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23、外の世界③
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「うぅ……臭かった」
鼻にアニータの香水がまとわりつく。
ルカは必死に鼻の周りを両手で擦る。
ジョバンニは「そうか? ルカは敏感なんだな」なんて言って笑っている。なぜ平気でいられるのかと疑いたくなる。
せっかく少し怖くなくなった程度の街を、嫌な匂いに変えられて、景色まで澱んでしまった。
「早く帰りたい」
「まぁ、そういうな。今度はパンの香りに癒されろ」
肩を抱かれて密着する。ジョバンニは見た目に寄らずスキンシップの多い人だ。
でもそれが心地いい。ずっと触れていてほしい。今日も明日も、これから先ずっとこうしていてほしい。
アニータのことは一刻も早く忘れたい。
「ジョバンニさんの匂いが好き」
「ハハッ。嬉しいことを言ってくれるね」
連れて行ってくれたパン屋さんは、本当にいい香りがした。
オススメのパンを何個か注文し、紙袋を受け取る。これだけのことが、とても新鮮だ。
マンションへ戻った途端、ソファに雪崩れこむ。
「疲れたか?」
「……はい。しばらく外はいいです」
「そんなこと言うなよ。そのうちカフェでのんびり過ごす楽しさも覚えてほしいし、美味しい食べ物だって、綺麗な景色だって外に出なければ経験できない」
「でも、しばらくはいいです。さっきの人にも会いたくない」
「アニータか。彼女は優秀なライターでね。仕事で一緒になることがあるんだが……。まぁ、友人ってわけでもないし、仕事仲間っていうのが一番しっくりくるかな。プライベートで会ってるわけじゃないから、心配いらないさ」
でもあの人はジョバンニに気があるように見えた……。とは言わないでおいた。
「僕は嫌いだ」ジョバンニにきこえないくらいの声で吐き出す。
小さくても声に出してしまえば、より嫌悪感が増した。
ジョバンニが温かいミルクティーを手渡してくれた。
「落ち着いたら、もう少し話してもいいか?」
「はい。直ぐにでも聞きます」
マグカップをテーブルに置く。ジョバンニもコーヒーを一口飲むと、テーブルに置いた。
ルカが尋ねた愚問についてなのか。その話なら、もう水に流して欲しいと思うのだが……。
「アクリスは事前に俺のことをよく調べていたよ。驚いた」
いきなりアクリスの名前が出てきて驚いた。思わず顔をジョバンニに向ける。
「こんなこと、ルカに話していいのか躊躇っていたんだ。だから……この間は誤魔化そうと思って嫌らしい言い方をしてしまった。本当にすまない。ルカには、本当のことを話そうと思ってね」
ジョバンニは頭を整理しながら、話始めた。
「俺は写真家として活動しながら、陰で殺し屋をやっているが、誰彼構わず殺してるわけじゃない。過去にたった一人の姉を殺されたんだ。俺は両親を若い頃に亡くしていて、唯一の家族だった。姉は騙された。騙されて体を売らされて、最終的には薬漬けにされた。もっと早くに気付いていれば……何度も後悔したが、最終的に辿り着いた俺の結論は『復讐』だった」
ジョバンニの姉を陥れた組織を調べるうち、とある人物と出会うこととなる。それが仲介業者として存在しているうちの一人だという。
正しくは情報屋であるそうだ。
身元がバレないよう、他の二人が仕入れた情報をその人が再度調べ、信用できる情報のみをジョバンニに提供しているんだという。
「そんな中、アクリスという男から訳ありの依頼が来ていると話がきた。組織の人間以外を殺す気はないと何度か断ったが、それでもアクリスは折れなかった。十分な金を準備する、フィオーネ……俺のコードネームだが……俺の助けがどうしても必要なんだと言った。その時に、組織の情報も流すと言ってきた」
「アクリスが?」
「ああ、アクリスという男は非常に用心深いと見えた。それは吸血族という特殊な人種を守るためなのだと今では理解しているが、俺に仕事を依頼するにあたり、そんなことまで調べていたのに感心した。ルカを引き取りに行くが、本当に依頼を受けるかは、実際会ってからだと約束した」
