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22、外の世界②
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「アクリスから外の世界を見せてやってほしいと頼まれていた。近所だけでもいいから、この辺を散歩しよう。おやすみ、ルカ」
ジョバンニはルカの頸にキスを落とした。
アクリスの名前を出すのは狡いとルカは思った。その名前を出せば、断れないのをジョバンニは知っている。
アクリスがルカに外の世界を見せてくれなんて頼む理由なんてない。
部屋から出るなど、ルカにとっては意味を持たなかった。現実を見るのも怖かった。
ラジオを聞いていたあの頃に抱いた希望は、とうに消え去っていた。
あんなのはただの幻想だ。現実はもっと厳しくルカに襲いかかる。今まで自分がどれだけ守られていたかを突きつけられる。
外の世界が現実になった今、ルカが抱いているのは恐怖しかない。
ジョバンニは日頃から十分なほど世話をしてくれている。
これ以上、気にかけてもらわなくてもいい。きっとそう言っても、ジョバンニは明日ルカを外に連れ出すだろう。
そしてそれが命令だと言われれば、ルカはどんなに怖くても外に出なくてはならない。
ジョバンニは疲れているのか、すぐに寝息を立て始めた。
今まで眠れないと言っていたのは本当なのか? と疑ってしまうほど、寝つきも寝起きもいい。
ルカを包み込んでいる腕の力が抜けた時、ようやく寝返りを打ちジョバンニと向き合った。
(熟睡してる)
彫りの深いジョバンニの寝顔に、触れてみてもいいのだろうか。さっき頸に触れた唇に手を伸ばす。
でも起きてしまったら……。
あと一歩踏み込むのが怖い。今、彼に触れてしまうと、何かが変わってしまうような気がした。
変わるのは恐怖だと感じる。
暗い部屋がそれを誇張させている。
早く朝になってほしい。でも朝には出かけなくてはならない。今日はずっと一緒にいられる。普通に接しられるか不安だ。不安と喜びが波のように交互に押し寄せた。
また朝まで眠れないかもしれない。なんて思っていたが、寝不足でいつの間にか意識を手放していた。
「……ルカ、ルカ。おはよう。起きられるか?」
「ん……」
薄っすらと目を開ける。
「まだ早い時間だから、今ならほとんど人と会うことはないだろうから」
ルカはゆっくりと体を起こす。まだ眠っていたい目を擦った。
「帰ってきてからまた休むといい」
ジョバンニは半ば強制的にルカを起こした。
一週間を過ぎてもずっとマンションに引きこもっているのを心配したのだろう。
着替えさせると、ニット帽とサングラスをかけさせた。
「あんたの髪と目は目立つからな」
されるがままに準備を整える。
ここにきて以来のエレベーターに乗り、一階まで降りた。
マンションのドアが開くと、外からひんやりとした空気が流れ込んでくる。
ジョバンニを掴んだ手は離さないままだった。
冷たい空気を纏いながら、近所のパン屋へと向かう。ブランチのパンを一緒に選ぼうと言われたのだ。
外はジョバンニの言う通り、ほとんど人は歩いていない。これがあと一時間もすると人通りがぐんと増えるのだそうだ。
ルカはジョバンニから到底離れられそうにないが、部屋で身構えていた時ほどは怖くない……かもしれないと思った。
「どうだ、ルカ。外の世界は」
「うん……」
「感想を言えとは言わない。今、自分が住んでいるのはどんな世界なのか、少しくらいは興味を持ってほしいと思ってな」
ジョバンニはルカの半歩前を歩く。
ジョバンニにとっては見慣れた光景を、ルカは改めて街を見渡した。
静かなこの街は直に人々の活気で溢れかえる。今は嵐のまえの静けさというところか……。
「あら? ジョバンニじゃない?」
突然、背後から女性の声がして振り返る。
こんな肌寒い朝から露出の多い服を着ている。豊満な胸や、丸い肩を見せつけるように晒していた。
「アニータ」
ジョバンニの知り合いらしい。ルカは目立たないよう、ソッと身を隠す。
「こんな朝からどうしたの? 仕事?」
「いや、今日は休みなんだ。焼きたてのパンの香りが恋しくてね」
アニータという女は意味深な視線をジョバンニへ送っている。
背後に隠れているルカの存在を意識しつつ、様子を窺っているようにチラチラと覗いていた。ルカは目が合わないよう、ジョバンニの背中に顔を押し当てた。
ルカはなんとなく、この女が嫌いだと思った。
大体、この澄んだ空気が纏う朝に、何という臭さなんだ。思わず鼻を摘みたくなる。
それが香水というものだとは、後からジョバンニが教えてくれたのだが、アニータの香水は二度と嗅ぎたくないと思った。
ジョバンニの背中に顔を擦り付け、早くパン屋に行きたいと促す。
察したジョバンニが「急いでるから……」と、半ば無理矢理アニータから離れてくれた。
