペールの様子が気になって、先生の話がまるで頭に入ってこない。
楽しいはずの勉強なのに、早く終わって欲しいとさえ感じる。
パトリスの研究室へ行く約束は無効になってしまうだろう。
せっかくできた楽しみだった。
あの部屋には図書館にもない本が沢山ある。
パトリスとの会話も楽しかったし、秘密を共有したのも嬉しかった。
また直ぐにでも行きたいくらいなのに、また行けば今度はなんと言って怒るだろうか。
主人であるエリペールを怒らせるなど、あってはならない。
夜になれば、きっと話を聞いてくれる。
そう期待したが、そうはならなかった。
エリペールは夜になっても怒りを沈めなかった。
同じ部屋にいるのさえ息苦しい。
壁際に立ち尽くし、指示を待つ時間だけが流れていく。
話しかけてもいけないと、背中が語っている。
でもこれ以上は僕も無理だった。ここにいられないなら、切り捨てて欲しい。
本当なら、僕の個室が与えられるはずだった。それをエリペールが一緒にいていいと言ってくれた。
そうだ……と気付く。
元々、準備してくれていた部屋へ移動すればいいのではないかと考えた。
今は顔を見るのも嫌なはずだ。勝手な行動をとったのを反省しなくてなはならない。
「エリペール様、今日は本当に申し訳ありませんでした。ここにいては勉強の邪魔にもなりますので、出て行きます」
振り向いてはくれない背中に一礼し、退室しようとした。
「待て、マリユス!!」
昼間ぶりの声に呼び止められる。壁際まで走り寄ると、目の前にエリペールが立ち塞がる。
「どこへ行こうとしている」
「リリアンさんに頼んで、使用人用の部屋を使わせてもらおうと思っております」
「私はそんなのを許可した覚えはない」
「しかし、僕がここにいてはエリペール様の目障りにしかなりません」
「私のそばから離れるのを禁ずる」
「ですが……」
泣きそうな顔で僕を見詰める。
何故、何故、エリペールの方が泣きそうなのだ。
「勝手な行動をとったことは反省しています。もうパトリス先生の研究室へは行きません。これまで通り、一人で……」
「違う。そうではない。マリユスは悪くない。ブリューノの言う通り、これは私の問題なのだ」
「エリペール様は何一つ悪くありません。僕はエリペール様のおかげで高等部まで通えているのに、恩を仇で返すような真似をしてしまいました。他の人との社交の場を広げると喜んでもらえるかもしれないなんて、自分の都合のいいように解釈して、裏切ってしまいました」
居た堪れなくなり、エリペールから顔を背けた。
「君は私を裏切ってなどいない。ただ、どうしても受け入れられなかった。マリユスが、私以外の人にその笑顔を見せるなど。マリユスの清廉な笑顔を、私のいない所で他の者に向けたかと思うと、どうしても感情を抑えられなかったのだ」
思いもよらない言葉に思考回路が停止する。呆然として、一言も出てこない。
エリペールは構わず続ける。
「研究室に行くなとは言わない。しかし、どんな話をしたのか、どんな様子だったのか、全てを包み隠さず話してくれたまえ」
「では、これからもパトリス先生の所に行っても構わないのですか?」
「行ってほしくはないが、あまり束縛をするとマリユスから嫌われると、ブリューノから厳重注意をされてしまったのだ。だから……あまり頻繁でなければ、許可する」
「ありがとうございます」
本が読める。一番に湧き出た感情であった。
あの部屋には図書室では見かけたことのないものが沢山あるのだ。
エリペールに話したが不承不承返事をするだけで、納得していないのは一目瞭然だった。
それでも僕のために研究室への出入りを許してくれたのは嬉しかった。
その夜、エリペールはいつも以上にスキンシップが多かった。
「マリユスが私から離れていきそうで怖い」
こんなにしっかりと抱きしめられたのは初めてだ。
エリペールは僕が自ら交流の輪を広めようとするとは考えていなかったようだ。だからパトリスの研究室に行っていたと言われた瞬間、今までにない憤りを感じたのだと言った。
「僕の全てはエリペール様です。捨てられない限りはここにいます」
「当たり前だ!! それに、捨てるわけないだろう。私が一人では寝られないのはマリユスが一番知っているではないか」
