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42、この苦しみの先にあるもの④
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アクリスは一旦席を外した。
その代わりにジョバンニがルカの隣に腰を下ろす。
「ずっと弱いと思っていたのにな」
ルカの頭を撫でる。
「一人で死のうなんて、考えていたんじゃないんだろうな?」
確信を突かれ、答えに困り黙り込んだ。
するとジョバンニはルカを抱き寄せ、「もうどこにも行くな」と囁いた。
「ジョバンニさん……」
「気が気じゃなかった。妙な胸騒ぎがずっと消えなかった。姉を殺された時と同じような、心臓を抉られるような感覚をずっと感じていた。仕事を終えて、アクリスと落ち合いすぐにマンションに帰ったらルカだけが消えていた」
目の前が真っ暗になったと、ジョバンニは腕に一層力を込めた。
手が震えている。
ルカはジョバンニとアクリスのためにここから出て行ったのに、それは間違いだったとようやく気がついた。
アニータは裏組織の人間と繋がっていたという時点で、ジョバンニが気を許すはずはなかった。
それでもアニータが、いつどんな手を使ってジョバンニやアクリスを脅してくるかは分からない。その前に少しでも、アニータの強みになりそうな『自分』という存在を消した方がいいのでは……なんて思っていた。
それがこんなにも心配をかけるなど、予想外すぎて謝るべきなのか、お礼を言うべきなのかも判断が難しい。
「解毒剤の開発には俺も力を貸していた。本業柄、顔は広いからね。知り合いの医師や薬剤師をモレッティに紹介して、手に入りにくい薬品を提供したりしていたんだ。早く、ルカの毒を消したくて」
抱きしめたままジョバンニは続ける。
「本当は、昨日最後まで抱きたかった。しかし、ルカの毒が消えるまでセックスは危険だとモレッティから言われていたんだ」
「そうなんですか? 僕、何も知らないで……ごめんさなさい」
「良いんだ。いい大人なのに、我慢できなかった俺が悪い。解毒剤が完成するまではルカには手を出さないって決めていたにも関わらず、期待させるようなことした。きっとルカは俺に抱かれると、出ていくような気もしていた。なんとか思いとどまれたのは、その予感があったからだ」
別に、自分の命はどうだって良いんだと、ジョバンニは言う。
「姉が殺されたと分かった時、組織さえ壊せば、その後の自分のことなど、どうでもいいと思っていた。刑務所で一生を終えてもいい。死んでもいい。それなのに、ルカと出会ってしまった。神は俺にまた守るべきものを与えたんだ。生きなくてはいけないと思った。全てを清算して姉の無念を晴らしたら、今度こそルカとしっかり向き合おうと思っていた」
そして、全ての清算を終えた今日、アクリスに解毒剤を使って欲しいと頼んだ。
「僕は……僕はずっと、ジョバンニさんやアクリスのお荷物にしかなってないって思ってました。アニータから恫喝された時、自分がいては二人が今まで頑張ってきた活動を壊してしまうと思って……それで……」
「ルカを犠牲にするくらいなら、俺の社会的地位なんてどうでもいい。それよりも、俺をもう一人にさせないと約束してくれ」
「ジョバンニさんが、それを求めてくれるなら、僕はずっとここにいます。ここに、いさせてください」
「ルカ、俺は恋人……という意味で言ったんだぞ?」
「こっ!! 恋……」
ルカは顔を真っ赤にして驚いた。
その表情を見て、ジョバンニは呆れたような、どこか寂しそうに落胆する。
「言っとくが、俺は好きでもないやつにキスをするような軽い人間じゃない。どっちかというと、独占欲は強いほうだ」
ルカの顎に手を添え、軽く唇を啄んだ。
小さく音を鳴らしながら顔を離すと、今まで見たこともないような潤んだ瞳でルカを見つめている。
「そ……そんな風には見えないので、意外です。もっと淡白な人なのかと思っていました」
それは本心だった。
優しさで言えば、アクリスの方が余程分かりやすく示してくれる。
それに比べれば、ジョバンニはどちらかというとクールな印象を持つ人であった。
「そりゃ、誰にでもそんな甘くはないさ。好きなやつにだけだ。こんなことをするのは」
今度は頬にキスをする。
突然どうしたのだろうかと、困惑してしまう。
「どうしたんですか? そんなの、今まで少しもしなかったじゃないですか」
