12 / 65
第二章
12、相変わらずな二人
しおりを挟む
エリペールが高等部に上がった時、僕はすでに二二歳になっていた。
十八歳で成人を迎えるこの国では、もう立派な大人として働いている年齢である。
だが幼少期に栄養を取れていなかったことや、オメガなのも重なって、体の成長は止まってしまったようだ。少しくらいは身長も伸びたけれど、周りの生徒に比べてもかなり華奢で、女子生徒の方が大きいくらいだった。
男らしい体格に憧れるがこればかりは仕方ない。今、健康でいられるだけでもありがたいと思わなければならない。
エリペールとの生活は相変わらずだった。お互い、いまだにバース性を発症していないのもあり、同じベッドで寝て、寝る前に頬にキスをする。
初めての時ほど緊張はしなくなったけれど、キスを誘うエリペールの色気は歳を重ねるほどに増していき、胸の高鳴りは膨らんで今にも張り裂けそうだった。
しかしこれは恋心ではないと、自分に言い聞かせる。
例えこれが恋愛感情だったとしても、報われない。奴隷だった過去はどんなに頑張っても消せない。
貴族が奴隷と結婚なんて許されるわけもないし、番にでもなってしまえば大事だ。
分を弁えなければならない。
公爵家の後継者に抱いて良い感情ではない。
———そう、これは憧れだ———繰り返し言い聞かせなければ理性を保てなくなりそうだった。
一緒にいる時間が長くなり過ぎているのもあり、彼の立ち振る舞いや言動からも、勘違いを起こしそうで懊悩する日々を送っている。
エリペールは子供の頃よりも随分と大人びた。
ぷくぷくとしていた頬はそぎ落とされ、すっきりとした輪郭が浮き彫りになり、大きな眸は切れ長で蠱惑的な印象に。薄い色素の髪の毛は健在だが、今では腰まで伸ばして一つに結っている。
他の生徒と同じ制服を着ているにも関わらず、飛び抜けて瀟酒で映ている。
初等部の頃に生まれた身長差はどんどん広がり、エリペールを見上げるようになっていた。
添い寝係は継続されているとはいえ、僕の腕枕で寝ていたのはすでに過去の話。今では彼の逞しい腕枕で眠っている。
中等部の卒業間際、「まだ添い寝は必要なのか」と訊いたことがあった。
即答でYESだったことに少なからず驚きは隠せなかった。幼少期から精神的に老成していて、夜に一人で眠れないのが本当なのか疑点が浮かぶ。
本当は僕の公爵家での仕事がなくならないよう、気を使ってくれているのでないかと思っていた。
「マリユスは私と一緒に寝るのは嫌になった?」
「そんなわけありません。逆に、いつまでも隣に居させてもらうなど、申し訳ないような気がして……」
「何故そのように考える?」
「いえ、ただエリペール様が言い出しにくくなっているだけならば、遠慮は必要ありませんと伝えたくて。いつ婚約者ができてもおかしくありませんし、僕が妨げになっているなら責任を感じます」
現にブリューノは十歳の時既に許嫁がいた。
エリペールは貴族にしては婚約者もいないのは珍しいのではないかと思うほどだ。
あと二年で成人を迎える。
もしも僕が身を引いていれば、結婚の話が出ていたかもしれない。
「考えすぎだ。マリユス、こっちへ来たまえ」
エリペールが手を引く。
そのまま寝室へと移動すると、すっぽりと包み込み首元の匂いを嗅ぐ。その度くすぐったくて、体を捩って逃れようとするのだが、様々なスポーツを嗜むエリペールは自然と体が鍛え上げられ、力では到底敵わない。
「この匂いを嗅いだだけで、一日の疲れなど忘れてしまう。マリユスにはとても大切な任務がある。こうして毎晩、私を癒すことだ。どんなことがあっても、例え喧嘩をしてしまったとしても、こうして私を癒してくれ。それが私の心からの望みなのだ」
「はい……」
それ以上は何も言えなかったが、情けなどではなく本心なのは素直に嬉しかった。
これだけアルファの特徴が強く出ているのに、エリペールのバース性の発症は遅いのは僕にとっては僥倖で、まだまだ隣にいられる喜びを噛み締めている。
安堵して目を閉じた時、エリペールから頬にキスをされた。
「今日の分を忘れている」目の前に頬を差し出され、触れるだけのキスをした。
毎晩こうしていても僕の発情期は来る気配もなく、無能のオメガではなく、オメガとしても無能なのだと思わざるを得ない。
