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21、外の世界①
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ジョバンニは翌朝もこれまでと変わらぬ様子で、身支度を始めた。
ルカはまだ昨夜の会話を引きずって顔を合わせ辛い。
いつもならジョバンニがシーツの中で体を動かしただけで目を覚ますのに、今日はワザとらしく寝た振りをして過ごす。
彼はそれを気付いていないのか、それとも敢えて気付かない素振りを見せたのか。目を閉じているルカに話しかけもせず、寝室から出ていってしまった。
ドアが閉まった音を聞いた後、リビングを歩く足音だけが聞こえてきた。
ベッドの中で目だけを開き、昨日ジョバンニから言われたことを思い出す。
これから自分がどうしたいかなど、検討もつかない。
知らない土地で、ジョバンニの部屋から出たこともなく、ここから逃げ出そうなんて発想も出てこなかった。
例え自分の意志で違う所に行っても、きっとジョバンニは追いかけても来ないし、探しもしないだろう。それがとても寂しいことのように思えた。
今日もネーロの存在を気にしつつジョバンニの帰りを待つ。
無条件に愛されているネーロを羨ましいとさえ思う。
アクリスは何故、見ず知らずの男に預けてまで自分を生かそうとしてくれたのか。
本人に聞いてみたいが、アクリスに会うことなど叶わぬ夢だ。
考えすぎて食欲など沸かない。なんとか血液成分のドリンクだけは飲んだ。
ジョバンニは毎日ルカの昼食を作ってくれていたが、それを丸一日かけて食べるのがやっとだった。
ジョバンニが帰る前にルカはベッドに入った。そうして顔を合わさないよう、寝た振りでやり過ごす。
なるべく存在を消すことを心掛けた。
そうすれば、ジョバンニは元の一人暮らしと同じように過ごせると思ったし、ルカとしても、また意志を示せと言われるのは困る。
NIRVANAでいた頃もただの役立たずであったが、それはここにいても同じだ。
きっとどこに行ったとしても、誰と過ごしても、自分はお荷物にしかならない。
食事も少しずつでも減らして、一秒でも早くこの命を終わらせようと考えた。
NIRVANAでは、子孫を絶やすなという任務があった。とても辛かったが、何故自我を保てていたのかが、今なら分かる。必要とされていたからだ。
失って気付いても遅いが、あの時は吸血族のために少しは頑張っていると言う優越感のような、自己満足のような感情が、頭のほんの片隅にあったのかも知れない。
はたして今はどうか。何かの役に立っているか。何もしていない。
生活力を持たないルカは、自分の食事さえ作れない。洗濯も掃除も全てジョバンニがする。
役に立つどころか、煩わせてばかりだ。
ならばせめて少しでも早くに死ねば、ジョバンニはアクリスから受け取ったお金を自分のために使える。
後から入ってくるジョバンニの邪魔にならないよう、ベッドの端に身を沈める。
本当はこんな贅沢も許されない。働いてもいない自分が呑気に寝ているなんて……。
脳内では、葛藤と戦っていた。
アクリスのために生きるべきか、ジョバンニのために命を断つべきか。やはりそこに自分の意志など存在しない。
数時間後、背後からジョバンニに包み込まれた。
冷たかった布団の中に温もりが宿る。ルカを抱いているとよく眠れると言っていた。
これは命令だ。逃げてはいけない。
しかしジョバンニに優しくされると、勘違いしてしまう。
泣いてでも甘えたい衝動に駆られる。誰にも求められなかった同情を求めてしまう。
きっとルカは慰めて欲しいのだ。
(望んではいけない)
自分に言い聞かせて心を無にする。
「ルカ、明日は仕事が休みなんだ。たまには外に出ないか?」
寝ているルカに向かって耳元で囁かれれば、無反応ではいられなかった。
ジョバンニに向き合いはできないが、ピクリと肩を震わせてしまった。
「寝たままでいいから、聞いてくれ。昨日は酷いことを言ってしまった。あんたにとっては、きっと、とても厳しい意見を押し付けてしまっただろう。この先も、ルカを殺すなんてことはしないから安心してくれ」
ジョバンニの息がルカの耳を刺激する。
ついさっきまでの決意が、呆気なく崩れてしまいそうになる。
優しくなんてしないで欲しい。なんて思っても、それとは裏腹に目頭は熱くなる。
それはルカが求めた良心だった。
今すぐにでもジョバンニに抱きついて、昨夜のことを謝りたい。でも体が動かない。
勝手なやつだと思われるかも知れない。嫌われたくない。その気持ちがルカを臆病にした。
声を押し殺して泣いたが、きっとジョバンニは気付かれていただろう。