寝室へ移動してからは癒着して横になる。
僕からのキスはなく、エリペールから顔中に落とされる口付けを浴びていた。
「くすぐったいです」
「マリユスは私のものだと証をつけたい」
「誰がどう見ても、僕はエリペール様のものでしかありません」
「無理矢理であっても、私に合わせて、全ての授業を選択させれば良かったとさえ思っている」
「パトリス先生は心配するような人柄ではありません。もしそんな人なら、僕の方が怖くて会えません。そうでしょう?」
エリペールは人差し指を立てて僕の口元を抑える。
「今は黙って私に集中したまえ、マリユス」
別のことを考えるのも許さない。僕の思考の全てさえ自分が占領したいと言う。
抱きしめられたままでは、落ち着かなくて上手く眠れず、エリペールの寝顔を眺めて夜を過ごした。
「おい、エリペール。相手はパトリス先生じゃないか。嫉妬する対象ではないだろう」
「誰であろうとも、マリユスが一人の時を狙って誘ったなど、許せるはずはない。確信犯だ」
「だからってマリユスに怒りをぶつけるなど、間違えてるとは思わないのか」
「私以外の男と、私がいないところで楽しく過ごしていたと言われて、喜ぶとでも?」
「エリペール!! マリユスだって色んな人と交流を深めるべきだ。学校は、何も勉強をするためだけに通うのではないと分かっているだろう? それはマリユスだって同じだとは思わないかい? それとも、ずっと君だけの世界に閉じ込めておくつもりなのか?」
大股で歩いていたエリペールは立ち止まった。
ブリューノにつられて後を追いかけたが、僕からは話しかけられなかった。
喜んでくれると思ってした行動は、間違いだった。
あのまま、図書館で一人で過ごすべきだったのだ。
「あの、エリペール様……勝手な行動をして申し訳ありませんでした」
ブリューノから何か言ってやれと促され、深々と頭を下げたが、エリペールは無言で見下ろすと、やはり踵を返して行ってしまった。
呆然と立ち尽くすしかできない。
「マリユス、気を落とさないで。きっと今は落ち着きを失っているだけだ。しかし、本当に君を独り占めしたいんだな。呆れるほどに」
肩を竦めてため息を吐く。
「……そうでは、ありません。僕が未熟だから、怒らせてしまいました」
「君が未熟なわけはない。それは僕だって一緒に見ているから断言できる。誰よりも努力しているじゃないか。初等部の頃から、結果だって残してきた」
「でもそれだけじゃ駄目なんです。もっとエリペール様のお気持ちを考え、行動するべきだったのです」
「考えすぎだ」
鐘がなり、次の授業の始まりを知らせる。
「とにかく今は急ごう。遅刻は厳禁だ」
「はい……」
早足で向かう。既にエリペールの姿は見えなくなっていた。
ブリューノが気を利かせて、少し離れた席を取ってくれた。エリペールは振り向きもせず、授業を受けている。
この後はまたエリペールとブリューノだけが選択している授業で、僕は先に公爵邸へ帰る。
気まずい空気は耐えられない。今の状態で同じ馬車に乗るなど到底無理な話だ。
こんなことを考えてはいけないが、今日は一人で良かったと思う。
エリペールの様子が気になって、先生の話がまるで頭に入ってこない。
楽しいはずの勉強なのに、早く終わって欲しいとさえ感じる。
パトリスの研究室へ行く約束は無効になってしまうだろう。
せっかくできた楽しみだった。
あの部屋には図書館にもない本が沢山ある。
パトリスとの会話も楽しかったし、秘密を共有したのも嬉しかった。
また直ぐにでも行きたいくらいなのに、また行けば今度はなんと言って怒るだろうか。
主人であるエリペールを怒らせるなど、あってはならない。
夜になれば、きっと話を聞いてくれる。
そう期待したが、そうはならなかった。
エリペールは夜になっても怒りを沈めなかった。
同じ部屋にいるのさえ息苦しい。
壁際に立ち尽くし、指示を待つ時間だけが流れていく。
話しかけてもいけないと、背中が語っている。
でもこれ以上は僕も無理だった。ここにいられないなら、切り捨てて欲しい。
本当なら、僕の個室が与えられるはずだった。それをエリペールが一緒にいていいと言ってくれた。