アニータはまだ何か話したそうにしていたが、ジョバンニはルカの気持ちを優先させていくれた。
ジョバンニはルカの頸にキスを落とした。
アクリスの名前を出すのは狡いとルカは思った。その名前を出せば、断れないのをジョバンニは知っている。
アクリスがルカに外の世界を見せてくれなんて頼む理由なんてない。
部屋から出るなど、ルカにとっては意味を持たなかった。現実を見るのも怖かった。
ラジオを聞いていたあの頃に抱いた希望は、とうに消え去っていた。
あんなのはただの幻想だ。現実はもっと厳しくルカに襲いかかる。今まで自分がどれだけ守られていたかを突きつけられる。
外の世界が現実になった今、ルカが抱いているのは恐怖しかない。
ジョバンニは日頃から十分なほど世話をしてくれている。
これ以上、気にかけてもらわなくてもいい。きっとそう言っても、ジョバンニは明日ルカを外に連れ出すだろう。
そしてそれが命令だと言われれば、ルカはどんなに怖くても外に出なくてはならない。
ジョバンニは疲れているのか、すぐに寝息を立て始めた。
今まで眠れないと言っていたのは本当なのか? と疑ってしまうほど、寝つきも寝起きもいい。
ルカを包み込んでいる腕の力が抜けた時、ようやく寝返りを打ちジョバンニと向き合った。
(熟睡してる)
彫りの深いジョバンニの寝顔に、触れてみてもいいのだろうか。さっき頸に触れた唇に手を伸ばす。
でも起きてしまったら……。
あと一歩踏み込むのが怖い。今、彼に触れてしまうと、何かが変わってしまうような気がした。
変わるのは恐怖だと感じる。
暗い部屋がそれを誇張させている。
早く朝になってほしい。でも朝には出かけなくてはならない。今日はずっと一緒にいられる。普通に接しられるか不安だ。不安と喜びが波のように交互に押し寄せた。
また朝まで眠れないかもしれない。なんて思っていたが、寝不足でいつの間にか意識を手放していた。
「……ルカ、ルカ。おはよう。起きられるか?」
「ん……」
薄っすらと目を開ける。
「まだ早い時間だから、今ならほとんど人と会うことはないだろうから」
ルカはゆっくりと体を起こす。まだ眠っていたい目を擦った。
「帰ってきてからまた休むといい」
ジョバンニは半ば強制的にルカを起こした。
一週間を過ぎてもずっとマンションに引きこもっているのを心配したのだろう。
着替えさせると、ニット帽とサングラスをかけさせた。
「あんたの髪と目は目立つからな」
されるがままに準備を整える。
ここにきて以来のエレベーターに乗り、一階まで降りた。
マンションのドアが開くと、外からひんやりとした空気が流れ込んでくる。
ジョバンニを掴んだ手は離さないままだった。
冷たい空気を纏いながら、近所のパン屋へと向かう。ブランチのパンを一緒に選ぼうと言われたのだ。
外はジョバンニの言う通り、ほとんど人は歩いていない。これがあと一時間もすると人通りがぐんと増えるのだそうだ。
ルカはジョバンニから到底離れられそうにないが、部屋で身構えていた時ほどは怖くない……かもしれないと思った。
「どうだ、ルカ。外の世界は」
「うん……」
「感想を言えとは言わない。今、自分が住んでいるのはどんな世界なのか、少しくらいは興味を持ってほしいと思ってな」
ジョバンニはルカの半歩前を歩く。
ジョバンニにとっては見慣れた光景を、ルカは改めて街を見渡した。
静かなこの街は直に人々の活気で溢れかえる。今は嵐のまえの静けさというところか……。
「あら? ジョバンニじゃない?」
突然、背後から女性の声がして振り返る。
こんな肌寒い朝から露出の多い服を着ている。豊満な胸や、丸い肩を見せつけるように晒していた。
「アニータ」
ジョバンニの知り合いらしい。ルカは目立たないよう、ソッと身を隠す。
「こんな朝からどうしたの? 仕事?」
「いや、今日は休みなんだ。焼きたてのパンの香りが恋しくてね」
アニータという女は意味深な視線をジョバンニへ送っている。
背後に隠れているルカの存在を意識しつつ、様子を窺っているようにチラチラと覗いていた。ルカは目が合わないよう、ジョバンニの背中に顔を押し当てた。
ルカはなんとなく、この女が嫌いだと思った。
大体、この澄んだ空気が纏う朝に、何という臭さなんだ。思わず鼻を摘みたくなる。
それが香水というものだとは、後からジョバンニが教えてくれたのだが、アニータの香水は二度と嗅ぎたくないと思った。
ジョバンニの背中に顔を擦り付け、早くパン屋に行きたいと促す。
察したジョバンニが「急いでるから……」と、半ば無理矢理アニータから離れてくれた。
アニータはまだ何か話したそうにしていたが、ジョバンニはルカの気持ちを優先させていくれた。
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