ただいつまでも彼の隣にいることを許されるのならば、一生バース性の発症などなくていい。
エリペールの匂いだって僕に安らぎを与えてくれる。
彼に包み込まれて眠る時間は、何にも変え難い至福の時間なのだ。
十八歳で成人を迎えるこの国では、もう立派な大人として働いている年齢である。
だが幼少期に栄養を取れていなかったことや、オメガなのも重なって、体の成長は止まってしまったようだ。少しくらいは身長も伸びたけれど、周りの生徒に比べてもかなり華奢で、女子生徒の方が大きいくらいだった。
男らしい体格に憧れるがこればかりは仕方ない。今、健康でいられるだけでもありがたいと思わなければならない。
エリペールとの生活は相変わらずだった。お互い、いまだにバース性を発症していないのもあり、同じベッドで寝て、寝る前に頬にキスをする。
初めての時ほど緊張はしなくなったけれど、キスを誘うエリペールの色気は歳を重ねるほどに増していき、胸の高鳴りは膨らんで今にも張り裂けそうだった。
しかしこれは恋心ではないと、自分に言い聞かせる。
例えこれが恋愛感情だったとしても、報われない。奴隷だった過去はどんなに頑張っても消せない。
貴族が奴隷と結婚なんて許されるわけもないし、番にでもなってしまえば大事だ。
分を弁えなければならない。
公爵家の後継者に抱いて良い感情ではない。
———そう、これは憧れだ———繰り返し言い聞かせなければ理性を保てなくなりそうだった。
一緒にいる時間が長くなり過ぎているのもあり、彼の立ち振る舞いや言動からも、勘違いを起こしそうで懊悩する日々を送っている。
エリペールは子供の頃よりも随分と大人びた。
ぷくぷくとしていた頬はそぎ落とされ、すっきりとした輪郭が浮き彫りになり、大きな眸は切れ長で蠱惑的な印象に。薄い色素の髪の毛は健在だが、今では腰まで伸ばして一つに結っている。
他の生徒と同じ制服を着ているにも関わらず、飛び抜けて瀟酒で映ている。
初等部の頃に生まれた身長差はどんどん広がり、エリペールを見上げるようになっていた。
添い寝係は継続されているとはいえ、僕の腕枕で寝ていたのはすでに過去の話。今では彼の逞しい腕枕で眠っている。
中等部の卒業間際、「まだ添い寝は必要なのか」と訊いたことがあった。
即答でYESだったことに少なからず驚きは隠せなかった。幼少期から精神的に老成していて、夜に一人で眠れないのが本当なのか疑点が浮かぶ。
本当は僕の公爵家での仕事がなくならないよう、気を使ってくれているのでないかと思っていた。
「マリユスは私と一緒に寝るのは嫌になった?」
「そんなわけありません。逆に、いつまでも隣に居させてもらうなど、申し訳ないような気がして……」
「何故そのように考える?」
「いえ、ただエリペール様が言い出しにくくなっているだけならば、遠慮は必要ありませんと伝えたくて。いつ婚約者ができてもおかしくありませんし、僕が妨げになっているなら責任を感じます」
現にブリューノは十歳の時既に許嫁がいた。
エリペールは貴族にしては婚約者もいないのは珍しいのではないかと思うほどだ。
あと二年で成人を迎える。
もしも僕が身を引いていれば、結婚の話が出ていたかもしれない。
「考えすぎだ。マリユス、こっちへ来たまえ」
エリペールが手を引く。
そのまま寝室へと移動すると、すっぽりと包み込み首元の匂いを嗅ぐ。その度くすぐったくて、体を捩って逃れようとするのだが、様々なスポーツを嗜むエリペールは自然と体が鍛え上げられ、力では到底敵わない。
「この匂いを嗅いだだけで、一日の疲れなど忘れてしまう。マリユスにはとても大切な任務がある。こうして毎晩、私を癒すことだ。どんなことがあっても、例え喧嘩をしてしまったとしても、こうして私を癒してくれ。それが私の心からの望みなのだ」
「はい……」
それ以上は何も言えなかったが、情けなどではなく本心なのは素直に嬉しかった。
これだけアルファの特徴が強く出ているのに、エリペールのバース性の発症は遅いのは僕にとっては僥倖で、まだまだ隣にいられる喜びを噛み締めている。
安堵して目を閉じた時、エリペールから頬にキスをされた。
「今日の分を忘れている」目の前に頬を差し出され、触れるだけのキスをした。