そうだ……と気付く。
元々、準備してくれていた部屋へ移動すればいいのではないかと考えた。
今は顔を見るのも嫌なはずだ。勝手な行動をとったのを反省しなくてなはならない。
「エリペール様、今日は本当に申し訳ありませんでした。ここにいては勉強の邪魔にもなりますので、出て行きます」
振り向いてはくれない背中に一礼し、退室しようとした。
「待て、マリユス!!」
昼間ぶりの声に呼び止められる。壁際まで走り寄ると、目の前にエリペールが立ち塞がる。
「どこへ行こうとしている」
「リリアンさんに頼んで、使用人用の部屋を使わせてもらおうと思っております」
「私はそんなのを許可した覚えはない」
「しかし、僕がここにいてはエリペール様の目障りにしかなりません」
「私のそばから離れるのを禁ずる」
「ですが……」
泣きそうな顔で僕を見詰める。
何故、何故、エリペールの方が泣きそうなのだ。
「勝手な行動をとったことは反省しています。もうパトリス先生の研究室へは行きません。これまで通り、一人で……」
「違う。そうではない。マリユスは悪くない。ブリューノの言う通り、これは私の問題なのだ」
「エリペール様は何一つ悪くありません。僕はエリペール様のおかげで高等部まで通えているのに、恩を仇で返すような真似をしてしまいました。他の人との社交の場を広げると喜んでもらえるかもしれないなんて、自分の都合のいいように解釈して、裏切ってしまいました」
居た堪れなくなり、エリペールから顔を背けた。
「君は私を裏切ってなどいない。ただ、どうしても受け入れられなかった。マリユスが、私以外の人にその笑顔を見せるなど。マリユスの清廉な笑顔を、私のいない所で他の者に向けたかと思うと、どうしても感情を抑えられなかったのだ」
思いもよらない言葉に思考回路が停止する。呆然として、一言も出てこない。
エリペールは構わず続ける。
「研究室に行くなとは言わない。しかし、どんな話をしたのか、どんな様子だったのか、全てを包み隠さず話してくれたまえ」
「では、これからもパトリス先生の所に行っても構わないのですか?」
「行ってほしくはないが、あまり束縛をするとマリユスから嫌われると、ブリューノから厳重注意をされてしまったのだ。だから……あまり頻繁でなければ、許可する」
「ありがとうございます」
本が読める。一番に湧き出た感情であった。
あの部屋には図書室では見かけたことのないものが沢山あるのだ。
エリペールに話したが不承不承返事をするだけで、納得していないのは一目瞭然だった。
それでも僕のために研究室への出入りを許してくれたのは嬉しかった。
その夜、エリペールはいつも以上にスキンシップが多かった。
「マリユスが私から離れていきそうで怖い」
こんなにしっかりと抱きしめられたのは初めてだ。
エリペールは僕が自ら交流の輪を広めようとするとは考えていなかったようだ。だからパトリスの研究室に行っていたと言われた瞬間、今までにない憤りを感じたのだと言った。
「僕の全てはエリペール様です。捨てられない限りはここにいます」
「当たり前だ!! それに、捨てるわけないだろう。私が一人では寝られないのはマリユスが一番知っているではないか」
寝室へ移動してからは癒着して横になる。
僕からのキスはなく、エリペールから顔中に落とされる口付けを浴びていた。
「くすぐったいです」
「マリユスは私のものだと証をつけたい」
「誰がどう見ても、僕はエリペール様のものでしかありません」
「無理矢理であっても、私に合わせて、全ての授業を選択させれば良かったとさえ思っている」
「パトリス先生は心配するような人柄ではありません。もしそんな人なら、僕の方が怖くて会えません。そうでしょう?」
エリペールは人差し指を立てて僕の口元を抑える。
「今は黙って私に集中したまえ、マリユス」
別のことを考えるのも許さない。僕の思考の全てさえ自分が占領したいと言う。
抱きしめられたままでは、落ち着かなくて上手く眠れず、エリペールの寝顔を眺めて夜を過ごした。
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