「解毒剤ができた。これでルカの毒がなくなれば、もう我慢する必要もないからな」
ジョバンニが今までずっと我慢していたという事実は、微塵にも感じなかった。
あのクールなジョバンニが全て演技なのだとすれば、自分は完全に騙されていたことになる。
しかしジョバンニからすれば、ルカの態度があまりにも脈がないから、不安で仕方なかったのだと言った。
「全く、鈍感にも程がある。まぁ、俺にも仕事があったし。気持ちを隠そうとして淡白な態度になってしまったのは申し訳ない。でも、これからはもっと素直になるよ」
ジョバンニじゃないみたいだ。
ここにきてから数ヶ月。ジョバンニはいつだって落ち着いていて、冷静で、ハメを外したりもしない。
大人の男性という名に相応しい人っだった。
それが突然こんなにも甘い言葉を連発するなんて。あまりの違いに唖然としてしまう。
「そろそろ準備できたが、良いかい?」
アクリスが注射の準備を整えて寝室へと戻ってきた。
「あぁ、頼むよ」
ジョバンニが席を譲る。
「数日、高熱に魘されるだろう。もしも異変があればすぐに知らせてくれ」
「分かった」
二人で少しやり取りをすると、いよいよルカの腕を消毒する。
「ルカ、これで君は完全に自由になれる。どうか、幸せになってくれ」
「アクリス、僕はもう十分なほど幸せだ。でも、もっと幸せになって良いんだよね?」
「当たり前だ。恋をして、綺麗になって、たくさん笑うんだ。これからは、今までできなかったことを、全部取り戻せる」
腕にチクリと針と刺す。ゆっくりと中の液体が注入された。
「大丈夫だ、ルカ。俺が守るよ」
ジョバンニの言葉を最後に、深い眠りについた。
その三十分後くらいには既に体温が上がり始めた。
喉を通る息さえ熱い。汗が止まらない。
なんとなくジョバンニとアクリスの声が聞こえるような気もするが、よく聞き取れない。
体の奥の奥から、マグマが吹き荒れるように熱に襲われる。
唸り声を上げながら、ベッドの上をのたうち回った。
血管が裂けそうなほど張っている。それは想像以上だった。
この苦しみがいつまで続くのか、それよりも、この苦境に耐えられるのか。
骨身を削るほど魘されると、やがて、それすらも考える余裕などなかった。
何度も気を失っては、また嗚咽を上げる……それを繰り返した。
そのうち感覚が麻痺してきて、その苦しみさえも感じなくなっていった。
その代わりにジョバンニがルカの隣に腰を下ろす。
「ずっと弱いと思っていたのにな」
ルカの頭を撫でる。
「一人で死のうなんて、考えていたんじゃないんだろうな?」
確信を突かれ、答えに困り黙り込んだ。
するとジョバンニはルカを抱き寄せ、「もうどこにも行くな」と囁いた。
「ジョバンニさん……」
「気が気じゃなかった。妙な胸騒ぎがずっと消えなかった。姉を殺された時と同じような、心臓を抉られるような感覚をずっと感じていた。仕事を終えて、アクリスと落ち合いすぐにマンションに帰ったらルカだけが消えていた」
目の前が真っ暗になったと、ジョバンニは腕に一層力を込めた。
手が震えている。
ルカはジョバンニとアクリスのためにここから出て行ったのに、それは間違いだったとようやく気がついた。
アニータは裏組織の人間と繋がっていたという時点で、ジョバンニが気を許すはずはなかった。
それでもアニータが、いつどんな手を使ってジョバンニやアクリスを脅してくるかは分からない。その前に少しでも、アニータの強みになりそうな『自分』という存在を消した方がいいのでは……なんて思っていた。
それがこんなにも心配をかけるなど、予想外すぎて謝るべきなのか、お礼を言うべきなのかも判断が難しい。
「解毒剤の開発には俺も力を貸していた。本業柄、顔は広いからね。知り合いの医師や薬剤師をモレッティに紹介して、手に入りにくい薬品を提供したりしていたんだ。早く、ルカの毒を消したくて」
抱きしめたままジョバンニは続ける。
「本当は、昨日最後まで抱きたかった。しかし、ルカの毒が消えるまでセックスは危険だとモレッティから言われていたんだ」
「そうなんですか? 僕、何も知らないで……ごめんさなさい」
「良いんだ。いい大人なのに、我慢できなかった俺が悪い。解毒剤が完成するまではルカには手を出さないって決めていたにも関わらず、期待させるようなことした。きっとルカは俺に抱かれると、出ていくような気もしていた。なんとか思いとどまれたのは、その予感があったからだ」
別に、自分の命はどうだって良いんだと、ジョバンニは言う。