しかし会ってみれば殺さないでくれというではないか。
ジョバンニがルカを引き取ってくれれば、これからも組織の情報を流すとアクリスは言った。知り合いにその手のプロがいるらしい。
「それで、僕を……」
「とはいえ、復讐はほとんど終わっている。ただ、どうしてもあと一人、見つけられないやつがいてね。アクリスは仕事の傍ら、そいつの情報を集めてやると言ってきたんだ」
なるほど、アクリスとの間にそんなやりとりがあったなんて……。
「アクリスがどこで働いているか、知ってるかい?」
「え? NIRVANAでガットへの種付けを……」
「それは今も?」
「僕の担当の一人でした。それ以上のことは教えられていません」
「ほう」
ジョバンニは関心したような、絶句したような、なんとも言い難い反応を見せた。
「……違うんですか?」
「彼は有名な科学者だよ。大学の研究室でいろんな薬を開発している。雑誌なんかにもたまに載っているぜ」
「アクリスが……?」
それはルカの知らないアクリスだった。
アクリスはNIRVANAでのコードネームだが、研究室では本名を名乗っているらしい。
「えっと、名前……。なんだったかな。事務所に行けばアクリスが載っている雑誌があるんだ。今度持って帰るよ」
アクリスの人間界での姿は科学者……。
突然の情報量に、なんだかとても疲れた。それでもアクリスの話が聞けたのは嬉しいと思う。
もしかすると、街ですれ違う可能性もほんの僅かでもあるかも知れない。
「とまぁ、ざっくりとだけどこれが俺の現状と、ルカを引き取った経緯だ。他にも知りたいことがあれば聞いてくれ。もう、何も隠しはしない」
ジョバンニはその組織の最後の一人さえ殺せば、もう殺し屋の仕事からは足を洗うと言った。
鼻にアニータの香水がまとわりつく。
ルカは必死に鼻の周りを両手で擦る。
ジョバンニは「そうか? ルカは敏感なんだな」なんて言って笑っている。なぜ平気でいられるのかと疑いたくなる。
せっかく少し怖くなくなった程度の街を、嫌な匂いに変えられて、景色まで澱んでしまった。
「早く帰りたい」
「まぁ、そういうな。今度はパンの香りに癒されろ」
肩を抱かれて密着する。ジョバンニは見た目に寄らずスキンシップの多い人だ。
でもそれが心地いい。ずっと触れていてほしい。今日も明日も、これから先ずっとこうしていてほしい。
アニータのことは一刻も早く忘れたい。
「ジョバンニさんの匂いが好き」
「ハハッ。嬉しいことを言ってくれるね」
連れて行ってくれたパン屋さんは、本当にいい香りがした。
オススメのパンを何個か注文し、紙袋を受け取る。これだけのことが、とても新鮮だ。
マンションへ戻った途端、ソファに雪崩れこむ。
「疲れたか?」
「……はい。しばらく外はいいです」
「そんなこと言うなよ。そのうちカフェでのんびり過ごす楽しさも覚えてほしいし、美味しい食べ物だって、綺麗な景色だって外に出なければ経験できない」
「でも、しばらくはいいです。さっきの人にも会いたくない」
「アニータか。彼女は優秀なライターでね。仕事で一緒になることがあるんだが……。まぁ、友人ってわけでもないし、仕事仲間っていうのが一番しっくりくるかな。プライベートで会ってるわけじゃないから、心配いらないさ」
でもあの人はジョバンニに気があるように見えた……。とは言わないでおいた。
「僕は嫌いだ」ジョバンニにきこえないくらいの声で吐き出す。
小さくても声に出してしまえば、より嫌悪感が増した。
ジョバンニが温かいミルクティーを手渡してくれた。
「落ち着いたら、もう少し話してもいいか?」
「はい。直ぐにでも聞きます」
マグカップをテーブルに置く。ジョバンニもコーヒーを一口飲むと、テーブルに置いた。
ルカが尋ねた愚問についてなのか。その話なら、もう水に流して欲しいと思うのだが……。
「アクリスは事前に俺のことをよく調べていたよ。驚いた」