毎晩こうしていても僕の発情期は来る気配もなく、無能のオメガではなく、オメガとしても無能なのだと思わざるを得ない。
ただいつまでも彼の隣にいることを許されるのならば、一生バース性の発症などなくていい。
エリペールの匂いだって僕に安らぎを与えてくれる。
彼に包み込まれて眠る時間は、何にも変え難い至福の時間なのだ。
660
お気に入りに追加
1,334
あなたにおすすめの小説
王子を身籠りました
青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。
王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。
再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。
転生貧乏貴族は王子様のお気に入り!実はフリだったってわかったのでもう放してください!
音無野ウサギ
BL
ある日僕は前世を思い出した。下級貴族とはいえ王子様のお気に入りとして毎日楽しく過ごしてたのに。前世の記憶が僕のことを駄目だしする。わがまま駄目貴族だなんて気づきたくなかった。王子様が優しくしてくれてたのも実は裏があったなんて気づきたくなかった。品行方正になるぞって思ったのに!
え?王子様なんでそんなに優しくしてくるんですか?ちょっとパーソナルスペース!!
調子に乗ってた貧乏貴族の主人公が慎ましくても確実な幸せを手に入れようとジタバタするお話です。
無愛想な彼に可愛い婚約者ができたようなので潔く身を引いたら逆に執着されるようになりました
かるぼん
BL
もうまさにタイトル通りな内容です。
↓↓↓
無愛想な彼。
でもそれは、ほんとは主人公のことが好きすぎるあまり手も出せない顔も見れないという不器用なやつ、というよくあるやつです。
それで誤解されてしまい、別れを告げられたら本性現し執着まっしぐら。
「私から離れるなんて許さないよ」
見切り発車で書いたものなので、いろいろ細かい設定すっ飛ばしてます。
需要あるのかこれ、と思いつつ、とりあえず書いたところまでは投稿供養しておきます。
夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました
氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。
ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。
小説家になろう様にも掲載中です
成り行き番の溺愛生活
アオ
BL
タイトルそのままです
成り行きで番になってしまったら溺愛生活が待っていたというありきたりな話です
始めて投稿するので変なところが多々あると思いますがそこは勘弁してください
オメガバースで独自の設定があるかもです
27歳×16歳のカップルです
この小説の世界では法律上大丈夫です オメガバの世界だからね
それでもよければ読んでくださるとうれしいです
【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?
冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。
オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・
「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」
「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」
振られた腹いせに別の男と付き合ったらそいつに本気になってしまった話
雨宮里玖
BL
「好きな人が出来たから別れたい」と恋人の翔に突然言われてしまった諒平。
諒平は別れたくないと引き止めようとするが翔は諒平に最初で最後のキスをした後、去ってしまった。
実は翔には諒平に隠している事実があり——。
諒平(20)攻め。大学生。
翔(20) 受け。大学生。
慶介(21)翔と同じサークルの友人。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる