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sideディミトリ
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「もっと綺麗にしてから通してくれないと……」
少し鼻にかかった声で黒髪の男性が言う。素っ気ない言葉とは裏腹に、その眼差しはしっかりとディミトリを捉えていた。何もかもを見透かしたようなその眸に、体が強張る。
今までに接したことのないタイプの人間だった。嫣然さに緊張しているのか、気圧されているのか自分でも判断出来ない。
そのタイミングで別のドアから国王陛下が入室した。
「取り急ぎ、顔合わせだけでもと思ってね。どうだい、彼は磨けばなかなかの者になりそうじゃないか」
国王陛下が自信に満ちた表情で鼻の下に蓄えた髭を弄る。
すると黒髪の隣にいる、シルバーの髪色をした男性が口を挟んだ。
「それは磨いてみないことには……原石か、ただの石ころかは判断できないわ。ねぇ、殿下? ロジェさん?」
「えぇ、私は……なんとも……」
ロジェと呼ばれたブロンズの髪をした男性は、異論はないとでも言うようにディミトリから視線を逸らす。
王太子はこの会話をクスクスと笑って聞いている。ディミトリがまだ何も理解していないと悟った彼は、簡単に説明をし始めた。
「君には私のパートナーの一人として、ここで働いてもらう。私の名前くらいは知っているのか?」
「———いえ、長きに渡り牢獄で生活しておりましたので。世間知らずで申し訳ありません」
「そうか」と端的に返事をしたが、牢獄にいたことに関して興味がないのか、重要ではないと判断したのか、王太子は何も触れなかった。
「私はこのアステール国の王太子、ルネ・クローヴィス・シャルルだ。そして現在のパートナーであるモアメド・キルベリックに、ロジェ・ド・ガルニエ」
ルネが紹介すると、付き添っている二人の男性が順に頭を下げた。
「で? 君は?」
再びルネが正面に視線を戻すと、軽く腕を伸ばして名を名乗れと促す。
「ディミトリ・オードランと申します」
ディミトリは急いで跪く。
ルネは構わないから頭を上げろと言い、侍従を呼びつけ直ぐに綺麗に洗うよう命じた。その後はルネの部屋に案内せよと侍従に伝えると、三人揃って退室した。
それを見届けた侍従は、ディミトリに湯浴みをするから付いてくるよう指示を出し、部屋から出る。
数人がかりで隅々まで洗われ、グレーアッシュの髪を梳かれ、新しい上質の服を与えられ、ディミトリは見違えるほど瀟洒な身なりに整えられた。
パートナーがどういう意味を含むものなのかも説明されないままである。自分の知っているパートナーであれば恋人……もしくは側室や正妻……であるが、しかし現在のパートナーとしてモアメドとロジェを紹介したあたり、ディミトリに向けられたパートナーとは、また別の意味が含まれているのかもしれない。
侍従に聞けば教えてもらえるのかもしれないが、忙しく動き回る彼らに話しかけるタイミングが見出せないでいた。
なぜ自分がこんなにも手厚い待遇を受けているのか、どうやら理解できていないのはディミトリ本人だけのようだ。
全ての支度が整うと、従者の一人、さっきここまで案内してくれた男性が「では、殿下の部屋へ案内します」と手短に言って再び移動を始める。
侍従の後ろを付いて行くと、迷うほど廊下を歩きまわった末、一つの部屋の前へ辿り着いた。
「それでは、失礼します」と、侍従は行ってしまった。この部屋に入れということなのだろうか。
三回ノックをしてみると、中から「入れ」と掠れた声が聞こえた。
ドアノブに手をかける。
隙間から甘い声が漏れ、一歩部屋の中に入ると唖然とする光景が目の前に広がった。
少し鼻にかかった声で黒髪の男性が言う。素っ気ない言葉とは裏腹に、その眼差しはしっかりとディミトリを捉えていた。何もかもを見透かしたようなその眸に、体が強張る。
今までに接したことのないタイプの人間だった。嫣然さに緊張しているのか、気圧されているのか自分でも判断出来ない。
そのタイミングで別のドアから国王陛下が入室した。
「取り急ぎ、顔合わせだけでもと思ってね。どうだい、彼は磨けばなかなかの者になりそうじゃないか」
国王陛下が自信に満ちた表情で鼻の下に蓄えた髭を弄る。
すると黒髪の隣にいる、シルバーの髪色をした男性が口を挟んだ。
「それは磨いてみないことには……原石か、ただの石ころかは判断できないわ。ねぇ、殿下? ロジェさん?」
「えぇ、私は……なんとも……」
ロジェと呼ばれたブロンズの髪をした男性は、異論はないとでも言うようにディミトリから視線を逸らす。
王太子はこの会話をクスクスと笑って聞いている。ディミトリがまだ何も理解していないと悟った彼は、簡単に説明をし始めた。
「君には私のパートナーの一人として、ここで働いてもらう。私の名前くらいは知っているのか?」
「———いえ、長きに渡り牢獄で生活しておりましたので。世間知らずで申し訳ありません」
「そうか」と端的に返事をしたが、牢獄にいたことに関して興味がないのか、重要ではないと判断したのか、王太子は何も触れなかった。
「私はこのアステール国の王太子、ルネ・クローヴィス・シャルルだ。そして現在のパートナーであるモアメド・キルベリックに、ロジェ・ド・ガルニエ」
ルネが紹介すると、付き添っている二人の男性が順に頭を下げた。
「で? 君は?」
再びルネが正面に視線を戻すと、軽く腕を伸ばして名を名乗れと促す。
「ディミトリ・オードランと申します」
ディミトリは急いで跪く。
ルネは構わないから頭を上げろと言い、侍従を呼びつけ直ぐに綺麗に洗うよう命じた。その後はルネの部屋に案内せよと侍従に伝えると、三人揃って退室した。
それを見届けた侍従は、ディミトリに湯浴みをするから付いてくるよう指示を出し、部屋から出る。
数人がかりで隅々まで洗われ、グレーアッシュの髪を梳かれ、新しい上質の服を与えられ、ディミトリは見違えるほど瀟洒な身なりに整えられた。
パートナーがどういう意味を含むものなのかも説明されないままである。自分の知っているパートナーであれば恋人……もしくは側室や正妻……であるが、しかし現在のパートナーとしてモアメドとロジェを紹介したあたり、ディミトリに向けられたパートナーとは、また別の意味が含まれているのかもしれない。
侍従に聞けば教えてもらえるのかもしれないが、忙しく動き回る彼らに話しかけるタイミングが見出せないでいた。
なぜ自分がこんなにも手厚い待遇を受けているのか、どうやら理解できていないのはディミトリ本人だけのようだ。
全ての支度が整うと、従者の一人、さっきここまで案内してくれた男性が「では、殿下の部屋へ案内します」と手短に言って再び移動を始める。
侍従の後ろを付いて行くと、迷うほど廊下を歩きまわった末、一つの部屋の前へ辿り着いた。
「それでは、失礼します」と、侍従は行ってしまった。この部屋に入れということなのだろうか。
三回ノックをしてみると、中から「入れ」と掠れた声が聞こえた。
ドアノブに手をかける。
隙間から甘い声が漏れ、一歩部屋の中に入ると唖然とする光景が目の前に広がった。
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