ソッとしておいてくれたのは、彼なりの誠意だ。
結局ジョバンニに背を向けたまま、ルカは一言も返せなかった。
ルカはまだ昨夜の会話を引きずって顔を合わせ辛い。
いつもならジョバンニがシーツの中で体を動かしただけで目を覚ますのに、今日はワザとらしく寝た振りをして過ごす。
彼はそれを気付いていないのか、それとも敢えて気付かない素振りを見せたのか。目を閉じているルカに話しかけもせず、寝室から出ていってしまった。
ドアが閉まった音を聞いた後、リビングを歩く足音だけが聞こえてきた。
ベッドの中で目だけを開き、昨日ジョバンニから言われたことを思い出す。
これから自分がどうしたいかなど、検討もつかない。
知らない土地で、ジョバンニの部屋から出たこともなく、ここから逃げ出そうなんて発想も出てこなかった。
例え自分の意志で違う所に行っても、きっとジョバンニは追いかけても来ないし、探しもしないだろう。それがとても寂しいことのように思えた。
今日もネーロの存在を気にしつつジョバンニの帰りを待つ。
無条件に愛されているネーロを羨ましいとさえ思う。
アクリスは何故、見ず知らずの男に預けてまで自分を生かそうとしてくれたのか。
本人に聞いてみたいが、アクリスに会うことなど叶わぬ夢だ。
考えすぎて食欲など沸かない。なんとか血液成分のドリンクだけは飲んだ。
ジョバンニは毎日ルカの昼食を作ってくれていたが、それを丸一日かけて食べるのがやっとだった。
ジョバンニが帰る前にルカはベッドに入った。そうして顔を合わさないよう、寝た振りでやり過ごす。
なるべく存在を消すことを心掛けた。
そうすれば、ジョバンニは元の一人暮らしと同じように過ごせると思ったし、ルカとしても、また意志を示せと言われるのは困る。
NIRVANAでいた頃もただの役立たずであったが、それはここにいても同じだ。
きっとどこに行ったとしても、誰と過ごしても、自分はお荷物にしかならない。
食事も少しずつでも減らして、一秒でも早くこの命を終わらせようと考えた。
NIRVANAでは、子孫を絶やすなという任務があった。とても辛かったが、何故自我を保てていたのかが、今なら分かる。必要とされていたからだ。
失って気付いても遅いが、あの時は吸血族のために少しは頑張っていると言う優越感のような、自己満足のような感情が、頭のほんの片隅にあったのかも知れない。
はたして今はどうか。何かの役に立っているか。何もしていない。
生活力を持たないルカは、自分の食事さえ作れない。洗濯も掃除も全てジョバンニがする。
役に立つどころか、煩わせてばかりだ。
ならばせめて少しでも早くに死ねば、ジョバンニはアクリスから受け取ったお金を自分のために使える。
後から入ってくるジョバンニの邪魔にならないよう、ベッドの端に身を沈める。
本当はこんな贅沢も許されない。働いてもいない自分が呑気に寝ているなんて……。
脳内では、葛藤と戦っていた。
アクリスのために生きるべきか、ジョバンニのために命を断つべきか。やはりそこに自分の意志など存在しない。
数時間後、背後からジョバンニに包み込まれた。
冷たかった布団の中に温もりが宿る。ルカを抱いているとよく眠れると言っていた。
これは命令だ。逃げてはいけない。
しかしジョバンニに優しくされると、勘違いしてしまう。
泣いてでも甘えたい衝動に駆られる。誰にも求められなかった同情を求めてしまう。
きっとルカは慰めて欲しいのだ。
(望んではいけない)
自分に言い聞かせて心を無にする。
「ルカ、明日は仕事が休みなんだ。たまには外に出ないか?」
寝ているルカに向かって耳元で囁かれれば、無反応ではいられなかった。
ジョバンニに向き合いはできないが、ピクリと肩を震わせてしまった。
「寝たままでいいから、聞いてくれ。昨日は酷いことを言ってしまった。あんたにとっては、きっと、とても厳しい意見を押し付けてしまっただろう。この先も、ルカを殺すなんてことはしないから安心してくれ」
ジョバンニの息がルカの耳を刺激する。
ついさっきまでの決意が、呆気なく崩れてしまいそうになる。
優しくなんてしないで欲しい。なんて思っても、それとは裏腹に目頭は熱くなる。
それはルカが求めた良心だった。
今すぐにでもジョバンニに抱きついて、昨夜のことを謝りたい。でも体が動かない。
勝手なやつだと思われるかも知れない。嫌われたくない。その気持ちがルカを臆病にした。
声を押し殺して泣いたが、きっとジョバンニは気付かれていただろう。
ソッとしておいてくれたのは、彼なりの誠意だ。
結局ジョバンニに背を向けたまま、ルカは一言も返せなかった。
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