「姉が殺されたと分かった時、組織さえ壊せば、その後の自分のことなど、どうでもいいと思っていた。刑務所で一生を終えてもいい。死んでもいい。それなのに、ルカと出会ってしまった。神は俺にまた守るべきものを与えたんだ。生きなくてはいけないと思った。全てを清算して姉の無念を晴らしたら、今度こそルカとしっかり向き合おうと思っていた」
そして、全ての清算を終えた今日、アクリスに解毒剤を使って欲しいと頼んだ。
「僕は……僕はずっと、ジョバンニさんやアクリスのお荷物にしかなってないって思ってました。アニータから恫喝された時、自分がいては二人が今まで頑張ってきた活動を壊してしまうと思って……それで……」
「ルカを犠牲にするくらいなら、俺の社会的地位なんてどうでもいい。それよりも、俺をもう一人にさせないと約束してくれ」
「ジョバンニさんが、それを求めてくれるなら、僕はずっとここにいます。ここに、いさせてください」
「ルカ、俺は恋人……という意味で言ったんだぞ?」
「こっ!! 恋……」
ルカは顔を真っ赤にして驚いた。
その表情を見て、ジョバンニは呆れたような、どこか寂しそうに落胆する。
「言っとくが、俺は好きでもないやつにキスをするような軽い人間じゃない。どっちかというと、独占欲は強いほうだ」
ルカの顎に手を添え、軽く唇を啄んだ。
小さく音を鳴らしながら顔を離すと、今まで見たこともないような潤んだ瞳でルカを見つめている。
「そ……そんな風には見えないので、意外です。もっと淡白な人なのかと思っていました」
それは本心だった。
優しさで言えば、アクリスの方が余程分かりやすく示してくれる。
それに比べれば、ジョバンニはどちらかというとクールな印象を持つ人であった。
「そりゃ、誰にでもそんな甘くはないさ。好きなやつにだけだ。こんなことをするのは」
今度は頬にキスをする。
突然どうしたのだろうかと、困惑してしまう。
「どうしたんですか? そんなの、今まで少しもしなかったじゃないですか」
「解毒剤ができた。これでルカの毒がなくなれば、もう我慢する必要もないからな」
ジョバンニが今までずっと我慢していたという事実は、微塵にも感じなかった。
あのクールなジョバンニが全て演技なのだとすれば、自分は完全に騙されていたことになる。
しかしジョバンニからすれば、ルカの態度があまりにも脈がないから、不安で仕方なかったのだと言った。
「全く、鈍感にも程がある。まぁ、俺にも仕事があったし。気持ちを隠そうとして淡白な態度になってしまったのは申し訳ない。でも、これからはもっと素直になるよ」
ジョバンニじゃないみたいだ。
ここにきてから数ヶ月。ジョバンニはいつだって落ち着いていて、冷静で、ハメを外したりもしない。
大人の男性という名に相応しい人っだった。
それが突然こんなにも甘い言葉を連発するなんて。あまりの違いに唖然としてしまう。
「そろそろ準備できたが、良いかい?」
アクリスが注射の準備を整えて寝室へと戻ってきた。
「あぁ、頼むよ」
ジョバンニが席を譲る。
「数日、高熱に魘されるだろう。もしも異変があればすぐに知らせてくれ」
「分かった」
二人で少しやり取りをすると、いよいよルカの腕を消毒する。
「ルカ、これで君は完全に自由になれる。どうか、幸せになってくれ」
「アクリス、僕はもう十分なほど幸せだ。でも、もっと幸せになって良いんだよね?」
「当たり前だ。恋をして、綺麗になって、たくさん笑うんだ。これからは、今までできなかったことを、全部取り戻せる」
腕にチクリと針と刺す。ゆっくりと中の液体が注入された。
「大丈夫だ、ルカ。俺が守るよ」
ジョバンニの言葉を最後に、深い眠りについた。
その三十分後くらいには既に体温が上がり始めた。
喉を通る息さえ熱い。汗が止まらない。
なんとなくジョバンニとアクリスの声が聞こえるような気もするが、よく聞き取れない。
体の奥の奥から、マグマが吹き荒れるように熱に襲われる。
唸り声を上げながら、ベッドの上をのたうち回った。
血管が裂けそうなほど張っている。それは想像以上だった。
この苦しみがいつまで続くのか、それよりも、この苦境に耐えられるのか。
骨身を削るほど魘されると、やがて、それすらも考える余裕などなかった。
何度も気を失っては、また嗚咽を上げる……それを繰り返した。
そのうち感覚が麻痺してきて、その苦しみさえも感じなくなっていった。
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