【完結】子孫を残せない無能の吸血鬼は助けてくれた殺し屋に恋をする

亜沙美多郎

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39、この苦しみの先にあるもの①

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 ♢♢♢

 ふわふわと心地いい何かに包まれているような感覚で、ルカは意識を取り戻した。
 目の前には真っ白な世界が広がっている。
 足元は靄がかかっているようで、見上げれば、雲ひとつない快晴の空がどこまでも続いている。

 この世ではないようだ。

 さっきまでの息苦しさからも解放されていた。なんだか清々しいような感じがする。体も軽い。
 ここにはルカ以外、誰もいないようであった。
 まだこの状況が理解できていないが、あの殺伐とした路地裏から抜け出せただけでも良かったと思った。

 目印になるような建物も何も見えないが……さて、これからどうしようか……。
 咄嗟には判断のしようがない。この場所に止まるべきか、何か見つかるまで移動してみるべきか。
 青空の下、立ち止まったまましばらく動けないでいた。

 柔く風が吹いた。ルカの長い髪をサラリと揺らす。
 自然とそちらの方角に足を向けた。裸足のまま歩き始める。
 力尽きるまで歩いていれば、何処かに辿り着くのだろうか。

 いや、何もなくてもいいと思い直す。この何もない世界はとても美しいように思えた。
 ジョバンニを連れてくると、ずっとルカの写真を撮るかもしれない。

「ふふ……」
 想像してみて、笑ってしまった。
 今日もたくさんの写真を撮っているだろう。そういえば、ジョバンニの撮った写真を一度も見たことがないと気付き、残念に感じた。
 写真集発売記念の個展をやると言っていた。
 個展がどんなものかも分からない。もしルカが生きていれば、招待してくれたのだろう。

 まさかこんな状況になっても、すぐにジョバンニを思い浮かべるとは自分でも驚きだ。
 突然いなくなったルカを探しているかもしれない。

 探してくれれば、少し嬉しいと思う。
 未練はないと言えば嘘になるが、それでも予想していたほどに恋こがれることはなかった。
 むしろ、意外なほどに落ち着いている。

 きっと自分の中に居続ける彼の存在を、感じられるからだろうと思った。
 自分がジョバンニを忘れない限り、心で彼は生き続けてくれる。

 別れを告げるタイミングは、これで良かったような気もしていた。
 一緒にいる期間が長くなるほど、別れが辛くなる。
 きっとあのマンションから出ることさえ、出来なくなったに違いない。

 ジョバンニの温かさには中毒性がある。今ですら、あの温もりを求めている。
 思い出してはいけない。軽く頭を振って、ジョバンニの体温を振り払った。

 どこに向かっているのかも分からない、どれくらい進んだのかも分からない。
 まるで雲の上を歩いているみたいだった。
 ふわふわしていて、地面を踏み込んでいる感覚もない。不思議な所だ。

 よく目を凝らすと、ずっと向こうの方に塔のような建物が見える気がした。
 白いその建物は、昔アクリスが見せてくれた写真のNIRVANAとよく似ている。

 そこに行けば誰かがいるかもしれない。
 そうしたら、ここが何処なのかくらいは判明するかもしれない。
 僅かな望みをかけ、ルカはその塔を目指した。

 風は吹き続けている。

 ルカを誘導しているかのように、優しく頬を掠め、髪を靡かせる。
 緩やかな心地よい風であるが、耳を掠める風音は、どんどん強くなっていった。

 その音は塔から聞こえているのだと気が付いた。
 人を寄せ付けないためなのか。
 近づくほどに耳鳴りがし始めたと思うと、顔を顰めるほど症状がひどくなっていく。

『ルカ』
「え?」
 ジョバンニの声が聞こえた。
 空耳だと思い直したが、再びその声が聞こえた時、間違いではないと確信した。

『ルカ!』
 はっきりとルカの名前を呼ぶ。
「ジョバンニ?」
 ルカは走り出した。
 もしかすると、塔の中でジョバンニが待っているのかもしれない。
 塔の下に辿り着くと、中に入るドアがないかと探し始めた。
 この中から、ジョバンニの声が聞こえてくる気がするのだ。

「ジョバンニ。ジョバンニ」
 何故、彼がここにいるのか。
 もしかして、ルカとアニータが会っている間に別の組織の人間がジョバンニの所に行ったのか……。
 そんな、縁起でもない。
 ジョバンニに生きてほしいから選んだ死だった。生きていてくれなければ困る。

 それでも頭の中に話しかける声は、鮮明さを増していく。
『ルカ!』
 こうなると、ルカは夢中でドアを探した。
 息を切らしながら、塔の周りを走る。どこかに中に入れる扉があるはずだ。
 そう信じて止まることなく走った。

「あった……」
 白い外壁に、白い木製のドアを発見した。
 大きな塔の割に、小ぶりなサイズのドアであった。
 深呼吸をして、手をかける。
 ドアノブを回そうとしたが、硬くて簡単には開かなかった。それでもルカは力の限りドアノブを捻る。
 古いとか、錆びているわけでもないのに、一向に開く気配のないドアの向こう側から、また『ルカ』と名前を呼ばれる。

「ジョバン……ニ」
 両手を使い、息を止め、力を込めた。
 ドアノブはギシギシと唸り、僅かに動いた。
(どうか、開いて……)
 この塔の中に、本当にジョバンニがいるのか確かめたかった。

 これがもし、自分の幻聴ならそれでもいい。
 結果がどうであれ、ルカはこの塔の中を確認せずにはいられない。
 力尽きそうになるも、諦めきれずドアノブを回す。
 すると突然、バキッと折れたような音と共に、ドアが開いた。

「ぅわっ!」
 漏らした声と同時に中に倒れ込む。
 その瞬間、酷い眩暈に襲われ、思わず目を閉じた。
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