いきなりアクリスの名前が出てきて驚いた。思わず顔をジョバンニに向ける。
「こんなこと、ルカに話していいのか躊躇っていたんだ。だから……この間は誤魔化そうと思って嫌らしい言い方をしてしまった。本当にすまない。ルカには、本当のことを話そうと思ってね」
ジョバンニは頭を整理しながら、話始めた。
「俺は写真家として活動しながら、陰で殺し屋をやっているが、誰彼構わず殺してるわけじゃない。過去にたった一人の姉を殺されたんだ。俺は両親を若い頃に亡くしていて、唯一の家族だった。姉は騙された。騙されて体を売らされて、最終的には薬漬けにされた。もっと早くに気付いていれば……何度も後悔したが、最終的に辿り着いた俺の結論は『復讐』だった」
ジョバンニの姉を陥れた組織を調べるうち、とある人物と出会うこととなる。それが仲介業者として存在しているうちの一人だという。
正しくは情報屋であるそうだ。
身元がバレないよう、他の二人が仕入れた情報をその人が再度調べ、信用できる情報のみをジョバンニに提供しているんだという。
「そんな中、アクリスという男から訳ありの依頼が来ていると話がきた。組織の人間以外を殺す気はないと何度か断ったが、それでもアクリスは折れなかった。十分な金を準備する、フィオーネ……俺のコードネームだが……俺の助けがどうしても必要なんだと言った。その時に、組織の情報も流すと言ってきた」
「アクリスが?」
「ああ、アクリスという男は非常に用心深いと見えた。それは吸血族という特殊な人種を守るためなのだと今では理解しているが、俺に仕事を依頼するにあたり、そんなことまで調べていたのに感心した。ルカを引き取りに行くが、本当に依頼を受けるかは、実際会ってからだと約束した」
しかし会ってみれば殺さないでくれというではないか。
ジョバンニがルカを引き取ってくれれば、これからも組織の情報を流すとアクリスは言った。知り合いにその手のプロがいるらしい。
「それで、僕を……」
「とはいえ、復讐はほとんど終わっている。ただ、どうしてもあと一人、見つけられないやつがいてね。アクリスは仕事の傍ら、そいつの情報を集めてやると言ってきたんだ」
なるほど、アクリスとの間にそんなやりとりがあったなんて……。
「アクリスがどこで働いているか、知ってるかい?」
「え? NIRVANAでガットへの種付けを……」
「それは今も?」
「僕の担当の一人でした。それ以上のことは教えられていません」
「ほう」
ジョバンニは関心したような、絶句したような、なんとも言い難い反応を見せた。
「……違うんですか?」
「彼は有名な科学者だよ。大学の研究室でいろんな薬を開発している。雑誌なんかにもたまに載っているぜ」
「アクリスが……?」
それはルカの知らないアクリスだった。
アクリスはNIRVANAでのコードネームだが、研究室では本名を名乗っているらしい。
「えっと、名前……。なんだったかな。事務所に行けばアクリスが載っている雑誌があるんだ。今度持って帰るよ」
アクリスの人間界での姿は科学者……。
突然の情報量に、なんだかとても疲れた。それでもアクリスの話が聞けたのは嬉しいと思う。
もしかすると、街ですれ違う可能性もほんの僅かでもあるかも知れない。
「とまぁ、ざっくりとだけどこれが俺の現状と、ルカを引き取った経緯だ。他にも知りたいことがあれば聞いてくれ。もう、何も隠しはしない」
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------------------
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同シリーズの[完結済み・年上が溺愛される短編集]
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ありがとうございました。
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